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或る冷めた女の一生  作者: 重原水鳥


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21/23

【21】まさかの

 次の話で完結です。

 更に年月が経過した。


 アヒムとは相変わらず定期的に会う生活を過ごしていた。


 アダルブレヒトについて回って数年後、ビルは結婚相手を他国から連れて帰ってきた。

 アダルブレヒトも太鼓判を押す、他国の要人の娘である。なんて女を連れてくるのだと内心頬が引き攣った。


 結婚式に参列したエラは、花嫁と並ぶビルを見たとき、やっと、心のそこから、よかったと思った。


(ああ――)


 良かった。あの日、ビルを連れて逃げた日に運河に飛び込んで、しななくて。


 良かった。ビルを伯爵に渡さなくて。


 良かった。ビルを捨てなくて。


 良かった――ビルを生んで。


 ビルにとっては、悲惨な幼少期で、恨みに思っているかもしれないけれど。


 けれど少なくとも、エラは、愛する子が立派に育ったことに、心の底から安堵したのだった。



 ◆



 婚姻後、ビルは自分の稼ぎで家を建て、嫁とそこで暮らした。

 なのでこの屋敷は、アダルブレヒトとエラだけが暮らす屋敷となった。


「全く。兄上はいつになったら引退なさるのか。兄上が引退しないが為に、私まで、このような年になってもあちらこちらに飛ばされて、エラと過ごす時間がとれぬ」


 と、アダルブレヒトは度々愚痴を吐いた。

 そんな父を、エラはいたわる言葉をかけ、父の膝に頭を乗せて、歌を歌うのだった。



 ◆



 ビルに子が出来てエラが祖母になった頃の事である。


 アヒムが――彼は未だに独身で、未だによくエラを訪ねてくる――難しい顔でエラの元にやってきて、こう尋ねた。


「結婚を、するのですか?」

「ああ……お話はあるようです」


 今更、エラに結婚の話が上がるとは思ってもいなかったのだが……。


 ビルはあれからも、アダルブレヒトと同じように多くの言語を習得し、公爵家の重要な役どころを担う人間として忙しくしている。

 夫婦仲もよく、子も出来て、幸せそうだ。


 そんな彼が役目を果たせば果たすほど、ビルの母であるエラの価値も上がってしまう。しかも父親は、これまた、ピンクダイヤモンド公爵家の顔として各国を回っているアダルブレヒトで、溺愛されているのは周知の事実なので、意外と結婚の話が来る事をエラは少し前に知った。

 基本的にはアダルブレヒトが断っているのだが――つい最近、他国の王族から話が飛び込んだのだという。


 流石に相手は他国の王族。断るのにもある程度理由がいる。これまでの、アダルブレヒトが手放したくないとか、そういう理由だけでは断れない。

 しかも社交をしない事から、そういう事はしなくても良いという条件もついているとかで、断れずにアダルブレヒトが困っていた。


「結婚、するのですか」

「どうでしょう。私としては……どうでも」


 一生をここで過ごすと思ってはいたのだが――割合、満足している自分にエラは驚いていた。


 何に満足? ――人生に、だ。


(もう十分に幸せにしてもらった)


 そう、思うほど、アダルブレヒトはエラを愛してくれた。

 ビルはこんな母親を、母と慕ってくれている。

 嫁も、義母として丁寧に接してくれている。

 使用人たちも、主人の娘として困る事がないようにしてくれている。


(これだけよくしてもらったのだから、出来る事があるのなら、しても良いのかもしれない)


 なんて、昔のエラなら天地がひっくり返っても思わないような事を、考えるように、エラはなっていたのだ。


 その気持ちを素直に話すと、ただでさえ険しい顔をしていたアヒムの顔が、更に険しくなった。


「どういう感情の顔ですの、その顔は」


 なんとも言えずにそういう。

 膝の上で、ぴぃがなおんと鳴いた。


 あれから、エラの人生の背景の一部となっていたこの猫は、既に老猫だ。

 一度は飼い主であるビルが、新居に連れて行ったのだが、何か気に食わなかったのか、一匹で帰ってきてしまった。

 ビルは諦めて「ぴぃはお母様に託します」と言った。託されても困るのだが、諦めて、こうして共に過ごしているのだ。


 しばし無言の後、アヒムはぴぃを見た。


「ぴぃ殿。申し訳ないが」

(猫に真面目な顔して何を言っているのだこの男は)

「なおん」

(まるで言葉が分かるかのように鳴いて膝から降りた……)


 ぴぃは、尾をゆったりと揺らし、去っていった。


 それを見送っていたエラの目の前で、アヒムが、しゃがんだ。何かあったのかと彼に視線を戻した時には、アヒムがエラの片手を掬い上げていたところだった。


「他国になど、行かないでください」

「は」

「エラ。私と結婚してくださいませんか」

「……はぁっ?」


 エラは、突然の言葉に、もう暫くしていない、令嬢らしさの欠片もない声を上げたのだった。

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