疫病神はおもてなしがお好き その9
なんとも言えぬ、不思議な宴の中。突然、南さんが部屋の中に駆け込んできた。彼女は随分慌ててきたらしい、いつも明るい顔の彼女のただならぬ様子に、俺は不吉な予感を感じていた。
「大変です!お役人が……!」
彼女はそう言うと走ってきた方を指差す。
予感的中。
それがそちらに目をやるとそこには背広姿の男が今まさに部屋に入ってくる光景が目に入った。差し込む光を背にまといながら歩いてくる役人風のその男の顔に、俺は思わず声を上げる。
「あなたは!」
「知っているんですか?」
俺は南さんの言葉に頷いた。
そう、その男の顔に俺は見覚えがあった。
昨日、同じ場所で会った男、そう、その名は――。
――。
「……えっと、お名前なんでしたっけ?」
「千手院じゃ!ちゃんと名刺渡したやろ!」
さすがにちらりと自己紹介されただけで名前が覚えられるほど俺も記憶力が良くはない。
そういえば名刺どうしたっけ?
俺はそんな事を思いながらもう一度彼に名刺をもらい、彼の改めて名前を確認した。
「……よく無事でしたね。」
「仏教に帰依した人間をなめとったらアカンぞ。これしきの法難、仕事柄しょっちゅうやからな。」
これを法難と呼んでいいのかどうかは大いに疑問はあったものの、目の前の彼はぴんぴんしていた。「バカは風邪を引かない」という言葉が一瞬頭をよぎったが、さすがに口にするのはやめる事にした。
「今日ここに来たのは他でもない。いい加減そこの疫病神に出て行ってもらおうと思ってな。間もなくここの遊園地は競売にかけられる。それまでに荷物まとめて出て行ってもらおうか!」
最悪だ。
どうも状況はお役所仕事ながら俺が考えている以上に進行していたようである。
俺は胸をそらしながら高らかに宣言する千手院に流石に食って掛かった
「ちょっと待ってください!疫病神、疫病神、って言いますけど、お祭りしてあげればちゃんとした守り神になってくれるんですよ?それをよりにもよって今すぐ出て行けなんて……。」
「やかましい!こんなややこしい性格の神おいとけるか!そう来ると思って、守り神はこっちでちゃんと用意させてもらったわ!つべこべ言わんとでて行かんかい!」
「守り神を?」
意外な言葉に俺は思わす千手院に聞き返した。それに彼は大きく頷くと、懐から大きな
お札を取り出す。
「おうよ!魔を払いこの世の衆生を救う神、不動明王様じゃ!見とれよ!」
彼はそう言うとはらりと札を手から放し、印を結ぶ。そして彼は意識を集中し呪文を唱え始めた。
「ノウマクサンマンダ、バサラダン、カン!」
彼の声と共に札は突如燃え盛る炎の塊と化した、その炎は天井を焦がすまでに燃え上がりやがて人型を成す。そしてそこから姿を現したのは、趣味の悪い柄シャツにサングラス、やたらケバイ金色のアクセサリーを体中にまとった不動明王の姿だった。
「先生!いっちょガツンといわしたってください。」
……「先生」とか言うな。
まるでどこかのチンピラのように不動明王に一礼する千手院に俺はどうコメントして良いのか分からず、思わずこめかみを抑えた。
確かにあの憤怒の形相といい、背後に炎をまとうそのお姿といい、間違いなく見まごうかの高名なお不動様ではあるのだが。
しかし、この悪趣味な服装は一体何なのだろう?
……多分召喚した奴の精神に影響されているのだろう。
俺はサングラス外して肩で風を切りながら歩いてくるお不動様を無理にそう解釈する事にした。
しかし、後ろで控えていたスサノオ様はやはりその姿に怖れを抱くようなけちな神ではなかった。
彼はお不動様を正面からにらみつけると徐々に前進し。共に激しいにらみ合いを行う。
……その姿はどこからどう見ても、ヤクザ同士のガンの飛ばし合いにしか見えなかった。
「おいコラ!仏法を敵に回したらどないな事になるかわかっとんのやろうな!」
「そっちこそ、疫病神やと思うてなめとったら痛い目見るで!」
……他に言い方ないんかい。
背後に強烈なオーラをまとっているととはいえ、お互い凄みあう二柱の神々の姿は、いささか神々しいと言う言葉からかけ離れているような気がする。霊能力がないと見えないのだろうが、その絵は「威嚇しあうチンピラと浮浪者」そのままであった。
そして、俺が止める間もなく、スサノオ様は戦闘準備に入った。彼は上着を脱ぎ捨てて隆々とした筋肉を見せると。腰を落とし、準備運動とばかりに四股を踏む姿勢をとる。彼が足を上げ、そして落とすと、その強力な衝撃に建物全体が大きく揺れた。
その姿は疫病神などではなく、まさに、神話の中にある荒々しき神スサノオノミコトそのものであった。
一つ!
