表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/198

39.小さな楽器

更新遅くなりました。

 パートンハド家で必要とされている森の技術は多岐にわたる。基本は一人で森の中で生活できるようになることで、最も重要なのは魔法を使わないこと。


「魔獣も魔樹も魔法を使わない。人が持ち込むと森に影響を与えすぎる」


 フィンドルフは簡単に説明する。アルフレッドをはじめ、アラントスとユキタリスも真剣に聞いていた。一通り聞いたあと、アルフレッドは難しい顔になって顎に手を添える。


「膨大な知識量と技術が必要なんだな。卒業までに間に合わせないと……」


 ユーリグゼナは急に、にやっと笑ってアルフレッドと従弟たちを見た。


「アナトーリーはね。シキビルドに戻ってきたとき、火付けができなかったんだよ」


 ヘレントールが、ぷっと吹き出し口元を押さえた。


「そうだったわね」


 ユキタリスは満面の笑顔で両手を上げる。


「なんだー。ユキと一緒だ!!」

「一緒じゃない。もう付けられる」


 アナトーリーが眉間にしわを寄せながら、部屋に入ってきた。それぞれの「おかえり」と「お邪魔してます」の声に次々と答える。


「ユーリ。わざわざ寄ってくれたのに遅くなって悪かった。シノから預かりものだって?」

「ああ。うん」


 彼女はすでに当初の目的を忘れていた。そろそろと荷物を持ってくると彼に手渡す。アナトーリーは、しゅるりと荷物をほどき、そのまま動かなくなった。ヘレントールが近寄って、小さな弦楽器を見ると驚いた様子になった。


父上(ノエラントール)から贈られた弦楽器じゃない。なんでシノが持ってるの?」

「いや、違う。でも同じ工房で作られたものだ。シノはなんて言ってた?」


 青ざめた顔のアナトーリーに、彼女は答えた。


「礼堂を解体したときのアナトーリーの様子を見て、取り寄せたみたい。ずっと渡すのを躊躇(ためら)ってたって」

 

 彼は深く重たいため息をつき、頭を抱えた。


「本当にシノは何なんだろう。多分俺がペルテノーラで持っていたのも知っていて、同じ型を調べて取り寄せたんだろうけど…………心臓止まるかと思った」

「何かあるの?」


 彼女の声に、虚ろな表情で答えた。


父上(ノエラントール)からもらった本物は、墓の中だ。レナトリアの婚約者の棺の中で眠ってる」



 ちらりとユキタリスを見たアナトーリーの視線に気づきアラントスが立ち上がると、ヘレントールが首を振った。彼女はユキタリスに声をかける。


「ユキ。お部屋に行きましょう」

「えー。ユキも聞きたいのに」


 むくれて言うユキタリスと手を繋ぎ、ヘレントールは部屋を出ていく。扉を閉めた後も声が聞こえてくる。


「今までアナトーリーの話で面白かったことあった?」

「ない。いっつも、よく分からなくてつまらない」

「でしょう?」


 ユーリグゼナがアナトーリーを窺い見ると、彼は顔をしかめて口をへの字にしていた。


「つまんなくて、悪かったな」

「アナトーリーの話、俺にはいつも面白い。ユキにはまだ難しいんだよ」

 

 フィンドルフの気遣う言葉にも、彼は拗ねた顔のままだった。


「私は楽器の音を聴きたいな」


 ユーリグゼナの言葉に、全員が呆れた顔で彼女を振り返った。フィンドルフが「今それを言うか?!」と口の動きで彼女に伝えてきた。アナトーリーは目をつむり、はあっと息をつく。シノにもらった楽器の弦を一本ずつ弾き、張りを調整する。響く音がきらきらしていて彼女は身を乗り出した。彼の隣に陣取る。


「何弾く?」

「うーん。そうだ、カミルシェーン様が歌っていた曲がいい」


 彼女は旋律を口ずさむ。ああ、と言いながら彼はすぐに弾き始めた。ペルテノーラでは有名な歌らしい。さらりと現地語で歌う彼に、感動する。でも……


「何か歌詞が違うような気がする」

「なんだ。もしかしてこっちか」


 弾き直し歌う歌詞に聞き覚えがあった。


「うん。それ」


 アナトーリーが何とも奇妙な表情になった。


「同じ曲で違う歌詞があるが、こっちは愛の歌だぞ。失恋男の。……カミルシェーン様が本当に歌ったのか?」

「うん。本人は鎮魂歌のようなこと言ってたけど」

「最初に歌った方が、昔から歌われている戦士を弔う歌詞だ。どうなってるんだ?」


 そう言いながら彼はこみ上げる笑いをかみ殺す。子守歌にしていたという前女王(グラディアス)が本当に歌いたかったのは、弔いの歌なのか愛の歌なのか……。

 アナトーリーの緩めていた頬が少しずつ強ばっていく。


「……この曲だったな。最後に弾いたのは。弾き終わったあと棺に納めたんだ」




◇◇




「ペルテノーラとシキビルドの最後の戦いは、時空抜道(ワームホール)の中で行われた。というかシキビルド側の罠だった。そんなところで戦ったら時空が歪んで壊れてしまう。絶対にそこで戦うことがないと踏んでいたペルテノーラ側が甘かった」


 全く戦闘能力の無いライドフェーズが、ペルテノーラ側の指揮を執っていた。アナトーリーと友人をはじめ何人かで護衛していたという。仕掛けられた罠で時空抜道(ワームホール)は全てを巻き込み、吹き飛んだ。

 彼が助かったのはライドフェーズを守るため、とっさにひいた魔法陣が効いたこと、ライドフェーズ自身がはっていた魔法陣が強固だったこと、上手くシキビルド側の入り口に吹き飛ばされたこと、すべての幸運が重なった結果だった。


