疫病神はおもてなしがお好き その8
翌日、俺は南さんを伴って再び遊園地に赴いていた。
右手には社長に渡された酒瓶が二本と、つまみ少々。
当面、俺の武器はこれだけである。
とりあえず神様が憑いてきているとはいえ……。
「大丈夫ですよ。面と向き合っていれば問題ありませんから。ああ見えて、結構いい神様なんですよ。」
……俺は能天気な笑顔でにぱっと笑う南さんの顔に不安を隠しきれないでいた。
昨日の惨状を考えると、彼女も最悪の場合は役には立つまい。
信じられるのは自分自身のみ。
俺は塩で身体を清めると自分に気合をいれて遊園地の中へ足を踏み入れた。
昨日の騒動のせいか、はたまたスサノオ様の霊威のためか、遊園地の荒廃はいっそう進んでいた。散乱したガラス片はそのまま放置され、区画を塞いでいたフェンスは無残にも倒れている。彼が居るはずの三階は、まるで暴風雨が通り過ぎた様な有様である。
フェンスがあった場所をまたいで進み、小さな異形の神々を手で振り払いながら、俺は懐中電灯を灯して暗闇の廊下を進んでいく。
そして、間もなく俺たちは巨大な何かに行く手を阻まれた。俺はそれに懐中電灯の明かりを照らし、息を呑む。
それは異形の巨大な怪物……ではなく、傷だらけのトラ神様であった。
彼は昨日の傷が癒えていないのか、無残な姿と情けない顔でそこに居る。
霊威が衰えたのかはたまた気のせいか、彼は昨日は見上げるようなトラであったが、今は小さくなって私とほぼ同じ目線の高さになっていた。
「あのぅ……昨日はどうも。」
さすがに恐る恐る頭を下げると意外な事に彼は丁寧に頭を下げた。そして今にも泣き出しそうな顔で俺にすがりつく。
「あのぅ……どこか他の場所に移らせていただけませんでしょうか……。」
「……気持ちは分かります。」
怒られなかった安堵感よりはむしろ彼に対する同情の思いで俺は彼の言葉に頷いた。とりあえず持ってきた酒瓶を託し、南さんに開き物件の紹介を頼む。
……確かに、この調子では守り神を他所からつれてきてもなかなか居つけないというものだ。
ひとまず片方の事案は解決……ということにして。
あとはもう一件、元凶を残すのみである。
「で、スサノオ様はどちらに?」
しばし勇気を振り絞る時間が必要であったが、次なる移転先を相談する二柱の神々に訪ねると、いやにあっさり居場所は判明した。
どうやら昨日と同じように奥で寝ているらしい。
早く行ってくれと言わんばかりのトラ神様を背に奥に進むと、確かに俺の耳には彼の地鳴りのようないびきが聞こえてくる。
そして、散乱した椅子に囲まれるように、彼は寝ていた。
俺が恐る恐る近づくと、彼はその足音に目を覚ました。
「んあ?……おお?」
寝ぼけ眼でこちらを見る命様に俺は恐怖に体をこわばらせた。だが、なんとか前に足を踏み……出そうとして何度もためらう。
「お前は……?」
結局相手に急かされる形で状況は進展を見た。俺は必死に笑顔を作り、それに答える。
「榊です。弘田土地管理事務所の……。」
「ん?おお、おお……で、何の用?」
「……いや、その、昨日ろくにお話も出来ませんでしたので、お話でも、と思いまして。あ、もらい物のお酒も持ってきましたので良かったら、一緒に飲みませんか?」
俺がそう言うと、スサノオ様はしばし沈黙したまま、一言も言葉を発しようとしなかった。やがて彼は恐怖で硬直する俺にゆっくりと俺に歩み寄り、そして――。
そして彼は俺の肩をしっかりと抱きしめた。
「……ありがとう!君、若いのにええ人やね。」
「……はぁ、どうも。」すぐぢ
酒臭い。
だが、目から滝のように涙を流す彼に、俺はとりあえずファーストコンタクトに成功したらしいことを確信した。
どうも神々の言う通り、基本的にはいい人であるらしい。
……粗暴なだけで。
俺はうれしそうに座るように勧めるスサノオ様について恐る恐る座った。どこからか汚い器を持ってきたのだが俺はそれを固辞して、持ってきた紙コップを取り出し、互いに酒を注ぐ。つまみを広げ、乾杯して一杯目を飲み干すまで、彼は終始笑顔のままだった。
「いやぁ、最近の人間は疫病神と見たら追い出せ、来るなっちゅうことで、まともにもてなしてもらった事なんか無くってなぁ。こんなに温かくもてなして貰えるとは……。」
そう言うと涙ぐむスサノオさま。