二つ!
強力な衝撃で大地を震わせ、彼は体中から強力なオーラを発し、全身の毛を逆立てはじめる。その力に建物は小刻みに震え、周辺に徐々に風が舞い始めた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
そして彼は雄叫びを上げた。
さながら獣のような声に周辺の空気は震え、俺は心から恐怖心が沸き立つのが分かる。
やがてスサノオ様は身をかがめ、大きく息を吸い込み……。
「おうぇぇぇぇぇぇ!」
……そして、その場で嘔吐した。
俺がその場に崩れ落ちたのは言うまでもない。
――お食事中の方、失礼しました。
「何やってるんですか!」
俺が慌てて駆け寄ると、スサノオ様は針を刺された後の風船のようにガリガリの肉体に変化していた。彼は口をぬぐうと何とか立ち上がり、ふらふらとこちらに寄りかかってくる。
「……アカン、穢れた力は退魔神相手には燃焼効率が悪すぎるわ。向こうの後光見てたらこう、頭がくらーっと……。」
「……徹夜明けじゃないんですから。」
どうも、魔除けの神としてのお不動様の力は相当なものらしい。穢れ切った今の彼の力ではどうやら太刀打ちできないと言う事だろうか。
そして、部屋中に千手院の笑い声が響く。彼はお不動様を背にこちらに歩み寄ると。勝ち誇った顔でこちらを見下ろした。
「仏法の守護者、不動明王様の前では穢れきった疫病神なんぞ、敵ではないっちゅうこっちゃな。分かったか?分かったらとっとと出て行け!」
千手院の言葉と共に、お不動様が俺たちに向かって炎を吹きかける。
どうやら実体としての炎に近いものらしく、スサノオ様のみでなく俺もたまらすそれから逃げ惑う。あり得ないはずの場所に現れた高熱の炎に追い散らされる俺たちの姿に千手院は満面の笑みで胸をそらす。そして、勝ち誇った顔で我々の前に人差し指を突き出して見せた。
「まぁ、ワシも鬼やない。一日だけ待ったる。一日のうちに次の場所見つけて他所に移ってもらおうか。」
「そんな!ここを出て行ったらまた他で何が起こるか判らないんですよ?せめて行く場所が決まってからでも……!」
「やかましい!そんなこと知ったことか!こうしているうちにもここの借金はどんどん累積していく。本来なら一分一秒たりとも、ここに居させるわけにはいかんのじゃ!わかったな!明日までやぞ!」
そう言うと、こちらの話に全く耳を貸さず、千手院は笑い声と共に立ち去っていく。
抗う法力も霊威も無い俺は、そんな彼とお不動様を、呆然と見送るしかなかった。
――最悪だ。
時すでに遅し、事態は想定していた上で最も最悪な状況になった。
いかなその名の高きスサノオノミコトとはいえ、ここまで穢れていると属性的に不動明王にはかなわない。
と、いうことはスサノオ様はもはやここに留まる事はできないわけで、ここから導き出される結果は……。
「……アカン、とうとう明王までつれてきおった。もうここは出て行くしかないなぁ。」
……そして、俺の後ろで、その結果、すなわちスサノオノ様の恐るべき言葉が響く。
その言葉に、俺と南さんは顔を見合わせ、そして、ゆっくりと立ち去ろう……
……として襟首を掴まれた。
彼はもがく俺たちをにこやかな顔で抱きしめると、南さんの持っている台帳をひょいと取り上げた。そして慌てて取り返そうと手を伸ばした南さんをデコピン一発で弾き飛ばし、ぱらぱらとその中身を閲覧し始める。
「……とりあえず、ワシくらいの霊威になるとそこそこでかい組織か建物やないと、力が有り余ってしまうからな。ちょうどいい大きな場所は……っと。」
そう言いながら、行き先を探すスサノオ様にもはや言葉も無い俺。
さすがにそれでは立場上問題があるのか南さんはそれに泣きそうな顔ですがりつく。
