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大武貴之 50歳 行き先:鎌倉市

北鎌倉駅の前に青いフォルクスワーゲンを停め、今回のお客様を待つ。Fプライベートツアーはお客様が車の指定もできるのだ。北鎌倉駅というのはなんとも素敵な駅だと思う。鎌倉駅は近代的なのに北鎌倉駅はシンプルな構造で景観にマッチしている。観光地として有名な土地のひとつであるということで、僕は少しそわそわしていた。

「おい、お前がプライベートツアーのやつか?」

と男性が声をかけてきた。

「はい、大武貴之様でいらっしゃいますか?」

と尋ねる。中年男性らしい顔付きだが明らかに痩せているように見える。そして周りを気にしているような様子であった。

「…そうだが。あんま大きな声で言うんじゃねえ」

と彼はきょろきょろしながら言った。僕は不審に思いながら、

「この度はFプライベートツアーをご利用頂きまして誠にありがとうございます。私が担当のドライバーでございます。本日は1日よろしくお願い致します。」

と挨拶をした。

「そんな大々的にやらないでくれよ。目立ったらどうする」

とイライラしていた。

「申し訳ございません。ですが、特殊な効果によって我々は他の人々に感知されることはありませんのでご安心ください」

と言ってすっと後部座席のドアを開けた。

「なんだそりゃ、魔法みてぇだ」

と乗り込んだ。

「失礼致します」と運転席に乗り、今日のプランの確認をする。

「本日は全て大武様のご指示でのご案内でお間違いないでしょうか」

「ああ。にしてもお前、俺を見ても怯えないのか?」

と聞いてきた。どういうことだかわからず、

「怯えたりすることはありませんが…なぜでしょうか?」

と聞いた。

「俺を知らねぇのか?お前世間知らずにも程があんだろ。俺は死刑囚だ。5人殺して務所ん中で2人殺した。」

と言って座席に深く座って腕を組む。なるほど、死刑囚か。それなら周囲を心配してしまうのも無理はない。先に周囲の心配入らないと伝えておくべきだったと反省する。

「生憎私はニュースには疎くて存じ上げませんでした。申し訳ございません。先程も申し上げたように我々が周りの人々に感知されることはありませんのでご安心ください。では、まずどちらに向かいますか?」

「お、おう。サラッとしてんのな、お前。まずは鶴岡八幡宮に行ってくれ。そこから小町通りを通って鎌倉駅まで歩きたい」

「かしこまりました。では、鶴岡八幡宮で一度降りていただき、車を鎌倉駅前に停めに行かせて頂きます。もちろん、鶴岡八幡宮でお待ちいただいている間も他の人に感知されることはありませんのでご安心ください。」

そう言ってアクセルを踏む。死刑囚を乗せることになるとは思わなかったが、そんなこともあるだろうな。男は腕を組んだままじっと外を見ていた。


鶴岡八幡宮に到着した。大鳥居の前でお客様を降ろし、説明をする。

「鎌倉駅に車を置いてまいります。鶴岡八幡宮の敷地内にいて頂ければ、ここでお待ち頂いても中を散策されても構いません」

「わかったよ、うろうろしてるわ。でもなるべく早く戻ってきてくれよな、周りは気付かないといってもハラハラして仕方ねぇ」

「善処致します」

と車を発車させた。バックミラーには大鳥居のすぐ先の橋を渡る彼の姿が写っていた。手を後ろに組んで辺りを見渡しては小さく頷いている。目に入ってくる一つ一つの風景を噛み締めているように見える。今回のルートは全てあの男の指定ルートである。余程鎌倉に思い入れがあるのだろうか。今回も良い旅になることを願って鎌倉駅に向かった。


鎌倉駅に車を停めて鶴岡八幡宮まで向かう。小町通りを通るのは少し躊躇われたのでメインストリートを歩く。大きな鳩サブレーの店やスイーツの店、雑貨屋、蕎麦屋など流石メインストリートというだけあって色々あるなぁと思う。まさに観光地という感じだ。でも今回のお客様である大武貴之という死刑囚は観光地であるということ以上の思い入れがこの地にあるのではないかと思う。彼を今日案内するということは、彼の死刑が執行されるのは明日であるということだ。彼が死ぬ前にどうしても来たかった場所がここなのだろう。死刑囚の男の過去がここにあるのだろう。死刑囚であろうとも彼も人間だ。彼のこの世への未練を少しでも無くしてあげなくてはと改めて思った。