「俺と王以外は時空抜道(ワームホール)とともに消し飛んだ。血のあとすらない。身体の一片たりとも残らなかった」


 アナトーリーの声は震えていた。ユーリグゼナはぎゅっと彼の腕にしがみついた。


「生きていてくれてありがとう……」


 彼の濃い紺色の目がじわりと揺れた。


「何度も夢に見る。夢の中でどんなにやり直しても俺はライドフェーズ様だけ守り、他の誰も救えない。約束していたんだ。レナトリアにあいつを連れて必ず帰ると……」


 遺体もないまま、たくさんの戦死者の葬儀が行われた。遺品が何もないため、生きて戻ったライドフェーズの戦衣を遺族に配っていた。

 ずっと敵国の間者として扱われていたアナトーリーが、葬儀の場に現れると悲鳴のような声があがり、周りからひんしゅくを買った。


「どんな怒声を受けようと、友人の葬儀に参加したかった」


 アナトーリーの囁く声が、彼女の心に沁みていく。


 友人は針の(むしろ)のようなペルテノーラの亡命生活のなかで、唯一彼を対等に扱い、音楽の才を褒め慕ってくれた。音楽好きだったが、特権階級でもギリギリの最下級。教育を受ける生活の余裕は無かった。

 そんな彼は最上級の家柄のレナトリアを長年想い続けていて、ようやく結婚の約束を取り付ける。


「手柄を立てたい。誰かがやらないといけないなら、自分がやる。人を殺して得た地位を、レナトリアが喜ばないのは分かっている。でもどうしても彼女を幸せにする力が欲しい……そう言って、従軍に反対するレナトリアを説得するよう、俺に頼んだ」

 

 葬儀で再会したレナトリアは小さな笛を持っていた。周りの冷たい視線を受けながら、美しい旋律で彼をおくる。アナトーリーは愛用の弦楽器で、彼女に添うように奏でた。レナトリアは何も言わずに最後まで一緒に演奏を続けた。

 棺を閉じる際、彼女は自分の吹いていた笛を納めようとする。アナトーリーはそれを止めた。


「友人がレナトリアの笛の音を愛していたのを知っていた。何の遺品もないのに、それまで無くなってしまったら彼女はどうするんだろう、と心配になった」


 代わりに自分の弦楽器を納める。彼女は、それを許した。それでも絞り出すような声で言ったそうだ。「あなたが守ると言った。あなたは生きて帰ってきて、なぜあの人は戻らないの?」と。




◇◇




「それで、どうして今日は遅くなったの?」


 ヘレントールは部屋に戻ってくるなり、彼の話の流れをぶった切った。ユーリグゼナは急いで顔を拭う。アナトーリーはまだ引きずったような顔をしながらも答えた。


「ああ。カミルシェーン様と少々揉めていたんだ」

「何だっていうの?」

「レナトリアの家とカミルシェーン様との取り決めで、家の楽器を国の所有にすると言い出して……」

 

 ん? その話は無効になったはずだ。彼女はむむっと眉間にしわを寄せた。


「王が間に入って、レナトリアをシキビルドに嫁入りさせれば、楽器はシキビルドの物になると主張した。カミルシェーン様はごねたが、最終的には楽器の所有はそのままレナトリアになり、当初の通り俺がレナトリアの家に婿入りすることになった」


 アナトーリーの説明に、彼女は唖然とする。この縁談は個人のもので二人の意思で破談にできるはずが、いつの間にか国同士の問題になっている。

 ユーリグゼナは怯えるように聞いた。


「正式に……決まったの?」

「ああ」


 彼は深く頷き、彼女を見つめた。


「どうして? 二人とも乗り気ではなかったよね?」


 アナトーリーは困った顔をしながら、鞄から本のような厚さの書きつけを出した。


「レナトリアから手紙が届いた」

「手紙?!」


 婚約者に送る初々しい手紙にしては、ちょっと熱すぎる量だと思う。アナトーリーは口元を緩ませた。


「これ全部、ユーリについて書いてある」


 どういう部分に問題があってどういう教育が足りていないか、どういう利点があってこれからどう伸ばしていくか、そういうことがつらつらと書かれているという。

 音楽の基礎ができていなかった彼女を心配した内容だ。


「俺については一言、『叔父としてできることがあったはず。どうして放置していたのか、釈明してもらいたい』って」


 落ち着かない様子のアナトーリーの顔が、次第に赤らんでくる。フィンドルフは穏やかに彼を見つめ、こくこくと首を動かし理解を示す。


 どこに結婚に乗り気になる要素があったか、二人が何を分かりあっているのか、彼女には全然分からなかった。

 フィンドルフは焦げ茶色のくせ毛をふわりと揺らす。


「俺も嬉しいと思う。婚約者がユーリのことを最優先に考えてくれる人なら」

「はあ?」


 彼女は奇声を上げてしまう。フィンドルフまでもが変なことを言いだした。婚約者の一番が自分でないのが、なぜ嬉しい?!

 ヘレントールが見かねたように口を出す。


「ユーリ。パートンハド家の、特に男たちは馬鹿なのよ。優先順位がおかしいの。父上(ノエラントール)も、私たちの母と結婚するとき、姉上(ルリアンナ)を最優先にできる女性(ひと)かどうかを基準にしていたらしいわ」


 アナトーリーは「分からなくてもいい」と、幸せそうに言った。


「ユーリはもう家を出たつもりだろうけど、パートンハド家の中心は今でもユーリだ。俺はユーリの望みを叶える。これからも絶対に。────俺同様ユーリを思い、苦しい過去を乗り越えようとする彼女を放っておけなくなった」


 彼は手紙に見ながら、愛おしそうに目を細めた。




次回「意匠代」は9月27日18時に掲載予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