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第二章 疑惑のダウト-1

 シンイチの意識に、見覚えのあるイメージが流れ込んでくる。急な流れの川、切り立った崖、雲一つない空。そしてシンイチの体は、崖の岩肌にあった。あった、というよりは「へばりついていた」と言った方が適切だ。足を載せている部分も、伸ばした右腕でつかんでいる部分も、シンイチを支えるには小さく、あまりにももろい。十歳の体重だから何とか支えられているが、それも時間の問題だとシンイチは冷静に考えていた。

 ……また同じ夢だ……

 ぼんやりとしたイメージが、自身の意識によって作り出された「夢」であると、シンイチは自覚していた。十年前、実際に体験した出来事を、何度も繰り返し、繰り返し感じている。それだけ重要なできごとだったのだろうか? と、夢の中でシンイチは思った。


 この場所へシンイチを連れてきたのは、父親だった。

 シンイチの父親は、考古学者だった。

 母親の記憶は残っていない。

 シンイチの父は、「現生人類は、約一万年前に地球外から飛来した存在によって、強制的に知恵を授けられた種である」という異端の学説を主張していた。彼は日本中の遺跡を訪れては発掘を行い、自説の中核をなす物質《黒オリハルコン》の破片を探していた。自在に姿を変え、自らの意思をもって活動する金属。強制進化させられた人類が、外部から訪れた存在……《神》と言ってもいい……を排除するためにおこした戦いの中で作り出したものだという。その破片がわずかでも残っていれば、一万年前に何があったかを詳細に調べることができると、父は息子に対して毎日弁舌をふるっていた。シンイチは事の是非も理解できず、首を縦に振ってやり過ごしていた。

 シンイチの父に理解を示す者は、学会において皆無だった。だが、実態のわからない団体、あるいは個人が、その活動をサポートしていたようだ。詳しいことは説明されなかったが、時折自宅に現れる背広の男たちに、シンイチは不信感を抱いていた。

 発掘調査は常にひとり。そのため、作業が始まってしまうと、シンイチは一人で放置されるのが常であった。危ないところにはいくな、といった親らしい言葉のひとつもなく、ただ、調査が終わったら携帯電話に連絡するという言葉だけを残して、暗闇に消えていく背中。それだけが記憶に残る父の姿だった。

 それゆえ、急斜面で足を滑らせてしまい、崖から川に飛び込む事態だけは避けたものの、岩肌にへばりついているしかないという状態に至っても、シンイチは、己の力でどう脱出するかということだけを考えねばならなかった。

 だが考えているうちに手はしびれ、足場の岩は崩れていく。

 ……これで終わりなんだ……

 と、思ったと同時に手は離れ、足元は崩れ、シンイチの身体は宙に投げ出される。ようやく顔をもたげた恐怖と、緊張と、沢を渡る風の圧と、いろいろなものに押され、縛られ、絡めとられる。

 何度も見ていて、何度も恐怖している夢ではあるが、その流れに慣れるということはない。全身が固くなり、手足をジタバタと動かそうにも力がはいらない。

 意を決して、この夢でしか使わない言葉を口にする用意をする。一人で、できる限り誰にも頼らず、誰からも煩わしく思われずに、静かに生きていきたいと思っている今のシンイチにとって無縁の言葉であったが、それ以外にできることもないと理解していた。短く息を吸ってから、叫ぶ。

「誰か、誰か助けて!」

 声変わり前の高い声。違和感がひどい。吐き出した声は正面に飛ぶことなく頭上へ吹き飛ばされていく。誰かに届くはずもない、そう思ったとき。

 ……お待たせ。……

 落下が止まる。

 あたりの景色は消えていて、すべて真っ白な、雪とも霧ともつかぬ、あえて言えばまぶしい光の塊にシンイチは飛び込んでいた。

 どこまでも柔らかなものに全身が包まれる感覚。そこにもともと準備されていたかのような、何層にも重なったスポンジのような感触に、シンイチは全身をゆだねた。

 数秒なのか、数分なのか、どのぐらいの時間が経ったのかわからない。シンイチの目に、あたりの景色がゆっくりと見えてくる。そのまま叩きつけられていたであろう川の濁流は遠くにあり、白っぽい石ころが一面に転がる川べりにたどり着いたようだった。

