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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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97/198

45.異常なし

アルクセウスの呼び名は、学校長(通常の呼ばれ方)、調停者(役職名。一部しか知られていない)、アルクセウス様(私的な呼び方)の3パターンです。

 学校長に呼び出されたことを伝えると、みんな一斉に「ああっ」と頭を抱えた。

 

「卒業が危ないんですって?!」


 リナーサは悲しげに嘆いた。休み中に課題を出されることになった、という言い訳はかなり信憑性があったらしい。

 『黒曜会』の今後の話はユーリグゼナ無しで話されることになった。ベセルはムスッとした顔で、ぼそぼそと話し出す。


「私はアルフレッドが好きではない。何でも中途半端で未だに覚悟が足りないように見える」


 アルフレッドは固い表情ながらも、真剣に耳を傾ける。


「制服をお揃いにしてきたときは、暗殺部隊を組織した。だが、途中で考え直さざるを得なかった。鍵盤楽器(ピエッタ)を始めた姫が、森の中でしか見せない柔らかな表情を見せるようになったからだ。授業にも眠らないで取り込むようになった」


 物騒な言葉と、のぞき見された内容が含まれている。だが質問を挟めるような雰囲気ではない。ベセルは熱く語り続ける。


「アルフレッドのおかげだと思っている。────ずっと恐れていたのだ。姫は学校をやめて、また一人きりになってしまうのではないかと。そうならなくて本当に良かった。不満は山ほどあるが、とりあえずアルフレッドに任せてみようと思う」

「お兄様」


 リナーサが冷たい笑顔をベセルに向ける。


「お兄様はもう、会長でも生徒でもありません。既婚者が未練たらたらと、鬱陶(うっとお)しいことこの上ない」


ベセルは不服そうに鋭い目付きで、妹に圧力をかける。


「私は姫の幸せを願っているのだ。それのどこが悪い!!」

「お兄様は願うだけではないでしょう? 異常行動が過ぎるのです。これからは私が力を尽くします。お兄様は、黙って、引っ込んでいてください!!」


 リナーサは噛みつくように兄に言い放つと、くるりとユーリグゼナに顔を向け優しく微笑んだ。


「────とりあえずユーリグゼナ様は学校長のところへ。卒業することが優先ですわ」


 リナーサの言葉でようやく退出できる運びとなった。


 ユーリグゼナは急ぎ向かう。アルクセウスの部屋とは、学校長の部屋のことだ。訪ねるのは三年前の襲撃事件のとき以来だ。

 彼女はよっこらしょっと、ほかほかと温かい大きな紙袋を持ち直す。ベセルからアルクセウスへの挨拶代わりに、と持たされた。香ばしい良い匂いがして、彼女は好奇心に負け袋の中をのぞき込む。

 




◇◇◇





「相変わらずだな。ベセルは」


 焼きたてパンを受け取ったアルクセウスは、整った顔を少しだけ崩した。腰下まである長い銀髪がさらさらと揺れる。


(わし)が好きだと知ってから、ことあるごとに差し入れてくる」


 私も焼きたてが一番好きです。などと関係ないことは心の中に(とど)め、ユーリグゼナは話を促す。


「御用を承ります」


 彼は(つづ)られた紙の束を手渡した。結構な枚数あり、手に取っただけで気が重くなった。渡した方の彼も、いつもより表情が重い。アルクセウスは沈んだ声で言った。


「ウーメンハンの誘拐対策用に人を傷つける魔法陣を持たせ、起動を命令したのは(わし)だ。其方(そなた)が自分自身を責めるとは思わなかった。すまぬ」


 少し前のことに思える。彼がずっと気にしていたのだと知り、驚きが隠せない。それに謝られても人を傷つけたことは変わらない。起動させる状況を作った彼女の失敗であることは間違いなかった。