「止めてくださいよ!そんな大きな場所は大抵しっかりしたの神様がおられますよ~。」
「そこはそれ、どうにかなるもんやがな。ホラ、ここはどうや?京葉二菱USB銀行。」
「あの、そこは大国様が……。」
「かまへん、かまへん、もともと習合する前の大国はワシの子孫神やからな、一発ガツンとやったら出て行くがな。」
「そ、そ、そんなことしたら株価が大暴落しちゃいますよ!」
「どうせあこぎなことしとるんやろ?銀行なんかどこでも一緒やがな。」
……悪夢だ。
俺は行き当たりばったりに行き先を決めようとするスサノオ様に頭を抱えた。
こんなノリで福の神を押しのけて疫病神にやってこられてはたまったものではない。
俺は関西発の恐慌が起る様を想像し、本気で気が遠くなった。
「やめてください!」
構わず南さんを押しのけながら行き先を物色するスサノオ様の姿にさすがにたまらず。俺は声を上げた。
俺はスサノオ様から台帳を取り上げると、彼をまっすぐと見据え、肩を掴む。
そしてあらん限りの勇気を振りぼってスサノオ様をゆすった。
「ダメですよ!他の神さまを押しのけたりしちゃ!そんな事をしたらスサノオ様は人間の憎しみを集めるだけじゃないですか!このままじゃ同じことの繰り返しですよ。他に当り散らすことなんか考えず。もっと前向きに考えてください!」
近年ようやく回復の兆しを見せてきた景気をここで失速させられてはたまらない。
もはや、疫病神の怒りなど恐れている場合ではなかった。俺は来るべき災厄を防ぐべく、勇気を振り絞ってスサノオ様の目を見据える。
そしてスサノオ様は、俺のその言葉に徐々に眼を見開いた。
「前向き……。」
「そう、前向きです!」
言葉が通じたのか、俺の目の前で彼の中に何かがふつふつと湧き上がるのが感じられた。そして彼は瞳に輝きを取り戻し、俺の肩をしっかりと掴み返す。先ほどの酒に曇った瞳とは違う、輝いた表情のスサノオノミコトの姿がそこにはあった。
「……まさか、人間に目を開かされるとは思わんかった。確かにあちこちを追い出され続けて、ワシはいじけとったのかもしれん……。」
「スサノオ様……。」
「……そう、いくら穢れとっても、ワシは神なんや!仏教の神に仕事を奪われたからといってへこたれていられへんわ……榊君!」
「はい!」
「ワシは戦うぞ!たとえ相手が仏教の守り神であろうが徹底的に戦う!たとえこの地が灰になろうとも。ワシの神としての威厳を奴らに見せ付けてやるんじゃ!」
「……は?」
……今、この地が灰とか言いませんでした?
一瞬飛び出した言葉に思わず口をぽかんと空ける俺。
それでも瞳を輝かせる彼に、俺は数秒かけて彼の言葉を反芻し、そして用心深く、丁寧に彼に言葉を掛ける。
「……あの、戦うんですか?」
「おうよ。」
「でも勝てないんじゃ……。」
「大丈夫じゃ。この辺りにはワシと同じ疫病神がたくさんおる!いくら穢れた力でも束になればどうにかなる!不当な疫病神差別にみんなで立ち向かうんや!」
「ええっ!」
「確かにそれをやったら。何が起こるかわからん。最悪、この辺りは火の海になるかもしれん。だが、榊君。ワシは君に言われて目が覚めた!これはワシの神としての威厳を賭けた戦いなんじゃ!やるぞ!八百万の神の威厳をかけて。ワシはこの地を死守するぞ!」
そして、スサノオ様は決意を新たに雄叫びを上げた。
再び大地を震わすその声に、俺はもはや言葉を挟むことも出来ずその場に立ち尽くす。
「なんだか状況が悪化してません?」
隣でそう呟く南さんに。俺はがっくりと首を落とした。
流石に相手がお不動さんじゃ
疫病神じゃかなわない。
ここから出てけというけれど
行ったその先どうなるの?
街の平和を守るため
一体どうする?榊君。
続きはお明日のお楽しみ




