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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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18.誰が殺した

 アナトーリーは振り返ってユーリグゼナを見ると、素早く彼女を抱え込み地面に伏せた。


バン バンバンバン


 火花が飛ぶような爆発音が連続で起こったあと、焦げた臭いとともに、一瞬静けさが戻る。しかしすぐに、苦し気なうめき声や、咳き込む声でその場が一変する。ユーリグゼナがアナトーリーの体の下で身動きすると、彼はそっと体を起こした。辺りに漂いはじめる、さびた鉄のような臭いに、死傷者の多さを窺い知る。アルクセウスが事前にどうなるか伝えなかった理由を、ユーリグゼナは正確に理解した。


(知ってたら、使わなかった……)


 転移の魔法陣を壊すことが目的のお守りだっただろう。最悪の事態に備え人体に効くようにもしただろう。とにかく魔法陣で人を殺した。ユーリグゼナが引き起こしたことだ。息が詰まりそうになりながら、一歩踏み出す。


(一人でも……)

 

 助けたくて近くに倒れる人に触れようとする。大きな手が、サッと彼女の視界を妨げる。


「よい。他の者がやる」


 アルクセウスは側近たちに場の収拾を指示する。速やかに担架が用意され、次々と重傷者が運ばれていく。凍り付くユーリグゼナの目元を、アナトーリーがふわりと両腕で包む。袖の紗の入った薄い紫色の布が、彼女の顔を覆う。


「ユーリは俺を助けたんだ。頼むから、一面だけで判断するな」


 彼はいつも、彼女の考える先を心配する。ユーリグゼナは彼の腕をポンと叩く。


「ありがとう。……どうして、ここに?」

「アルフレッドから緊急の音声伝達相互システム(プルシェル)が入って、助けに来た。……遅くなった。すまない」


 アナトーリーは両腕を外し、気まずそうに彼女の顔を覗き込む。ユーリグゼナはゆっくり首を振る。彼が来なければ、多分……。


 場に合わないほど、のんびりした声がかかる。


「アナトーリー。ウーメンハン上層部か?」


 カミルシェーンの丁寧に整えられた栗色のくせ毛が揺れる。ペルテノーラの王にも関わらず、一人ぷらりと歩いて来ていた。アナトーリーは礼を執る。


「はい。しかし、どうも蜥蜴(トカゲ)の尻尾切りに終わりそうです」

「そう上手くは行かないな」


 カミルシェーンは額に手をあて、残念そうに言う。自然に歩み寄る二人を、彼女は少し不思議に思った。アルクセウスは、僅かに緑がかった黒い目をカミルシェーンに向ける。


「このままウーメンハンの捕り物になるぞ」

「はい。ライドフェーズは会場待機ですか。いいなー。今年こそはユーリグゼナの曲、聴けると思ってたのに……」


 カミルシェーンは腕を組み残念そうに息をつく。アルクセウスは僅かに目を細めた。


「儂もだ。お互いどうも縁がないようだな」

「……なぜ一緒にされるのか、理解に苦しみます。私は伯父ですよ。縁はあるので、次回は聴けるでしょう」


 カミルシェーンの言葉にアルクセウスがボソッと何か(つぶや)き、またカミルシェーンが返す。二人の言い合いは続いていく。彼女はアナトーリーの耳元に顔を寄せる。


「なんで、聴きたがってるの?」

「ああ……ユーリは気にしなくていい」


 気にするなと言われても、無理があった。言い合いを終えたカミルシェーンは、彼女にニッコリ笑いかける。


「ユーリグゼナ。あなたが探していた楽器に似た物が見つかったのです。ペルテノーラに確認しに来てください。ついでに、演奏会を開きましょう」


 それは、ライドフェーズに頼んでいた1音ずつ(ハンマー)がついて打ち鳴らす楽器だろうか。そうであれば、行かなければならない。


「分か」

「ユーリ。まず養父(ライドフェーズ)様に確認するんだ」


 遮るようにアナトーリーが言う。カミルシェーンの舌打ちが聞こえて、驚いた彼女は二度見する。アルクセウスが不憫(ふびん)そうにカミルシェーンを見て、小さく首を振る。


「王女はそう簡単に国外へ行けまい。ユーリグゼナ。学校にいる間に演奏をするがいい。謝神祭と卒業式はカミルシェーンも来られる」

「分かりました」


 それなら大丈夫だろうと、アナトーリーを見ると彼は呆れ顔になっていた。







 服についた埃を掃いながら、武術館に戻る。アナトーリーはユーリグゼナの手を取り、自然に腕を貸(エスコート)しながら進む。少し汚れが残るが正装の彼は、いつも以上に男前だ。女性扱いされることに顔を赤らめながら、ユーリグゼナは背筋を伸ばして歩く。


