表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部
9/197

8.謝神祭

 ユーリグゼナと他の三人は急いで寮に戻る。アルフレッドは戻る途中、音声伝達システム(プルシェル)でカーンタリスに連絡を取り、彼女のために素手格闘技(ケララドラ)の集合情報を確認してくれる。

 

 アルフレッドは音楽学の教授にも連絡を取る。


「アルフレッドです。鍵盤楽器(ピエッタ)の移動ありがとうございます。実はシキビルド王に呼ばれて、一度寮に行きます。……はい。……はい。そう言われています」


 アルフレッドは話しながらすたすた歩いていく。スリンケットは目を見開いて言った。


「アルフレッドがこんなにまめで、気配りができる男だと思わなかったよ」


 それを聞いて面倒みてもらうばかりのユーリグゼナは、いたたまれない気持ちになる。プルシェルを切ったアルフレッドは三人に言った。


「再演については、教授が学校長に執り成してくれるそうです。多分断れます。その代わり今回の協力者のために、ピエッタを弾くことになりました。すべての競技が終わった後、協力者のために食事会を開くそうです。その場で弾いて欲しいと」

「助かった」


 スリンケットは、アルフレッドの背中をポンっと叩いた。


(アルフレッドは人と上手く付き合えていいな)


 ユーリグゼナは、羨ましそうに彼を見つめた。







 シキビルドの寮に戻ると王の側近らが待ち構えていた。すぐに四人を部屋へ案内する。物々しい雰囲気の中で、王の婚約者セルディーナだけが穏やかに微笑む。


「来たか」


 王のライドフェーズは、疲れた様子で苦い顔をしていた。セルディーナを促す。


「それでは私から先に。ユーリグゼナ、アルフレッド、スリンケット、テラントリー。演奏も趣向もとても素晴らしかったです。神々もさぞかしお喜びでしょう」

「神々ですか?」


 思わず口をはさんでしまったユーリグゼナに、アルフレッドは周りに聞こえないよう話す。


「挨拶みたいなものだろう。(さえぎ)るな」

「ごめん」


 セルディーナはさらりと長い金髪を揺らしながら、不思議そうにしていた。


謝神祭(テレオンナーレ)ですもの。いらっしゃいましたよ。花びらを風にのせて遊んでおられました。ユーリグゼナは、どうやって神々の助力を得られたのでしょう?」


 ライドフェーズが口をはさむ。


「待て。神々があの場にいたのか?」

「あら、私申し上げましたよ」

「ああ。聞いていた。聞いていたが『神の御力(おちから)ですね』とのんびり言われても、例え話としか思わなかった……。そうすると──学校維持のためにひいた魔法陣が、何個か吹っ飛んだのもまさか……」


 呆然とするライドフェーズに、申し訳無さそうにセルディーナが言う。


「そこは私には感知できなくて……」


 「ごめんなさい」と(うつむ)くセルディーナに、ライドフェーズは「いや、いいのだ」と目をそらし口元を手で覆った。

 ユーリグゼナは小声で尋ねる。


「スリンケットどういうこと? 魔法陣で風を起こしてばら撒いて……」


 スリンケットは苦い顔をする。


「先に話しておけばよかった──。上手く作動しなかったんだよ」

「本当に神々の御力ですか?」


 テラントリーは目を見開く。アルフレッドは、ああと情けない顔をしながら手を額に当てた。


「実は魔樹もおかしかった。酔っぱらってるみたいに踊りだした。斬ってしまったが……」


 見覚えのあるライドフェーズの側近が、鋭い声を放った。


「何をこそこそ話してる!!」


 すぐに四人はピンと背筋をただす。

 セルディーナはくるりとユーリグゼナに向き直った。


「ユーリグゼナは、会場で何かしましたか? 心当たりはあるかしら?」

「特別なことはしていません。今考えれば、何かいたことは感じていました。でもそれだけで。ああ……挨拶はしました。初めての場所ですから」

「ああ。それはするわね」


 セルディーナがユーリグゼナに同意すると、またライドフェーズが遮った。彼の栗色のくせ毛がフサっと揺れた。


「待て。場所に挨拶はしないぞ」

「あら、ライドフェーズは初めて会った人に挨拶するでしょう? 同じようなものではありませんか」


 ゆったり話すセルディーナに、ライドフェーズは大きなため息をついた。


「同じようなものではない……。セルディーナとユーリグゼナの話は危うい。神の力を信じている者などほとんどいない。それがあることを前提で話されると、話が進まない。────おい、呼べ」


 ライドフェーズは側近に合図する。側近一人とセルディーナとユーリグゼナ以外退室させる。

 ユーリグゼナは出ていこうとするアルフレッドを呼び止め、耳元でささやいた。アルフレッドは呆れた顔で彼女を見返し、部屋を出ていった。







 人払いされた部屋に来たのは、背が高い細身の男だった。薄い茶色の髪は緩やかに後ろで束ねられている。人好きのする表情のため学生に見えるほど若いが、本当は卒業してだいぶ経っていた。

