インストールは心を込めて その6
事務所に戻った俺は、次なる難題に取り掛からねばならなかった。
そう、パソコンを無事に動かさねばならないのだ。
当然なのか奇怪なのかは判らなかったが、事務所には電源も電話回線もきっちり存在していた。それらを組み上げ、全て接続すると、気のせいかパソ神様(さっき勝手に命名した)は背後に妙なオーラをまとい始める。
その姿に、事務所の中で将棋を指していた社長と先祖霊様が感嘆のため息を漏らした。
「ほぅ、よくもまぁそないな霊験あらたかなパソコン見つけてきたな。」
「……いやまったくです。」
俺は社長の言葉に本気で頷いた。
まったく、良くこんな骨董品クラスのパソコンを持ってこれたものである。
しかし、霊的にどうか言う話と機械的にどうかと言う話はこの際別問題だ。
俺は息を飲んでパソ神様を凝視した。
「準備良いですか?」
「うむ、この数年、この日に備えておった。電源は十分、ぬかりははい!」
……数年起動してないのかよ。
なにやら不安な事を言うパソ神様に、正直俺はスイッチを入れる事をためらった。
が、もうここで戸惑っても後戻りが出来ない。神の御意志で買ったのだから、まぁなにが起こってもどうにかなるに違いない。
ままよ!
俺はしばし精神を集中したのち、意を決してパソコンの電源を入れた。
静かな事務所に作動音が鳴り響く。そしてキーボードの前でパソ神様は印を結びながら小刻みに震えだした。そして彼は気を周囲の放出しつつ、滝に打たれる修行僧のように声を上げはじめる。
「おおおおおお!起動するぞ!起動するぞ!起動するぞぉぉぉ!」
「……パソコンちゅうのんは存外騒がしいもんやな。」
「……いや、これは特別です。」
将棋の駒を手でもてあそびながら言う社長の言葉を慌てて訂正する俺。
気合が入っているのはわかるが、毎度この調子で起動されたらたまらない。
……後でパソ神様に注意しよう。
そんな事を俺が考えているとようやくディスプレイに起動画面らしいものが映し出された。そこには何の意図があるのか梵字がでかでかと映し出される。
……これ作った奴、何考えてたんだ?
パソ神様も謎が多いが、作った奴も相当謎だ。
パソコンに神を宿らせるほどの技術者とすれば多分霊的にも普通の人間ではないのだろうが、なぜそんなものが市場に流れているのか実に理解に苦しむ。
もしかしたらパソ神様の人格も、造物主に影響を受けたのかもしれない。
……あんまり考えたくないけど。
そして無事……というか奇跡的に、パソコンは立ち上がった。どうやらOSはちゃんとしたものが付属していたらしく簡単な手続きでインストールは終了した。
……ただし、数年前のものが。
いくらパソコンに詳しい俺でもこの型はいじったことが無い。
今使っているのが発展系のものなので解らないではないが、しかし、さすがに箱からOSのディスクが出たときにはわが目を疑ったものである。
そして俺は本来の目的であるパソコンのスペックの調査に取り掛かった。起動したときにチラッといやな数字が見えた気がしたが。わずかな希望を持ってデータを閲覧し、そして……。
そして数分後、俺は老人のような顔で天井を見上げていた。
予想通り、パソコンのスペックは、恐ろしく昔のものであった。
計算機やワープロとして使うだけならまだ何とかなるだろうが、まかり間違って音楽ソフトでもダウンロードしようものなら確実にパソコンは御陀仏、プログラムの負荷に耐えかねて停止するだろう。
百歩譲ってそこは騙し騙し使うとしても、これに合う型落ちしたプリンターやソフトを探しすべくさらなる時間と労力を費やす事になる。
OSが箱から飛び出したときにすでに予測できた事実を今の今まで引き伸ばしてきたが、やはりこのパソコン、ここで初心者たちに使わせるにはあまりに過酷な性能であった。
「いかがかな?私の力。」
「……言葉もありません。」
意味も無く胸を張るパソ神様に俺は力なく両手を挙げて降参した。
いくら神が宿っているからとはいえこれは如何なものか。
下手をすれば携帯よりも出来ることの少ないこのパソコンをいっそ電源コードを引き抜いて神棚かどこかに飾りたい衝動に駆られたが……まぁ、そこは契約、使わないわけにはいかないし……。
数分思考した後、俺は先祖霊様と将棋を指す社長の元へ行った。
こうなったらプロであり、スポンサーであり、最高責任者である彼の判断を仰ぐしかない。
