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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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42.次会う日

更新遅くなりました……

『王女が王の側人と密会してるって噂になってる。このままでは、立場の弱いシノは危うい』


 (ロウ)の言葉にユーリグゼナは、ハッと目が覚める。色恋どころの問題ではない。彼は鋭い目をして聞く。


『嬢ちゃん。婚約者いるだろう? あいつはどうした。なんで一人で養子院に来るんだ』


 アルフレッドと来ないのは、ヘレントールから婚約者と二人きりなのは良くないと言われたからだ。でもそんなことを彼に言う必要はない。


『アルフは用があった。それに一人ではなく、アランとユキと来てる』

『そういう言い訳が通用しないんだ。町に他国の間者がかなりの人数入り込んでいて、王女の動向を探ってる。そんな情報もないのか? 今パートンハド家は目が足りないからな。アナトーリーまでいなくなって、これからどーするんだよ』


 彼は手を目頭にあて、ふうっと大きく息をついた。知り過ぎている。ユーリグゼナは改めて彼を観察する。


『あなたは何者?』

 

 彼は淡い透き通るような緑の目を彼女に向けた。


『察しが悪すぎて、心配になる。俺はノエルの(もと)で「目」のお役目を手伝ってた』

『お祖父(じい)様の?! パートンハド家ではなく?』

『ああ。あくまでノエラントールのだ。お嬢様(ルリアンナ)とはそりが合わないし、黒男(ベルン)は正体不明で不気味だし、アナトーリーはふらふらしていて仕える気になれねえ』


 嫌そうな口振り。それでもパートンハド家に通じていることが窺える。ノエラントールは絶世の美形男子だった。シノも整った顔立ちをしているし、きっと彼の好みなのだろう。


『特権階級のやりようには、ずっと反吐が出そうだった。こんな国のためにノエルが殺されたのかと思うと、何もやる気が起きなかった。────でもシノが王の側にいるなら、少し希望がある。今さら役目のことを明かすのは、嬢ちゃんにシノを守って欲しいから。そのためだったら、俺も力を貸す。何となくノエルが生きていたら、そうする気がするんだ』


 狼が穏やかに微笑むのを、不思議な気持ちで彼女は見ていた。


『私が会わなければいい?』

『ああ。でも状況が悪化しないだけで、すでに疑いの目は向けられている。お前たちの組み合わせは最悪だ。どうやったって周りを刺激する。シノは平民でありながら優秀で、王に近いから妬まれる。嬢ちゃんは……王女としてのユーリグゼナは重要人物らしい。何か大きな秘密を抱えているのか?』


 彼に答えることはできない。空間を拡張する音楽の秘密か、ウーメンハンの不正の証拠を握っていると思われているからか、どちらかだろう。彼女は気分がどんどん沈んでいく。


『養子院にも来ないようにするよ。でも楽器の打ち合わせはどうしよう』

『婚約者と来るならマシなはずだ。仲良さそうにしとけ。……だからそんな顔するなよ。落ち着いたらまた会えばいいだろう』


 (ロウ)が面倒そうに言う。彼女は(いぶか)し気に眉をひそめた。


(ロウ)は、ずっと私が来ない方がいいのでしょう?』

『はあ? なんか勘違いしてないか』

 




◇◇





 ユーリグゼナは「次会う予定が無くなったので、借りるのをやめます」とは言えず、シノの本を手にしたまま養子院をあとにした。アラントスとユキタリスと一緒にパートンハド家に到着すると、ちょうど帰宅したアナトーリーがいた。

 シノに言われた言葉が頭に浮かぶ。遠慮して言えなかった本当の気持ちを伝えようと思った。


「アナトーリー。大好きだよ」


 完全に不意打ちのアナトーリーは、反応が遅れる。


「お? おう」

「誰よりも幸せになって欲しい。だけど、行ってしまうのは嫌。ずっとここにいて」


 ユーリグゼナは彼にぎゅっとしがみつく。彼は仕方なさそうに彼女の背中をポンポンと優しく叩いた。


「俺もユーリが大好きだ。でもさ、ここにいたら出来ないことがある」


 彼女は彼の濃い紺色の目を見上げる。彼は薄い茶色のやわらかな髪を揺らす。


「シキビルドにいてもユーリを守れない。身辺だけ守っても足りない。本当の意味で守るには他国も巻き込む必要がある。ユーリのやりたいことは世界レベルだから」

「私は音楽をやりたいだけ。世界なんて考えてないよ」


 彼女がぷるぷると頭を振ると、彼はにっと笑う。


「ユーリが本気で音楽を始めたら、世界中が心を奪われる。現にシキビルド、学生たちとペルテノーラの人の心を変えた」

「私の演奏にそんな力はない。変えたのは周りの人たち。アナトーリーにアルフレッド、学生たちに演奏仲間の人たち……」


 首を振り続ける彼女の頬に、彼はそっと手の平を寄せた。優しく目を細める。


「いつもユーリの思いから全ては始まる。みんなを繋いでいくのもユーリだ。もっと自由にやれ。存分に力を使え。俺が助けてやる」






 

 立ち話を続ける彼女とアナトーリーに、フィンドルフは「お茶いれるからとりあえず座ったら?」と言い置いて準備に入る。ヘレントールの不在の間、家事全般を彼一人でこなしていた。彼の淹れたお茶の香りがふんわりと部屋中に広がる。自分を顧みて情けない思いに駆られる。 