「死亡者は一人も出ませんでした。アルクセウス様が力を尽くしてくださったのでしょう?」


 謝神祭のすぐあとに知らされ、彼女は救われたように思った。彼は表情を緩めない。


「いつも其方(そなた)には、暴力を肯定してはならぬ。そう厳しく指導してきた。しかし現実には武力制圧なしに国は治まらぬ。矛盾しておるな」


 自笑する彼の長いまつ毛が下まぶたに影を落とす。彼は調停者として守るべき命を、罪を犯したかどうかの区別なく全力で救っている。

 最初ペルテノーラの王子たちを攻撃して叱られたときは、アルクセウスの言うことを理解できなくて反発した。でも今では少しだけ分かるような気がしていた。


「武力を禁じるのは、誰も傷つけてほしくないから。そして暴力以外の解決方法を学ばせるためですか?」


 彼の端正な顔がふっと緩んだ。少しだけ緑の混じった黒い目が優しく細められる。


「そうだ。知らぬものは実践できぬ。平和を知らぬ者に、殺し合いの無い世界で過ごさせてやりたい。学校で平和の種を育てているつもりなのだ。だが其方(そなた)の前では安っぽく感じる。────三年前の謝神祭で国の代表者を巻き込んだ襲撃が起こったとき、其方(そなた)は誰一人殺さなかった。ライドフェーズたちを魔樹の実の汁で姿を消し、戦いを避けた。教えなくてもちゃんと実践してる」


 彼女は困惑していた。自分自身の思いを述べるアルクセウスは、ただの一人の人間に見える。それに当時たくさん叱られたことを手放しで褒められ、とてもこそばゆい。そういえば、あの時この人だけは彼女のことを肯定してくれた。


 かたっと微かな音を立て、側人が退出した。学校長室にアルクセウスと彼女の二人きりになる。彼は瞬間的に盗聴防止用の陣をひいた。呆気にとられる彼女に、恐ろしいほど美しい顔を近づける。


「すぐにシキビルドに戻れ。其方が学校に来ることが、前もって間者たちに嗅ぎつけられている。何か事が起きようとしている」


 彼女は息を呑む。これが彼が急ぎ伝えたいことか。


「学校内のことなら(わし)の力が及ぶ。シキビルドのことは其方とライドフェーズで何とかするしかあるまい」

「何が起こるのですか?」

(わし)には先の事は分からぬ。分かるのは神々だけだ」


 彼は眉をひそめ、呟くように答えた。


 手早く打ち合わせを終えると、アルクセウスは机に置かれた紙袋を覗きこみ、中に手を突っ込んだ。白く滑らかな長い指が、むにっと大きめのパンを二つ摘み上げた。優雅さの欠片もない動きに目も見張っていると、ドサッと残りの袋を彼女に押し付けてくる。形の良い口を歪ませ、にいっと笑った。


「焼き立てのうちに(わし)が食べられるのはこのくらいだ。あとはやろう」


 欲しがっていたことが、読まれていたらしい。彼女は顔を赤らめながら、丁重に受け取る。


「ありがとうございます」

「無駄足になることを祈っている」


 彼は静かな面持ちに戻っていた。彼女の肩にふわりと手が置かれる。その瞬間、ユーリグゼナは時空抜道(ワームホール)の入口へ飛ばされていった。

 




◇◇



 