(アナトーリーが心配しているのは、残りの追手がいないかと、……私の気持ち)


 お互いの心の内は分かっている。だから、ユーリグゼナは聞く。


「私が王を殺したの?」


 アナトーリーは表情を変えないまま、首を振る。


「……戦争が終わってすぐに、俺は前王を誰が殺したのか調査した。でも何の確証も得られなかった。殺された場にいた人間は全員死んでいた。ユーリ以外は」

「証拠はないけど、私なんだね」

「違う」


 彼は強く断言する。


「ユーリには殺せない。王は異世界の記憶を持つ人間だ。完全に滅するには、同じく異世界の力を持つ人間が倒さなければならない」


 前シキビルド王は異世界の者だったらしい。前世でペルテノーラに生まれ森を壊滅させたため、王に倒された。しかし、魂が無事だったためシキビルドの王族として生まれ変わってしまった。そうアナトーリーは話す。彼女には疑問だった。


「生まれ変わりって本当にあるのかな?」

「ユーリは信じていないのか」

「うん……。母様にも父様にもお祖父様にも、会えてない」


 ユーリグゼナが(つぶや)く言葉に、アナトーリーの頬がぴくりと動く。彼女は沈んだ顔で言う。


「体を殺したのが私だったら、また生まれ変わるよね」

「いや。滅されたことは、間違いない。アルクセウス様が持つ能力(ちから)でそれは確かめられた」

「じゃあ、誰が殺したの? 異世界の人って結構いるの?」


 彼女は不思議そうに小首を傾ける。彼は大きく首を振る。


「本来は、同世代に一人いるかいないかだ。ベルンみたいに小屋ごと飛んでくるなんて、異例中の異例。前代未聞だよ。通常は魂だけこの世界に紛れ込むんだ。それは、調停者であるアルクセウス様がすぐに感知する。この世界にはもう異世界人はいないそうだ。だから俺は…………ベルンじゃないかと、思っている」


 彼女は暗い顔で沈黙する。ベルンはルリアンナやノエラントールが処刑される前に、行方不明になっていた。時期的にありえない。その顔を見て、彼も深くため息をつく。


「でもベルンしかありえないんだ……」


 ユーリグゼナはさらに沈んだ表情で下を向く。アナトーリーは彼女を見つめながら言う。


「森の小屋には異世界の本もたくさんあるだろう? 姉上(ルリアンナ)はよく読み漁っていた。その中に小鳥が殺される変な詩があって、何度も読んだ跡があった」

「何でそんな不気味な詩を……」

「ああ。小鳥を殺した犯人を、誰も責めない。まるで死ぬのを待ってたみたいに、みんなで葬式の準備をするんだ。そうか、みんなで殺したようなものなんだな、と俺には思えた」


 アナトーリーの結論に、彼女は全く納得がいかなかった。


「手を下した人が殺したんでしょう?」

「そうなんだけど…………前王は一人で殺せる相手じゃない。姉上(ルリアンナ)はみんなで殺すことを企んでた、と思っている」


 彼の話は雲をつかむように曖昧で、実際に誰が殺したのかを知りたいユーリグゼナには、答えになっていなかった。彼は彼女を傷つけないよう、言葉を選んでいるのかもしれない。


