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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部
8/197

7.舞う花びら

視点がアルフレッド→ユーリグゼナと変わります。

「国家転覆?!」


 アルフレッドとスリンケットは、慌てて口を押える。そして、陣の中で誰にも聞こえていないことに気づき、ホッと表情を緩める。アルフレッドは言う。


「歌詞があったのか。なんでそんな物騒な曲を選んだ?」

「アルフが勝手に真似してきたと記憶してるんだけど……」


 不服そうにユーリグゼナは答える。スリンケットは楽譜を見て、ほぅっ息をついた。


「これが謝神祭(テレオンナーレ)で演奏する鍵盤楽器(ピエッタ)の楽譜? 僕、音楽詳しくないけどさ。一小節にこんなに音符が並んでるの初めて見たよ」


 アルフレッドが答えた。


「そうです。人によっては聞き苦しいと思います。年配の方だと特に。俺は面白いと思うけど、世の中の音楽とかけ離れ過ぎている。異質だ。どうやってこんな楽譜手に入れたんだ?」

「……家にあった」


 ユーリグゼナは、言いにくそうに顔をそむけた。なにかあるんだな、と胡散臭そうにアルフレッドが呟き彼女を見る。スリンケットは面白そうに言う。


「この曲。学生の中ではむちゃくちゃ流行ってるって聞いてるよ? 音楽の授業中に教授無視して、練習始める奴まで出てきてるってさ。すごい話題性。そもそも誰がみんなに教えたの? 一発で聞いて覚えられるような短い曲じゃないよね」

「──俺の友達十人くらいで広げてます。何人も弦楽器の二重奏だとどうやって弾くのかって聞いてこられたので。謝神祭(テレオンナーレ)で多少は聞き覚えある方が、観客の反応もいいから」

「うまい仕掛けだ。何かワクワクする」


 スリンケットが感心して褒めたので、アルフレッドは少し赤くなって目をそらした。


「ユーリ。この曲の歌詞教えてくれないか」

「……む、無理だよ」

「なんで?」


 ユーリグゼナは地面を見つめ、ぼそぼそと呟く。


「元の楽譜は異……国の古語で書かれていて……持ち出せない。と、とにかく国家転覆を狙って最後には処刑される、という(くだり)は間違いないよ」


 スリンケットが興味深そうな顔で彼女を見つめる。


「なんか戦争してたシキビルドを思わせるね。曲だけなら、きっと転覆うんねんは分からないんじゃない? 聞いてみたいな」


 ユーリグゼナは嬉しそうに言う。


「いいですよ!」

「おい。鍵盤楽器(ピエッタ)の部屋は俺たち以外入れないぞ」


 アルフレッドの静止にも、ユーリグゼナは、見学ならきっと教授の許可が出る、と黒曜石のような目をキラキラさせて言う。アルフレッドはため息とともに、スリンケットを誘う。


「第三者の意見が聞けるのはありがたいです。行きます?」

「行く」





 音楽棟に着くやいなや、ユーリグゼナは手を洗い、ピエッタのところに飛んでいく。アルフレッドは急いで声をかけた。


「どっちを弾くつもりだ」

「新しく変えた方」

「駄目だ。まずは今までの方」



チャンチャン チャチャン チャチャン 

チャラララララ 



 ユーリグゼナは優しい旋律で優雅に演奏を始める。そして、速度を加速させていく。



チャッチャラ チャッチャラ 

チャン チャン チャン チャン 

チャララン チャララン チャララララララ



 右手も左手も淀みなく、ずっと鍵盤を弾きっぱなしだ。同じ旋律が何度も何度も繰り返される。高い音に変えて、また戻して、変調してまた戻る。アルフレッドはユーリグゼナの演奏を聴きながら思う。


(ユーリは楽しそうに弾くよな。授業の課題曲は本当につまらなそうなのに)


