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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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92/198

40.意匠代

更新遅くなりました…

始まりの一部に血なまぐさい表現、後半に一部虐待の表現が含まれます。

アナトーリーの話続き→ユーリグゼナ視点。

 アナトーリーは、最後の戦いでは仕掛けたシキビルド側も多くの戦死者が出たと、苦しげに目を伏せた。ユーリグゼナとアルフレッド、従弟(いとこ)たちは黙って耳を傾ける。




 時空抜道(ワームホール)が壊された瞬間、アナトーリーとライドフェーズはシキビルドの時空抜道の入り口だったであろう場所に吹き飛ばされた。建物は瓦礫と化し、辺りは赤黒い血の海となっている。物のように転がっていた、たくさんの死体はまともに形をとどめているものはない。そんな中、のんびりした声がした。


「よう、アナトーリー。元気そうだな」


 血の海の中から人影がゆらりと動き、全身が血で染まった男がふらふらと立ち上がる。苦し気な表情の男は、澄んだ青い目で二人を見ると、にかっと笑った。


「とっとと、(しま)いにしようぜ。…………こいつら、馬鹿だろう? ここまでしないと、終われなかったんだ」


 男は息切れしながら言い切ると、前屈みのまま倒れた。アナトーリーが治療し、どうにか命をくい止める。

 男はすでに身辺の整理を終わらせていた。戦前戦中のシキビルド王と自分自身の人身売買などの不正資料が、戦勝国(ペルテノーラ)側の手に渡るよう手はずを整えていた。戦争犯罪の裁判で逃亡していたシキビルド王一族に代わり国の代表者として、全責任を負い処刑される。




 アナトーリーの話が終わると、アルフレッドはちらりとユーリグゼナを見た。彼女は深く頷く。この処刑された男は、スリンケットの父だ。


「この話、スリンケットは知ってるのか?」

「分からない」

「俺、帰国してから連絡とったのだけど、忙しいって会ってもらえない」


 アルフレッドの言葉に、彼女は沈んだ顔になる。御館にも彼は来ていない。ライドフェーズがアーリンレプトの資金調達のために、スリンケットを呼び出してくれると言ったのを思い出した。






◇◇◇◇






 程なく、ライドフェーズの計らいでスリンケットが呼ばれる。ユーリグゼナの部屋の客室でようやく彼と会うことができた。



「『黒曜会』ですか?」


 彼女は不審そうにスリンケットに聞き返した。真っ黒で鋭利な組織のイメージが勝手に頭に浮かんでくる。何となく怖そうな団体名だ。彼は大きく頷いた。

 

「買い手は黒曜会の元会長で、僕と同い年。今はカンザルトルの議員をしている。買いたいと言われているのは、謝神祭でユーリグゼナが着ていた朱雀の衣だ。生地も刺繍の技術も高品質だから高値が付く。でも今回、その意匠(デザイン)ごと譲って欲しいと依頼された。シキビルド古式の服が謝神祭以降、話題になっていて複製を販売したいらしい」


 彼の赤茶色のくせ毛がふわふわと揺れる。朱雀の衣は日常的に着れるような代物ではない。無くなっても何の問題もないので、資金化できるのはありがたい。ただ彼女が一度身につけてしまった中古。意匠(デザイン)に関しても売っていいものなのかよく分からない。一応ライドフェーズに確認することを告げた。


「それで『黒曜会』って何ですか?」


 彼は静かに言う。


「君の信奉者の集まり。活動範囲は学校だけと定め、会員同士で互いの行動を監視している。抜け駆けに関して厳しい罰則がある」


 彼女は虚ろな目で彼を見る。説明されたことで、かえって訳が分からなくなった。




◇◇




 ユーリグゼナは入学当初、何者かにつけ狙われていた。安全だと思っていた学校で正体の分からない者に追われるのは、とても気が休まらなかった。

 安全な授業中に睡眠をとる。人の気配がしない夜に森で自由に楽器を弾いて過ごす。そんな生活様式が確立される。


「黒曜の由来は、ユーリグゼナの目だ。入学してきた君に一目惚れした面々は、次々に君に迫っては逃げられ玉砕した。怯えた君は授業以外では姿を隠すようになった。何とか接触をとれないかと僕に頼ってきたのがきっかけで、ずっと相談役みたいなことをしてきた」