俺は彼らの横に立つとかしこまって口を開いた。
「……あの、先ほど買ったパソコンなのですが、確かにそのぅ……霊威はあるんですが、古すぎて使えないんですよ。」
「……古かったらあかんのかいな?」
「ええ。」
「なんで?」
「型が古いと今売っているソフトが入りきらないんです。プリンターを使うにも、ホームページを覗くにもやっぱりある程度新しい部品が必要なってくるので。別の新しいパソコンが必要どうしても必要になってくるんですが……どうしましょう?」
確かに一昔前の道具や骨董品なら、古ければ古いほどいいと言う感覚はあるのだろうが、パソコンではそうはいかない。
どうも古いとか新しいとか言う感覚自体が違うらしい社長に、俺は極力平易な言葉で事情を説明した……つもりだったのだが、俺の言葉に社長はしばし将棋を指す手を止め考え込んでいた。
ぱちり
腕を組み、たっぷり1分ほど考え込んだ社長はやがて、飛車の駒を進めて盤から角を取り除いた。そして、小さく頷くとこちらに顔を向けて俺の話を彼なりにまとめてみせる。
「要するにパソコンが穢れてて、使われへんっちゅうことやな?」
「……よく解らないですが、そんな感じです。」
――結果だけ分かってくれるならもう途中経過はどうでもいいや。
いまさら細かい解釈の違いを突き詰める気力もなく、ひとまず結果だけを肯定する俺。
それに社長はふむ、と小さな声を上げて、再度将棋盤に視線を戻した。
「まぁ、それやったら新しいパソコン買うのも仕方ないやろ。お金はさっき渡した分のうちやったらなんぼ使うてもかまへん。……でも、せっかく九十九神さんがいてはるんやし、何とか今の奴を使えるようにでけへんか?伊勢のお社かって20年ごとに建て替えるんや。まぁその辺も踏まえて九十九神さんと話し合うてみ?」
「はい……。」
解決したようなしないような……。
俺は社長の言葉を必死に脳内で反芻しながら、自分の席に戻ってパソコンを睨み付けた。
奇跡的に稼動しているとはいえこのパソコンは確実にこのままでは使い物にならない。
かといって真新しいものに買い替えでもしたら、パソ神様は何をするか分かったものではない。
と、なると、やはり方法は「増設」。
いわゆる必要な部品だけ真新しいものに交換すると言う方式が、最もいいように思える、人間で言えば臓器の一部を新調するみたいなものだから、パソ神さまも納得してくれると思うのだが、しかし……。
使える部品あるかな?
結局問題はそこに帰ってきた。
増設もこんな古いパソコンで徹底してやってしまえば、新品を買うのと変わらない状況になる。
果たして、パソ神様はどこまで許してくれるのか。
……やっぱり、聞いてみるしかないよなぁ。
たっぷり十分ほど瞑目したのち、やはり俺はパソ神様と相談する事にした。
まずは相手の機嫌を損ねないよう、俺は慎重に、言葉を選びながら彼に語りかける。
「……あの、パソ神様。これ以上の力を発揮するために新しいパーツとOSを入れたいのですがよろしいでしょうか?」
それは最大限相手に敬意を払った、或いは重要な部分をぼかした提案の仕方だった。「このパソコンボロいから」などと言えば話がこじれる可能性があるという考えだったのだがが、どうやらそれは正解だったようだ。
パソ神様はその言葉に座禅をしたままの姿勢で大きく頷く。
「うむ、世界を救うためには力が要る。どんどん増設するが良い!」
「……で、やっぱりCPUとメモリの交換は必須でして。」
「ほう?」
「そうなるとマザーボードも交換しなければならないんですがよろしいですか?」
「よきに計らえ。」
……あ、いいんだ。
一番の難題。パソコンの母体そのものの基盤の交換をあっさり了承するパソ神様。俺はそれに安堵しつつも、ふと、違う疑問が沸き起こり。あえて再び、質問をしてみることにした。
「あの、ハードディスクは交換しても……。」
「構わんよ。」
「出来れば電源も……。」
「良いではないか。」
「そうなると、できればディスプレイも……。」
「願ったりかなったり。」
……。
――結局、このパソコンは散々部品を交換しまくり、新品のパソコン同様の性能を獲得した結果、最初に買った時点で付いていた部品は外装の箱とキーボードのみと言う状態になった。
だが、やはりパソ神様はこのパソコンに宿り続けている。
最新式のプリンターも接続できてこっちは有難いのだが、しかし……。
……九十九神ってどこに宿っているんだろう?
