39.小さな楽器
更新遅くなりました。
パートンハド家で必要とされている森の技術は多岐にわたる。基本は一人で森の中で生活できるようになることで、最も重要なのは魔法を使わないこと。
「魔獣も魔樹も魔法を使わない。人が持ち込むと森に影響を与えすぎる」
フィンドルフは簡単に説明する。アルフレッドをはじめ、アラントスとユキタリスも真剣に聞いていた。一通り聞いたあと、アルフレッドは難しい顔になって顎に手を添える。
「膨大な知識量と技術が必要なんだな。卒業までに間に合わせないと……」
ユーリグゼナは急に、にやっと笑ってアルフレッドと従弟たちを見た。
「アナトーリーはね。シキビルドに戻ってきたとき、火付けができなかったんだよ」
ヘレントールが、ぷっと吹き出し口元を押さえた。
「そうだったわね」
ユキタリスは満面の笑顔で両手を上げる。
「なんだー。ユキと一緒だ!!」
「一緒じゃない。もう付けられる」
アナトーリーが眉間にしわを寄せながら、部屋に入ってきた。それぞれの「おかえり」と「お邪魔してます」の声に次々と答える。
「ユーリ。わざわざ寄ってくれたのに遅くなって悪かった。シノから預かりものだって?」
「ああ。うん」
彼女はすでに当初の目的を忘れていた。そろそろと荷物を持ってくると彼に手渡す。アナトーリーは、しゅるりと荷物をほどき、そのまま動かなくなった。ヘレントールが近寄って、小さな弦楽器を見ると驚いた様子になった。
「父上から贈られた弦楽器じゃない。なんでシノが持ってるの?」
「いや、違う。でも同じ工房で作られたものだ。シノはなんて言ってた?」
青ざめた顔のアナトーリーに、彼女は答えた。
「礼堂を解体したときのアナトーリーの様子を見て、取り寄せたみたい。ずっと渡すのを躊躇ってたって」
彼は深く重たいため息をつき、頭を抱えた。
「本当にシノは何なんだろう。多分俺がペルテノーラで持っていたのも知っていて、同じ型を調べて取り寄せたんだろうけど…………心臓止まるかと思った」
「何かあるの?」
彼女の声に、虚ろな表情で答えた。
「父上からもらった本物は、墓の中だ。レナトリアの婚約者の棺の中で眠ってる」
ちらりとユキタリスを見たアナトーリーの視線に気づきアラントスが立ち上がると、ヘレントールが首を振った。彼女はユキタリスに声をかける。
「ユキ。お部屋に行きましょう」
「えー。ユキも聞きたいのに」
むくれて言うユキタリスと手を繋ぎ、ヘレントールは部屋を出ていく。扉を閉めた後も声が聞こえてくる。
「今までアナトーリーの話で面白かったことあった?」
「ない。いっつも、よく分からなくてつまらない」
「でしょう?」
ユーリグゼナがアナトーリーを窺い見ると、彼は顔をしかめて口をへの字にしていた。
「つまんなくて、悪かったな」
「アナトーリーの話、俺にはいつも面白い。ユキにはまだ難しいんだよ」
フィンドルフの気遣う言葉にも、彼は拗ねた顔のままだった。
「私は楽器の音を聴きたいな」
ユーリグゼナの言葉に、全員が呆れた顔で彼女を振り返った。フィンドルフが「今それを言うか?!」と口の動きで彼女に伝えてきた。アナトーリーは目をつむり、はあっと息をつく。シノにもらった楽器の弦を一本ずつ弾き、張りを調整する。響く音がきらきらしていて彼女は身を乗り出した。彼の隣に陣取る。
「何弾く?」
「うーん。そうだ、カミルシェーン様が歌っていた曲がいい」
彼女は旋律を口ずさむ。ああ、と言いながら彼はすぐに弾き始めた。ペルテノーラでは有名な歌らしい。さらりと現地語で歌う彼に、感動する。でも……
「何か歌詞が違うような気がする」
「なんだ。もしかしてこっちか」
弾き直し歌う歌詞に聞き覚えがあった。
「うん。それ」
アナトーリーが何とも奇妙な表情になった。
「同じ曲で違う歌詞があるが、こっちは愛の歌だぞ。失恋男の。……カミルシェーン様が本当に歌ったのか?」
「うん。本人は鎮魂歌のようなこと言ってたけど」
「最初に歌った方が、昔から歌われている戦士を弔う歌詞だ。どうなってるんだ?」
そう言いながら彼はこみ上げる笑いをかみ殺す。子守歌にしていたという前女王が本当に歌いたかったのは、弔いの歌なのか愛の歌なのか……。
アナトーリーの緩めていた頬が少しずつ強ばっていく。
「……この曲だったな。最後に弾いたのは。弾き終わったあと棺に納めたんだ」
◇◇
「ペルテノーラとシキビルドの最後の戦いは、時空抜道の中で行われた。というかシキビルド側の罠だった。そんなところで戦ったら時空が歪んで壊れてしまう。絶対にそこで戦うことがないと踏んでいたペルテノーラ側が甘かった」
全く戦闘能力の無いライドフェーズが、ペルテノーラ側の指揮を執っていた。アナトーリーと友人をはじめ何人かで護衛していたという。仕掛けられた罠で時空抜道は全てを巻き込み、吹き飛んだ。
彼が助かったのはライドフェーズを守るため、とっさにひいた魔法陣が効いたこと、ライドフェーズ自身がはっていた魔法陣が強固だったこと、上手くシキビルド側の入り口に吹き飛ばされたこと、すべての幸運が重なった結果だった。
「俺と王以外は時空抜道とともに消し飛んだ。血のあとすらない。身体の一片たりとも残らなかった」