 スリンケットは指の動きをじっと見続けている。アルフレッドは深緑の目を優し気に細めた。


「──目が離せないですか?」

「……うん」


 ユーリグゼナが最後まで弾き切ると、アルフレッドは彼女に声をかける。


「確かにユーリの言う通り、死のにおいがしない。ずっと魔樹が花散らすだけでなんでこんなに激しいのか疑問だった。国家転覆だの処刑だのと言われれば、ちょっと納得する。────変更は必要だと思う。ただ楽譜を変えるのではなく、強弱と緩急(かんきゅう)を明確につけられれば……。そしてここは──」


 アルフレッドはその場で修正を入れていく。ユーリグゼナはそれをすぐに弾き直し、確認する。それは長時間に及び、その間もスリンケットは二人を黙って見ていた。



 ようやく修正し終え、ユーリグゼナは満足そうな笑顔だった。アルフレッドは心底疲れていた。


「ねえ、演奏ってどこでどんな風にするの?」


 スリンケットの言葉に、アルフレッドはガックリと肩を落とす。彼のさらっとした見事な金髪が力なく揺れる。


「会場は演武場です。演出に関してユーリグゼナが厄介な事を言い出してます」


 他の競技開始前の朝に予定されている。しかしユーリグゼナは暗い時間に弾きたいと言い出した。


「真っ暗、出来れば黄昏(たそがれ)時がいいの。あと、花びらに模した幻とか出せないかなあ?」


 ユーリグゼナは楽しそうに言うが、アルフレッドは完全に沈黙する。じっと聞いていたスリンケットが口を出す。


「魔法陣で会場だけ暗くすることはできるよ。幻も、うーん。上手く組み合わせればいけるか。ちょっと準備が大変そうだけど──」


 ユーリグゼナが黒曜石のような目をキラキラさせた。アルフレッドは驚いていた。


「いいんですか?」

「いいよ。凄いもの見せてもらった。僕でできることなら力になりたい。成功したら絶対みんな驚く。保証する」


 スリンケットの言葉にアルフレッドは嬉しくなる。そしてふうっと息をついて言う。


「助かります──」

「弾くのはユーリグゼナでしょ? 当日の会場ではアルフレッドに手伝ってもらうよ」

「もちろん。本当にありがとうございます」

「君たちさ──。一緒に音楽やってるとき、最高だね」


 スリンケットの言葉に、アルフレッドの頬は赤く染まる。

 ユーリグゼナは、懸命に幻のイメージを描き始める。





 謝神祭(テレオンナーレ)までの日々は、あっという間過ぎた。アルフレッドはユーリグゼナの練習に付き合い、ギリギリまで彼女の演奏を詰めていく。前日に確認した教授は満足そうに、よく仕上げました、と褒めた。

 衣装はテラントリーの全面的な協力でようやく前日に仕上がった。最後に演出のための魔法陣を演武場にセットする。スリンケットを中心にいつもの四人で、誰もいない会場で夜間まで作業していた。


「今更だけど謝神祭(テレオンナーレ)って、武術トーナメントや剣舞、魔術の研究発表を親や親戚に見せる日だよね。みんな何かするの?」


 三人とも誰も何も言わない。スリンケットが納得した顔で言う。


「みんな他は出ないんだ」


 アルフレッドがユーリグゼナにチラリと目線を送る。


「いや。ユーリは何か申し込んでるだろう?」


 ユーリグゼナは虚ろな顔になった。アルフレッドは作業の手を止め、ユーリグゼナを軽くにらむ。


「何か武術トーナメントに申し込んでるはずだ。友達(カーンタリス)から一応確認しといてって頼まれた」

「そういえば武術の教授に、参加を強制されたような気がする。無断で棄権したら駄目かな……」

「無断も棄権も駄目だろう」

「……分かった。適当に参加しとく」


 ユーリグゼナは非常に面倒そうな顔で言った。テラントリーは興味深そうに聞く。


「みなさん、夜遅くまで謝神祭(トリエンナーレ)の準備をされるのですか?」

「そうだよ。準備のための夜更かしが許されている。テラントリーは今年初めてだね? ──花びらの製作助かった。とっても丁寧。ユーリグゼナがこんなに不器用とは」


 ユーリグゼナが渋い顔になる。反対にテラントリーは頬を薔薇色に染める。

 花びらはユーリグゼナが最初に言った幻ではなく、紫にも薄緑にも見える本物の葉っぱを切り抜いたものだ。それを暗い中で風を起こしてばらまく。薄っすら発光しているので、ぼんやり光って見えることだろう。


