前衛職の女性冒険者は恋人が欲しい
掲示板の依頼票に手を伸ばす。
と、横から伸びてきた男性の手と、依頼票の上でぶつかった。
咄嗟に、相手をキッと睨みつける。
これは私が狙った依頼だ! 手を出すんじゃねえ!!
無言の威圧をすると、相手はびっくりした顔でぺこりと頭を下げて逃げていった。
あれは最近ランクアップしたばかりの、後輩冒険者くんだ。
しまった…… またやってしまった……
これでまた、怖い女性冒険者との噂が陰で広まってしまう……
だって、仕方ないじゃないか。私にとって依頼選びは、まさに死活問題なんだ。
パーティーを組んでいる他の連中と違って、支え合ったり不足を補い合うような仲間もいない、ソロ冒険者の自分は受けられる依頼の選択肢が乏しい。
もともとは自分もパーティーを組んで活動をしていた。
でも冒険者活動を始めて3年目の今、そのパーティーメンバーは一人もいない。
最後にパーティーを抜けたのは、一番長く組んでいた魔法使いの男だった。
彼とは仲間として互いに信頼しあっていた。私と彼の間にあるのは友情であって、それ以上の関係ではなかった。
そのことに別に問題はない。冒険者同士というのはそういうものでいいと思う。
だから彼に恋人ができたとき、当然のように私は心から彼を祝福した。彼も私の祝いの言葉を喜んで受け取ってくれた。
受け取ってくれなかったのは、彼の恋人の方だった。
彼女は、彼と私との関係を疑い、妬いた。彼がいくら否定しても、説得しても、彼女は納得しなかった。
3年も冒険者をやっていれば、それなりのランクになり、それなりの稼ぎもでき、そろそろ身の回りを固めよう、なんて思うのも当然だろう。
そうして魔法使いは恋人との新しい生活を選んだ。
べっつにいいんだよ! お幸せに!!
パーティーメンバーの皆で買った家を二人に譲ってあげたのは、最後の餞別餞別だ。それにあの家に一人で残っても広すぎるしな!!
ソロになった途端に、長年愛用していた剣を折ってしまったのは、私自身のミスだ。しかたない。形あるものはいつか壊れるのは当然だしな! でも武器の新調で、手持ちの金のが殆どふっとぶとは思ってなかった。でも武器がなければ冒険者としてやっていくことができない。
手元に残った僅かな金で、宿代と食事代をなんとかやりくりして過ごした。
一人で受けられるような依頼は、報酬もその程度で。贅沢をしなければ食いっぱぐれる心配はない。でもこれじゃ日々を繋ぐことができるってだけで、生活の向上には届かない。
ようやくこのところ、少しだけど蓄える余裕も出てきた。
ちなみに魔法使いの彼は、恋人のパーティーに迎え入れられて上手くやっているらしい。羨ましい。
ああ、うん。そうだな。羨ましい。
冒険者歴3年。前衛の剣士歴3年。
ついでに、恋人居ない歴=年齢。
ソロになる前には思わなかった気持ちが、自分の中に湧き上がっている。
「いいなあ。彼氏が欲しい……」
ぽつりと呟いて、それから長く大きなため息を吐いた。
* * *
今日の依頼の完了報告をし、報酬を貰って冒険者ギルドを後にする。
仲間と活動していた頃には、この後は決まって打ち上げだった。夕飯と称して酒場に行き、美味い料理と強めの酒精で腹と心を満たす。わいわいと他愛のないおしゃべりで盛り上がり、他の冒険者仲間と飲み比べや力比べの腕相撲で交流を深める。
そういえば、ソロになってから行っていない。別に避けていたわけじゃない。ただ単に懐が寂しかった。
幸いにも今日の依頼の報酬は上々で、ちょっと懐に余裕がある。久しぶりに酒場へと足が向いた。
「あら、久しぶりですね!」
給仕の彼女は、だいぶご無沙汰だった私のことを覚えていてくれたらしい。
「今日はお一人ですか?」
「あーー……、実は今はソロでやっていて……」
別に悪い事を告白しているわけではないのに、なんだか言いづらくて語尾が濁った。
「そうだったんですね。じゃあ、それでしばらく忙しかったんですね。じゃあ、今日はゆっくり美味しいものを食べていってくださいね」
彼女はにっこりと微笑んで、窓際の二人掛けの席に案内してくれた。
正直、今の彼女の笑顔に癒され、安堵した。
ソロになった事を詮索されたり、何か言われるんじゃないかと少しだけ心配した。
でもあの給仕の彼女はそんな余計な事は言わなかった。案内してくれた席も、一人でも居心地の良いようにと選んでくれたのだろう。