「……全然知りませんでした」


 入学当時の異常事態の裏事情を知り、呆然とする。敵ではなかったのか……。人と話すことが怖かったユーリグゼナに好意を読み取る余裕はなかった。ひたすら逃げた────好意に気づいたとしても、やはり怖くて逃げるか、過剰防衛するかのどちらかと思う。

 顔色が悪くなったユーリグゼナの頭を優しく撫でながら、スリンケットは小さく笑う。


「入学時のユーリグゼナは、誰にもおかしがたい凛とした美しさがあった。黒曜石のように光る目と濡羽色の黒髪はどうにも目立っていたし、戦前の不穏な空気の中、みんな君に憧れたんだ」


 彼女はむむっと眉間にしわを寄せる。なぜだろう。誉められている気がしない。そうか……


「全部過去形ですね……」


 彼は楽しそうに笑った。


「今は話すとちょっとバカっぽく見えるよ。まあ、人を怖がらなくなってきて何よりだけど」

「スリンケットは前より、胡散臭くなりました」


 不機嫌そうに言い返すと、彼は片眉を上げてやれやれと両手を上げる。


「ほんと、言うようになったなあ。────君に玉砕した黒曜会の人たちは、それでも君に何かしたいって言ってね。それで、森の収集物の買い取りを君に持ち掛けたんだ。最初のお客さんは黒曜会の人たちだよ。僕は手数料をきっちり貰っていたし、いい小遣い稼ぎになった」


 知ってる。無意識に頷いた。スリンケットの買取価格はいつも少し安めだなあ、と思っていた。


「また収集物を売るのは難しいでしょうか」


 アーリンレプトのために少しでも資金が欲しい。彼はゆっくり首を振る。


「駄目だよ。王女でしょう? 資金調達は別の方法考えよう。それに………言葉遣いも改めないといけないね」


 学生の間は基本的に平等で、年齢が敬語の基準だ。社会に出た彼は身分で言葉遣いを変えなければならない。


「家族ですよ? アナトーリーの養子になったのですから、義理の従兄(いとこ)です」

「…………甘えていいかな」

「もちろん」


 彼女の言葉に、彼はふうっと息を吐き肩の力を抜いて言う。


「公式の場ではちゃんとする。君も敬語やめるか、サギリに代弁させて」


 そんなにも気にしていたのか、と驚いた。


「それよりどうしてパートンハド家に来なくなったのですか? ユキが寂しがっていて……」


 彼女の黒曜石のような目から、彼は顔をすうっと逸らす。


「僕が行かなくても、今はアルフレッドがいるはずだ」

「ユキはスリンケットに会いたいんですよ? アルフもスリンケットに会いたがってる。なのに」

「大人はいろいろ忙しいんだよ」


 彼の青い目はずっと彼女を見ない。ありきたりの言葉で誤魔化そうとしている。


「忙しいって何なんですか。嘘ついてるのも、納得してないのも分かります。…………また何かありました?」

「無いよ」

「今度は何ですか」


 彼は大きくため息をつき、頬杖をついて彼女を見た。


「君、どんどん人の話聞かなくなってきたよね」


 当然のように無視して彼女は言いつのる。


「『変な人間と付き合いだしてる』ってヘレンが怒ってました。『あいつ俺が嫌いな店に通い出した』って連が切れてました。二人に叱られたのでしょう? それでも()めない理由は何ですか?」