 時空抜道に入る前、アルフレッドに連絡をとった。音声伝達相互システム(プルシェル)の長めの呼び出しのあと彼が応答する。


「何があった」


 見える景色は先ほどの部屋でなく、廊下のようだ。


「まだ何も。でも私が学校に来ることが事前に外部に漏れていて、何事か起きるらしい。私、先にシキビルドに戻って様子を見てくる」

「俺たちには学校にいて欲しいのか」


 相変わらずとても察しがいい。眉をひそめる彼に、彼女はわずかに微笑んだ。


「そう。私がまだ学校にいると思われたい。それに……アルクセウス様はスリンケットとアルフレッドを疑っていると思う」


 本当は二人に帰国することを伝えてはならない、と口止めされていた。それでも彼女は伝える。何かあって困るのはシキビルドだけではない。二人もだ。


「二人とも十分気をつけて。アルクセウス様が見張っているから、学校にいれば安全だろうけど」

「だったらユーリが学校にいて、俺たちが──じゃ駄目なんだろう? 本当に勝手なやつ」

「ごめん」


 謝罪する彼女に彼は首を振った。彼のさらっとした見事な金髪がせわしなく揺れる。


「俺こそ悪かった。自分本位の行動で泣かせてごめん。今度はユーリの意思を尊重する。だから頼む。無事でいてくれ」


 一番大事なところで、アルフレッドは手を離してくれる。彼女のために。たとえ本心と真逆だとしても。


「ありがとう。アルフもどうか無事で。私の一番大事なものはアルフの中にあるんだから」

「そんなこと言われると、行かせたくなくなるだろう?」


 彼はそっぽを向いた。


「急いで行けよ。異常がないこと確認して、さっさと帰って来い。そんなに時間は稼げない」




◇◇

 



 ユーリグゼナは彼との通話を終え、拠点を見張る役人たちに気づかれないよう、身を潜め通り抜けていく。そもそも学校に行くことが漏れていただけだ。異常がないことが確認できれば、それでいい。


 時空抜道を駆け抜ける。外に出るとシキビルドは夜だった。初夏独特の生ぬるい空気が彼女を包む。静まり返った様子から真夜中なのだろうと察する。早速「夜分すみません」と神妙な顔で連絡をとった。


「何時だと思ってる?!」


 予想通りのライドフェーズの不機嫌そうな顔と声だ。

 映像も繋がる彼女の高性能音声伝達相互システム(プルシェル)は、いらない情報も伝えてくれる。彼の身につけている夜着が、紺色を基調にした縦縞で、先ほどまで会っていたリナーサの美しいスカートとよく似ている。彼が身につけるとこんなにも残念な印象なのかとため息が出た。そんな思いが表情に出ていたのだろう。彼はますます機嫌が悪い。


「何の用だ。何でもなかったら、許さぬぞ」


 彼女はサッと頭を下げ、最低限の礼をしてから、彼女が学校に行くことが事前に漏れていたことを告げる。


「アルクセウス様が何か起こると仰るので、確認のため急ぎ戻りました。ライドフェーズ様がおやすみだったということは、表立っては何もないのですね」

「ああ。何が起こるというのだ」

「分からないそうです。……私は分からないときは、最悪の事態を想定するようにしています。今、シキビルドで起こって欲しくないことは何ですか?」


 彼女の問いに、彼は深く呼吸をした。王らしい凛とした表情になっていく。


「起こって欲しくないことは、たくさんある。だが今、ユーリグゼナの不在を利用しそうな連中となると、ウーメンハンの間者、私のやり方に反発する特権階級たちか。…………現段階の最悪の事態はウーメンハンの不正の証拠を国外に持ち出されることだろうな」


 証拠はロヴィスタがどこかに隠したまま、行方が知れない。どこにあるか分からない物を守ることは難しい。彼女は必死で頭を動かす。


「時空抜道を押さえれば、国外には出せません。今シキビルドと繋がっているのは、特権階級用がペルテノーラと聖城区の二か所。平民と荷物用が聖城区の一か所ですか?」

「そうだ」


 彼もまた紫色の目を細め、思考している。


「人を配置するか……。大事(おおごと)になるな。相手に気づかれるやもしれぬ」

「ライドフェーズ様。この人に裏切られたら、死ぬ。っていうぐらい信用している人は何人いますか?」


 彼は顔をしかめながら、指折る。


「アナトーリー、シノとセシルダンテ。男だと三人だ。シノは武の心得がないから、動けるのは二人か」


 それだけ?! と、彼女はあんぐり口を開ける。しかもアナトーリーはペルテノーラにいる。

 ライドフェーズが平民と荷物用の時空抜道は把握できないと言っていたことを、彼女は思い出していた。


「一番の要は平民と荷物用です。ここをセシルダンテ様にお願いしては? あとはアナトーリーに連絡をとって特権階級用のペルテノーラ側からの封鎖。アルクセウス様に協力いただいて特権階級用の聖城区側からの封鎖。これでどうでしょう」

