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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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17.来訪者

 謝神祭(テレオンナーレ)当日、朝早くからシキビルド寮内は、学生を見に来た家族や親戚でごった返している。ユーリグゼナにとってずっと他人事だった恒例の大騒ぎが、今年はちょっと違っていた。


「ユーリグゼナ!」


 明るく綺麗な声が、彼女を呼ぶ。ユーリグゼナの顔がぱあっと明るくなった。さらりとした長い金髪が見えると、急いで駆け寄る。嬉しくて声が上擦った。


「セルディーナ様!! 見に来てくださるなんて! 本当に嬉しいです」

「本当は、()()()反対したのだぞ」


 ライドフェーズの眉間には、相変わらずしわが寄っている。彼の腕を、セルディーナは優しく掴む。


「でも最後は許してくれたわ」

「仕方あるまい。今年行けたら、あとは諦めてもいい、と言うし……」


 彼はごにょごにょ言い続ける。セルディーナは赤い目を細めふわりと微笑んだ。


「ありがとう。本当に嬉しいの」


 彼女の顔を見たライドフェーズは、頬を少し赤くして目を逸らした。


「無理は駄目だ。何かあったら、すぐ連れ帰る」

「はい」


 セルディーナは大人しく頷いた。それを見てライドフェーズはさらに頬を染めて、黙って彼女の肩を引き寄せる。彼の仏頂面は周りに分かるほどに赤い。アーリンレプトは、テルとシキビルドにお留守番だ。二人きりなのが嬉しくて堪らないのだろうな、とユーリグゼナは小さく笑った。

 来たのはライドフェーズとセルディーナだけではない。


「ユーリ。正直、その衣装を着ると言い出したことに、一番驚いている」 


 アナトーリーは目を大きく見開いている。パートンハド家惣領の正装を身につけている。紫位(しい)を示す紫色の飾り紐を彼女が見たのは、ノエラントールが生きていた頃以来だ。

 ユーリグゼナは今日、赤地に朱雀の刺繍が施された衣を着ていた。結婚式の時にライドフェーズが無理やり渡そうとした因縁の品物だ。彼女は目を閉じ、穏やかに答える。


「経緯はともかく、綺麗だしシキビルドらしくていいかと思って」

「ユーリが気にしてないならいいさ。むしろ王の方が、問い合わせを受けてからしばらく、悩んでいた」


ライドフェーズは、この衣のことで自責の念に襲われたらしい。彼女は苦笑いする。衣には何の罪もない。


「捨てられたかも、って心配してた」

「これだけの品質なら破棄にも迷うだろう。似合ってる。とても」


 アナトーリーの濃い紺色の目が優しく彼女を見る。ユーリグゼナは照れて、口元が緩む。サギリにライドフェーズたちのもてなしを頼むと、シキビルドの演者との集合場所へと向かった。






「ユーリ」


 アルフレッドは、いつも真っ先にユーリグゼナを見つける。彼は制服を身につけていた。他の演者はそれぞれ思い思いの服を着ている。

 ユーリグゼナが「みんな制服なのですか?」と、何となく聞いてしまったのが発端だ。前のめりで希望する衣装の話をする学生と、不愉快そうな学生の真っ二つに割れ、最終的には各々で決めることになった。アルフレッドは演奏者が主役だから、と指揮者の自分は制服を着ることを宣言する。制服を望む学生との間を取り持つ形を取った。


「豪華だな。ユーリ。似合うよ。……シキビルドの王女なんだって、自然に思えた」


 彼の嫌味の無い褒め言葉に、彼女ははにかむ。


「ありがとう。アルフ。……アナトーリーには会えた?」


 アルフレッドはまだサタリー家の人間である。だが、公式的にはパートンハド家の養子として扱われているため、彼の保護者はアナトーリーになる。彼の両親はパートンハド家に配慮して、公式の場にはいつも現れない。彼はさらっとした見事な金髪を揺らす。


「ああ。先に挨拶したよ。パートンハド家の正装を初めて見た。めちゃめちゃ格好いい。昔からのデザインなのか?」

「そうみたい。私には着方すら分からない」


 彼女は明るく返すが、沈んだ表情はアルフレッドに読まれていた。


「……心配するな。母さんはこっそり来てるはずだ」

「そうなの? アルフに似てる? 会ってみたい」


 ホッとして気楽に返事をするユーリグゼナに、彼は渋い顔で言う。


「やめとけ。嫁とかそういう話、嫌だろう?」

「う……。やめとく。迷惑かけてすみません」

「謝らないでって、何度言っても治らないな……」


 アルフレッドは手を自然にユーリグゼナの頭の上に乗せ、穏やかに笑う。彼女はぼんやりと彼の顔を見た。





 会場は武術館だ。二年前ユーリグゼナが半壊させたため、屋根がない。彼女は何とも言えない表情で空を見上げる。それでも今回の演出には都合がいいと、スリンケットが言っていたのを思い出し、少し表情を緩める。


