お熊好しからの晩ごはんのお誘い
「そうだ! もしよかったら一緒に夕食でもどうですか?」
スイーツコーナーで今夜のデザートをプリンにするか杏仁豆腐にするか悩んでいると、クマがにこにこしながら聞いてきた。疲れた私ににこにこが少し眩しい。相変わらず元気なやつだ。
「いいの? 今夜は疲れているから何か作ってくれるならお呼ばれしようかしら」
ついつい本音が出た。スーパーの特売日に買ったボロネーゼのパスタソースがあったから、今夜は簡単にそれで済まそうと思っていた。でも、だんだんそれも面倒になってきてコンビニで何か買って帰ろうかと思っていたところだった。
ストレート過ぎたかなあとも思ったけれど、今更クマに対して変に気をつかうのもなんだしまあいいか。そんなことを瞬時に頭の中で考える。時間にしてたぶん2秒ぐらいだと思う。
「任せてください! 昨日とってもいい春キャベツが手に入ったんですよ」
クマが誇らしげに胸を張る。胸を張る内容がほのぼのしているというかゆるいというか、私は思わずふふふと笑ってしまった。
「じゃあ、お呼ばれしようかしら」
「やったー! じゃあほら早く帰りましょう」
そう言うとクマはすたこらとレジへ向かった。私は大きな背中に向かってついつい微笑みかけてしまった。時間にしてまたまた2秒ほど。すぐに我に返って恥ずかしくなる。ああ、顔が熱い。
何もなかったような顔をして売り場に並ぶスイーツを見る。さてどうしようかしら……
少し悩んでから私はたまごたっぷりの特大プリンと杏仁豆腐を一つずつカゴに入れてレジに向かった。杏仁豆腐は私の分。特大プリンはクマの分。プリンも食べたいから一口、いや二口ほどもらうとしよう。
「ゆり子さん、ちょっとこの子を送ってきます!」
レジに向かうと、先に会計を終えたクマから謎の宣言を受けた。どの子のことかは聞かなくてもすぐにわかった。クマの左肩にひよこが乗っていたから。もちろんさっきお酒に心を奪われていたあのひよこだ。ひよこは普段と違う目線の高さに感動しているのか、嬉しそうな顔で目を輝かせている。
「はい、いってらっしゃい」
「いってきます! ゆり子さんは先に帰ってうちの前で待っててください。すぐに追いかけますから!」
クマはにこにこしながらそう言うと、とことこ早歩きでコンビニを出ていった。
二足歩行で歩いていくクマ。500mlの缶ビールが透けて見えるレジ袋ともう一つ、1リットルの牛乳パックと食パンが透けて見えるレジ袋を持っていた。ひよこにとっては大荷物だから運んであげるのだろう。お人好しならぬお熊好しである。
「でも、あんな大荷物、ひよこはどうやって持って帰るつもりだったんだろう?」
コンビニを出た時、ふと頭にぽかんと疑問が浮かんだ。私がひよこならどうやって運ぶかな。ずりずり引きずるか、手押し車か、カートで運ぶか。いやいや、待て待て。そもそも牛乳パックも食パンもひよこよりも大きかった。本当にどうするつもりだったんだろう。
「あの子はもうすぐ家に着くんだって! いや、だから大きなツキノワグマさんが肩に乗せて……え? おれ? まだコンビニの前の駐輪スペースだってば」
慌てた雰囲気の漂う声が近くで聞こえた。そしてすぐに私は察した。もしかして……あ、やっぱり。見回してみると駐輪スペースの隅の方に台車が一台置いてあった。そしてその上でぱたぱたと忙しなく動きながらにわとりが電話をしていた。
「ツキノワグマさんが家に来てもびっくりして叫ばないでね! お母さんはすぐ大きな声をだすから。じゃあね」
にわとりはそう言って電話を切ると大慌てで台車を押して走っていった。
たぶん今のにわとりはさっきのひよこのお父さんなんだろう。心配してついてきたのか、もしくは荷物運び要員として派遣されたのかどっちかなんだと思う。それでコンビニの前で待っていたのにクマが連れて帰っちゃったんだ。
「あちゃー……」
すごい速さで遠ざかっていくにわとりの背中に向かって、私は思わず呟いてしまった。
ちゃんとクマはひよこを送り届けられたかしら。にわとりのお父さんは追い付けたかな? そんなことを心配しながら歩いていると、いつの間にうちのマンションに到着していた。そしてその直後にどたどたと大きな足音と「お待たせしましたー!」という大きな声が背後から飛んできた。
「近所迷惑だからやめなさい!」
恥ずかしくて反射的にお熊好し野郎に注意をしたら、思わず私も大きな声を出してしまった。結果、私の恥ずかしい声が夜の道路に響き渡った。




