【16】膝枕
仕事に余裕が或る時、アダルブレヒトは出来る限り屋敷に来るようになった。
ビルと遊んでいる事もあるが、ずっとではなく、一定時間、エラと二人きりで過ごす時間を過ごすようになった。
「父親がどんなもんか、あたしは知らない。知ってるのは、金をくれる男だけだ」
エラは隠しもせず、汚れた過去をアダルブレヒトに告げていた。それで失望して、捨ててくれればいいのに、アダルブレヒトは辛そうな顔をするだけで、エラを捨てようとはしなかった。
(哀れな子猿を可愛がっているつもりなのかもしれねーな)
エラの言葉に、アダルブレヒトは少し微笑みながら返してくる。
「私も、ずっと一人だった。この年になってどう父親をすれば良いかは、あまり分からないんだ」
だから一緒だと笑う男は、エラの親の年代だというのに、まだまだ余裕で現役だろう雰囲気がある。
(モテるだろーに)
母に心を預けて。
今更、突然現れた娘と孫を愛している。
(変人だ)
と、エラは思う事にした。
世の中には、そういう人間も一人ぐらいいるだろうと、諦めると、少し楽になった。
今日はなぜか、アダルブレヒトの膝にエラが頭を乗せている。エラが知っている母の姿は、学を教えてくれた育ての母親的人物と、その子である。その人は、子供の頭を膝に載せていた。
それをぽつりと言ったら、やってみようと、アダルブレヒトに言われたのだった。
「ど、どうだ?」
「…………固い」
ブッ、と噴き出したのは、部屋の中にいる使用人の一人だ。アダルブレヒトの特に重用している部下の一人で、エラの母イルザの事も知っているらしい人物である。
「そうか……」
「ふと思ったが、あたしの膝にあんたが乗せたほうが合ってんのかもしれねー」
「乳母にもされた覚えがない……」
「母親は?」
「貴族の親子は、一般的に、そうしたふれあいをあまりしないのだよ」
「へー」
エラは、ごろりと、体を横にした。固い枕だが、石の上で寝た事もあるエラには、対して問題でもない。
そうして、ふと、思い出したのは、母が時折、一人で歌っていた歌だ。
聞いていると分かると殴られたので、エラはいつも眠ったフリをして、聞いていた。
誰も何も言わなかった。
エラのその歌が終わるまで、ずっと、黙って聞いていた。