なるほど、彼は彼なりに苦労しているようである。
「まぁ、アレや、また仕事でも何でも、困った事があったら言うてな。その辺の浮遊霊くらいやったらいつでもどついたるさかい。」
「はぁ、どうも……。」
スサノオ様はそう言うと上機嫌で俺の肩を叩く。
さすが、餅は餅屋。神の事は神のアドバイスを聞くものだ。
社長の言うとおり、どうやら俺はたった一杯の酒で、彼を味方につける事が出来たようである。
よくよく考えてみれば、確かにこういう人間は巷にもいるような気がする。彼は、他の神より少しばかり力が強く、不器用なだけなのだろう。
こうやって酒を酌み交わすだけで怒りが静まり、災厄が防げるというなら、安いものかもしれない。
俺は先ほどとは違った思いで彼に酒を注いだ。
「……しかしまた、スサノオ様みたいな有名な神様がなぜこんなところに?スサノオ様は御社とか持っていらっしゃらないんですか?」
「ん?おお、あるよ。八坂神社とか言われとるから分かりにくいかもしらへんけど結構あちこちにな。……でもまぁ、あそこにはあそこで別のスサノオがおるからな。」
「……同じで名前で違うんですか?」
「まぁワシら神は種火から火を分けるみたいに、分身できるからな。ちょうど兄ちゃんところに稲荷明神が三柱おるやろ。アレと同じでワシも同胞が仰山おるんよ。まぁ、神社におるのは穢れてないワシで、ここにおるのは穢れたワシっちゅうことかな?」
そう言いつつ豪快に笑う命様に俺は返す正直返す言葉に困り果てた。
そんな俺を気遣ってか、彼はこちらにも酒を注いでくれる。
……こうして見るとむしろいい神なんではなかろうか?
俺は彼のお酌を受けながら彼のキャラについて真剣に考えさせられた。
「……で、そちらの御社になんで戻ろうとしないんです?こんな廃墟にいるなんて何か理由があるんですか?」
ちびちびと酒を飲みながら俺は続けて素朴な質問を彼に投げかけた。すると彼は眉をしかめる。
何から説明すれば良いのか?さながら彼はそんな面持ちで天井を仰ぐ。
「……まぁ、神の仕事にも二つあってな。一つは人間が幸福になるようにしてやること。」
「……あと一つは?」
「ふむ、言うなればまぁ、人が不幸になったときの不満のはけ口やな。」
「……そんな仕事が?」
意外な回答に、俺は思わず聞き返した。だがそれに彼は笑顔で頷くとつまみをほおばる。
「人間は不幸になれば、なんか原因を探したがるもんや。人のせいに出来へんかったらそれは妖怪やら、疫病神のせいにする。そうやって人間は自分の心の中にある罪の意識を捨て、新しい事へと向かう事が出来るんや。」
「……なるほど。」
……言われてみれば、確かに人間はそんなところがあるのかもしれない。こう考えてみれば、疫病神だか妖怪だか言うのは一つの精神的な社会システムとして生まれたものなのだろうか?
……しかし、その疫病神自身からそんな話を聞かされるとは意外な気分である。
「……じゃぁ、そのためにここで?」
「いや、まぁここにおるんは成り行きやけどな。でも、ここまで穢れたワシが無理くりちゃんとした社に戻るわけにもいかんやろう。こうやって世間の穢れを身にまとい、廃墟をねぐらとするのが、ワシら疫病神の勤めちゅう奴やわ。」
そう言いながら明るく笑い、酒を飲み干す彼に俺は考えさせられるものがあり、黙り込んだ。
彼自身の仕事とはすなわち世間の業と穢れを一身に受け止めることと言う事なのだろうか?そう考えれば今の彼の姿とは、すなわち人間の穢れの象徴のようなものなのであろう。
俺はもう一度、彼のみすぼらしい姿に目をやり、そしてなんとも言えぬ気分で彼に再び酒を注いだ。
「……いいんですか?それで?」
「何が?」
「いや、そんな疫病神のままで満足なのかな、と思いまして……。」
「なに、社に祀られとるよりこの状態の方が気楽やから別に気にはしとらんよ。気に食わん事があったらその場で暴れて済ましとるしな。」
それが心配なんだって。
俺は酒を片手に豪快に笑うスサノオ様に頭を抱えた。
――かくて、人の業は人に災厄をもたらす。
俺は複雑な思いで紙コップの酒を飲み干した。
疫病神というけれど
話してみればいい神だ。
人の穢れが神を生み
神が人に罰を為す。
鶏が先か卵が先か
これから何が起こるのか。
それは明日のお楽しみ