人間でたとえるなら、脳も内臓もそっくり交換されて元の体は皮しか残っていないはずなのだが、パソ神様はむしろ前より元気になっている気がする。気が付けば髭モジャな汚い顔であったのが綺麗に剃り上げられており、心なしか肉体も先ほどと比べてマッチョになっていた。
「ありがとうございますご主人様。おかげで生まれ変わりました。」
……口調も変わってないか?
最新式のOSをインストールしながら丁寧にお礼を言うパソ神様にどういたしまして、と思わず礼を返す俺。そんな俺の姿に、社長は社長席で満足げに頷いた。
「物っちゅうもんは、作るときもそうやが、使ってるときも修理してる時にも心は宿り、時にはそれに答えてくれるもんや。大事なんは物や神さんを大事にしようというその心、それに曇りさえ無ければ、お社の建て替えの時も、パソコンの修理の時も、はたまた物を捨てるときにかって、神さんはちゃんと答えてくれるもんなんや。」
「……なるほど。」
神は心に宿ると言う事だろうか?
俺は社長の言葉になんとなく頷くと、いつの間にやらインストールを終了し、宮司姿となったパソコンとパソ神様を眺めた。おそらくこちらに影響されたのだろう。パソ神様の姿は以前とは全く別物の姿となっている。彼はインストール終了を宣言すると丁寧に礼をし。
「共に世界を救いましょう。」
と朗らかに俺に語りかけた。
……どうも、一部は変わっていないようである。
この際、細かいことは妥協しよう。
「お、もう使えんの?これ。」
「すごいです。やっとこれで私たちも『いんたーねっと』ですね。」
「……使い方、間違ってる。」
そして俺の背後から三柱の稲荷明神がわっとパソコンの画面を覗き込んだ。彼女たちは興味津々と言った様子で俺を押しのけ、パソコンを触りまくる。明石さんはどうやら多少この手のものには知識があるらしく、ぎこちないながらも率先してパソコンを操作して見せていた。
これから彼女たちに使い方を教えるのが俺の仕事となるのだろう。
ようやく自分の居場所が出来たような気分がして、俺はそんな神々の姿にほっと安堵のため息をもらした。
神々に仕えてこの一帯の平和を守る。
見た目薄暗くて狭い事務所だが、悪い仕事ではないかもしれない。
頑張ろう。
何が起こるかわからないか、これが俺の仕事だ。大丈夫、神様が付いているんだ。何とかなるさ。
俺は大きく伸びをして、仕事への闘志を充填した。
「あのぅ……。榊さん?」
そんな俺に南さんが後ろから声をかける。俺が振り向くと三柱の稲荷明神が一斉にこちらに視線を集めていた。どうしたんですか?と俺が尋ねると、明石さんがきょとんとした顔でディスプレィを指差し、俺に質問をぶつけた。
「……これ、インターネットにつながらへんで。」
「ああ、プロバイダーと契約がまだなんですよ。」
ありがちな質問にそう答えると、三柱の神々は互いに顔を見合わせた。これからこう言う事を一から丁寧に説明していかねばならないのだろう。俺はその姿に苦笑する。
「『ぷろばいだー』?そう言えば電気街の方にそんな商いをしてる人がいたような……。」
「電話線を引いても、電話会社と契約しないと電話できないでしょう?インターネットも同じで契約しないとつながらないんですよ。……一応プロバイダーも色々ありますけど、どれが良いです?」
そう言うと俺はかき集めてきたパンフレットを引き出しから取り出し、彼女たちに見せた。それには彼女たちにばかりでなく、社長と祖霊様も興味深げに目をやる。
そんな彼らの姿にふと、俺は嫌な予感を感じ。眉をしかめた。
微妙に金銭感覚が我々と違う彼らが、一体どんな基準でプロバイダーを選ぶというのか?
もしやとは思うが……。
そんなことを考えていると、社長はぽん、とパンフレットを閉じる音が事務所内に響いた。彼はゆっくりと周囲の神々、そしてこちらを見し、そして物静かな口調で口を開いた。
「まぁ、難しいことはわからへんから、細かいことは榊君に任せよう。ワシらから出せる注文はただ一つ。」
まさか!
『心のこもったプロバイダーを。』
……やっぱり。
事務所の神々が声をそろえて言う姿に俺はその場に崩れ落ちた。
――心のこもったプロバイダーって何なんだよ!
俺はその後、しばし、その難問と格闘する事になったのである。
何はともあれ榊君
無事に就職できたみたい。
事務所にパソコン設置して
これからどんなお仕事が?
世にも不思議なお仕事に
いったいどうする榊君
続きは2月のお楽しみ。
どうぞゆるりとお待ちあれ