ところで、先ほどからメニューを眺めているけれど、何を選んでいいかがわからない。以前は仲間の魔法使いがまとめて注文をしてくれていたし。
えっと、とりあえずエールと――
「とりあえず、エール! あと、この串焼きの盛り合わせを持ってきて!」
近くのテーブルから声が聞こえてきた。そうそう、あんな風に頼んでたっけ。
先ほどの給仕の彼女を呼び寄せて、注文を頼む。
「エールと、あと串焼きの盛り合わせを――」
「はい。でもおひとりに盛り合わせは多くないですか?」
――あっ……そうか。あれは多人数で食べるものか。確かに一人では量が多すぎる。
「えーっと……」
でもじゃあ、代わりに何を頼めばいいのかがわからない。
戸惑う私に、彼女はにっこり微笑んで言った。
「よかったら、私が見繕いましょうか?」
彼女が持ってきてくれたのは、ジンジャーを効かせた肉料理の皿にパンを添えてあるもの。それにサラダと、具だくさんのスープ。あとエールに合うからと、ナッツの皿を添えてくれた。勿論、一人で食べきれるくらいの量だ。
彼女のように、気遣いができる女の子の方がモテるんだろうなぁ。それに比べて、自分はガサツで……
いやいや、仕方ないじゃないか。ずっと女だてらに、パーティーの前衛を担っていたんだし。
自分に言い訳をしながら、ぐるりと周りを見回した。
酒場には、別に男を漁りに来たわけじゃない。
でも、やっぱり彼氏が欲しいだなんて思いはじめると、男性冒険者たちをそういう目で見てしまう自分がいる。
ガハハと豪快な笑い声があちらのテーブルから聞こえる。筋肉質で男らしいのは美点なのかもしれないけれど、デリカシーがないような男性は好まない。
その隣のテーブルに居るのは、女性冒険者の間でカッコイイと評判の男性だ。でも本人もそれを自覚しているようで、自意識が高すぎて逆に好感が持てない。
反対側にいるような、根暗そうな男性も……うーん、ちょっとなぁ……
改めて考えてみると、自分の好みのタイプがわからない。自分はどんな男性が好みなんだろうか……
* * *
とりあえず色んな男性を見てみようと、そう思った。
翌朝、さっそく町に出てみようと思ったけれど、何を着ていけばいいかがわからない。
普段着を持っていないわけじゃない。依頼が終わった後に、仲間たちと夕飯を食べに出掛ける時に着るような服くらいは持っている。
でも昼間にちょっとオシャレに街歩きをするような……というか、女性らしい服をもっていない。そういえばスカートも履いたことがない。
まずは服を揃えるところからだと、一念発起して今まで行ったことのない服屋に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ!!」
可愛いワンピースを着た店員さんが笑顔で出迎えてくれた。この時点で、やっぱりここに来たのは間違いだったんじゃないかと後ろ向きな思いが心の中を過る。
「何かお探しですか?」
にっこり笑顔にドキリとする。ああ、こんな可愛い服がとても似合う、笑顔もすてきな女の子の方がモテるんだろうなぁ。
「ス、スカートが欲しいんだけど、自分に似合うのがわからなくて……」
そう告げると、可愛い店員さんはいくつか服を見繕って持ってきてくれた。
正直、筋肉質の私に似合うようなスカートなんてこの世にあるわけないと思っていたのに。でも彼女の選んでくれた服は、こんな私でもちゃんと女性に見せてくれる。すごい……
その中から、一番女性らしく見える服を選んで、着替えさせてもらう。おまけにと彼女が髪を結い上げてくれた。周りを少し気にしながら店を後にした。
* * *
以前の自分よりは、女性に見える格好をしているといっても、さすがに大通り沿いのオシャレなカフェに入る勇気はなかった。人目を避けて一本裏の路地に入る。
角を曲がって三軒目にこぢんまりとした可愛い店を見つけた。カフェ……っぽくも見えるけれど、表に出ている看板を見ると、今の時間はまだランチ営業をしているらしい。
カフェで入るよりも、ランチの方が気が楽かもしれない。そう思って、その店の白いドアを開いた。
「いらっしゃいませー」
ドアベルの音に続いて、女の子の澄んだ声が店内に響いた。
フリルのついた可愛いエプロンを付けた給仕さんが、笑顔で出迎えてくれる。店内を見ると他に客は居ない。
今は昼食にしては遅いし、お茶には少し早い頃合いだ。看板は出していても、もうランチ終わりの時間だったのかもしれない。
