防災祈願は我らにお任せ その1
人間は神のごとくならず、ただ最も人間らしき時、神に似る。
――テニスン
結局その夜、俺は田舎に帰る気にもなれずスサノオ様のところに顔を出してお酒片手に愚痴をこぼしていた。
神は死んだ。
神の怒りといえば聞こえはいいが、ネットで仕事の邪魔をされた腹いせと、住環境改善運動のために、この近辺一帯が「被災地」となるのだという。
まったく持ってバカバカしい話だが、確かに社長の言う通り、愚かしい天罰も大切な神の仕事と言われれば、反論の余地はない。
後ろ暗い人間の心の闇を映し出したようなあのサイトを今すぐ消滅させようとしたところでそれは不可能だし、我々が神を敬う心を忘れ御社の手入れが怠りがちになっていることも確かかもしれない。
もう、天災は避けられない。
そう考えると人間全部の罪が両肩にのしかかってくるようで、実にやりきれない気分だ。
どうにもならないとはわかっているものの、人々が不幸に見舞われるとわかった上で逃げ出さねばならない罪悪感と、なによりそんなアホみたいな理由で神々がキレる姿を目の当たりにして彼らをなだめることが出来なかった口惜しさが俺に多量の酒を飲ませていた。
この半年間。俺は何をやってきたのか。
神々と交渉を行えるようになったというのに、結局は、この日この災厄を知ったところで逃げ出すことしか出来ないとは情けない限りである。
自分は人々に、より幸福が訪れるために働いていたのではないのだろうか?
そう、俺はこの半年、死に物狂いで働いてきたはずだ。
わがままを言う神々を、なだめ、すかし、おだて……。
……。
……なんか腹立ってきたな。
そう考えると、毎度毎度のあの神々の仕事に対するいい加減さに腹が立つ。
神々の仕事に対する責任感のなさと、ポリシーがあるのかないのかわからない調子の良さは一体何なのだ?
交渉相手に説得される明石さんも明石さんだが、それに乗せられるほかの神々もよくよく考えればひどい。
こんなときこそ、怒れる明石さんをみんなで止めるべきではないのか――。
と、まぁそんな感じで気がつくと、俺は愚痴を、スサノオ様とパソ神様にえんえんこぼしていた。
最近スマホを通じて憂さを晴らしているせいか、少しばかり身なりが小奇麗になっていたスサノオ様は、俺の話を一通り聞くと、なるほどと頷いて、今まで話を聞きながら操作していたスマホのディスプレイから目を離し、こちらに顔を向けて困ったような顔で眉をしかめた。
「なんとも、気づかんうちにややこしいことになっとるなぁ、この調子やと、この近辺の八百万の神は残らず荒魂になっとるんちゃうか?」
「……荒魂?」
「どんな神かて無尽蔵に人間に対して優しいわけやない、喜び福を与えることもあれば、怒って天罰を下すことがある。さっき言うてた天神かて、学問の神としての顔と祟りをなす雷神としての顔があるやろ?こんな風にどんな神でも、怒ったとき、機嫌の良い時、両方の顔があって、怒ってるときの神を荒魂、機嫌のいいときを和魂というんや。ま、神かって感情の生き物っちゅうこっちゃな。」
なるほど、おそらくは人間側の都合でつけられた名前なのだろうが、何のかんのと感情的、……というか勝手気ままに過ごしているようにも見える彼ら神々の多面性を表現するにはある種的確な区別の仕方といえる。
おそらくは、古代の人々は神々のそのコロコロ変わる態度に恐れおののき、彼らを崇め、祭ってきたのだろう。そう考えると、彼らの態度は昔からこれっぽっちも変わっていないらしい事がよくわかる。
と、なると……。
当然、俺の興味は目の前の神に向いた。俺は買ってきた缶チューハイを飲み干すと、少し赤らんだ顔で目の前の神に尋ねる。
「……じゃぁ、スサノオ様にも別の姿と名前を持っておられるんですか?」
「ワシ?ワシは元から荒魂みたいなもんやからなぁ。ま、いつもこんな感じやで?」
「……胸張って言わないでくださいよ。」
……どうも、荒魂であるのが普通の神もいるようである。
こうなるとスサノオ様が祀られている八坂神社って、彼のご機嫌を取るために建てられているんじゃないのだろうかと思えてくる。
……いや、多分、防災祈願の神社や厄除けの神社ってそういうものなのだろう。
「終末は近い!」
……が、そんなことが解ったところでいまさらどうなるものでもない。
俺は隣でそう叫ぶパソ神様の言葉につくづく、我々はえらい神々と付き合っているものだと、ため息をつき、そして俺はまたやるせない想いで次の酒を空けた。
それにスサノオ様は答えるように手持ちのお神酒の栓を口で豪快に開ける。
「まぁ、こういうのを、わしら神々の間では、『後の祭り』っちゅうねん。どうにもならんことをうじうじ考えとってもしゃぁない。こういう時は、ぱっと飲んで、騒いですっきりしよう!なぁ?」
ホント、どこまでも気楽だよなぁ。
俺はそう言いながら自分の椀に酒を注ぐスサノオ様を半ばあきれた顔で眺めた。
毎度のことなら、彼ら神々にはストレスという概念がないのであろうか?
