古本市でのお買い物
和菓子だ。四季折々の色んな和菓子のイラストが散りばめられた、かわいらしい表紙の絵本を、クマが目をきらきらさせながら眺めている。確かにとってもかわいいし、家に飾ってもおしゃれだろう。和菓子の絵本ってあったんだなあと、私は心の中で少し驚きながらクマを見ていた。
「クマ、この本買うの?」
とりあえず聞いてみた。まあ、もう聞くまでもないんだけれど。しかし、絶対にクマはこの本を買うだろうという私の予想に反して、クマは「ちょっと悩んでます」と言うと、腕組みしながら私を見た。クマは眉間に深いしわを寄せて、困った顔をしている。
「え、なんで? 欲しいんじゃないの?」
私は思わず首を傾げた。すると、私が首を傾げたのとほとんど同じタイミングで、視界の端で何かが動いた。気になって見てみると、本が並ぶテーブルの向こう側、パイプ椅子に座って店番をしていた白ヤギのおじいさんも首を傾げていた。
「いやあ、わたしもクマのお兄さんはこの絵本を買ってくれそうだなあと思って見ていたものですから」
私の視線に気付いたおじいさんは照れくさそうに、少し顔を赤らめて言った。おじいさんは黒いハンチング帽子をかぶっていて、それがとっても似合っている。
「帽子、とってもお似合いですね」
私が言うと「いやあ、照れますね。これ、孫が買ってくれたんですよ」とおじいさんは優しい笑顔を見せてくれた。
「よかったら、これでもどうぞ」
和菓子の絵本を眺め続けるクマを見ていると、ヤギのおじいさんがそっと私に向かって手を突き出した。何だろうと思って右手を出すと、透明のフィルムに包まれた抹茶飴を二つくれた。
「いやあ、わたし、この飴がとっても好きなんですよ。ちょっとだけですが、お裾分けです」
ヤギのおじいさんはそう言うと、口の中の飴をころんと転がして、右の頬をぽこりと膨らませた。私がお礼を言うと、おじいさんは右の頬を膨らませたまま、目を細めてふふふと笑った。
私は飴をクマに一つあげてから、自分の分をぱくんと食べた。飴は程よい甘さで、口の中に優しいお茶の香りが広がった。
「これ、買います!」
神社の中に売り場を構える三十ほどの古本屋さんをすべて巡った後、私たちは白ヤギのおじいさんのお店に戻ってきた。そして戻るや否や、クマは和菓子の絵本を手に取りおじいさんに声をかけた。
「いやあ、こんなに買ってくれるとは思ってなかったよ」
綺麗に陳列された本の背表紙を特に意味もなく眺めていると、ヤギのおじいさんが驚きの声をあげたので、私はその声を聞いてびっくりした。こんなに? 和菓子の絵本だけじゃないの? 私はすぐにクマを見た。するとクマは、にこにこしながらたくさんの本をおじいさんに渡そうとしていた。
クマが買おうとしている本を見せてもらうと、和菓子の絵本、焼き芋の絵本、葉物野菜の絵本、世界の鍋料理図鑑……クマの持つ本は私が知らない本ばかりだった。
焼き芋の絵本はいろんな品種のお芋のイラストと美味しい焼き芋の作り方が載っていて、葉物野菜の絵本は季節ごとの葉物野菜のイラストが、子どもと一緒に作れるおすすめレシピと並んで載っていた。世界の鍋料理図鑑はもうその名前の通りだった。世界中の鍋料理が美味しそうな写真とともに紹介されていて、見ているだけでお腹が減ってくる素敵な図鑑だった。
「おじいさんのお店の本はどれもすごく気になって、どれを買うかずっと悩んでいたんです。それで悩んだ結果この四冊にしようと思いまして」
クマは相変わらずにこにこしている。それにしても私の知らない本ばかり、まだまだ知らないことってたくさんあるんだなあと、当たり前のことだけれど改めて思った。
「ねえクマ、その本も買うの?」
ヤギのおじいさんに会計をしてもらっているクマのすぐそば、綺麗に並んだ背表紙たちの上に、ぽんと一冊のお料理の本が置いてあった。『やっぱりおいしい、おふくろの味』とだけ書かれたシンプルな表紙に私の目は吸い寄せられた。
「あれ? いつ置いたんだろう、全く気がつきませんでした」
クマは私に聞かれて初めて気がついたようで、きょとんとしながら本を手に取り首を傾げた。何故かその本がすごく気になった私は「ちょっと見せて」と言ってクマから受け取り、ぺらぺらとページをめくってみた。
200ページほどの雑誌サイズの料理本。から揚げ、肉じゃが、ハンバーグ、かぼちゃの煮物、ぶりの照り焼きに炊き込みご飯などなど、定番のレシピがとってもわかりやすく載っている。
「クマが買わないなら……うん、私が買うわ」
本に載っているいくつかのレシピを見て、私は買うことにした。どのお料理もとっても美味しそうで、作ってみたいものばかりだったから。本のレシピは全て二人前の分量になっていて、それを見て私はちょうどいいなと思った。
「いやあ、ありがとうございます。こんなにたくさん買ってもらえるなんて。本当にありがたいです」
「いやいや、たくさん買ったのはクマで私は一冊だけですから」
穏やかな笑顔のヤギのおじいさんと私が話していると、どうしてかクマが嬉しそうに私を見ていた。なんでこのクマは嬉しそうなんだろう? なんて思っていると、「同じお店でお買い物って、なんだかお揃いみたいですね!」と言われた。
「いやいや、お揃いって買ってる本が全く違うからお揃いじゃないでしょ」
私がすぱんと訂正するとクマが一瞬でしゅんとうなだれた。
「いやあ、あのう、もしよかったら、お二人ともこれどうぞ」
会計も終わりお店を去ろうとした私たちを、ヤギのおじいさんが呼び止めた。何だろうと振り返ると、おじいさんが足元にあった黒いボストンバッグから分厚い本を取り出していた。クマと私は顔を見合わせ「なんだろう?」と一緒に疑問に思っていると、おじいさんが本から二枚のしおりを取り出して私たちにくれた。
コーヒーで染めたような、ところどころ濃淡のある薄い茶色の紙のしおり。受け取って見ると、紙の上の方にボールペンのような細い線で四葉のクローバーが二つ描かれている。
「いやあ、大したものじゃないんですが、これならお揃いになるかなあと思いまして。たくさん買ってくださったので、私からのサービスです」
そう言ってヤギのおじいさんはにっこり笑った。「ありがとうございます」とお礼を言ったのだけれど、クマの大きな大きな「やったー! ありがとうございます!」という声に私の声はかき消されてしまった。
「これなら今度こそお揃いですね!」
恥ずかしげも無く、にこにこしながら私に言うクマに、私は「そうね」としか言えなかった。恥ずかしくて照れてしまいそうになりながら、私はしおりを鞄の中の手帳に挟み、大切にしまった。