(この葉っぱは、結構凶暴らしい)


 アルフレッドは苦笑いする。ユーリグゼナによると、この魔樹の葉っぱは太陽の明かりに当たると、途端にくっつき一つにまとまるという性質があるらしい。まとまると人間を攻撃してくるので、その対処はアルフレッドが請け負うことになっている。

 どの仕掛けも試す時間がなく、出たとこ勝負だ。四人とも楽しそうで、終始和やかだった。準備を終えみんなと別れたあと、アルフレッドは気づく。


(家族の話、誰も話題にしなかった……)






◇◇◇◇◇






 当日の朝は早くから、寮内がごった返していた。学生たちを見に来た家族や親戚に、準備であわただしい学生でいっぱいだ。


 それを尻目にユーリグゼナは、テラントリーと演武場に向かう。鍵盤楽器(ピエッタ)はさらに早い時間帯に、教授と有志の学生が運んでくれていた。国を問わずたくさんの人が協力してくれたという。そしてその有志はそのまま会場で待って、演奏を聞いてくれるという。時間の経過とともに、他の学生たちも会場に現れ、観客は増えてきていた。


 ユーリグゼナはテラントリーに着付けを手伝ってもらう。その間にもどんどん緊張が増してくる。テラントリーが心配そうに薄茶色の目を揺らす。

 アルフレッドが扉を軽く叩き、声をかける。


「準備できた?」


 テラントリーの入室許可で、アルフレッドは扉を開けた。彼はユーリグゼナの顔を見て、ニヤリと笑った。


「本当だ。すっごい緊張してる。大勢の前、苦手だって言ってたな」

「……」


 ユーリグゼナはガチガチのまま、下を向く。アルフレッドは彼女の正面に立った。


「大丈夫。本当に困ったら、俺が代わりに弾いてやる」

「──えっ?」


 ユーリグゼナは思わず、顔を上げる。


「だから、無理になったら合図して」


 アルフレッドは笑顔で言い、ユーリグゼナの頭をポンとたたいた。金縛りが解けるように、彼女は楽になった。


「もうすぐ会場は真っ暗になる。俺とスリンケットだけ、この暗闇でも目が見えるようにしてる。俺がユーリを鍵盤楽器(ピエッタ)の椅子まで運ぶから、ユーリの間合い(タイミング)で弾き始めればいい。あとは楽しんで」


 アルフレッドはそういうと、ユーリグゼナの目の前でかがみ、彼女を横抱きにする。会場は真っ暗で、ピエッタの鍵盤部分だけが照らされていた。客席は暗転に驚き、ざわざわ騒ぐ声が続いている。声からすると五百人以上はいるようだ。

 アルフレッドはそっとユーリグゼナを椅子の上に座らせると、彼女の服の裾を整えた。


 ユーリグゼナの今日の衣装は全身真っ白だ。裾も袖も引きずるように長い。広げるように座っている。花びらもどきの葉っぱが落ちてくると、映えるはずだ。

 会場のざわめきは収まらない。ユーリグゼナは音と気配を頼りに、開始の時を探る。五感が研ぎ澄まされた瞬間気づいた。何かが来ている。


(そうだ。初めての場所なのに挨拶してなかった)


 彼女は声に出さず、挨拶をする。




この場におわします 神々と精霊よ

楽しき音色 しばし 酔ひたまはらむ




 スッと周りの音が消えていく。


(今だ。優しく、最も美しい音色で──)



チャララン チャララン チャラララララン 

チャラララリン



 思わず、いつもと違う音を最後に足してしまった。でも、これでいいとユーリグゼナは思う。そして間を置く。聞き手が沈黙に耐えれなくなる寸前に、両手で一気に弾き始める。



チャッチャラ チャッチャラ 

チャンチャンチャンチャン



 次からは、速度と音のバランスだ。緩急はしっかりとつけて! っとアルフレッドの声が彼女の耳に聞こえるようだった。

 