 ユーリグゼナはその男を、ああやっぱり、と見つめた。男はユーリグゼナを見て小さく笑った。


「アナトーリー。お前が検証してくれ。神の力など、私にはちんぷんかんぷんだ」


 アナトーリーは、ライドフェーズとセルディーナに礼を執り、許可を得て話し始める。


「今回の検証の前に確認したいのですが、ライドフェーズ様は神を信じていますか?」

「……セルディーナがいるというものは信じる。なんとしても!」

「かしこまりました。ではユーリグゼナは?」


 ユーリグゼナは首を振る。


「挨拶の口上としては入れていますが、本当はいないと思っています」

「……分かりました」

「意外だわ。とても気に入られているのに」


 セルディーナが残念そうに白い頬に手のひらを寄せる。アナトーリーは思案顔でユーリグゼナに問う。


「挨拶の口上を教えてください」

「『この場におわします 神々と精霊よ 楽しき音色 しばし 酔ひたまはらむ』です」

「声に出しましたか」

「いいえ」


 アナトーリーが、ほおっと息をついた。


「この学校の敷地には聖域があります。そこには神のように力のある人外の者がいらっしゃいます。謝神祭は本来その人外の者を喜ばし感謝を捧げる日です。言霊(ことば)は通りやすかったと思います」

「人外の者……。ユーリグゼナの挨拶が引き金ということか」


 ライドフェーズは、信じ難そうに渋い顔をする。アナトーリーは少し微笑み(うなづ)いた。


「はい。ユーリグゼナの言葉通り、音楽に酔い羽目を外して楽しまれたのでしょう。その者たちの能力(ちから)は、人間の扱う術とは性質が違います。魔法陣に少しでも触れれば、破損すると思われます」


 ライドフェーズは長い長いため息をついた。

 セルディーナが不思議そうに首を傾ける。


「それって特別なこと? 私も新しい場所や魔生物が多いところでは、必ず挨拶をするわ」


 アナトーリーは穏やかな微笑みを返す。


「私もしております。パートンハド家の者は、皆そうするように教わります。ただ声にすると影響があるため場面により声を出しません」


 アナトーリーは薄茶色のやわらかな髪を揺らしながら、言葉を続ける。


「今回気になるのは、声を出さずに人外の者に伝えられるユーリグゼナの能力(ちから)です。演奏にも能力(ちから)が働いていたのではないか、と思われるふしが多多見られます。謝神祭の日だけの影響ならいいのですが……」

「シキビルド国内は駄目だぞ!! 壊させるな。どれだけ魔法陣で修復したと思っている!」

「ライドフェーズ様。王らしくお願いいたします」


 慌てるライドフェーズを側近がたしなめる。

 アナトーリーはすまなそうな顔になった。


「まだ調査ができておらず、裏付けがとれていません。どう影響するか検証するまで、もう少しお時間をいただきとうございます」

「分かっている。今回は助かった。人外の関与など理解を超える……」


 セルディーナが寂しそうに赤い目を細める。それに気づいたライドフェーズは、そっとセルディーナの頬に手を当てた。


 ユーリグゼナが、居づらい雰囲気を感じていると、退出許可が出された。

 一緒に退出したアナトーリーに小声で話しかける。


「これ、ありがとう」


 耳飾りに軽く手を当てながら言う。アナトーリーは、ああ、と言い濃い紺色の目を細めた。


(ヘレン)たちと、学校から戻る日を楽しみに待っている」


 それだけ言うと、足早に行ってしまう。まだ彼が叔父であることは、前パートンハド家の嫡子であることは周りに広げてはならない。そのために人払いもされていたのだ。


(生きていてくれて本当に嬉しい。でも──)


 ライドフェーズとの親密な関係を考えると、不穏な事ばかり思いついて心配になってしまう。ユーリグゼナは自分の気持ちにキュッと蓋をした。


(今は……与えられた役目を務めよう。素手格闘技(ケララドラ)に参加して、終わったら音楽棟で演奏。アルフと約束したもの)


 彼女は黒い大きな目を閉じて深呼吸した。








 四つの国の中でシキビルドは最も戦力が乏しい。人口が少ないこともあるが、先の戦争で敗北した影響が大きい。


「一勝もできなかったでは、王とセルディーナ様は肩身が狭いと思う。ユーリグゼナの能力で何とかならないか? もちろん協力はする」


 カーンタリスの言葉にユーリグゼナは気の無い、はあ、と言う言葉を返した。


(棄権は、駄目なんだろうな)


 素手格闘技(ケララドラ)競技は、比較的収容人数が少ない武術館で行われていた。他国の選手たちは、体が大きく強そうな男性が多い。ユーリグゼナのように小さくて細い人間は皆無だ。彼女は何度目か分からない、深いため息をついた。


(全くやる気になれないなあ……)


 ユーリグゼナが会場の観客席をみると、各国の王や代表が見に来ていた。ライドフェーズやセルディーナの姿もある。


(国の代表者の前だもの。みんな張り切るよね)


 目の前で、他国の選手たちの凄まじい戦いが繰り広げられている中、ユーリグゼナはぼんやり思った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