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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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22.弱者2

 確かに、褒められて調子に乗った。王女になって間もないユーリグゼナに、そんな力はないかもしれない。だからといって、そんなに怖い顔で睨まなくていいと思う。

 ユーリグゼナは、シノに鋭い目を向けられ怯えていた。

 ふっと我に返ったように、シノの表情が動く。彼は慌てたように頬を赤らめ片手で顔を覆った。


「すみません……」


 怒っていないのかな、と彼女は窺うように彼を見た。シノは手を下ろす。頬が少し色づいている。


「あなたを怖がらせてばかりですね……」


 彼はユーリグゼナの方に身体を向け、真っ直ぐに見る。灰色の目に彼女の姿が映った。


「嬉しいです。本気にしてしまいそうなほど」


 シノの青紫色の髪がやわらかそうに揺れる。ユーリグゼナは胸が温かくなるのを感じた。彼は続ける。


「正直に申しますと、こんなにも皆に嫌われていたのか、とショックでした。少しは役に立っているつもりだったので。────でももう、いいです。元々私がやるべき仕事を超えていました。ぜひ、他の方に働いていただきましょう」


 結果が楽しみです、と、ちょっと意地悪そうな顔で彼は呟く。そして、思いついた顔で彼女に言った。


「さっきの平民や側人への言葉遣いの件、サギリ様に代弁してもらうようになさっては? 王女の威厳は保てるし、あなたが変わる必要はありません」


 シノはふわりと笑った。彼の言葉は置き土産のようだ。もう出て行くことを決めている。ユーリグゼナが引き留めても、もう止まらない。力が抜けた途端、ずっと彼の袖を掴みっぱなしだった手が外れた。シノは彼女の顔を見て、仕方なさそうな寂しそうな顔になる。


「そうやって感情を爆発させるあなたを、好ましく思う人もいますが、利用しようとする人もいます。家族以外には見せないよう心掛けてください」


 そういうと彼は懐から出した清潔な真っ白い手布(ハンカチ)を、彼女に差し出した。彼はいつもその場に適したものを懐から出してくる。一体どれだけの道具が隠されているのだろう、と不思議に思いながら、ユーリグゼナは受け取った手布を顔に押し当てた。







 ライドフェーズが部屋に戻ってくると、シノは彼といくつか言葉を交わしたあと、退出して行った。ユーリグゼナは席について、ライドフェーズとお茶を飲む。「シノにどこまで聞いたのか?」と言われ、ぼそぼそと報告する。彼は微妙な表情になった。


「────愛人になれということか?」

「は?」


 脈略もなく言われた言葉に、彼女はお茶を上手く飲み込めず、ごほごほと咳き込んだ。その様子をさして気にせずライドフェーズは言う。


「身分の高い女性が、職を失った男を引き留めたら、そういうことになる」


 彼女は蒼白になり、あわあわと口を動かすが言葉にならない。ライドフェーズはお菓子に手を伸ばしながら言う。


「まあ、シノにはお前にそんなつもりがないことは、分かっているだろう。むしろ、よくも冷静に返答ができたものだと感心する」

「失礼なこと言ってしまいました。怒ってませんか?」


 彼女が心配そうにしても、彼は平気そうな顔でぽりぽりとお菓子を食んでいる。


「大丈夫だろう。久しぶりに表情が明るかったし、血色も良かった」

「なら、良いです……」

「今回シノは珍しく落ち込んでいた。お前の言葉が救いになったようだな」


 彼が優しげに目を伏せるのを、不思議に思った。


「ライドフェーズ様は、今回のことお怒りではないのですか?」


 彼は次のお菓子に伸ばした手を止めた。そして不機嫌そうに、ユーリグゼナを見た。


「はらわたが煮えくり返っているぞ! でもシノの身の安全のためにも一回引いた方がいい。落ち着いたら呼び戻すし、シノも養子院の仕事に専念できる時間ができて良かったと思っているみたいだから、今は大人しくしているだけだ」

「……何かあったのですね」


彼は渋い表情になって、ぽつりと言う。


「あった」





 ユーリグゼナが学校で過ごしている間、平民であるシノが王女の教育をしていることに不満が高まっていた。ついに話し合いの場でも、そのことを持ち出す特権階級の人間が出てきた。平民が教えているから、ユーリグゼナは王女らしくならないのだと。


