【3】蛙の子
ビルが七歳になった時、宿屋に伯爵の手の者がやってきた。伯爵の手の者はビルの背中を確認するや否やビルを連れ去ろうとしたが、周囲にいた町の人々に取り押さえられた。
ギャン泣きするビルを抱えて必死にあやしていたエラは、謎の誘拐犯を尋問した領主に仕える騎士から問いかけられた。
「レンドー伯爵を君は知っているか?」
それは完全に忘れていた、かの伯爵の名前だった。
エラも激しくはないが、それなりに場数を重ねていた女だったので、「誰です、そりゃあ」とすっとぼけた。だが内心心臓がバックバクであった。
そこからそれとなく切り出すと、ギャン泣きしていたビルを哀れに思ったのか、教えてくれた。
どうやらあの伯爵は、死んだらしい。
死んだのだが、どうやら伯爵が死ぬ前に伯爵の正妻の子たちが次々死んでおり、分家があれやこれやと顔を出したり愛人が子供を連れて顔を出したり……よく聞くような遺産相続の争いが始まっていたのだという。
(その流れでなんでビルを狙ってんだよ!!)
とエラは心の中で子供が泣き出すような顔で舌打ちをした。
どうやら今回誘拐しようとしたのは伯爵の母親(ビルからすれば血縁上の祖母)の手の者だったらしい。
エラにはよく分からないが、どうやら親戚筋に継がせたくなく、愛人の子でもいいから自分の息子の子供に家を継がせたい……。
ところが、「財産よこせ!」と伯爵家に押しかけてきた愛人の連れた子供が、揃って伯爵の血を引いていなさそうな感じだとか。
その結果、間違いなく伯爵の血を引いた人間を探して……巡り巡ってビルに行きついた、と。
「んなアホな……意味が分からん……」
エラの言葉の意味は「なんでビルが伯爵の子供だと確信を持てた?」という疑問である。
確かにエラが伯爵の愛人をしていた事は、探れば分かっただろう。元々暮らしていた町の知り合いたちは、エラが一時伯爵に贔屓されていたと知っているのだから。
だが、そこから逆算したとしてもビルを伯爵の実子であると確信する事は難しいだろう。
ビルが伯爵と似ているのは、背中側の首元にあるほくろだけである。そのほくろで実子だと特定した? そんな馬鹿な話があってたまるか!!
エラはビルを抱えて宿屋に帰った。
宿屋夫妻にすごく心配されながら、エラは考えた。
今後をどうするか?
ビルを伯爵家に売る?
交渉次第で金にはなるかもしれない。できる限り安く済ませていたが、やはり七年以上前に伯爵からもらった金は大分減っている。ここらで軍資金を足すのも悪くないかもしれない。
だが、平民の……しかもその殆ど底辺である娼婦だったエラの事を、伯爵家が対等な交渉相手として見るとは思えない。表向き金をやるといい(或いは実際にやり)、ビルを手に入れた後に口封じされるのが関の山。
ビルをおいて自分だけ逃げる?
悪くはないのだが、ビルの実母という伯爵家からしたら目の上のたん瘤のような存在を、無視してくれるともやはり思えない。
泣きつかれて眠るビルを腕に抱きながら宿屋の屋根裏で体を横にして……そうして「はあ」とエラは溜息をはいた。
(クソが)
結局、蛙の子は蛙なのだ。