母の記憶
「ここ、おふくろの味っていうんですかね。どのお料理も優しい味でとっても美味しいんです」
三毛猫に注文した定食が出てくるのを待っているとクマが教えてくれた。食べるのが大好きなクマが言うんだから間違いないだろう。
「そうだ、ゆり子さんにとっておふくろの味ってなんですか?」
クマに聞かれた時、私は思考が止まった。水の入ったコップに向かって伸ばした右手が空中で固まる。
「ゆり子さん?」
「あ、ごめん」
我に返った私は慌ててコップを手に取り水を飲んだ。コップの水を半分ほど飲んでから私は笑って誤魔化そうとした。
「ゆり子さん、大丈夫です?」
「ええ、別に大丈夫よ」
「ゆり子さん……ゆり子さんのお母さんとあんまり仲が良くなかったり……しますか?」
私はまた笑って誤魔化そうとした。でも、できなかった。だって笑顔を作る前に真顔になってしまったのが自分でもわかったから。
「プライベートなことに土足で踏み込んでごめんなさい。でも、その、気になって……」
クマの顔を見る。クマは申し訳なさそうに、でも真剣な顔で私を見ていた。
「いつから気になっていたの?」
「えっと、ヒグマさんのビアガーデンの帰り道からです」
「そっか……」
自分の顔が冬のお風呂場の床のように冷たくなるのを感じた。あの時、やっぱり隠せてなかったんだ。私は自分が思うほど器用じゃないのかもしれない。私は何も言えなくなった。
「ごめんなさい、いきなり。こんなこと急に聞かれても言いづらいですよね。今の無かったことにしてください」
私の沈黙に耐え切れなくなったのか、クマがさっきよりもずっと申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。眉間にかなり深い皺ができている。皺に小銭が差し込めそうだ。
「いいわよ」
「……へ?」
クマが間抜けな声を上げた。鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をしている。
「教えてあげる」
私はクマの反応を待たずに話しことにした。
今まで避けてきたけれど、私自身そろそろちゃんと整理しなきゃなと思っていた。なんてことはない。私の恥ずかしい思い出話のようなものだ。
そうそれは、情けない思い出話のようなもの。
私には父の記憶がない。
私が物心つく前に交通事故で亡くなったそうだ。写真もほとんど残っていないので私の中にはぼんやりとしたイメージすらない。
母は女手一つで私を育ててくれた。朝から晩まで働いてくれていたが生活に余裕はなかった。幼いながらにそのことを理解した私はわがままを言わないように気をつけていた。
欲しいおもちゃを我慢した。
欲しい絵本を我慢した。
欲しい服を我慢した。
幼い頃の私はずっと我慢して生きてきた。でも、別にそれが苦だと思っていなかった。我慢するのが当たり前になっていたから。
小学生になってすぐ、母は私を塾に通わせてくれた。クラスの子が通っていたのでいいなあと思っていた私は大層喜んだ。母はそんな私を見て満足そうな顔をしていた。たぶんその頃からだと思う。母の私に対する態度が変わったのは。
「宿題しなさい」
「勉強しなさい」
「読書をしなさい」
気がつけば母は私に毎日そう言うようになっていた。学校や塾の宿題が終わっても「勉強しなさい」と言われた。嫌だなあと思ったけれど私は母の言う通りにした。
私が小学校高学年になっても、母は私に毎日のように「勉強しなさい」と言った。
「お母さんの言うことを聞いていれば大丈夫よ」
「たくさん勉強していい大学に行くのよ」
母は毎日笑顔で私に言った。
「この本を読みなさい」
「漫画なんて読まなくていいの」
「テレビなんて時間の無駄だから見なくていいの」
刷り込むように言われ続けた私はなんでも母の言う通りにした。勉強し続けた私はいつも学校でトップの成績だった。テストで何回も100点を取っていたし通知表も毎回よかった。でも母が私を褒めてくれることは一度もなかった。
「テストなんて100点じゃなきゃ意味がないの」
「通知表がいいのは当然のことよ? もっと頑張りなさい」
母に褒めてもらいたかった。でも、何度期待しても同じことを言われた私は母に褒めてもらうことを諦めた。母に褒めてもらうにはいい大学に行かなきゃいけないんだと思った。
中学生になっても私はずっと勉強し続けた。母にも「勉強しなさい」と言われ続けた。
部活には入らなかった。
「部活なんて入ったって意味がないわ」
母が入学式の日の夜にそう言い切ったからだ。私の中学時代は勉強しかなかった。
「高校はここに行きなさい」
私の進路は母が決めた。国立大学への進学率が高い学校だった。私は何も考えず言われた高校を目指した。中学でも成績が学校トップだった私は失敗することなく言われた高校に合格した。
「次は大学受験ね」
高校に合格した私に母が贈った言葉は「おめでとう」ではなかった。そんな母を見て私はやっぱりいい大学に行かなきゃいけないんだなと改めて思った。
高校に入学してからも私は勉強し続けた。もちろん母には「勉強しなさい」と言われ続けた。
部活には入らなかった。理由は簡単。勉強時間を確保するためだ。毎日毎日勉強し続けた。母の言う通りにする、それが私の中で絶対だった。いい大学に入って母に褒めてもらう。それだけが私の目標だった。
勉強しかしていない私にとって受験勉強は苦ではなかった。模試の結果はいつもどの大学の名前を書いても『安全圏』だった。
「この大学に行きなさい」
大学の進路も母が決めた。母が言った大学は有名な国立大学だった。
「ここに入ればきっと大企業に入れるから」
母は笑顔で私に言った。私はそんな母を見て頷いた。既に安全圏の大学だったからこのまま勉強し続ければ合格できると思った。
受験当日、私は緊張することなく試験に挑むことができた。そして私は余裕で合格した。
合格発表は一人で見に行った。自分の受験番号を見つけた時、私はやっと褒めてもらえると思った。私は嬉しくて母にすぐ電話をした。
「次は就職活動ね」
大学に合格した私に贈られた言葉はまた「おめでとう」ではなかった。母は私に労いの言葉をかけることなく電話を切った。その時自分の中で何かが外れる音が聞こえた気がした。




