疫病神はおもてなしがお好き その6
……一体何が?
頭上に降り注いだ誇りと瓦礫を振り払うことを忘れ、俺はもうただびっくりして、頭を抱えたまま青い顔で周囲を見渡していた。
どうやら爆風はある程度霊的な力も帯びていたらしく、体の大きなトラ神さまも少なからず傷を負っている。そして、彼は俺の後ろに居る「何か」をおびえた目で見つめていた。
「……?」
俺が目を向けると、トラ神様の目線の先――もうもうと立ち込める埃の中から、一柱の神が姿を現した。
それは、間違いなくあの疫病神である。
彼は先ほどのにこやかな顔から、再び獣のような顔になって、こちらを見据えていた。
俺はその姿に、再び心の底から恐怖がわきあがってくるのを感じる。
それは紛れも無く、彼の体から放たれる強力な霊気のためであると、俺の体は直感で感じ取っていた。
「……おい、今なんかおもろい話しとったな?誰や?俺の話しとったの?」
彼はボロを身にまといながら目をらんらんと輝かせ、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。もはや完全に腰が抜けてしまった俺の隣で、勇気ある千手院は椅子を放り投げて堂々と名乗りを上げた。
「ほほぅ?飛んで火に入る夏の虫とはこのことやな?この疫病神!こうなったらついでじゃ!俺がまとめて――!」
……が、千手院は言葉を最後まで言い終えることができなかった。
彼が何を言おうがお構いなしで、疫病神のコークスクリューパンチが彼の顔面に炸裂していたのである。
そして、そのまま信じられない軌跡を描いて宙を舞い。瓦礫の山の中に姿を消す千手院。
……哀れ。
多分、あの調子では当分起き上がれないだろう。
それは、一瞬であったが、一目で分かるほど強烈な破壊力だった。人を事故に遭わせたり、病気にしたりとか言うレベルの厄をもたらす神はここ数ヶ月何度か見た事があったが。この神様はそのレベルをはるかに超えている。仏法の加護があったかどうかは知るべくも無いが、千手院は起き上がる気配すらなかった。
やはりいかな疫病神と言えど、失礼な口は利くものではない。
神に逆らった報いとはいえ、俺は心底彼を襲った運命に同情した。
「……まったく、近頃のガキャ、神に対する言葉の使い方も知りよらんと……。」
そして、一人の人間を一撃でノックアウトした疫病神はそう言うと、床につばを吐きかける。
そして彼の怒りの矛先は、後方のトラ神様に向いた。俺が疫病神様の声にトラ神様を見やると、彼はすでに恐怖で打ち震えていた。
「おいトラ!」
「はい!」
「何でこないなけったいな人間が入ってくんねん?お前、なんかしよったんか?」
「……ええ、あのぅ、待遇改善を求めてちょっと霊障を……。」
「ほう?霊障を?」
「はい……左様で。」
疫病神の前で、トラ神様は彼の前で正座をして小さくなっていた。神格の違いか、巨大なトラがこうなると彼の前では子猫のようである。
そして、彼の話を聞いた疫病神は再度トラ神さまを睨み付けた。そして溶岩のように湧き上がる怒りを徐々に押し出すように彼は息を吸い込む。
「オンドリャ!誰の許しを得てここで社構えとるとおもっとるんじゃぁ!」
神の息吹、と言う言葉を聴いた事があるが、それはもはや暴風に近かった。彼の怒声と共に部屋の中に再び突風が吹き荒れ、放置された軽い備品が周辺に舞い上がる。その勢いにトラ神様は圧され、あっさりと後ろにひっくり返っていた。
恐るべき霊威。怒りのため力が有り余っているのか、その威力は周囲にも影響を及ぼしている。近づけば俺のような人間などひとたまりも無いであろうことはもはや直感に頼らずとも容易に予測できた。
「ここはな、責任をもってワシが管理しとんねん。それをワシに断りも無く騒動起こしよって……!そんなにここが気にくわんのやったら、社ごと南港に沈めたろかコラ!」
再び響き渡る疫病神の罵声。
そして、彼のヤクザキックがトラ神様の顔面へ炸裂した。
それをきっかけに、俺が何を言う間もなく、疫病神のトラ神様への暴行が開始される。
その光景たるや筆舌に尽くしがたく。いくら神は不死身とはいえ、それはやりすぎだろう、という凄惨な光景が俺の前で展開される。
そして、周辺に繰り返し響く振動とトラ神様の絶叫に、俺はもはや言葉を発することすら出来なくなっていた。
気が付くと、その俺の背広の袖を、明石さんはこっそりと引っ張っていた。振り向くと彼女は俺の前で悲しい顔をしながら首を振る。
「……アカン。ああなったらもうウチらの手には負えんわ。また出直そう。」
「……いいんですか?」
「アホ!あの神様はああ見えても昔、八岐大蛇を切り殺したこともあるんやで?ウチらみたいな福の神が束になってかかっても取り押さえるなんて出来るかいな!」
「……嘘?」
明石さんの言葉に俺は息を飲んだ。
さすがに無知な俺でもその話は耳にした事がある。粗暴ゆえに神々の住まう高天原を追放され、ヤマタノオロチを退治した神……。
「まさかあの神様って……。」
「そう、疫病神とか祇園さんとか天王さんとか呼ばれてるけど、その正体はかの有名な建速須佐之男命や!根は義侠心のあるいい神やねんけど一旦キレたら手がつけられん。君みたいな人間が変に手を出したら、良くて半殺し、下手したら一撃であの世行きや。ええか、榊君。こういう状態をうちらの間では『触らぬ神に祟りなし』って言うねん。分かった?」
「……なるほど。」
神様が言う台詞ではない気がするが、彼女の言いたい事は十分理解できた。
俺は彼女の言葉に頷くと震える手で取り落としたカバンを慌てて拾い上げる。俺が砕けた腰を手で支え、何とか立ち上がると、明石さんは満面の笑顔で取り込み中の二柱の神に声をかけた。
「……ほな、なんか取り込み中みたいやから、ウチらこれで失礼します。」
「おう、また寄ってな。」
必死に笑顔をつくろう俺たちに。疫病……いや、スサノオ様はトラ神様にヘッドロックを極めながら笑顔で答えた。
……確かに、怒らせなければいい神らしい。
締め上げられ、声も出すことすら出来ないトラ神様が助けを求めるような目でこちらを見たような気がしたが、俺たちは見なかった事にして、逃げるようにその場を後にする。
途中で千手院を置いてきた事を思い出したが、正直引き返す勇気は微塵も無かった。
疫病神のほんとの名前
その名も高きスサノオノミコト
いい神なんだというけれど
ちょっと加減を知らないみたい。
触らぬ神に祟りなし。
一体それでいいのかな?
続きは明日のお楽しみ