 シンイチは自分の脚で立とうとするが、ふらついて転びそうになる。

 ……おっと。大丈夫?……

 耳元で声が響く。後ろから誰かに抱き寄せられた。両の腕が身体を支えてくれている。振り返るが、その姿はぼんやりとしている。それでも、女性、だが大人の女性ではない、比較的年の近い少女であるらしいことは、なんとなくわかる。長く伸びた髪が、シンイチの肩口に垂れてきた。それが本当にあった記憶なのか、夢のなかでの出来事なのか、自身でも判別できなくなっている。

「大丈夫、です」

 そう言って、シンイチは一歩、二歩と踏み出す。

 ……よかった。じゃあね……

 離れて見ると、少女の背中から翼のようなものが伸びているのがわかる。それが直接生えたものなのか、何かをまとっているのか、そこまではわからない。ただ、散々父親から見せられてきた古代遺跡の資料で見た、《女神》の姿に似ているとわからないなりに思った。そう思考を巡らせているうちに、少女の足が地面から離れた。翼をはためかせて、少女は宙に浮かぶ。ひるがえった髪が、風をはらんでふわりと広がった。

「待って!」

 追いかけようとするが、追いつけるわけもない。だが考えるよりも早く、脚は一歩を踏み出している。

 ……またね……

 また、とはいつになるのか。もう一度会うにはどうしたらいいのか。わずかでも近づくためには、この場所、この遺跡について調べるしかない。それが、考古学をこころざし、《超古代文明》の謎に挑戦したいという野望の原点だったと冷静に振り返る。

 踏み出したはずの場所に地面はなく、シンイチの意識は深い穴の中へ落ちていく。


「うわっ!」

 シンイチは飛び起きた。

 あたりを見回した。空は夢の中と同じ、済んだ青。だが周囲はガレキの山、いや山と言うよりは壁と表現した方が正しい。とにかく巨大な構造物の残骸が高く積み重なっている。

 まだ夢を見ているのか、それとも死後の自分が見ている幻覚なのか。それとも、と、シンイチは額に手を当てた。

「よかった!」

 その思考は背後からの大声にさまたげられた。女性の声である。一瞬、夢にみた翼のある少女の面影がよぎるが、青空のもと一糸まとわぬ姿にシンイチは焦る。

「いや、あの、えーと」

 思い出してきた。降り注ぐ巨大な岩、その破片。宙に浮かぶ球体。拳銃。水谷エーコ。

「死んじゃったかと思って心配したのよ」

「死んじゃったって……うわっ!」

 球体から姿を変えた女性、いや、女性に姿を変えた球体と言う方が正しいだろう。そうだとわかっていても、人肌のような質感を前にすると落ち着いてはいられない。

「どうかした?」

「いや! いろいろ! キミに聞きたいことはあるけど! まずは服を着ようか!」

「服? うーん、そういわれてもねぇ……」

 シンイチはあたりを見回すが、都合よく女性向けの衣類が転がっているわけもなく。この場にある《服》は、自分が着ているパーカーとジーンズのパンツだけだ、とシンイチは気づいた。

 自分はTシャツ一枚になってしまうが、パーカーを着せてやるしかない。何もないよりはマシだろう……と考え、シンイチは襟元のフードに手をかけた。

「あっ、それが今の服なのね?」

 球体だった女性は胸の前で手をたたく。そのまま、手のひらを合わせて祈るようなしぐさを見せる。

「ふん!」

 掛け声とともに、一瞬で、女性はパーカー姿に変わった。それだけでなく、ジーンズのパンツも含めてシンイチの服装が完全にコピーされている。着替えた様子は特になく、服を着たというよりは、その場で《変身した》としか思えなかった。

『埋蔵少女アツミちゃん』は、小説だけでなくマンガやオーディオドラマを組み合わせたマルチメディアコンテンツです。


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