鶴岡八幡宮前の大鳥居に到着したが、男はいない。境内を進んで、石階段の前に彼はいた。

「大変お待たせいたしました」

と声をかける。

「おう。あんま変わんねぇな、ここは。参拝していきたい、いいか?」

「かしこまりました」

僕がそう言うと彼は階段をゆっくりと上って行く。とてもゆっくりと上るので脚が悪いのかと思ったが、そういう訳ではなさそうだった。一段一段踏みしめて上る彼の後ろを上っていく。本宮に辿り着いた。彼はポケットに入っていた10円を賽銭箱に投げ入れて手を合わせた。僕もそれを見て同じようにする。少し経って目を開けて横を見ると、彼はまだ手を合わせていた。終わるまで近くで待つことにした。ブツブツと何かを言っているが何を言っているのかは聞き取れない。自分の死に対する恐怖からくる神頼みだろうか?人の心境を理解できない自分が苦しい。

20分くらい経っただろうか。彼が深々とお辞儀をして目を開けた。

「待たせたな」

とこちらに歩いてくる。

「とんでもないです。次は小町通りでお間違いありませんか?」

「ああ。ここは満喫した」

「かしこまりました」

と共に歩く。彼はゆっくりと境内を見渡しながら歩いている。大鳥居を潜ったとき、彼は振り返って

「ありがとう」

と頭を下げた。


小町通りを鎌倉駅に向かって歩く。エスコートしようと先を歩こうとするが、

「俺の方がお前より鎌倉は詳しい。俺の横か後ろを歩いてろ」

とずんずん進んでいく。

「かしこまりました」

と彼の1歩後ろを歩く。

一言も話さずに歩いてしばらくするとあるクレープ屋の前で立ち止まった。

「あ、まだここあるんだなぁ…」

と呟いた。

「買ってまいりますね、どちらになさいますか?」

「おお、手厚いな。ここはバターシュガーが美味いんだ」

「バターシュガーですか。シンプルなトッピングですね」

「それがいいんだ、昔からそうだ。お前もバターシュガーを買うといい。美味いぞ」

「左様でございますか。ではそのように」

と店内に入る。レトロな外観だが食券式で老舗なのが伝わってくる。キツくないバターの香りが漂ってくる。いい香りだ。

「お待たせ致しました」

とクレープを手渡す。

「どうもな。これこれ、美味いんだ」

と大きな口を開けてクレープを齧る。頷きながら食べる様子から、彼がこのクレープが好きなのがよくわかる。バターの風味とシュガーの優しい甘みが口に広がりため息が出そうになる。

「美味いだろう、かみさんと付き合って初めて食べたクレープなんだ」

「そうなんですね、思い出のクレープだとは。素敵です」

「ああ」

と言って彼はまた黙って食べ続ける。やはり鎌倉は彼にとって思い出の地であるようだ。少しずつ彼の緊張が解けていって安心する。

「おいしかった、ごちそうさま」

と彼はクレープ屋の前で手を合わせた。思わず僕も手を合わせる。

少し歩くとピタッと止まった。彼の目線の先には指輪作り体験の店があった。

「どうなさいましたか」

と聞くと、

「あぁ、昔ここにロシア料理の店があったはずなんだがなぁ…」

と悲しそうに言う。近くに張り紙が貼ってある。

カルシュカは2/18に閉店致しました

とある。

「カルシュカ…というお店ですかね?閉店してしまったようですね」

「あぁ…昔からあったからなぁ。俺も何年拘置所にいたかわかんねぇしな。この通りも変わるだろうさ」

と歩き始めた。僕は彼が死刑囚になったときを知らないからどれだけここが変わったのかわからない。そもそも昔を知らない。前を進んでいる彼の顔は見えないが悔いている雰囲気を感じる。