 ()せない表情のアナトーリーはお茶を手にする。


「しかしなんだろう。今日、ライドフェーズ様もいきなり『私にはアナトーリーが必要なんだ。行くな!!』って泣きつかれた」


 彼女はううっと顔が引きつる。きっとシノに同じことを言われて、ライドフェーズも同じ行動をしてしまったのだろう。

 お茶を味わい満足気になった彼は、続きを話す。


「ライドフェーズ様に『すぐ帰ってくるので、何かあったら連絡ください』って答えたよ」


 彼女は目を丸くした。


「すぐ帰ってくるの?」

「ああ。元々カミルシェーン様に『ライドフェーズへの忠誠心ごと買ってやる。二国のために働け』って言われてたんだ」


 彼女はすうっと気が抜ける。想定とは違い、気楽な婿入りなのかもしれない。もっと早くに確認すればよかった。そう悔やむ彼女の様子を見て、彼はにやりと笑った。


「他国って言っても時空抜道(ワームホール)ですぐだし。実は家から御館へ歩くより時間かからないんじゃないか?」


 確かにその通り。ようやく考え過ぎていたことに気付く。

 それでも家も国も離れることに変わりはない。自分にできる最高の事をしたい。そう思い、彼女は黒曜石のような目で彼を見据えた。


「アナトーリー。私にできることない? やって欲しいこととか。何でもやるよ」

「おっ。そうか。いつもの焼き菓子が欲しいな。あと向かう時は鳳魔獣(トリアンクロス)に乗せてもらえるよう頼めるか?」

「普通だよ! いつもやってることだよ。もっと特別なお願いはないの?!」


 彼女は両手に力を籠め、ぶんぶん振り回す。彼は頭をぽりぽり掻いた。


「普通かぁ。俺にとってはいつも特別なことに思えるんだが」


 真面目な物言いに、彼女は自分の見当違いを反省する。


「本当に望んでるんだね。もちろんいいよ。大量に焼いておく。鳳魔獣にもお願いする……」


 そう言いながらどんどん寂しくなり、肩がしょぼんと沈んでいく。そんな彼女を、彼は穏やかに見つめていた。


「ユーリ、次会う約束をしておこう。……今作っている新しい楽器が完成するのはいつだ?」

「難航していて。──秋くらいかな。今年の学校が終わるまでには試作品すべて完成すると思う」

「その頃会おう。見に来るよ」


 その約束が叶うなら、一年もしないうちに会える。驚いて彼の顔をまじまじと見る。彼は緩やかに首を傾けて微笑んだ。


「別に約束なんてなくても、俺が必要だったら遠慮なく呼べ。ユーリの願いなら、何だって叶える。絶対だ」

「またベルンの口癖……」


 そう言いながら目が潤むのを瞬きでごまかす。彼の濃い紺色の目に強い光を宿る。


「誰にも言えないような問題を抱えたときは、必ず俺に連絡しろ。絶対助けに行く」


 アナトーリーの凛とした、それでいて優しい声が、彼女の心にしっかり響いた。ユーリグゼナは唇を嚙みしめながら、ゆっくりと首を縦に動かした。




◇◇




 ペルテノーラに婿入りする日。アナトーリーは、付き添いのアルフレッドと二人で時空抜道(ワームホール)のある拠点へ向かう。鳳魔獣(トリアンクロス)に乗って荷物とともに移動した。

 拠点まで見送りに行ったのは、ヘレントールと三兄弟とスリンケット。ユーリグゼナは行かなかった。もうパートンハド家の人間ではないし、王族だから控えるようヘレントールに言われて了承した。

 同じく王族のライドフェーズは、側近がぞろぞろついてきて鬱陶(うっとう)しい、という理由で見送りを断られた。


 彼女はライドフェーズと二人で、御館の一室から見送る。彼は王の能力を生かしリアルタイムで教えてくれた。


「おっ。ようやく時空抜道を歩き出したぞ」

「すごいです!! ライドフェーズ様が父親になって良かったと、初めて思いました」

「……初めてだと?!」


 機嫌が悪くなりそうになる彼をなだめながら、様子を聞いていた。とはいえ分かるのは位置くらい。時空抜道の中は特に読みにくいそうだ。


 シキビルドは現在、学校のある聖城区とペルテノーラだけ時空抜道が繋がっている。平民と物資輸送用というのも別にあり、そちらは聖城区だけが結ばれているという。


「でも使用されるたびに分かるのでは、毎日落ち着きませんね」

「いや。意識しないと感じられない。それに魔法を帯びない人間や物が通る場合は、把握しにくい」

「えっ。何か起こったとき対応が遅れませんか?」


 心配そうに顔を歪める彼女に、彼は素っ気なく答える。


「一応役人が監視しているし、魔法を帯びた者は(はじ)かれるようになっている。魔法が使えない平民が通るくらいなら問題ないだろう」


 魔法を使わない平民の人たちは、やり方は違えど特権階級と同じことができる。破損したときの被害は特権階級用の時空抜道と同じはずなので、もう少し安全に気を配った方がいい。

 それなのに彼の配慮はあまり及んでいないようだった。元妖精のセルディーナを妻とし、平民のシノやテルを重用する彼だが、他の平民は軽く見ているように思える。


 セルディーナなら、こういう疑問に共感してくれて、彼をたしなめる。でもこの場に彼女はいない。

 もうずっと一緒にお茶を飲んでいない。最後に話をしたのはいつだろう。部屋を覗いても、会えるのは美しい寝顔の彼女ばかり。


(会って話したいよ)


 願っても叶わない。ライドフェーズはずっと側にいるから、話せているのだろうか。それも口にはできなかった。二人とも決してセルディーナのことを話題にしない。暗黙の決まりごとのように。


 言いようのない不安と寂しさを他愛無い話で紛らわしながら、二人でアナトーリーを見送る。




次回「芽ばえる」は10月7日頃に掲載予定です。

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