「気遣いは嬉しいけど、分かっているなかで正確なことを教えて欲しい」


 彼女の真剣なまなざしを受け、彼は目をつむり難しい顔をした。やがて首をコテンと折った。


「ユーリは王の死に関係してる。でも他に誰かが大きく関与してる。じゃないと王を魂ごと滅ぼすことはできない」

「分かった。ありがとう」


 今度は納得して、小さく頭を下げる。アナトーリーは大きく大きくため息をつく。彼の薄い茶色のやわらかな髪が揺れる。


「なあ。さっきのもそうだけど、ユーリが全ての死を抱え込むな」

「私は、自分のしたことを正確に理解したいだけだよ?」

「ユーリがそんなだから……」


 言葉を濁す彼を、ユーリグゼナは不思議そうに見つめる。アナトーリーは本当は言うつもりがなかったのだろうことを、躊躇(ためら)いがちに言う。


「……さっきアルクセウス様が、いたたまれない様子でユーリのこと見てた。あの爆破は、アルクセウス様の指示だったんだろう?」


 彼女は暗い表情で首を横に振った。


「確かに守り袋に魔法陣を施したのはアルクセウス様だけど、状況を見て起動させたのは私。一応、マズいことが起こると匂わされていた。それでも使ってしまった……」


 ぼんやりと言葉を並べる。彼女の黒曜石のような目が光を失っていく。彼は辛そうな顔で、彼女を見守っている。


「ユーリには命令だと伝わってなかったけど、学校長として指示を出したはずだ。起こった出来事は命令した人間が責を負う。ユーリが自身を責めると思いもしなかったんだろうな」

「どうして? 自分のしたことに責任持つのは当たり前だし、人に言われてやったからって、その人のせいにはしないでしょう?」


 (いぶか)し気にアナトーリーを見る。彼はうーんと唸り、パッとしない表情になる。


「俺もそう思う。けど、世間は違う。……例えば前王がある一族を殺せと命じたとするだろう。誰を恨む? 前王か、実際に殺した護衛たちか」


 彼女はむうっと考え込む。彼女の答えはどちらもだ。でも一般的には命じた前王なのかもしれない。王政という、世の中の仕組みのせいだろうか。不思議に思った。







 アナトーリーは遠くを見渡し、周囲を探っている。追手の気配はずっとなかった。


「アルクセウス様が、残りの追手も捕縛したようだ。助かったよ。養子院に鍵盤楽器(ピエッタ)を移動するときにも力を貸してくださっただろう? 良い方だな。ユーリはアルクセウス様とよく話すのか?」


 ユーリグゼナは、こくんと頷く。


「授業でかなりお世話になってる。学生の中でも特別扱いされている、と思う。……それでスリンケットに、最高権力者に懐くな。信用し過ぎるな。って釘を刺された」


 渋い顔で口を尖らせる彼女を見て、アナトーリーはぷっと吹き出した。


「ユーリが親しみを持つ気持ち、俺は分かるよ。……父上(ノエラントール)に似ていらっしゃる。真っ直ぐな美しい銀髪に、凄まじく綺麗な顔と所作。表情が変わらないのは、ちょっと違うけど」

「にやっと笑うのも悪い顔するのも、見たことあるよ」


 ユーリグゼナがのんびり言うと、彼はふうん、と不服そうな顔になる。


「なんか……距離近くないか? スリンケットが言うのも、もっともだ。けど、信用するな、とは言い難い」

「どうして?」

「俺もよく言われてたから。そして騙されて牢屋まで入っている……」


 彼女は思い出した。彼の黒歴史。ペルテノーラに亡命した際、騙されて重罪人として牢に入っていたところを、ライドフェーズに助けられた、と聞いた。


「弱ってるときって、人の甘言が心に沁みるんだ。しかも自分じゃおかしいことに気づけない……」


 アナトーリーらしすぎる答えに、ユーリグゼナは気が遠くなった。


(また騙されそう……)


 ノエラントールの花の苗といい、パートンハド家の男たちは、ちょっと頭がお花畑なのだろうか。

 武術館が近づき、パートンハド家の心配は後回しになる。


(上手くいったかな。演奏……)


 その時、盛大な拍手が聞こえてくる。長い時間鳴り続く。ユーリグゼナはアナトーリーと顔を見合わせ、会場に駆けていった。





次回「食事会」は7月15日18時掲載予定です。

ちょっと心配なユーリグゼナの五学年は、次で終了します。

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