28.信頼の問題
混乱した状態のユーリグゼナに、カミルシェーンは追い打ちをかける。
「眷属は、朱雀が代替わりするごとに代わる。で、これの正体だけど、ベルンだよ」
彼は二ッと笑って黒い鳥を指差す。彼女はクラっと眩暈がした。
「父だという根拠、あるんですよね? とても信じがたいのですが……」
「会った瞬間にムカついた。間違いないよ」
彼女は頭を押さえて項垂れる。さっきまでの話はなんだったんだろう。もしかしたら今まで壮大な嘘を聞かされていたのだろうか。
黒い鳥はまた彼女の中に隠れてしまった。カミルシェーンを警戒しているように思う。嘴を掴まれたのだ。次は羽をむしられるか、足を折られるかもしれない。
ユーリグゼナは未だにカミルシェーンの言葉が整理が出来ない。うんうん唸る彼女の側にネロが寄ってきた。巨大な舌が彼女の頭をなぞる。
『ネロはよく舐めるね』
『頭痛いの治してるの』
ユーリグゼナは頭痛が治まっていることに気がついた。そういえば、さっきの吐き気もそうだ。
『ありがとう。楽になった』
『鳥野郎から頼まれてる。具合悪いと精気が漏れるみたい。ユーリグゼナは美味しいから、いくらでもしてあげる』
ネロは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
(私って何か漏れてる?!)
ユーリグゼナはいろいろなショックが重なり、静かに処理落ちした……。
これから森に寄る、とカミルシェーンはネロとその場に残った。ユーリグゼナだけ飛ばされ、簡素な部屋に着く。さっきと違い吐き気はない。
「ようこそ。城へ」
ぶっきらぼうな声に頭を上げると、ナンシュリーの紫色の目が彼女を見ていた。またも苦手な相手に会ってしまった。戸惑いながらも最低限の挨拶をする。
「王子自らお出迎えいただきありがとう存じます」
「ああ。疲れたよね。休んだらいい」
素っ気ないがどこか気遣いがあって、拍子抜けする。城の廊下を案内しながら、彼女の歩幅に気遣う。ユーリグゼナの大きな鞄を背負ってくれる。
(人が変わったみたいですね……)
そんな憎まれ口も引っ込むくらい、きちんと客扱いしてくれていた。
案内された部屋にはアルフレッドとアクロビスが待っていた。二人とも別れた時と服装が違う。彼女が焦土の土地を復活させている間、寛いでいたようだ。
三人に椅子を勧められ、おずおずと座る。すぐにお茶が用意された。
「ユーリが無事に戻って本当に良かった」
アルフレッドは両手で顔を覆い、はあぁと長く息を吐く。大袈裟過ぎるなあ、と思いながらも水分が欲しかった彼女はごくごくお茶を飲む。
「食事を用意させている。食べて行くだろう?」
アクロビスが目を逸らしながら言う言葉が優しい。城には何か人が優しくなる魔法でもかけられているのではないだろうか。心からの微笑みで頷く彼女に、アルフレッドがポツリとこぼす。
「十日間も連絡とれないなんて、何があった?」
彼女は目を丸くして、彼を見返す。
ユーリグゼナにとっては半日。こちらは十日。何かの詐欺だと思った。
(説明したい)
でも事はペルテノーラの根幹にかかわるから、とカミルシェーンに口止めされている。
ドアが叩かれ、アクロビスの許可で何か大きいものが入室してくる。
「ユーリグゼナ!! 王に十日も監禁されるなんて……。助けてやれなくてごめんな」
勢いよく入ってきたナータトミカは椅子ごとユーリグゼナを抱きしめ、おいおいと嗚咽を上げ泣き始めた。彼女は呆気にとられ口が開いたまま閉まらなくなる。
アルフレッドは彼を落ち着かせようとする。
「大丈夫だよ。無事に戻ってきたから」
「命が無事でも、奪われたに決まってるだろう? あの王が手を出さないわけがない」
そう泣き続けるナータトミカに、アクロビスとナンシュリーが顔を歪ませながら頷いている。彼女は我に返った。え? そんなことになってるの? だからみんな優しいの?
