疫病神はおもてなしがお好き その7
多分死に物狂いだったのだろう。額に傷を負っている事に俺が気付いたのは、事務所に帰ってきてからのことだった。
先祖霊様に手当てをしてもらっている間、事務所に居た神々に事情を話すと、彼は心から同情してくれた。
「そうですか……あそこの遊園地、大変な事になってますねぇ……。」
俺の話にしみじみと頷く南さん、向かいの明石さんはそれにお饅頭をほおばりため息を漏らしている。
それは、仕事の愚痴というにはあまりにも深刻な話題であった。
「今はあの建物の中で収まってどうにか借金だけで済んでるけど、下手に追い出してさらに怒りを買ったらどうなるか予測もつかんやろ?何とか穏便に話しつけたいけど、あの調子じゃ、ウチも出て行ってくれとはよう言わんわ。」
「借金以上って一体何があるんですか?」
「……災厄、天変地異、疫病の流行。」
「……マジっすか?」
俺の質問に隣の机でぼそりと呟く与根倉さんに、俺は顔をひきつらせた。周囲の神々が否定しないどころか沈痛な面持ちで下を向くのでどうやらそれは決して冗談などで無い事が分かる。俺は自分の背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「あの神様、変に霊威が強い上に気分屋やから手に負えんのよ。特にここの所は、あちこちで追い出されて、世間の穢れを散々溜め込んでしもうてるから、エネルギーの蓄積とフラストレーションのたまり方が尋常やないみたい。まぁ、たとえて言うなら……。」
「……歩く核爆弾。」
「あ、うまいたとえですね。」
無邪気に与根倉さんのたとえを褒める南さんに、俺はとても喜ぶ事が出来なかった。核というたとえが正しいかどうかはさておいても、あんな性格の神が天地の理を司っていること自体危なっかしくて仕方が無い。あの調子では、「タンス角に小指をぶつけたから」とかそう言う理由でも地震や暴風雨くらいは起こしてしまいそうである。
「神は人々のおろかな行いを怒っておられるのです。」
俺が視線を落とすと、そこではパソ神様が大量のデータを抱え、なにやら言っている。
……まぁ、確かにあの姿が人間の不浄の行いを溜め込んだ姿としたら、俺などが文句を言う資格などないのだろう。俺はパソ神様の言葉に小さくため息をついた。
「……とりあえずどうしましょう?トラ神様はあとで事情を聞くとして、あそこの守り神はスサノオ命様ってことで良いです?」
「そうやなぁ、そのままで八方丸く収まればええんやけどなぁ……。」
ひとまず暫定のデータを打ち込みながら言う俺に、なにやら渋い顔の明石さん。それに俺は何かいやな予感がして彼女の顔を覗き込んだ。
「……何か不味いことでも?」
「……うん、あの遊園地、現在は大阪市の持ちもんやねんけど、赤字続きで民間に売りに出されてるんよ。」
「あれ?金融業者が買い取りませんでしたっけ?博物館に改装するとかで。」
「あんなんが居てうまいこといくかいな……とっくの昔にお流れになったわ。」
「……すさまじいパワーですね。」
どうも、大企業の資本も彼には敵わないらしい。俺は彼女の言葉に今までに起きた数々のトラブルを想像し、頭を抱えた。
「……まぁそんなわけで、売り払うために、お役所も無茶せんかったらええけどなぁ……と思ってな。更地にして建て直すくらいなら、まだ多少穢れも払えるからどうにかなるかもしらへんけど、あの生臭坊主みたいに無理くり追い出すような真似したらどうなることか……。」
「……確かに。それはちょっと考えたくないですね。」
俺は膨らむ風船を放り投げあうゲームの絵を想像し、薄ら寒い気分になった。この調子ではおそらくそれはどこかで膨大なエネルギーを開放する。しかもそれは風船のような生やさしいものではなく、「災厄」と言う霊的にとんでもない爆弾なのである。
どうやらこればかりはここに居る福の神の力とてどうにもならないらしい、それは霊的な観点では恐るべき状況であった。
「ただでさえここのところ、わけのわからん出来事が多いのに、これ以上厄介な火種増やしたくないわ。何とか穏便に済んでくれればええけど……。」
「なにかおかしなことでも?」
「……まぁ、うちらのご利益が思い通り動かんことがたまにね。……外国の神さんの影響かと思うて調べてるんやけど、どうもわけのわからん力が働いてる気がするんよ。」
「そんな事が……。神様にも分からない力って一体……?」
「終末の日は近い!」
机の上でそう叫ぶパソ神様の言葉もこうなるとまったく洒落に聞こえない。俺は一瞬来るべき終末の姿を想像してしまい。それを振り払うように首を振った。
「……なるほど、確かにそれは大変やなぁ。」
事務所が重苦しい雰囲気に包まれようとしたその時、突如社長席で新聞を読んでいた社長が口を開いた。彼は新聞からこちらにちらりと目をやると、ごく日常的な口調でぽつりと提案をする。
「まぁ、そう言う事なら明日辺りもう一回、榊君に疫病神さんに会いに行ってもらおうか。確か、こないだ酒屋さんが供えていったお酒があったやろ。」
「俺が?」
あまりにとっぴな提案に俺は思わず立ち上がった。神々すら恐れる疫病神へお酒を持って会いに行くなど、もはや罰ゲームかそうでなければ人身御供としか思えない。だが、社長はそれにこともなげに新聞をめくりながら答える。
「明石が言うとったと思うけど、本来疫病神と言うんはもてなしてあげないかん神様なんや、穢れの無い心で向き合い、酒を飲み楽しませてやることで、神自身も自らの怒りを静め、穢れを浄化する事が出来る。まぁ、一種のこれも術法。「祭り」っちゅうこっちゃな。」
「……でも、相手は強力な疫病神なんですよ?俺一人でなんて……。」
さすがに俺は生命の危険を感じ、社長に言葉を返した。なにしろ相手は強力な霊威を持つ神だ。うまく行けばよし、だが下手に怒らせれば命すら危ない。
だが社長はそれに首を縦には振らなかった。彼は再び新聞から目を離すと、まっすぐ俺を見据える。
「ええか?厄や病気なんちゅうもんは誰の元へでも当たり前にやってくるもんや。大事なんはそれを恐れず、笑顔をもって出迎え、笑顔で返してやることや。そうすれば疫病神でも福の神になる。お前は多少なりとも神との接し方がわかっとるから、まぁ滅多なことはないやろ。暇な神をつけたるさかい、胸を張って行って来い。」
「はぁ……。」
社長が何を言いたいのか完全には理解できなかったが、結局俺はしぶしぶ疫病神との再会を了承した。
何も悪い事が起きませんように――。
俺はこの日、寝る前に必死に神に祈った。
スサノオ様をお祭りせよと
社長は指示を出すけれど
あんなにいかつい神様と
どうしてお祭りすりゃいいの?
はてさてどうする榊君
続きは明日のお楽しみ