「悪くない。良いだろう。段取りは私がする。……で、まだあるのだろう?」

「えっ。あっ。はい」


 彼女はしどろもどろながらも続ける。


「あの……。連絡を取ってもらえませんか? 手形の付いた紙で手紙を、その」

「まどろっこしい言い方をするな。なぜさらっとシノにと言わない?」


 彼の名前はいつも言えない。ライドフェーズに出してもらえてホッとする。


「無事か知りたいのです。でももし狙われているとしたら、相手に悟られたくありません。無難な内容を書いて送って欲しいのです」

「できない」

「え?!」

「養子院に行くたびに使っていたら、無くなってしまった。ユーリグゼナに追加を頼もうとしたらシノに叱られた。仕事サボり過ぎだからしばらく来ないように。手紙も依頼しないようにと」


 彼は頬杖を突き、情けない顔で(くう)を見つめる。無いものは仕方がなかった。

 

 二人は早々に動き出すことに決める。ライドフェーズは時空抜道の封鎖。ユーリグゼナは鳳魔獣(トリアンクロス)と国内を見廻り、シノの安全も確認するということになった。


「何も起こらなかったら、二人で各所に謝って回るか」


 彼は仕方なそうに栗色のくせ毛髪をかき混ぜる。


「心強いです。……動いてもらえないかもしれないと、思っていました」

「できる事はやる。まだ一回しか父になって良かったと思ってもらえていないからな」

「あああ~。それは!」


 彼女は両手で頭を押え慌てた。彼はいつも通り不機嫌そうに告げた。


「お前の話は一応聞くことにしている。今回は一番に相談してくれた。応えたい」


 彼が何の含みもなく自然に言うので、彼女はじわりと心が温かくなる。二人は音声伝達相互システム(プルシェル)で連絡を取り合うことを確認して、話を終える。


 



 実は一枚だけ、彼女の手元に彼の手形付きの紙がある。ちゃんと使えるか試すために預かったのに、結局出していない。

 彼女が手紙を出せばいい。分かってはいるが、真夜中に出すのは無事だった場合、かなり恥ずかしい。


(養子院に直接乗り込もうか。それはそれで変じゃないか……)


 鳳魔獣を待ちながら頭を抱えて悩んでいると、スッと視界に白いものが入る。彼女の手にへろへろと倒れ込むようにと下りてきた。

 見覚えがある。彼女が手形付きの紙の説明のために、折り方の見本としてシノに渡したものだ。手形の跡が(だいだい)色に染まっている。


 彼女の心にヒヤリとしたものがよぎる。落ち着け、と自分に言い聞かせながら、潰れてひしゃげた折り目をそっと開けていく。何も書かれていなかった。

 頭の中が真っ白になる。ちょうどその時、鳳魔獣が下り立つ。彼女に頭をすり寄せるのを、呆然としながらいつもどおりに羽と羽の間を掻いてやる。


『どうしたの』


 答えられない彼女に再び顔を寄せる。


『変な臭いがするものを持ってるね』

『変な臭い?』


 彼女は集中力を高め、折り目のついた紙を嗅いでみる。独特の刺激臭と甘ったるい変な臭い。くらっと目眩(めまい)がして、顔から遠ざける。気持ち悪くて冷や汗が出てきた。


『もう嗅がないで。ユーリグゼナの身体は敏感過ぎるから』


 いつの間にか鳳魔獣が頭をすり寄せ、心配そうにしている。


『そうする。ありがとう』

『で、何をするの?』


 鳳魔獣の黒光りする大きな目が彼女を映す。その美しさに魅入られながら、目の下に優しく手を置いた。


『人探し。この手紙を飛ばすから、一緒に追ってほしい』


 彼女は鞄にいつも入れていた、薄い青色に染まったシノの手形付きの紙を取り出す。丁寧によく飛ぶ羽の形に折っていく。左右平行を確認して、おもむろに指先で摘み構えた。


(どうか。無事でいて)


 願いを込めて力強く夜空に向かって飛ばす。折った紙は弧を描きながら、つうっと養子院ではない方向へ飛んで行く。




次回「もう戻れない」は10月25日頃掲載予定です。


手形の紙について(第二章23話「手の形」でユーリグゼナが作成)

紙飛行機のように折ると、手形を付けた人のところに飛んでいきます。ユーリグゼナの手形は橙色に、シノは薄い青色に染まりました。

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