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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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19.食事会

今日はお昼に更新したく思います…

 会場の中に入ると薄暗かった。むわっとする空気の中、人々の興奮した声と拍手で、耳が痛いくらいだ。ユーリグゼナは演奏が成功したことを実感する。おそらく客から追加の演奏(アンコール)を望む声が上がるだろう。

 舞台では挨拶のために演奏者が次々に立ち上がり、観客の拍手を受けている。アルフレッドは彼らを称えながら、一人ずつ簡単に紹介していく。


(こういうことをさらっとやれるアルフって、本当に凄い)


 彼は本当に人をよく見ている。そして貴公子のような彼の容貌は、舞台でよく()えた。人前でも自然に話せる度胸と、どう悪ぶってもにじみ出る品格は、生まれながらのものだ。

 舞台だけが日の光に照らされ、演奏者たちが際立って見える。この時間に、こうなると計算して設定したのはスリンケットだった。

 薄暗い客席から、ユーリグゼナたちに近づいてくる気配がある。アナトーリーは一瞬警戒するも、すぐに緊張を解いた。暗い中でも薄紅梅色の艶やかな髪は、彼女の存在を際立たせる。


「ユーリグゼナ様。急ぎ舞台裏においでください」


 テラントリーは嬉しそうに彼女を見る。ユーリグゼナは彼女の顔を見て、ホッとした。無事に帰って来れたのだと、ようやく気が付いた。







 彼女はテラントリーの案内で舞台裏へ急ぐ。アナトーリーは、待ち受けていたスリンケットに合図をし彼女を頼むと、ライドフェーズへの報告と護衛のために会場に戻って行った。仏頂面のスリンケットは、彼女の顔を見ようともしない。控室に二人を連れて行くと、すぐにどこかへ行ってしまった。


「あれでも、さっきまで胡散臭い笑顔で、必死に演出の指揮を執ってたんですよ」


 テラントリーはからかうように笑う。ユーリグゼナの顔を布で拭い、簡単に整えた。そんなにひどい顔をしているのかと、ユーリグゼナが心配していると、背後から呼ばれる。振り返ると、さらっとした見事な金髪が目に入る。


「ユーリ。遅いぞ」


 ぽけっと見上げるユーリグゼナの手を取り、アルフレッドはぐんぐん歩き出す。そして舞台の袖まで来ると、ピタリと止まった。彼は薄暗いなか、彼女を振り返って見つめる。ふっ、と笑った。


「おかえり」


 ユーリグゼナの心がほどける。


「ただいま」


 アルフレッドは、紐のついた板を自分の首にかけ、彼女に弦楽器を手渡す。訝し気に受け取る彼女に言った。


「リナーサの独奏(ソロ)が始まったら、演奏しながら舞台に上がって」

「え? リナーサの邪魔なんてしないよ?!」


 観客に応える追加の演奏(アンコール)はすでに始まっている。山場に登場したら、場を壊す。


「さっき舞台の上からユーリが見えたから、みんなには伝えた。ユーリが間に合ったら変更するって」

「こんなギリギリに?!」


 慌てる彼女を見て、アルフレッドは面白そうな顔になる。


「いつもユーリがやってることを、俺がやると駄目なわけ?」


 そう言われたら了解するしかない。彼女は鼓動が高まってくるのを感じた。彼はどこか楽しそうだ。


「予定外の曲だから、短い演奏の予定だったけど、実は原曲のままでも練習を続けていた」


 彼の持つ板には『長い楽譜に変更!!』と書いてある。指揮者として舞台に戻るつもりなのだ。

 急な展開に彼女は目が回る。武術館を出た時に、自分が演奏する事は諦めていた。緊張で身体が強ばってくる。すると、アルフレッドは彼女の頭にポンと手をのせた。


「俺も弾く。一緒ならやれるだろう?」


 そう言って、彼は自分の楽器を引き寄せる。緊張の解けたユーリグゼナは大きく頷いた。








 夢のように演奏は終わる。

 予定外に追加された曲に、観客の興奮は収まらず、拍手は止まず客は帰らなかった。次の競技の準備ができないと苦情が来なかったのは、奇跡だとユーリグゼナは思った。


 恒例になっていた、謝神祭の夜の食事会は、二年前より盛大になっていた。

 会場の音楽棟に臨時に用意された机には、シキビルドからだけでなく各国の協力者からも提供された食事が、所狭しと並べられている。見たこともない料理に、お腹を空かせたユーリグゼナは感動に打ち震える。全種類を制覇したい彼女だが、王女の威厳は保たなければならない。山ほど盛りつけた一皿目の料理とともに、隠れて食べる場所を探しているところを、リナーサに抱きつかれた。


「リナーサ。すみません。見せ場を邪魔する真似をして……」


 ユーリグゼナは申し訳ない思いで言う。────彼女が舞台に登場した途端、一気に視線を集めガヤガヤと客が騒ぎ出した。彼女は客の心を奪うため、音を震わせ本気の音で黙らせた。それは協調性とはほど遠いものだった。その後の演奏は上手くいったが、やはり強硬な演奏は良くなかった。