アルフレッドは彼女の顔を見て、慌てた様子になる。
「ユーリ。大丈夫だ。俺には何もなかったと分かっている」
「アルフレッド。婚約者がそんなこと言っても、誰も信じないよ」
ナンシュリーが仕方なさそうに頭の後ろで手を組ながら言う。彼女の身体から冷たい汗が流れ出す。
「ナンシュリー。本当に何もないです。第一、自分の父親を信頼していないのですか?」
「してるよ。チャンスは確実にものにするって」
何ともないことのように言うナンシュリーに、アクロビスは慌てて反論する。
「俺は、父王から少し事情を伺っていた。無体なことはされないと思っていた」
ナンシュリーが胡散臭そうな顔で彼を見た。
「嘘つきだな。『それは有りうる。否定できない』って言ってたよね?」
「う……。仕方ないだろう。ルリアンナが絡むと父王は少々行き過ぎるところがある」
「少々?! 国を揺るがすほどの大騒動になるじゃん。だから誰も触れないようにしてたのにユーリグゼナは……」
そう言いながら王子二人は彼女を流し目で見る。ユーリグゼナは黒曜石のような目でキリッと見返した。ナータトミカを押しやり椅子から立ち上がる。
「私には半日くらいの出来事です。ここと時間の流れが違うのでしょう。私は王の仕事を手伝っただけですよ。なんなら証人も呼びましょうか?」
魔獣だけど。デカすぎて城を壊しそうだけど。とは言わなかった。
もう彼女の中でカミルシェーンの口止めは効果を失った。
用意されていた食事が給仕され、何となくそのまま四人で夕食となった。彼女の説明がようやく信頼されかけた頃……
「王に食事を出した?!」
アルフレッドが驚いて手を止めた。彼女は躊躇いながらも返事をする。
「うん。……毒殺とか食あたりとかあるから、良くなかったね」
情報も欲しかったし、目の前で腹の音を聞けばできる事はしたくなるものだ。彼女は困った顔で指で首をぽりぽり掻いた。彼は大きく首を振る。
「それもだけど…………まさか手作りのお菓子とか渡してないよな?」
「いつもの焼菓子ならあげたよ。だめだった?」
アルフレッドは魂が抜けたように、天を仰いで動かなくなった。ナータトミカが代わりに話す。
「求婚者を食事に招いて、二人で会食すれば婚約は成立するだろう? 段取り踏んだんじゃないか?」
食事は手作りの物をいくつか用意するのが通例だそうだ。そんなこと、知りもしなかった彼女はただただ驚いていた。
「私が求婚を了承したことになるってこと?」
「ああ。アルフレッドの時もそうしただろう。気づかなかったか?」
アルフレッドとはちゃんと婚約していない。口約束だけである。儀式は全部飛ばした。ユーリグゼナは誤魔化し笑いをしながら「き、気づかなかったなー」っとこぼす。
「アルフレッドとちゃんと婚約してなかったから、気づかなかったんじゃない?」
ナンシュリーが食事の手を止めずに言う。一瞬動きを止めてしまった彼女を見たアクロビスが、驚いた顔になる。
「なんだ偽装だったのか。それならば、本当に父王と婚約するのだな」
「しません! 偽装じゃないです。私はちゃんとアルフレッドと婚約しています」
彼女は必死だ。ナンシュリーが疑り深そうに目を細める。
「なーんか。嘘くさいんだよ。ユーリグゼナとアルフレッドって全然男女の雰囲気ないし」
「そんなの他人に見せるわけないでしょう? 行くぞ。ユーリ」
放心状態だったアルフレッドが復活していた。彼女の鞄を持ち、自然に手を取りユーリグゼナを立ち上がらせる。
「ナータトミカ。今日からユーリも頼む。悪いな」
ナータトミカはひょいっと彼から彼女の鞄を取り上げ、彼女に顔を向ける。
「こっちは大歓迎だ。ユーリグゼナ。お招きできてうれしいよ」
彼のいかつい顔が少しだけ笑ったように見えた。
次回「音楽の館」は8月19日18時掲載予定です。




