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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部
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6.望み

視点がユーリグゼナ→アルフレッドと変わります。

 ユーリグゼナはようやく一学年二学年すべての科目を習得した。


(アルフとスリンケット、テラントリーにお礼をしなければ……)


 しかし今まで人付き合いをしたことのない彼女は、どうすればよいのか分からなかった。制服のお礼をしたいと思っていたアルフレッドにも結局演奏以外何もしていない。考えた末、テラントリーにお願いしてお茶の席を設けてもらう。


「本来ユーリグゼナ様の側人がご用意するところですのよ。どうして、側人を置かないのですか?」

「……すみません」

「謝ってほしいのではありません」


 テラントリーの表情はやわらかい。口では文句を言っているが、全く嫌そうではない様子にユーリグゼナはホッと胸をなでおろす。


「テラントリーのお茶の腕前はなかなかだね。このふわふわお菓子は何? 凄いなあ」

「ありがとうございます。お菓子はセルディーナ様からです。作るとき卵の白身をよく泡立てたものを使い焼くと、ふわふわに仕上がるのです」


 スリンケットの言葉に、テラントリーは嬉しそうにする。彼女の艶やかな薄紅梅色の髪がゆらりと揺れた。アルフレッドは黙々と食べている。スリンケットは訝し気に彼に聞く。


「今日は静かだね。何か気に入らない?」

「……いえ。とても美味しいです。家ではこういうお菓子、出してもらえません」


 話が切れたところで、おずおずとユーリグゼナはお礼を言い始める。お茶の場で自分から話すことに慣れておらず、前髪で顔が見えなくなるほどうつむいていた。


「勉強見ていただき、ありがとうございます。おかげさまで去年までの科目は、すべて高得点で取得できました。三学年の科目もこのまま頑張ります」


 三人はそれぞれの言い方でユーリグゼナを(ねぎら)う。


「別に。命令だから……」

「予想以上に頑張ったね。教えるの面白かったよ」

「私もセルディーナ様からのお願いでしたから。でも本当に楽しかったです。結果が良くてよかった」

 

 ユーリグゼナは、アルフレッドに準備していたお礼の品物を差し出す。


「アルフレッドにこれを」

「楽譜っ!! ──綺麗な曲だな。旋律が次々に重なっていくのか。ん? ……これ完結してない」


 アルフレッドが喜びから一転悲しそうな顔になる。それを見てユーリグゼナは申し訳なさそうな表情で言う。


「──ごめん。仕上げる時間が全然足りなくて。というか開校中では無理かも」

「そうか。分かった。待つよ。先が楽しみだ……」


 アルフレッドは、楽譜を見ながらふんふん鼻を鳴らす。彼のさらっとした見事な金髪もゆらゆら揺れていた。ユーリグゼナは彼に喜んでもらえたことに、ホッとする。


「スリンケットにはこれを」

「?!」


 スリンケットは二色の植物の実らしきものを受け取りながら、不可解そうな顔になる。彼も森の収穫物には詳しい方だが、予想どうり見たことがなさそうだ。


「不思議な魔樹の実です。未熟と完熟で効果が違います。図書館で調べましたが見つからないので、名前は分かりません。この黄緑色の未熟な方の果汁をかけた物は、目に見えなくなってしまいます。この赤黒い完熟した方の果汁をかけた物には幻が見えます」

「幻って何の? 解除方法は?」

「見る人がその時欲しい物の幻が見えるようです。洗い流すと消えます」

「心に作用する実なのかな? ……説明聞いてもよく分からない。やってみるか」


 そう言って立ち上がると、スリンケットは自分の手布(ハンカチ)の上で、赤黒い熟した方の実をぎゅっと搾る。果汁はさほど出ず、ポタリと一滴だけ落ちた。その瞬間、みんなぎょっとした顔になった。全員の目が釘付けになる。ユーリグゼナが驚いて声をあげる。


「消えました!」

「はあ?!」


 ユーリグゼナの言葉に他の三人が同時に驚いた様子だ。三人にはそれぞれ見えているようだ。スリンケットが疲れた顔で聞く。


「……ユーリグゼナは先に試したんでしょう? その時は何に見えたの?」

「甘い果実です」

「……もしかしてお腹空いてた?」

「はい。森で果物を探していて。そんな時に試してしまったので、元は石だと分かっているのに、目が離せなくなりました」


 スリンケットはユーリグゼナの話を聞きながら、どんどん苦しそうな顔になってくる。それでも重ねて質問する。


「その時はどうやって解除したの?」

「川で洗ったら石に戻りました」

「……多分、見た人がその時一番欲しくて、得られないものに見える効果かなと思う──。ユーリグゼナ。頼むから、そこの洗い場で洗ってくれない?」

「……見えないから難しいです」

「……」


 スリンケットは神妙な顔でユーリグゼナに近づき、手をひっくり返す。ユーリグゼナには掌しか見えないままだったが、手にのった感覚は分かった。不思議な気持ちで水をかけると手布が見えてきた。三人もようやく目をそらし、ぐったりと椅子に座り込んだ。