「あ、あの…… ランチってもう終わりですか?」
そう尋ねると、三つ編みにした髪を揺らしながらニッコリと笑う。
「まだ大丈夫ですよ! お席にどうぞ!」
通されたのは、多分店内で一番いい席なんだろう。
窓際には可愛らしい観葉植物も飾ってある。テーブルにかけられた白いクロスの上で、窓から入る陽の光がゆらゆらと煌めいている。
しばらくして先ほどの彼女がもってきてくれたのは、ハンバーグのランチプレートだった。
木でできた大きめの丸いプレートの上に、ころりとした形のハンバーグが二つ。片方にはトマトのソースが掛かっていて、もう一つには溶けたチーズがのっている。
その横には瑞々しいサラダとパンが。丸いパンは香ばしく炙ってある。軽くナイフをいれてあり、そこにのせられたバターが溶けかかってパンに染みこみはじめている。
さらに根菜とソーセージの入ったスープがついてきた。
ハンバーグにフォークを入れると、じゅわりと肉汁が染み出してくる。上がってくる肉の脂の匂いに待ちきれず、少し大きめの塊をフォークに刺して口に放り込んだ。
「これ、とっても美味しい……」
口の中に広がる、肉の旨味と絶妙なスパイスの風味に、相手もいないのについ言葉を零した。
「本当ですか! 今日のは特に自信作なんですよー」
カウンターの向こうで片づけをしていた給仕の女の子が、嬉しそうに声を上げた。
「え? もしかして、貴女が作ったんですか?」
「はい、ここは私一人でやっている店なんです」
驚いた。てっきり、料理をする人は他に居て、彼女は給仕をしているだけだと思ったのに……
ランチプレートのあまりの美味しさに、あっという間に平らげた私に、彼女は食後のデザートだと言って、ババロアを出してくれた。これも彼女のお手製なのだそうだ
きっと、こんな風に料理の上手な女の子の方が、男性にモテるんだろうな……
自分も一応料理はするけれど、普通に食べられる物をつくるのがせいぜいで、こんな素敵な料理を作ることはできない。世の男性陣は、そりゃあ料理の上手な女の子の方がいいんだろう。
* * *
結局、昨日一日かけて町中を歩いて感じたのは、自分よりもずっと女の子らしくて、ずっと男性に好かれそうな女性は世の中に沢山溢れているという事だった。
私が頑張って女性らしい格好をしても、そんな彼女たちの足元にも及ばない。
飲み代と服代とランチ代で、すっかり貯えを使い込んでしまったので、また頑張って稼がないと。そう思って朝から冒険者ギルドを訪れた。
掲示板の依頼票に手を伸ばす。
と、横から伸びてきた男性の手と、依頼票の上でぶつかった。
反射的に相手を睨みつけ――ちゃ、ダメだっ。
と思って相手を見ると、先日睨みつけてしまった後輩冒険者くんだった。
しまった、また怖がられてしまう……
「あの……」
と思ったら、相手から声がかかった。
「先輩もソロですか」
うん?? も??
「良かったらこの依頼、僕と一緒に行きませんか? じゃなくて、どうか僕と一緒に行ってください!」
――へ?
「先日、ここでお見掛けした時から……あの……先輩のこと、キリッとしていて素敵だなって思っていて…… まだ僕はランクアップしたばかりで、頼りないかもですが、色々教えてほしいというか、お付き合いしてほしいというか、えーっと……」
……すてき?って……? 私のこと??
「き、昨日は偶然町でみかけて…… あの…… スカート姿も……とても可愛かったです!」
って、スカート姿も見られてたの??
自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
「いや、急に言われても僕のこと知らないでしょうし、だから良かったら、とりあえず僕と一緒にこの依頼を受けてもらえないかなーと思って……」
照れくさそうに彼が言う。
魔法使いの杖を手にしている彼は、凄く背が高いわけでも、凄くカッコイイわけでもない。魔法使いだから筋肉質なわけでもない。そしてこの態度を見る限り、自意識が高すぎるようでもないようだ。
自分の好みのタイプはわからない。でも彼の事は嫌ではないような気がした。
なによりも、私の事を気に入ってくれている……
「えっと…… じゃあ、とりあえず……パーティーメンバーから、だったら……」
絞り出した言葉に、彼は笑顔になって私の手をとった。