そうこうしているうちに鎌倉駅に着いた。ドアサービスをして彼を車に乗せ、運転席に回る。

「次はどちらに行かれますか。鶴岡八幡宮前通り及び交差点は渋滞しており移動に時間がかかることが予想されます」

「瑞泉寺という寺に。墓地にも寄る」

「かしこまりました、ルートを探しておりますのでお待ちください」

と言って検索する。瑞泉寺はかなり山道の奥にある。難しい道だ。小さい車でよかったと思う。前回のベンツでは行けなかった。

「かなり細い道の先ですので目の前に車を停めるのは難しいです。なるべく近くまで車で行きますが少し歩くことになります」

「構わん、時間がかかるなら俺の身の上話で時間を稼げばいいだろ」

と腕を組んで言う。

「かしこまりました」

と言って出発する。鶴岡八幡宮前の交差点は意外とスムーズに通れたが、その先の道が渋滞していた。

「話してやろうさ」

と彼が話し始めた。


俺は鎌倉の横の大船に住んでいた。大学生の時に妻の佐和子に出会って付き合い初めて結婚した。佐和子は長谷に住んでいたんだよ。お互いの家の中間だったここは俺らにとって最高の遊び場で思い出の場所だった。さっき行ったクレープ屋も潰れちまってたロシア料理屋もよく一緒に食べに行ってた。正月には鶴岡八幡宮に行って人混みに揉まれてたな。その先も付き合いは順調で、結婚して鎌倉から少し外れた住宅街に住んだ。そこからすぐに娘が生まれた。麻弥という。

「素敵なお名前ですね」

そうだろう?かわいい女の子だった。佐和子に似て目がくっきりしていて愛嬌があった。麻弥が生まれた3年後に息子が生まれた。俊太という。俊太もかわいい子だったが、発達障害だった。佐和子も俺も俊太が無事に成長するかが不安だった。俺は仕事でどうしても帰りが遅くなることがあったが、夜はなるべく2人に関わるようにしてた。だから子供たちは俺にも懐いてくれて家族団欒だった。

「だった、とは?」

子供2人が小学生のときに麻弥が殺されたんだ。クソガキに。麻弥は小学校6年生、俊太は小学生3年生だったな。殺したガキ共は発達障害の俊太をいじめていた。上履きが隠されたり、画鋲を入れられたり、教科書がビリビリに破られたり。俺らは学校に警戒をしてもらうようにお願いしたり送り迎えをするようにしてた。そうしたらガキ共は休み時間にコソコソ隠れていじめるようになった。それに気付いた麻弥が止めに入った。それにムカついたガキ共は階段の上から麻弥を突き飛ばして一番下まで落として、両手足と頭、首を踏みつけて殺したんだ。俊太は泣きながら先生を呼びに行ったらしい。

「それは…なんと申しますか…」

ガキがやることにしては度が過ぎてるだろ。もちろん警察を呼ばれたが子供だからと起訴もされなかった。それはおかしいだろと先生やガキ共の親に言っても『子供がしたことですから』とか言いやがった。

「それは…酷いですね…」

本当に酷い。それも酷いが、もっと酷いのは俊太の6年生の時に起きた。卒業式の日に佐和子と共に式に出席したが、その時に麻弥を殺したガキ共の母親たちが俺らのところにやってきて

『お互い無事に卒業できてよかったです』と笑ってやがった。「あの、謝罪とかはないんですか」と聞くと『3年前の話なので…お互い時効ということで…』とか言いやがった。俺はそこで怒りが最高潮に達し、ガキ共とその親4人とそれを止めようとした教員を殺した。

「5人殺したというのは…」

あぁ、ガキ2人と親2人、教員1人だ。それで捕まった。最初は無期懲役だったんだが、俺は余程短気だったようで、同室のやつらにこう言われたんだ。

『お前さすがに短気すぎるだろウケる、俺らもっとすげぇことしたし』

「子供を殺されたんだぞ?」

って答えた。

『その時点でやりゃよかっただろ、ガキもおせぇわって思ってるだろうな』

ここでイラッと来てしまって言ったやつの首を絞めて壁に叩きつけて殺した。もう1人のやつも同じように殺した。それで死刑になったんだ。


「そうなのですね…とても辛いことがあったのですね。ここから先は歩きになりますが…少しお休みになりますか?」

「いや、いい。行こう。話はまだ続きがあるんだ。歩きながら聞いてくれ」

「かしこまりました」

とドアを開ける。濃い緑と鮮やかな青空が目に刺さる。サァァと吹く風が心地よい。

「俺がここに来る理由はまぁ察してるだろ」

と前を歩く彼が言う。

「…娘さんのお墓参りでしょうか」

「まぁそれもある。だが、それだけじゃないんだ。もちろん麻弥の墓参りだが、麻弥だけじゃない。佐和子と俊太、2人も一緒にいる」

「……え?」

「俺が拘置所にいる間に2人とも死んだ。俺が死刑囚になったことが近所に知れ渡って、近所のやつに放火されたらしい。寝てる間だったから佐和子も俊太も気が付かずに家は全焼、焼け死んだらしい」

