疫病神はおもてなしがお好き その2
事務所から少し南へ行くと、そこには一種独特な世界が広がっている。
近代的なビル街から一歩通りを挟んだそこは、飲み屋や、大衆演劇の劇場、果ては将棋道場までもが立ち並ぶ歓楽街で、奇怪な事に昭和の御世から時間が停止したような店がそのまま残っている不思議な区域である。
最近はちょっとした串カツブームのおかげで若者向けの店が増え、だいぶ歩きやすくなったとはいえ、いまだにスマートボールの店が店を構えて営業しているというからすごい。
ここは道を歩くと、本気で自分が昭和四十年代くらいにタイムスリップしたような感覚味わうことが出来る、大阪屈指のワンダーワールドであった。
そして、そんな区域の、それも駅の眼前に、心霊物件地図では空白地帯となっているその建物はあった。
俺はその建物を地図で確認するなり、ああ、と声を上げる。
それはこの近辺ではある意味でとても有名な建物であった。
ごちゃごちゃした町並みに割り込むようにして建てられたそのビルは、なんと名目上は「遊園地」であるという。
何でも、大阪府だか大阪市だかが主導して建てさせたいわゆる「第三セクター」というやつそうだが、門を象った建造物の中に詰め込むようにジェットコースターが押し込められたその建築物は、周辺の町並みや都市事情を全く考慮に入れておらず。一言で言えば極めて「場違い」な状態で街中に鎮座していた。
当然、そんな場所に寄り付く人間がいるはずも無く、この遊園地は事実上の開店休業状態。テナントも次々と撤退し9割が空室という廃墟一歩手前の状況で、維持費やら何やらで日々赤字を算出し続ける、絵に書いたような「不良債権」と化していた。
噂では、いまや銀行も経営から撤退し、買い手がつかないらしい。
無能な政治の遺産として、時折市議会だか府議会だかで、野党議員が槍玉に挙げているのを、俺も何度かニュースで見たことがあった。
何ゆえこのようなことになったのかは謎だが、結局この遊園地は隣接する歓楽街に飲み込まれる形で、大阪屈指の裏名所と化してしまった。
一度も足を踏み入れたことの無い俺がここまで詳しいのも、人づてに聞いた噂の情報がかなり豊富だからである。
「……ここに、神様が居るんですか?」
そんな、いわくつきまくりの物件を指差して、俺は思わず明石さんに尋ねてしまった。むしろ評判を聞く限り、「誰も守護していない」と言ってもらった方が納得がいくと言うものだが、しかし、明石さんはその言葉にううん、と難しそうな顔で眉をしかめた。
「まぁ、おるような、おらんような……。おらん方がええような、おった方がええような……。」
と、不気味な呟きを俺に聞かせ、そのまま建物の中に入っていく。
……結局俺は、ただ不安感を増大させられた状態で、恐る恐るその建物の中に足を踏み入れた。
吹き抜けの天井でどうにか太陽光が差し込んでいるとはいえ、そこは遊園地と言うよりは少し手の込んだ歩道といった状態だった。
地下にある地下鉄の駅と隣の風呂屋へ行く人間以外は、通る人間はほぼ居ない。
ショッピングモールにしたかったらしき一階では、一応閉鎖されたシャッターの中、ハンバーガーショップなどが申し訳程度に営業していたが。正直ここに住んで一年、ここに店があったこと自体今はじめて知ったような有様である。
バイキング船が落っこちたような演出で一部コンクリートに崩れた部分が作ってあるのだが、実際それは演出なのか、はたまた本気で崩れているのか判断に迷うほどであった。
……そして、当然、霊的にもその「不気味さ」は形となって現れていた。
遊園地の影と言う影に異形の神々が潜み、蠢いているのが、俺の目にははっきりと見ることができたのである。
あるものはアメーバーのように、またあるものは獣か、昆虫のような姿で建物の隅を這い回り、こちらをうかがっている。彼らは、管理の行き届いていない家や街角、はたまた元気のない人間の近くによくいる、ある意味「厄」や「穢れ」そのものの集積体とも言うべき、名も無き神々であるらしい事を、俺は以前社長から聞かされたことあった。
「……これは噂以上ですね。」
こういう神々は大体、景気の悪い家や商店、はたまた片付けていない建物の影に居るものなのだが、俺はその数の多さに声を上げていた。それに、明石さんは苦々しい顔で頷く。
「ここはウチらの御社が近いこともあって、なんとかならんかと、うちらも頑張ったんやけどなぁ。努力の甲斐なくご覧の通り荒れ放題や。」
「……何があったんですか?」
「まぁ、別段珍しい事や無いよ。分かりやすう言うたら、ここには人間の穢れた感情が吹きだまってしまっとるんよ。さすがに街が栄えて人が集まると、穢れの量も尋常や無くてね。今はもう、えべっさんかてようここには近づかへんよ。」
「……「穢れ」って吹きだまるんですか?」
「うん。たとえば、ここの悪い評判かて、要するに話してる人間の憂さを晴らす言霊に乗った。一種の「呪い」やからね。こういうのが積もり積もると、うちらみたいな福の神でも容易に近づけんようになるんよ。いくら、人間がここを綺麗に掃除したかって限界があるわ。」
確かに、建物自体は綺麗に掃除されている。だが、それにもかかわらず右を向いても、左を向いても、影と言う影、隙間と言う隙間に「彼ら」は居るのだ。
