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【10】親と子

「イルザと出会ったのは、隣国に滞在し始めて暫くした頃だった」


 男、アダルブレヒトはアヒムより流暢なエラたちの祖国の言葉でそう語りだした。


「イルザは素晴らしい歌を歌う歌手で……私のアプローチを受け入れてくれた。そうして私たちは恋人となったが、私は仕事の都合上、祖国に帰らざるを得なくなった。その時にイルザに共に隣国に行こうと声をかけたが……断られた。言葉も分からない国に行きたくないと、そう言われた」


 確かに、ジュラエル王国と祖国では使っている言語が違う。国境近くに住んでいれば多少話せたかもしれないが、エラが母と暮らしていたのは国の中心に近いあたり。他国民もいたが、言語は祖国の言葉ばかりだった。


「私たちは別れた。私はその後、何度か父母に結婚を催促されたものの、イルザを忘れられなかったんだ。……そんな中、アヒムから突如連絡が来た。私に似た子供を連れた、我が家の色を瞳に持つ母子を保護したと」


 アダルブレヒトがそう言ってアヒムを見ると、アヒムはエラたちを保護したという日について、改めて説明を始めた。


「あの日、精霊様が突如として私を呼びました。私は精霊様は見えませんが、声は聞こえますので……声に従い移動すると、川岸に貴女とビルが流れ着いていました。水を吐き出させると、貴女は意識がまたすぐ落ちてしまいましたが、ビルは暫く意識を保っていた。……驚きましたよ。家にあるアダルブレヒト叔父様の幼少の絵姿によく似て、我が家の色の瞳を持つ子供でしたから。さらに、私が聞いていた精霊様の声がするあたりを指さしてキラキラさんだ、とはしゃいでいた。瞳の色や顔立ちまでなら、たまたまと言えるかもしれないですが……精霊が見えるとなれば、話は変わります。私は父からアダルブレヒト叔父様が若いころ、隣国で恋人を作り、その経験が故に今まで結婚もせずに来た事を聞いていましたから……まさかと思いました。ゆえに私は貴女たち親子を保護し、これまで屋敷に留めておきました」

「んな話聞いてねえ……」


 長い説明に、エラはうなるように言った。一部、エラの祖国の言語に対応しきってない単語でもあるのか、内容が頭に入ってこなかった。


「問いかけられてはいませんでしたから。それに、貴女方が我が家の血を引いているとは確定していませんでしたから、詳細な事まで語るわけにもいかなかったのですよ」


 自分たちの存在や扱いが軽いのはまあ良かった。エラたちは平民、目の前の男たちは貴族なので。


 それよりも、なんとかゆっくりとアヒムの言葉をかみしめて……気になったことが一つ。


「そもそも精霊って……マジでいるのか、ここに?」


 今更であるが、エラの口調は貴族にたいして無礼な口調である。が、エラはこうした口調以外でしゃべれない。今使っているのは自分の母国語であるが、それでも、綺麗な言葉では喋れないのだ。

 それをこれまでで把握しているから、アヒムも今更そんな事を気にした風もなく頷いた。

 ちなみにアダルブレヒトもあまり気にしていないようだった。


「当然です。我が国の繁栄は、精霊の加護に由来するものですよ」

「とはいえ、今となっては精霊の声を聴く事ができたり、見る事ができる者はかなり少なくなったが」


 アダルブレヒトはアヒムの言葉をそう補足した。


「一部の貴族たちは加護を貰っていることすら忘れたり、軽んじたりしてもいる。……はあ、嘆かわしい」


 アヒムはジュラエル語で何かを言ってため息をついたが、その内容はエラたちには関係なさそうだったので聞き返しはしなかった。


 エラは両手で頭を押さえた。

 新しい情報が詰め込まれて、訳が分からなくなりそうだった。


 ウウウとうなり、アダルブレヒトを見る。


「……あたしが本当に、あんたの子供なんて保証ねえだろ……」

「だが君はイルザの子供なのだろう?」

「それは、まあ……」

「イルザと別れたころを思えば……君がイルザと私の子である可能性しかない。見た目はイルザに。そして目は……私に似たのだろう」


 アダルブレヒトはそう言って、エラの頬に手を添えて、エラの目元を親指で撫でた。

 言われてみれば、確かにアダルブレヒトの目の色はエラと全く同じ色に見えるけれど……エラはまだ納得できなかった。


 確かにエラとビルの目の色は祖国では見る事がない色だったが……それでいけば、この国の他のピンクの瞳をした人間が父親の可能性だってある訳だ。


(そもそも、母ちゃんとこの男が恋人だったってのも疑わしい)


 エラは母親から直接、父親について聞いたことはない。ぼんやりと母が恨み言を一人で呟いているのを聞いたことはあったが……それも大した情報量ではなかった。

 なのでエラが自分の父親についての情報を知ったのは、育ててくれた母の同僚からの情報である。

 その人だって、エラの父親の容姿などについての言及はしていない。


(こんな目立つ男が相手だって知ってりゃ、普通それも話題に出すだろ)


 母の同僚たちの口から、この目に痛い輝く男の話題が出なかった時点で、アダルブレヒトが人違いをしている可能性の方が高いように思う。……が、目の前の男たちはエラがアダルブレヒトの子供であると強く強く確信しているようで、頭を抱えるエラを放って何かの話をジュラエル語で始めている。


 それを横目に頭を抱えるエラの体を、ビルがゆする。


「ママ。ママ」

「なんだビル。今大事な話してっから……」

「キラキラさんが、ママたちはおやこだっていってるよ?」

「ア?」


 キラキラさん――そういえば先ほどアヒムは、ビルが精霊が見えている、と言っていた。

 つまりビルのいうキラキラさんとやらは、精霊で……その精霊が、エラとアダルブレヒトが親子だと認めた、という事なのだろうか。


「私にも先ほど聞こえました」とアヒムが口をはさんだ。「アダルブレヒト叔父様とエラ、貴女は間違いなく親子だと」

「ああ、やはり! ありがとうございます、精霊様。ありがとうございます……」


 手を組み感謝を告げだしたアダルブレヒトを、エラはなんとも言えない顔で見つめるしかできなかった。

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