言葉が出なかった。そんな話をしているうちに受付が見えた。山の麓にいるような感じで、深い緑の中に茶色の建造物。

「まだ山門にも来てないが、綺麗だろう。瑞泉寺。墓地はこっちにある、着いてきてくれ」

「私もご同行していいのですか?」

「構わんさ、少しでも賑やかなほうが喜んでくれるさ」

と歩き始める。

「苦しかったろうなぁ、あいつらは悪くないのになぁ」

と山道を進んで墓地に入った。

「俺が来れるのは今日が最後だ。念入りに洗ってやりたい」

「かしこまりました」

と水の入った桶と柄杓を手渡す。

「お、気が利くな」

と歩く。少しするとあまり手入れのされていない墓があった。

「ここだ」

と言って墓の掃除を始める。雑巾で拭こうとすると、

「お前はいい、見ててくれ。罪人の最後の償いなんだ」

と言う。僕は何も言い返せず、黙々と掃除する彼を後ろから見ていた。細かいところまで水を流し雑巾で拭く。30分以上そうしている。今日はそこまで暑くないはずだが、彼の頬は濡れていた。いや、涙だ。彼はここに来ることが出来た嬉しさで泣いているのか、娘だけでなく妻と息子までも死なせてしまった悔しさ、悲しさで泣いているのか僕には分かるはずもない。

「ふぅ、これでいいな。戻してきてくれるか」

と空になった桶と柄杓を渡してくる。

「かしこまりました」

と言って戻しに行った。1人で向き合う時間が必要だろうと思い気持ちゆっくり戻ることにした。


「失礼致します」

「おう、遅かったな。時間作ってくれたのか?」

「えぇ、お1人の時間が必要かと思いまして」

「どうもな。一緒に手合わせてくれねぇか」

「もちろんでございます」

と一緒に手を合わせる。そっと目を開けると立っていたはずの彼は跪くように手を合わせていた。そして、泣きながら墓に話し始める。

「ごめんな、ごめんなぁ。幸せに一緒に生きたかったなぁ。麻弥、守れなくてごめんな。痛かったろう、辛かったろう。ごめんなぁ。俊太、一緒にいてやれなくてごめんな、守れなくてごめんな。苦しかったろう、悲しかったろう。ごめんなぁ。佐和子、守れなくてごめんな、寄り添ってやれなくてごめんな、一生一緒にいられなくてごめんな、約束を、守れなくてごめんなあぁぁ。苦しかったろう、悲しかったろう、心細かったろう、辛かったろう。ごめんな、ごめんなあああぁぁぁ」

地面に突っ伏して大泣きしている。死刑囚の男が亡き家族を思い跪いて泣いている。娘を殺された恨みで人を殺した彼はもちろん悪い。だが、絶対に妻と息子は悪くないんだ。彼は人を殺してしまった事実と愛する家族を守れなかった事実に押し潰されているんだ。今まで誰にも助けを求められなかったのだろう。拘置所で自殺はできない。正義とは、なんなのだろう。見てられなくなり静かに墓地の入口に歩き出した。男の号哭が遠くから響いている。


しばらくして彼は戻ってきた。目元が微かに腫れている。

「落ち着かれましたか」

「あぁ、すまなかったな」

「とんでもないです、山門から先も行かれますか」

「もちろんだ、階段転びやすいから気をつけろよ」

と早足で山門まで向かっている。慌ててついていく。苔に覆われた石そのままの階段は、思わず滑ってしまいそうになる。そんな険しい階段を登った先には厳格な雰囲気に満ちた瑞泉寺が建っている。