 ユーリグゼナが洗った手布を整え、どうしようかと思案顔をしていると、スリンケットが手を伸ばし彼女の手から受け取った。

 ユーリグゼナは三人を不思議そうに見つめる。


「皆さん、何に見えたんですか?」


 全員一斉に顔を逸らす。

 スリンケットは顔色が悪いまま、大きなため息をついた。


「これ、危なくて使えないよ。未熟な方は本当に消えるだけかな?」

「試してみます?」


 ユーリグゼナの言葉に、スリンケットは慌てて手を振る。


「いや。もういい。こっちが持たない」

「使えないなら、森に戻してきます。すみません。お礼にならず」


 しゅんとしたユーリグゼナの手を、スリンケットはやんわり取った。


「貰うよ。まあ、面白いから使い道考えてみる。ありがとう。しかし……消えたって。君はすごいなぁ」

 

 スリンケットは二色の実をユーリグゼナに渡さず、袋につめてしまう。ユーリグゼナは彼の言葉が理解できずに、ぼんやり見返している。スリンケットはくたびれた顔で微笑むと、ユーリグゼナの頭をなでた。彼の赤茶色の髪がフワフワ揺れていた。


 それぞれお茶を飲み落ち着いたところで、ユーリグゼナはテラントリー近づき、そっと手のひらに石を置いた。


「テラントリーにはこれを」

「綺麗な緑の石……」

「これも学校の森で採れる貴重なもので、魔獣たちの好きな波動が出ていて……」


 説明の途中で、テラントリーはそっと机に石を置き椅子から立ち上がる。他の二人もさーっと身を引いている。


(えっ?!)


 ユーリグゼナはショックを受ける。怯えた顔でアルフレッドとスリンケットは言う。


「ユーリ。普通は疑う」

「魔獣たちの好きな波動って何?」


 テラントリーも恐々(こわごわ)様子を伺っていた。ユーリグゼナはショックから立ち直れないまま答えた。


「あの……。癒しの波動です。お守りになります。この石を持っていれば魔獣に遭遇しても襲われなくなるので」


 三人は警戒しながら近づき石を見る。テラントリーは再び、石を掌にのせた。ゆらりと薄紅梅色の髪が揺れる。


「本当です。とても優しい波動が出ています」

「テラントリーは感じられる人なんだね。……本当は加工して贈りたいけれど、私にはできる伝手も美的感覚(センス)もないんだ……」


 ユーリグゼナは残念そうにうつむく。


「こちらでやります。ありがとうございます。私、この石好きです」


 テラントリーがそういうと、石が小さくキラリと光った。ユーリグゼナは石を覗き込んでふわっと笑った。


「この()も喜んでる。よかった」

「大事にします」


 テラントリーも笑顔になった。アルフレッドは気の抜けた顔で言う。


「……話が分かりません」

「……危なくないなら、とりあえずいいんじゃない?」


 それぞれがそこそこに満足して、お茶の席は解散になる。






◇◇◇◇◇






 次の日、アルフレッドは昼食後、スリンケットに森へ連れ出される。前日に、話があると言われていた。スリンケットは森に入ると魔法陣を使い、音と姿を封じる。これで陣の外には何も分からなくなる。あまりの周到さにアルフレッドは驚く。