 リナーサは彼女に抱きついたまま離れず、黙っている。沈んだ表情のユーリグゼナの耳に「無事でなにより」と、ナヤンがこそっと囁いた。


「お姫様が目をひいてくれた間に、みんな急いで楽譜を取り換えたんだ。慌てて落とす奴や、忘れて隣に見せて欲しいと頼む奴もいたから、実はちょっと助かったんだよ」


 リナーサがようやく顔を上げる。黄緑色の目が濡れている。


「ユーリグゼナ様。なぜご相談いただけなかったのでしょう。共演者に黙っていて良いことではありません。迷惑をかける可能性は考えられなかったのですか?」

「申し訳ありません……」


 ユーリグゼナの黒曜石のような目が、暗く曇る。ナヤンが鼻で笑う。


「リナーサ。演奏前にお姫様を心配してパニック起こしてただろう。そのことを言えよ。そのほうが伝わるぞ」


 いつの間にか皿いっぱいに料理を盛っていたナヤンは、肉にかじりつきながら言う。ユーリグゼナは羨ましそうに流し目を送る。リナーサは苦々し気にナヤンを見る。


「本当に下品ですわね! ユーリグゼナ様。私……心配しただけですわ。登場時の演奏、見事でした。私ばかりが目立っては困りますもの。私の盾になって下さるんでしょう?」


 少し赤い顔で、照れたように目を逸らすリナーサを可愛く思う。ついでに今日の美しい体形が生かされたスリムなドレスも素晴らしく、抱きつかれたときのいい匂いも良いなと思っていた。でも心は違う方へ向かっていく。


(いいな。ナヤン。私もガツガツ食べたい)


 盛大にお腹が鳴る予感に、ユーリグゼナは傍目には優雅に見えるよう、そろりと食事が出来る場所を探しに行く。






「このまま僕が黙ってるなんて思ってないよね?」


 いつもより執念深そうなスリンケットの声が背後から聞こえ、ユーリグゼナはピタリと動きを止める。


「あの状況下で一人飛び出していくなんて、もし君が無事に戻れなかったら、僕たちの立場はどうなるのさ」

「立場…………勝手な王女に巻き込まれて可哀そう、とか」

「ならない。責任問題になって処罰される。それぐらい君は、シキビルドにとって大事な存在だから」


 ユーリグゼナは彼の言うことが分からない。王女と言っても養女。後継ぎはアーリンレプトだ。音楽のことも本当のことをいうと、アナトーリーとアルフレッドがいれば問題ないと思う。でも……彼には確かに迷惑をかけた。いつも誰よりも先を読んで、彼女を助けてくれているのに。


「ご心配をおかけしてすみません」


 彼女はペコリと頭を下げる。そして心を込めて言う。 


「……演奏会を成功させてくれて、本当にありがとう」


 ユーリグゼナは、はにかむ。自然に。だってスリンケットは納得してなかったのに、腹を立てていたのに、彼女の心を優先してくれた。

 彼の演出に一つのミスもなかったそうだ。海の戦いの曲の途中、急に傾いた映像と連動して演奏者全員が体を傾けた。観客は本当に会場が揺れたと思い、思わず立ち上がった人、声を上げる人が続出した。大成功だった。

 スリンケットは少し頬が赤くなっていた。口元を押えて言う。


「分かってくれたならいい……」


 分かったわけではないし、同じことがあったら飛び出していくだろうな、と思っていることを彼女は言わない。そのまま、食事の場所を探しに行こうとすると、ガシッと腕を掴まれる。彼は鋭い目で彼女を見た。


「ユーリグゼナ。報告がまだだよ」

「え? 色々あったけど無事です。アナトーリーが助けてくれました」


 報告など以上で終わりだ。言いたくないことが盛りだくさん過ぎる。彼の目が怪しく光った。


「ふーん。じゃあ、この間と逆のことやってみようか」

「へ?」


 ユーリグゼナは何も思い当たらない。スリンケットは、腕を掴んだまま素知らぬ顔で、彼女の耳元で囁く。


「何があったか教えてくれないと、心を読むよ」


 ユーリグゼナは顔色を変える。慌てて、手を振りほどこうとする。


「い、嫌です。放してください。手! この間スリンケットは触るなって怒ったのに、なんで私には触るんですか!」

「う……。でも本当に心配だから、今回は読ませて?」


 スリンケットはさっきの強気とは一転し、下手に出る。

 それでも、王や追手を殺した話はしたくない。ユーリグゼナは目を逸らす。


「嫌です。手を、離してください……」


 彼女がしょげた様子になったのを見たスリンケットの手から、ほんの少し力が抜けた。その彼の肩に、さらっとした見事な金髪がかかる。


「……スリンケット。なんか楽しそうで、妬けます」


 アルフレッドが拗ねた顔で、彼の肩に頭を寄せる。ビクッとしたスリンケットの手が、彼女の腕から外れた。ユーリグゼナは素早く彼から離れ、側まで来ていたテラントリーの後ろに隠れた。


「スリンケット様。ユーリグゼナ様を悪目立ちさせないでください」


 テラントリーは背筋を伸ばし、静かにスリンケットを睨む。彼は気まずそうに目を逸らし、こそっと言った。


「ユーリグゼナ。年下に庇ってもらうってどうなの?」

「スリンケット。年下を脅すのってどうなんですか?」


 テラントリーの背中から、元気を取り戻したユーリグゼナが答えた。するといきなり、彼女の頭が大きな手でガシガシと撫でられる。驚いて見上げると、ナータトミカが頭上から優しそうな笑顔で彼女を見ていた。


「無事で良かったな。ユーリグゼナのおかげで、今年の学校はとても楽しかった。それに……」


 大きく屈んで彼女に言う。


「実は今日、女の子に二人も声をかけられたんだ」

「そうなんだ……。良かったね」


 ユーリグゼナは笑顔で返すものの、微妙な気持ちになる。


(ナータトミカは……女の子だったら本当に誰でもいいのかな)


 そう思いながら、彼女は天を仰ぐ。話ばかりで皿の料理に手をつけられない。


(ああ。お腹空いたよ……)


 景気よくお腹の音が鳴った。






次回「負けた者」は7月19日18時掲載予定です。

シキビルドで密かに起こっている、嵐の前の変化。連の視点。

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