【17】慣れた生活
結局エラは、アダルブレヒトの元から逃げ出すこともなく、そのままその屋敷で生活した。
流石に何年も経てば、ジュラエル王国語も喋れるようになった。ちなみにエラが前よりも少しだけ前向きになって言語を覚えだした時、家庭教師には、泣かれた。
その間、エラは、親戚だろう公爵家の人々には会わないで過ごしていた。
「エラには多分、気が重い相手だろうから」
とアダルブレヒトは言った。
まあ、向こうからしても平民ところか貧民育ちの突如沸いた姪など、邪魔だろう。別に公爵家の邪魔はしたくないので、会わないのは楽で良かった。
唯一の例外は、アヒムである。
アヒムは仕事であの町にいたとかで、仕事が終わって公爵領に帰ってくると、度々屋敷を訪れた。
ビルと遊ぶ事が多かったが、時折、エラと二人で喋る事もあった。
その過程で知ったが、精霊の声を聴く事が出来るアヒムは重要な人物であり、知っている人はその事実を知っている。故に、嫁の座を求める女が後を絶たないのだという。顔がいいわけだし、さもありなん。
「顔が良い男は大変ですね~」
「他人事ですね」
「他人ですが」
「従姉弟ですが」
「ほぼ他人ですが」
エラからすると、親や子だって、簡単に他人になる存在だ。
従兄弟なんて、もっと遠い。他人である。
そういうと、アヒムはなんとも言えない顔をした。
まあ多分、アヒムの周りにはこうした雑な会話が出来る相手が殆どいないのだろう。だから、こうしてエラでストレスを発散しているのだろう。
性欲が絡まないだけで、今までしてきた事と殆ど一緒だ。会話は慣れている。
ただ、かつてと違ってあからさまな媚売りはしなくていいだけだ。
そんなこんなで、昔より父親であるアダルブレヒトとの距離が縮まり、アヒムとたまに愚痴を吐き合い、仕事らしい仕事はせずにエラは生活していた。完全にお荷物な娘である。
エラがアダルブレヒトだったらさっさと追い出していると愚痴をいうと、エラのお目付け役として傍にいた使用人(母を知っている人間の一人)が苦笑した。
「どちらかと言いますと、アダルブレヒト様のご機嫌を取るという大事な仕事をされているかと」
「あの方、機嫌悪くならないでしょう」
ジュラエル語を学ぶエラが後々「ありがて~」と思った事は、言語の師が上位貴族が使うような言語を教えてくれた事だ。
お陰で、最低限貴族の体裁を保てそうな喋り方が出来ている。祖国語での喋り方を知るアヒムは、ジュラエル王国語をある程度喋れるようになってから初めて再会した時、エラが別の人間に入れ替わっているかと疑ったほどである。
まあ所作は壊滅よりだが。
人前で短時間、ボロを隠すのがせいぜいである。
「甘いですね、エラ様。それはアダルブレヒト様が、エラ様に殊更優しいだけですよ」
「えぇ~?」
想像がつかない。
アダルブレヒトはいつだってエラに優しい。優しいパパだ。なおこのパパは一応、生物学上のパパの意だ。そういうパパではない。
まあとりあえず、アダルブレヒトはエラを最後まで飼ってくれるらしい。自分の死後のエラとビルのために、お金も貯めているし、そのお金は二人に渡るように公爵家とも話し合いが済んでいるという。有難い話である。