通常掃除をする程度で浄化される彼らがここまではびこるのはとりもなおさず、彼らをひきつける「何か」が存在している一つの証明と言える。今の俺には、この建物はもはや魔王の宮殿のように、おぞましい場所に見えていた。
道や駅からの通り道になっている一、二階部分はまだましな方で、三階まで上がっていくと、本気で人気が消えてしまう。そこは営業目的のテナントはすでに皆無で、NPO団体やら劇団やらの、部室のような事務所がぽつぽつと並んでいるような状況であった。
そして俺たちは、感想を述べ合う間もなくあっという間に閉鎖区画にぶち当たった。
通路を丸ごとふさいだフェンスと「立ち入り禁止」と書かれた札。
それを眺め、明石さんは苦々しい顔で舌打ちする。
「年々閉鎖区画が広がるなぁ、ここ。……しゃぁない、ちょっと乱暴やけど勝手に入るで。」
「えっ?」
そう言うと、明石さんは実体が無い霊体な事をいい事にフェンスをすり抜け奥の通路に入っていく。俺はそれをしばし呆然と眺めていたが、周囲を見回し、やがて観念してしぶしぶフェンスを強引に乗り越えた。
……これじゃ泥棒だよ。
明石さんは神だからどうにかなるのかもしれないが、なにしろ俺は人間である。
見つかれば逃げることも出来ないし、きっちり罪になるのだから気にもなろうというものだ。
ややこしいところに住み着いている神様が多いせいでこの数ヶ月、スーツ姿でいろんな所に足を踏み入れる事もしょっちゅうとではあるのだが、何度やっても気持ちのいいものではない。「神様が行こうって言うもんで」……などと言う理由はたとえ神が許しても警察署では通用しないのである。
フェンスの向こう、閉鎖区画はもはや完全に廃墟となっていた。
さすがに瓦礫が散乱はしているようなことはなかったが、堆積した埃や放置された椅子やテーブルなどの備品の山が、人の気配を完全に否定していた。
明かりが灯っていない事もあって、異形の神々が奥の部屋へと続く廊下の中で無数に蠢いている。
奥に続く暗い廊下の光景は、いかに福の神が隣に居るとはいえ、そこに足を踏み入れるには非常に勇気が必要であった。
もはや気分はナントカ探検隊だ。
ここから先は窓もなく、中を見通すことは困難である。それを俺と明石さんは必死に目を凝らして中を覗き込んだ。
「懐中電灯でも持って来ればよかったなぁ。暗くてよう見えんわ。」
「……狐の神さまでもやっぱり見えませんか。」
そう言いながら同じく、暗闇を覗き込む俺。
その言葉に明石さんは視線をそのままにポツリと注釈を入れた。
「ああ、うちら狐の神とちゃうで。」
「え?」
意外な回答に目を丸くする俺、慌てて明石さんを見ると彼女はきょとん、とした顔でそれに答える。
「狐を使いに出すことがあるからごっちゃにされてたり、実際狐そのものを祀ってたりしてるところがあるからからややこしいけど、うちら元々伏見の稲荷山を御神体にしてる食物神やで?」
「……じゃぁ、その耳と尻尾は?」
「こういうカッコやったら分かりやすいやろ?稲荷明神って。」
「……言ってることが矛盾してるような……。」
そう言って耳や尻尾を動かして見せる明石さんに俺は眉をしかめる。それに明石さんは特に答えるでもなく、指先に火を灯した。
明かりが暗闇を照らし、それに伴い陰に潜む名も無き神々がそれこそ蜘蛛の子を散らすように姿を隠す。それはとりもなおさず、彼女の霊威が、決して嘘ではないことの証しであった。
「便宜上こうやって、姿を見せてるけど、元来うちらにとってはこの世の姿かたちなんかあって無きが如しやしね。まぁ、姿にこだわる事があるとしたら。アレや、人間に対するハッタリ?」
「……良いんですか?そんなことで。」
「神の姿かたち、役割なんて言うのはわりと人間に決められてる所があるんよ。ホラ、ウチの隣のお社にいてる大黒さんなんか見てみいなぁ。元はインドの破壊神やったのが大国主命さんとごっちゃにされたせいですっかり丸くなってもうて……。ウチかて元は五穀豊穣の神やったのが気が付いたら商売繁盛、狐の神様やで?いちいちそんな事に目くじら立ててたら、きりが無いがな。」
「……はぁ。」
「大体、ご利益ごとに参る神社変えてたらあちこち行かんとあかんから、人間かって大変やろ?頼まれたらイヤと言わへんのが、ウチら八百万の神のええとこなの。」
……何かうまく言いくるめられているような気がする。
そんな事を言いながら暗闇の中を歩いていく明石さんの姿に、俺は小さく首をかしげた。
人間にとっては多分ありがたい事を言っているのだろうがそういう言い方は無いんじゃないんじゃないだろうか?
……まぁ、数百年、人の幸、不幸を覗いてきた神の気持ちなど、俺に分かろうはずもないが……。
「……ん?」
そんな事を話していると、突如、建物中に低い音が響いた。
地の底から湧き上がるようなその音は、大きいわけでも、小さいわけでもないのに、部屋の壁や、床、はたまた天井から鳴り響いているように聞こえる不気味な音だった。
……不思議と、その音に合わせて心臓の鼓動が早くなっていくような気がする。
えもいわれぬ感情が胸から湧き上がるその不思議な感覚に隣を向くと、それに明石さんはぴんと、耳を立てていた。
「やっぱりまだおるわ……この奥や。」
彼女はそう言うと指先の明かりを強くして、さらに奥へと足を進めた。
廃墟の中に蠢いた
不気味で穢れたその響き。
その先に何が眠るのか?
続きは明日のお楽しみ。