アナトーリーの声は震えていた。ユーリグゼナはぎゅっと彼の腕にしがみついた。
「生きていてくれてありがとう……」
彼の濃い紺色の目がじわりと揺れた。
「何度も夢に見る。夢の中でどんなにやり直しても俺はライドフェーズ様だけ守り、他の誰も救えない。約束していたんだ。レナトリアにあいつを連れて必ず帰ると……」
遺体もないまま、たくさんの戦死者の葬儀が行われた。遺品が何もないため、生きて戻ったライドフェーズの戦衣を遺族に配っていた。
ずっと敵国の間者として扱われていたアナトーリーが、葬儀の場に現れると悲鳴のような声があがり、周りからひんしゅくを買った。
「どんな怒声を受けようと、友人の葬儀に参加したかった」
アナトーリーの囁く声が、彼女の心に沁みていく。
友人は針の筵のようなペルテノーラの亡命生活のなかで、唯一彼を対等に扱い、音楽の才を褒め慕ってくれた。音楽好きだったが、特権階級でもギリギリの最下級。教育を受ける生活の余裕は無かった。
そんな彼は最上級の家柄のレナトリアを長年想い続けていて、ようやく結婚の約束を取り付ける。
「手柄を立てたい。誰かがやらないといけないなら、自分がやる。人を殺して得た地位を、レナトリアが喜ばないのは分かっている。でもどうしても彼女を幸せにする力が欲しい……そう言って、従軍に反対するレナトリアを説得するよう、俺に頼んだ」
葬儀で再会したレナトリアは小さな笛を持っていた。周りの冷たい視線を受けながら、美しい旋律で彼をおくる。アナトーリーは愛用の弦楽器で、彼女に添うように奏でた。レナトリアは何も言わずに最後まで一緒に演奏を続けた。
棺を閉じる際、彼女は自分の吹いていた笛を納めようとする。アナトーリーはそれを止めた。
「友人がレナトリアの笛の音を愛していたのを知っていた。何の遺品もないのに、それまで無くなってしまったら彼女はどうするんだろう、と心配になった」
代わりに自分の弦楽器を納める。彼女は、それを許した。それでも絞り出すような声で言ったそうだ。「あなたが守ると言った。あなたは生きて帰ってきて、なぜあの人は戻らないの?」と。
◇◇
「それで、どうして今日は遅くなったの?」
ヘレントールは部屋に戻ってくるなり、彼の話の流れをぶった切った。ユーリグゼナは急いで顔を拭う。アナトーリーはまだ引きずったような顔をしながらも答えた。
「ああ。カミルシェーン様と少々揉めていたんだ」
「何だっていうの?」
「レナトリアの家とカミルシェーン様との取り決めで、家の楽器を国の所有にすると言い出して……」
ん? その話は無効になったはずだ。彼女はむむっと眉間にしわを寄せた。
「王が間に入って、レナトリアをシキビルドに嫁入りさせれば、楽器はシキビルドの物になると主張した。カミルシェーン様はごねたが、最終的には楽器の所有はそのままレナトリアになり、当初の通り俺がレナトリアの家に婿入りすることになった」
アナトーリーの説明に、彼女は唖然とする。この縁談は個人のもので二人の意思で破談にできるはずが、いつの間にか国同士の問題になっている。
ユーリグゼナは怯えるように聞いた。
「正式に……決まったの?」
「ああ」
彼は深く頷き、彼女を見つめた。
「どうして? 二人とも乗り気ではなかったよね?」
アナトーリーは困った顔をしながら、鞄から本のような厚さの書きつけを出した。
「レナトリアから手紙が届いた」
「手紙?!」
婚約者に送る初々しい手紙にしては、ちょっと熱すぎる量だと思う。アナトーリーは口元を緩ませた。
「これ全部、ユーリについて書いてある」
どういう部分に問題があってどういう教育が足りていないか、どういう利点があってこれからどう伸ばしていくか、そういうことがつらつらと書かれているという。
音楽の基礎ができていなかった彼女を心配した内容だ。
「俺については一言、『叔父としてできることがあったはず。どうして放置していたのか、釈明してもらいたい』って」
落ち着かない様子のアナトーリーの顔が、次第に赤らんでくる。フィンドルフは穏やかに彼を見つめ、こくこくと首を動かし理解を示す。
どこに結婚に乗り気になる要素があったか、二人が何を分かりあっているのか、彼女には全然分からなかった。
フィンドルフは焦げ茶色のくせ毛をふわりと揺らす。
「俺も嬉しいと思う。婚約者がユーリのことを最優先に考えてくれる人なら」
「はあ?」
彼女は奇声を上げてしまう。フィンドルフまでもが変なことを言いだした。婚約者の一番が自分でないのが、なぜ嬉しい?!
ヘレントールが見かねたように口を出す。
「ユーリ。パートンハド家の、特に男たちは馬鹿なのよ。優先順位がおかしいの。父上も、私たちの母と結婚するとき、姉上を最優先にできる女性かどうかを基準にしていたらしいわ」
アナトーリーは「分からなくてもいい」と、幸せそうに言った。
「ユーリはもう家を出たつもりだろうけど、パートンハド家の中心は今でもユーリだ。俺はユーリの望みを叶える。これからも絶対に。────俺同様ユーリを思い、苦しい過去を乗り越えようとする彼女を放っておけなくなった」
彼は手紙に見ながら、愛おしそうに目を細めた。
次回「意匠代」は9月27日18時に掲載予定です。