「恐ろしいことに、そんな幼稚な意見に皆が頷いたのだ。ぎょっとした」

「私が王女らしくないのは本当です……」


 彼女が身を小さくして言うと、彼は目をつむり頬杖をついた。


「本当に王女らしさだけが本音だったら、お前を叩き直して終わりだ。だが、今回はシノへの不審が根底にある。シノを引き下ろす雰囲気の中、アナトーリーが『王女として誤った行為を(ユーリグゼナ)がしましたか? 正しますのでお教えください』と言い出した」


 彼女は息を詰まらせる。


「私のこと、ボロクソに批判されたのですね……」

「いや、何も言えなくなったのだ。シノは、明らかな間違いは犯さないようお前を教育した。王女としてギリギリの線は保っているから、誰も意見できなかった。アナトーリーは『間違いを指摘できないなら、教育への口出しは控えるべきでは?』と言って、その場は終わらせた」

「さすがアナトーリー!」


 ユーリグゼナはホクホクした顔で言う。反対に彼は沈んだ表情になった。


「そのアナトーリーが問題になってる」







 側近の一人がペルテノーラ王の親書を持って、シキビルドに戻ってきた。敗戦国となったシキビルドは、戦勝国のペルテノーラから多額の賠償金を課されている。しかし、最初に特権階級から徴収した分で支払って以来、全く進んでいない。人身売買以外に税収の足しになる物がなかったシキビルドは赤字財政が続き、今ようやく赤字スレスレで賄えるようになったばかり。支払いに回す金はなかった。


「ペルテノーラも財政は厳しい。カミルシェーンに頼み込んで待ってもらっていたが、正式に何とかしろと言ってきた」


 ライドフェーズは非常に渋い表情になる。ユーリグゼナも同じ顔になる。


「そんな。無いものは無いですよ。……あっ。また特権階級から徴収すればいいのでは」


 彼女の言葉に、彼はほろりと表情を崩した。


「もしかすると、お前とは意見が合うのかもしれないな」

「まさか……」

「おう。言ってやった。『有るところから捕ればいい』と」

「……私は、そんな言い方しません」





 ライドフェーズの発言に話し合いの場は騒然とした。皆は自分の懐から出すのを渋り、税を上げる方へと議論を持っていこうとした。それはならない。まず自分の腹を痛めてからだと、彼が強く意見するのを側近の一人が止めた。「親書にあった、もう一つの提案を受け入れてはいかがでしょう」と。


「まだ手があったのですか?」


 ユーリグゼナは小首を傾げる。彼は本日最強の不機嫌な顔になっていた。


「論外の提案だったから、敢えて黙っていた……」

「側近の人はなぜ、ライドフェーズ様を差し置いて発言したのでしょう?」


 彼女が不思議そうに言うと、彼は彼女をじっと見た。


「意外と鋭いな」


 ライドフェーズは目を逸らし、一度にお茶を口に含む。彼女も一緒に飲むが、冷えて幾分苦く感じる。


「『賠償金の支払いを長期間待ってやる代わりに、アナトーリーをペルテノーラ王の側近として差し出せ』と、そう親書にあった。こちらが払えないのは見越してる。だから、こちらがペルテノーラ側の本意だ。発言した側近は、アナトーリーを排除したかったのだろう。私の側から」


 彼は悔しそうに唇を噛んだ。彼女の顔も歪む。


「ライドフェーズ様は受けませんよね?」

「当然だ。だがな…………シキビルドの特権階級たちは、この話に乗ってきた」


 ユーリグゼナは呆気にとられた。アナトーリーを何だと思っている?!


「アナトーリーがいなくなってもいいと、本気でそう思っているのですか?!」

「そうだ。むしろ望んでいる。いい機会だと、シキビルドの特権階級も、ペルテノーラ出身の私の側近も大部分がそう思っている。信じられなかった……」


 彼は苦し気に机に肘をつくと、頭を抱えた。彼女は小さく息をつく。


「もしかして……教育係と側人の解任って」

「ああ、関係ある。アナトーリーはシノを庇ったせいで、シキビルドの特権階級に睨まれ始めた。シノはアナトーリーの風当たりが少しでも楽になるよう、解任を受けて欲しいと私に進言してきた。……だから受けた。不本意で腹立たしくて嫌になるが」


 ライドフェーズは机に拳を強く押し当てた。彼女はその拳を見ながら、朝出るときアナトーリーから「真っ直ぐに家に帰ってこい」と言われたのを思い出した。






次回「手の形」は7月29日18時に掲載予定です。

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