「森の魔獣に勝てる? この陣、結界じゃないから入ってくるものは拒めないんだよね」

「一応、武術学専攻ですから大丈夫です」

「君さあ、紫位(しい)の割には全然らしくないから、時々心配だよ」

「……悪かったですね。悪口のために呼んだんですか」

「そうかもしれない。──そういえば、ユーリグゼナが最近つけてる耳飾りと髪留めって素敵だね。よく似合ってる」


 スリンケットはいつものように赤茶色の髪をフワフワさせながら言う。アルフレッドは顔を引きつらせた。


「……そうですね」

「あの耳飾りを本当に用意したのは、ユーリグゼナの叔父だよ」

「そうですか。家族に会えたんですね。だからユーリは最近、穏やかなのか」


 頬を緩ませたアルフレッドに、スリンケットは、それだけ? と不満そうに小さく呟く。


「でも、そんな情報どこからとれたんですか? パートンハド家の情報はかなり機密性が高くて、全く外に出ないはずです」

「……ちょっと無茶した」

「ですよね。テラントリー情報源にしてません?」


 アルフレッドの言葉に、スリンケットはぎょっとした顔になる。


「……怖いな。なんで分かったの?」

「テラントリーがスリンケットに惹かれてると感じたからと、それに対するスリンケットの態度にちょっと違和感が」


 スリンケットは頭を抱える。赤茶色のくせ毛をクシャクシャさせながらしゃがみ込む。


「君のこと読み違えてた! ユーリグゼナに夢中で、周り見てないと思ってた!」

「失礼な」


 アルフレッドは口を尖らす。それを見てスリンケットは少し笑った。


「夢中なのは否定しないんだね。実の果汁で現れた幻はユーリグゼナじゃなかったの?」

「……ユーリに贈りたかった耳飾りでした」

「なるほど」


 納得したように頷いた。アルフレッドは真っ直ぐスリンケットを見て言う。


「人の好意を利用するようなやり方は、スリンケットらしくないです。テラントリーにも失礼です」


 スリンケットは渋い顔になる。


「……僕も彼女の件は後悔してるよ。今四人で過ごすのは僕にとって心地いいから。改めるよ」


 大きなため息をつき、目を空に漂わせる。


「本当はアルフレッドにずっと言いたかった。フラフラしてないで、筆頭貴族サタリー家の者としてシキビルド寮内まとめて欲しい。国視点で考えろってね。でも……」

「俺はサタリー家の跡継ぎじゃないですよ」

「うん。お兄さんたちがいるのもあるけど、──能力(ちから)を継いでないのかな?」


 アルフレッドは力なく(うなず)く。


「……そうです」


 スリンケットは顎に手を添え、小さく首を揺らす。


「他の階級の人は知らないだろうけど、紫位(しい)の惣領は国の役目を負う。能力(ちから)がない者に任務は厳しい。能力がなくて、さぞ家は居心地悪かっただろうね?」


 アルフレッドは小さく笑った。


「そうでもないです。俺、家の金で趣味やってるし……。フラフラして、厄介事から逃げ回って。気楽なもんです」

「それ改めて、パートンハド家に婿養子しない?」


 アルフレッドはげんなりした顔になり、肩を落とす。


友人(カーンタリス)にも焚きつけられましたよ。叔父が戻るのであれば、婿養子はいらないでしょう?」


 スリンケットは少し苦い顔で笑う。


「実は跡取りから外されて、戦勝国(ペルテノーラ)に亡命してた人なんだ」

「え?!」

「どうして敵国にいたんだか……。だから当てにならないよ。ユーリグゼナはさ。能力は高いけど不安定だろ? しかもすっごく変わった子だから周りの人から理解されない。できれば能力継いでなくても、アルフレッドが彼女を支えながら必死で惣領やってくれる方が、シキビルドにはいい」


 時々スリンケットに感じる国視点。彼の性格上、国に尽くすタイプには思えないので驚いていた。


「スリンケットは……。国を動かすことに興味があるのですか?」

「ある。今のシキビルドなら。──王から卒業後に改めて、紫位を拝命する話があった。受けるつもりだ。その時に同じ紫位に、アルフレッドとユーリグゼナがいる未来は悪くないと思っている。ねえ、さっきの答え貰ってない。ユーリグゼナとずっと一緒にいたいと思わない?」





◇◇






 何も返事ができないでいるアルフレッドのもとに、何の前触れもなく、ユーリグゼナが突っ込んできた。


「わっ?!」


 アルフレッドは彼女を抱きとめるが、勢いのあまりそのまま地面に二人で転がる。


「ご、ごめん──」


 ユーリグゼナは慌てて起き上がる。彼には彼女に答える余裕がなく、真っ赤な顔を両手で押さえ転がったままになる。代わりにスリンケットが言う。


「しっかし、凄いタイミングで現れたね。外から見えないはずなんだけど?!」

「全く見えていませんでした。見事な魔法陣ですね」


 にこにこと魔法陣を褒めるユーリグゼナに、スリンケットは呆れ果てた顔になった。彼女は起き上がるアルフレッドに言う。


「アルフありがとう。大丈夫?」

「ああ」


 そう言いながら、アルフレッドは服をはたいた。スリンケットはユーリグゼナに聞く。


「急いでいたね。どうしたの?」

「あの。アルフに曲のことで相談がありました。謝神祭(テレオンナーレ)までに午後空いてるのは今日だけなんです」


 ユーリグゼナから差し出された楽譜に、アルフレッドが目を通す。


「──ユーリ。これは無茶だよ。音増やしすぎ。なんで前のままじゃ駄目なんだ」

「これじゃ、死ねないと思って」

「はあ?」


 ユーリグゼナは真剣な顔で言う。


「この曲は、国家転覆を狙って、最後は処刑されて死ぬという曲なの。このままじゃ表現しきれない」




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