 スリンケットは黙ったまま、青く澄んだ目を彼女に向けた。絶対に負けるもんかと黒曜石の目で睨み、粘った。彼が天を仰いで息をついた。


「だから君は厄介なんだよ」







 彼は顔を強ばらせながら、目を細めた。


「僕は僕にしかできない方法で、君たちを守ろうとしてる。パートンハド家が嫌うやり方でも、情報を集めたいんだ」

「アナトーリーがペルテノーラに行ってしまったら、スリンケットは立場が苦しくなります。こんな時にパートンハド家や私たちと距離を置かないでください。本当はアルフレッドの(そば)にいたいんでしょう?」

「本当に、君は」


 スリンケットは目をつむって、頭を掻いた。


「…………いいんだ。今は。アルフレッドと君が幸せになってくれることが、僕の望み。君たちの側にいられる未来のために、動いているつもり。────それより聞きたい。ユーリグゼナはアルフレッドと結婚しないつもりでいるの?」


 こくんと頷く彼女に、スリンケットは鋭い視線を向けて聞く。


「じゃあ誰とするの? 王女で独身は無理だよ。求婚者は何人もいる。選ばないわけにはいかない」


 誰とも結婚したくない。彼は分かっているはずなのに、なぜ追い詰めるのだろう。意図がつかめないままでいると、暗い目をして彼が言った。


「寝所でのことを心配しているのなら、力になる」


 何を意味しているのか分かり、顔が強ばった。彼は労わるような表情になり彼女を窺う。


「アルフレッドは結局、先達の妙技を受けていない。違和感を持たれないように繕えると思う」


 前王に汚されたこと、身体の傷のことを言っている。身体が震えはじめた。スリンケットにそんなことを言われたくなかった。彼は慌てて彼女の両腕を優しく取る。


「ごめん。傷つけたいわけじゃない。僕なら怖がらないかと過信した。…………ユーリグゼナが嫌がるなら何もしない。君を大事に思っている。僕にできることをしたかっただけ」


 彼は必死で優しい言葉を繋げる。ユーリグゼナは少しずつ落ち着きを取り戻す。彼女の表情を見てホッとしたように腕を離した。


「ずっとお礼が言えてなかった。卒業祝いの歌をありがとう。君の歌はちゃんと心に届いたよ。とても嬉しかった。頑張ろうと思った」


 スリンケットは赤茶色のくせ毛をふわふわと揺らす。楽屋で歌った曲の感想がようやく聞けた。彼女の顔がほころぶ。


「でもさ。もう僕用の歌詞は歌わないように。危険すぎるよ」


 いつも通りに彼の説教に変わる。彼女はげんなりした。彼にも分かる共通語で歌ったことを注意されている。歌は現地語で歌われるのが常だ。(セイ)と特権階級の繋がりを匂わせるので危うい。連にも言われた同じ内容がスリンケットの口から繰り返される。

 やっぱり私、贈り物は失敗するな、とユーリグゼナは深い深いため息をついた。



 結局スリンケットは何も教えてくれない。自ら苦しいところに一人で飛び込んでいくよう。


「スリンケット。私が行く時だけでもいいので、パートンハド家に遊びに来てください」

「はいはい」


 彼の信用ならない返事しか聞けない。


「じゃあ御館で会ってくれますか。ユキと一緒に遊びに来てください」

「さすがに子供を連れては来れないよ。────それより朱雀の衣の件、早めに返事ちょうだいね。現会長のリナーサと打ち合わせるときに、持っていきたいから」

「リナーサ?!」


 突然聞きなれた名前が飛び出し、目を見開く。彼は遠い目をする。やっぱり全然聞いてない、とぼやく。


「元会長はリナーサの兄。兄妹と僕とアルフレッドで黒曜会の引継ぎする。アルフレッドとの婚約が決まっても会員の君への熱が冷めない。今後、会をどうしていくか話し合いをする。カンザルトルに君を支持する組織があるのは悪くない」

「へえ」

「君も行くんだよ! 許可を得て学校で会うことになったって、ずっと言ってるのに……」


 彼女はぼんやりした顔になった。彼は片頬をピクピクさせる。


「ユーリグゼナは、もう少し人の話聞こうね」




 

次回木曜更新休みます。

「寄付した人物」は10月4日に掲載予定です。

あと五話で事件発生。

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