まぁアレだけやりたい放題やっていれば当然かもしれないが、しかし付き合うほうはたまったものではない。
俺はそんな無邪気な神様の姿に、やるせない思いで発泡酒の缶をあおった。同じく眼前で酒を豪快にあおりながら、対するスサノオ様は無邪気に話し始める。
「それにしてもネットで吊るし上げられるとは、菅原道真も存外ふがいないのぅ。掲示板なんぞ、匿名なのをいいことに好き勝手書く場所やのに……。」
「そぉっスねぇ。」
「新しいものは新しいものとして受け入れれば案外楽しいもんやけどなぁ。やっぱ、頭の固いインテリはああいうのアカンのかなぁ。……知っとる?遣唐使船廃止したのもアイツなんやで。」
「……知りませんよ。そんな昔の話。」
ヤケ酒で意識が混濁しつつある俺は、やや投げやり気味に答え、床に寝そべる。だが、それにスサノオ様は自分で酒を注ぎ、かまわず無邪気に話を続ける。多分、根は寂しがり屋なのだろう、最近の付き合いで解ってはいるがアルコールに侵食された脳には、恐れ多いが、いっそ疎ましくすらある。
「ワシなんか結構気ままにネットでは振舞ってるけどなぁ。……そうそう、こないだも、「日本語を正す」とか言うてがなり込んで来たインテリ臭いアホがおったから、散々吊るし上げて叩き出してやったがな。」
「……はぁ。」
「こういうのは理屈や感情やのうて多数決で負けたと相手に錯覚させるこっちゃからな。最後は感情的になってむちゃくちゃ言うとったで。」
「どこにでも似たような話はあるんですねぇ。」
吊られる神あれば吊るす神あり。
人も、神もやっていることはどうも同じのようである。
それにしてもこの短期間ですっかりネット社会に馴染んだのはたいしたものだ。
俺は嬉しそうに話すスサノオ様に思わず関心してしまった。
さすがは神、いったん興味を覚えたら物覚えの速さは尋常ではない。
むしろ可哀想なのはその被害者の方だろう。
彼の霊威を持ってすれば、たとえ相手が神であろうと……。
……。
――。
――ま さ か !
そして、俺は頭をよぎった嫌な予感に体を硬直させ、手にした缶を取り落とした。
それを尻目に様は嬉しそうにスマホを見せてくる。
「あ?よかったら見る?ちゃんとレス残してあるで。」
「見せてください!」
言うが早いか、俺はスサノオ様が鼻歌交じりに操作していたスマホにかじりついた。
……!
――そしてその内容が、予測通り天神様に見せられたのと同じ掲示板であることを確認し俺はその場に崩れ落ちる。
――元 凶 発 見
……よくよく考えれば、霊験あらたかな学問の神をやり込め、怒らせるとなると相当なパワーが必要なはずである。スサノオ様の穢れのパワーが天災を引き起こしたと考えれば納得はいくというもの……。
「……そうそう、こないだもネット上で無神論を堂々と書いてる社長がおったから、その会社の製品けちょんけちょんにレビューで叩いたったがな。ほら、コレ見てみいな。オモロイヤろ?この携帯やテレビなんか、ライバル会社や量販店販売の社員まで参加して、この商品売り上げ前から評判がた落ち……。」
スサノオ様はそこまで言ったところで、もはや、何も言う気力もなく目の前で力なく倒れ伏す俺に気付いたようだった。
彼はこちらの顔をしばし眺め、そして、きわめてばつが悪そうに俺と、スマホのディスプレイを交互に見比べる。
そして、しばし、見詰め合う一人に人間と一柱の神……。
……。
――やがてスサノオ様は、ようやくその事実に気づき。恐る恐る口を開いた。
「……まさか?」
そのスサノオ様の端的な質問に、力なく頷く俺。
そしてスサノオ様の顔にようやく狼狽の表情が浮かび上がる。
「……うわぁ!榊君!どなしたらええやろ?こんなん姉ちゃんにバレたら、何言われるかわからんがな!」
「……僕に聞かないでくださいよ!」
よもや神に泣きつかれるとは思ってもみなかった。
かの有名なスサノオ様にも畏れる相手がいるらしいことは驚きだが、正直、泣き出したいのはこっちの方である。
狼狽するスサノオ様と、起き上がる気力もない俺。
だが、ただ一柱の神がそれをなだめるように我々の肩を叩く。
「悔い改めなさい。」
彼――そう。パソ神さまの言葉が気がつけば俺たち二人の前に優しく降り注ぎ、俺は彼の無限の慈悲からくる微笑が俺たちを照らしていた。
――そう、気づかなかったが、彼はいつもこういう日が来ることを予見し、われらを見守ってきたのである。
俺は彼の小さい体の前に跪き、そして……。
「お前も見てたなら止めろよ!」
俺はそれからおもむろに、神に掴みかかった。
やけ酒飲んでくだを巻いたら
大本、元凶ここにいた。
疫病神に荒らされたなら
どんな神も怒り出す。
さて、原因、元凶わかったけれど
解決、対策どうするの?
酔いがさめた榊くんの相談先は?
次回更新を待ちましょう!




