【19】祭り
「エラ様、お綺麗ですわ!」
「ありがとう」
綺麗なのはエラが着ている服とエラが身に着けている髪飾りその他である。
エラの希望に沿った、見た目は公爵令嬢の体裁を保ちつつ、内側は動きやすい服を来たエラは、いやいや、本当にいやいや、アヒムが迎えに来た馬車に乗り込んで、祭りに出た。
祭りといっても、貴族のためだけでなく、平民のためにも開かれている祭りである。平民たちも、一年に一度の祭りでそれはそれは盛り上がっている。
貴族が回れる安全が保障されている地区もあり、そこを、エラはアヒムと並んで歩いた。アヒムが腕を押し付けてくるので、仕方なく、その腕に自分の腕を絡めて歩いた。
「アヒム様!」
と、アヒムが来るのを待ち構えていたのであろう貴族令嬢たちが凄い勢いで集まった。――が、横にいるエラに、足を止める。
見知らぬ女であろう。エラは何せ、社交には出ていない。名ばかり令嬢である。令嬢という年齢ではないが。
二コリ。エラは黙って微笑んだ。
「申し訳ありません。今宵はアダルブレヒト叔父様より、秘宝をお預かりしておりますので、ご容赦を」
ざわりと近くの貴族たちの空気が揺れた。
誰もかれもピンクの髪だったり瞳なので、多分、血が遠いが親族ではあるのだろう。
エラはマナー講師から「これだけは」と死ぬ気で叩きこまれた、カーテーシーを披露した。したくなかったが、アヒムが「挨拶をしてください」と小声で指示をしてきたので、致し方なく、した。
「エレオノーラ・ユンゲレールブルーダー=アダルブレヒト・ピンクダイヤモンドと申します」
よし噛まなかった! とエラは内心ガッツポーズした。
アダルブレヒトの名前は、女性たちを遠ざけるのに十分な効力を果たした。
アヒムを狙う女性たちも、流石に、公爵から重用されている公爵の弟を敵に回すような真似は避けたかったらしい。
「素晴らしい」
アヒムは二コリと笑った。ビルと回っていた頃も使えていた手であるはずだが、アヒム曰く、ビルと一緒だと「女性の連れ合いもいりますわ」と粘る人間がいたのだとか。
「公爵令息なのでしょう。婚約者は作られないのですか?」
「父からは、公爵家の為に働くのであれば生涯独身でも構わないと許可を得ています」
その言葉に、エラはもしや、と祖国の言葉で小さく呟いた。
「不能?」
「口を閉じなさい。違います」
違うらしい。
なら女に迫られ過ぎて、女に飽きた口なのかもしれない。
◆
その後アヒムとエラは祭りを見て回った。
「貴女、何も知りませんね。一度くらいは来た事があるでしょう?」
「いいえ? 一度も」
「一度も?」
「はい」
アダルブレヒトの元で暮らし始めてからほぼ十年になるが、この祭りの存在は知っていても、エラは毎年屋敷で過ごしていた。
「祭りがお嫌いなのですか?」
「嫌いや好きという対象ではありませんね」
行かなくてはならないものでもない。ただ、それだけである。
アヒムはなんとも言えない顔をしていた。
「人の好みはそれぞれでしょう」
「……それはそうですね」
と、彼は納得した様子であった。
そんな風に祭りを回って堪能していると、「アヒム」という、男性の声がアヒムを呼び止めた。
アヒムにどことなく似ている、ピンクの髪とピンクの瞳の男性である。横にはピンク髪の女性を連れ、同じくピンク髪ピンク目の令嬢を二人連れている。
「おや」
とアヒムは目を丸くした。
「ここで会うとは思いませんでした」
「そうか? たまには家族団らんをする必要があるであろう」
偉そうな口調だなとエラは思った。
「それで。貴様が女性を連れているとは。ついに母上が涙を流す必要がなくなるのか?」
ん? とエラが疑問を抱いた時、横のアヒムはため息を着いた。
「はあ……兄上。この方はアダルブレヒト叔父様の娘の、エレオノーラです」
アヒムの兄。
(公爵令息!)
アヒムはかつて兄は一人しかいないといっていたので、公爵家の嫡男という事だ。実質的跡取りである。
「アダルブレヒト叔父様の? なんと……」
「エレオノーラ。こちらは私の兄のノートブルク・ピンクダイヤモンドです」
流石に挨拶しない訳にもいかず、エラはまたカーテーシーを披露した。
「エレオノーラ・ユンゲレールブルーダー=アダルブレヒト・ピンクダイヤモンドと申します」
「これはこれは……お会いできて光栄だ、従妹殿。私はノートブルク・ピンクダイヤモンドという。こちらは妻の――」
と、挨拶が入ったが、名前が長くてエラには記憶できなかった。とりあえず、妻も娘二人も、貴族らしい名であった、という印象しかない。
とりあえずあまり会話をしてはボロが出るので、アヒムの腕にからめた腕に、力を込めた。キュッと。早く離れさせてくれと主張する。
アヒムは無言でもそういう意図を拾うのが上手い。
「兄上。まだ回っている途中ですので、失礼いたします」
「ああ。エレオノーラ嬢。是非今度、我が家の夕餉にご招待させてくれ」
「父がお許しになれば」
「これは手厳しいな」
どうやらアダルブレヒトのガードは公爵令息(嫡男)にも効くらしい。今は仕事で他国に行っている父に、エラは心の底から感謝した。
(精霊様、アダルブレヒトにどうか加護を……いつもより強めに……!)
と祈りながら、エラはアヒムと共にその場を離れた。――が、その時、ノートブルクの下の娘が、中々にキツイ視線を投げかけてくる事に気が付いた。
離れ切った後、エラはアヒムを見上げた。
「貴方、姪御様から本気で慕われていますわよ」
「知っています……」
はあ、とアヒムはため息をついた。
「姪としての好意は持てますが、異性には到底見れません。何度かお断りしておりますが、諦める様子もありません」
「哀れ」
本気で困った様子のアヒムに、エラは流石に同情して、そっと背中をさすったのであった。