 予定通り、花びらもどきが会場を舞い始める。空気の動きで風が起きているのが分かる。スリンケットの仕掛けはすべて順調。

 テラントリーが綺麗に縫い上げた白い衣装に、ほのかに光る、紫にも薄緑にも見える葉が落ちる。


(一人で弾いている気がしない。全然怖くない)


 演奏は強く激しく変わっていくが、ユーリグゼナの心は()いでいた。反面、繰り返される旋律は目まぐるしく変化する。まるで生き物のように生々しい。会場全体が一頭の魔獣のように、呼吸も感情も共有しているかのような錯覚に陥っていた。


(終わってしまうのが惜しい。ずっと弾いていたい。でも──)


 必ず終わるのだ。音楽は。だから美しく、魅せられる。



ジャン ジャンジョンジャ──────ン 

タララン



 演奏が終わる。暗闇の中、始めるときと同じように、アルフレッドがユーリグゼナをそっと椅子から抱き上げ退場する。少し間があって、会場から大きな歓声が上がった。それを遠くに聞く。ユーリグゼナは心地よい徒労感の中にいた。


「とても楽しかった。またやりたい」

「俺もだ」


 アルフレッドは穏やかな表情をしていた。そっとユーリグゼナを下ろし、武器をとる。彼の見事な金髪がぱさっと額にかかった。これから会場の暗転が解除され、外の太陽の光が会場に入る。すると花びらのもとになった葉っぱが集まって攻撃してくる。アルフレッドはそれを倒すのが役割だ。ユーリグゼナは微笑んだ。


「よろしく」

「おう。ユーリはトーナメントの参加忘れるなよ」

「? あ、はい」


 アルフレッドは忘れてたな、という顔をしてから、一度顔を引き締めると会場へ戻る。

 テラントリーが涙目で駆け寄ってきた。ユーリグゼナは彼女をぎゅっと抱きしめる。彼女の艶やかな薄紅梅色の髪がユーリグゼナの顔をくすぐる。テラントリーが照れたように微笑む。


「とても素敵でした。ユーリグゼナ様は凄すぎます……」


 会場からわあーっと歓声が起こる。おそらく、アルフレッドが花もどきの魔樹を倒したのだろう。


「見たかった──」


 ユーリグゼナが残念そうな顔をしていると、テラントリーは笑った。


「その衣装だと裾が引っかかって、こけますよ?」

「確かに……」


 ユーリグゼナはそう言い、自分の着ている裾と袖の長い服を見下ろした。とりあえず、なんとか二人がかりで服の裾を持って控室まで歩いていく。着替えるのは、武術鍛錬用の服装だ。テラントリーから見た会場の様子を聞かせてもらっていると、スリンケットが戻ってきた。ユーリグゼナは嬉しそうに彼に飛びつく。


「スリンケット、ありがとう!!」


 すぐに、スリンケットは彼女を突き放す。ユーリグゼナは寂しそうに彼を見た。スリンケットは眉をひそめている。


「君は興奮すると抱きつく性質(たち)か──。まあいいや。上手くいったね。実は気になることが何点かあるのだけど……。アルフレッドは?」

「魔樹を無事倒されていたように思います。が、まだ帰ってきてませんね」


 テラントリーが首をかしげながら答えた。

 この会場は次に剣舞が催される。とりあえず片づけを始めた。終わらせて寮に戻ろうとする頃、アルフレッドはようやく帰ってきた。渋い顔になっている。スリンケットが声をかける。


「遅かったね。何かあった?」

「──学校長より再演の命令がありました。しかも本日中。見逃した人たちから圧力がかかったらしい」


 スリンケットは呆れたように言う。


「今日はもう無理だよ。材料も魔法陣も使い切ったし」


 アルフレッドは頷く。


「もう一つ。王から呼び出されました」

「誰が?」

「四人全員」

「なんで?」

「分かりません。セルディーナ様も同席されます。急いで寮に戻りましょう」




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