「お前疲れたのか?体力ねぇなぁ」

と先を行く彼は笑う。

「いえ、疲れてはいませんが…滑りやすいので」

「そりゃそうだな、鐘の先のベンチからは緑がよく見えるぜ」

と歩いていく。僕はそれについて行く。そこからの景色は、何か特別なものが見える訳では無いが美しい緑と夕焼けのオレンジが調和して僅かに目を刺す。

「綺麗ですね」

「そうだろう」

「ここには何度かいらっしゃったことがあるのですか」

「もちろんだ、佐和子とも子供たちとも来た」

「なぁ、ここで最後だろう?」

「ええ」

彼の声は震えている。この旅には終わりが来てしまう。時間的にここで彼の旅は終わってしまう。

「あと、どれぐらいある」

「1時間くらいです」

「この景色を1人で見ていてもいいか。お前も一緒にいる必要は無いから」

「かしこまりました」

と彼から離れて様子を見る。

すると、彼の横に女性と男の子と女の子の幻が現れた。彼はそれを特に異常だと思わず、幻とコミュニケーションを取っているようだ。幻の声は聞こえない。

「ずっと俺を見てたのか?」

「そうか…本当に済まなかったな」

「俊太は本当に大きくなったなぁ」

「お姉ちゃんを越えるなんてなぁ」

すると、子供たちは立ち上がり境内で遊び始めた。

「お前と初めてここに来たのはいつだったか」

「そうか…そんな前なんだな」

「子供たちも大きくなったな、全て背負わせてしまって、ごめん」

すると女性は立ち上がり、彼の後ろに周りそっと抱きしめた。

「もう、耐えられないよな」

女性は頷く。子供たちもいつの間にか彼の前に立っていた。

「すぐに、行くから」

と彼が言うと子供たちも彼を抱きしめた。彼はすっと立ち上がりこちらを向いて、

「じゃあここで。兄ちゃん、ありがとよ」

と言った。女性はぺこりとお辞儀をした。子供たちはこちらに手を振っている。

「はい。お気をつけておかえりください。この度はFプライベートツアーをご利用頂きまして誠にありがとうございました。」

と僕は深くお辞儀をした。顔を上げると、彼らの姿はなかった。ただただ美しい緑とオレンジの景色が広がっていた。


次の日、新聞が届いた。新聞なんて普段読まないのに、どうしたのだろうか。見出しには『凶悪犯大武貴之、遂に死刑執行』と大々的に書かれていた。彼の犯した事件が振り返るように書かれており、彼の家族に関する記載は全くない。「凶悪犯」「極悪人」という言葉が沢山目に入ってくる。その中に、彼の最期の言葉らしい言葉が記載されている。

「今行くよ」


ふと、新聞の間から手紙が落ちる。


Fプライベートツアー運転手さん

先日世話になった大武貴之だ。無事に、と言っていいのかはわからんが俺の死刑が執行されたぞ。一緒に送った新聞は見たか?俺の犯行がめちゃくちゃに書かれてるな。まぁやったことは事実だがな。麻弥が俺が殺した餓鬼どもに殺されたこととか家が放火されて佐和子と俊太も死んだこととかは書かれてなかったよな。俺は殺したヤツらの親族に悪いとかそんなことは一切思ってねぇ。麻弥を殺したことに対する復讐でしかなくて、悪意しかねぇ。極悪人だ。だがよ、佐和子や俊太は極悪人でもなんでもないだろ?家を放火したやつは捕まってすらない。世間で何事もなく生きている。それが悔しくて仕方ねぇ。未練はそれだけだな。お前にも見えていただろうが、瑞泉寺に行ったとき家族が迎えに来てくれた。沢山謝ったよ。父親としても旦那としても俺は最低の男だ。でも、皆許してくれたんだ。麻弥と俊太は「それでもパパは正義のヒーローだよ」って、佐和子は「あなたの正義感の強いところに惹かれたんだから、今更それを否定するんじゃないわよ」って言ってくれたんだ。正義ってなんなんだろうな。何をもって悪とするんだろうな。俺にはわかりゃしねぇ。そんな俺はきっと地獄に落ちるだろう。家族とまた一緒になれるのは当分先だろう。でも、このツアーに参加してから、必ず次は幸せになってやるって思ったんだ。もちろん家族と一緒にな。全て失って絶望していた俺を、このツアーが救い出してくれた。だからこそお前に礼を言おう。ありがとう。どうかお前は幸せでな。

大武貴之


正義とは、なんなのだろう。悪人とは、なんなのだろう。彼がしたことは許されることではないが、彼の家族は幸せになれたはずなのに。彼が家族と共に幸せになるにはまだ精算が足りないかもしれない。でもいつかその日がやってくる。その日を目指して頑張って。


第2話 大武貴之 50歳 行き先:鎌倉市 終

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