「綺麗な赤だな、お姫様」


 ナヤンが何気ない様子で、彼女に近づいてくる。


「ナヤン。とても強そうですよ。船乗りの戦闘服ですか?」


 ユーリグゼナは素知らぬ様子で返すが、彼の緊張を感じていた。耳元で囁かれる彼の声を注意深く聞く。


「計画が変更になってる」


 ナヤンからウーメンハン側の誘拐計画を得て、今日の対策を立てていた。


「多分、開演前の実行になった。……学生側への情報が遮断された。漏洩が疑われている」


 ナヤンは表情を変えないが、側にいるとピリピリした空気が伝わってくる。ウーメンハンの他の学生も集まってきた。彼女はのんびり言った。


「大丈夫ですよ。皆さんのことは守ります」

「まず自分だろ! どうするんだ」


 ナヤンはぐっと、拳を握りこみながら必死に声を抑えている。ユーリグゼナはにっこり笑い、周りの学生を見渡した。


「何があろうと、邪魔させません。皆さん、演奏の準備をお願いいたします」


 そう言い彼女が立ち去ると、ナヤンは後を追いかけてきた。彼女の肩に、焦ったように手をかける。


「準備していた策が、全部使えなくなったはずだ」

「ナヤン。私、強いですよ?」

「……知ってる」

「演奏会の方が心配です。私のせいで失敗なんてことになったら……」


 不快そうに眉を寄せるユーリグゼナの顔を見て、ナヤンはほんの少し笑う。


「俺がいるんだ。成功させるに決まってる。だから……何とか無事にやり過ごしてくれよ」







 演奏準備が進む武術館が、いきなり暗転する。真っ暗闇の中、学生たちは大騒ぎになった。屋根がないのに日の光すら入らないことは、どう考えても普通ではない。ユーリグゼナは側にいるアルフレッドに囁く。


「ちょっと外行ってくるね。遅れちゃったら、先に進めてて」


 彼女の気楽な口調に、彼は大きくため息をついた。


「一人で行かせるわけないだろう? 俺がユーリの護衛だって忘れてるな」

「忘れたことないよ。アルフは私の一番大事なものを守ってる」


 暗い中、アルフレッドの狼狽が伝わってきた。ユーリグゼナにとって音楽は、命より大事なものだ。彼が無事でいれば、彼女の心は守られる。

 スリンケットが魔法の光を学生たちに配りながら、彼女の下へとゆっくりと近づいてくる。


「ユーリグゼナ。勝手なことしないで。君は今、守られることが役目だ」

「スリンケット。私は行きます。守りたいから王女になりました。────あなたがいれば演奏会は必ず成功します。だから力を貸してください」


 揺るぎない彼女の声に、スリンケットは苛立った。


「駄目だ! 君が最優先だ!!」


 ユーリグゼナは耳を貸さずに、走り出す。


「アルフ。お願い!」


 アルフレッドの「ユーリの馬鹿」という言葉が聞こえたような気がした。






 暗くても、気配が読める彼女には何の問題もない。急いで武術館を出る。彼女を追う気配が徐々に増えてきた。


(全員、こっちに来て)


 祈るような気持ちで、追手の動きを見ながら走った。武術館から遠く離れ、人気(ひとけ)がないことを確認し、くるりと追手の方へ向き直った。


「演奏する人は、頭まで隠す仮装をしないと思いますよ」


 彼女は凛とした態度できっぱり言う。

 演者の学生たちの格好は本当に様々だった。その中に被り物をしている人間が何人かいて、奇妙に思っていた。


「なるほどな」


 追手の一人が、答えた。


「なぜ分かっていて、一人で逃げ出した? 愚かだな。腕が立つといっても限度があるだろう」 


 その間にも追手が彼女を取り囲む。ユーリグゼナに大した策はない。とにかく会場から追手を引き剥がしたかっただけだ。追手の後ろから、ふらりと年(かさ)の男が現れる。


「ほう。お前がユーリグゼナか」


 チラリと口から覗く舌が、変に赤い。値踏みをするような目線も、顔も手つきも全てが気持ちが悪い。猫に睨まれたネズミのように、恐怖が彼女の身体を支配し始めた。


「前シキビルド王は、お前もその母も、相当好みだったらしい。パートンハド家の女はとてもいい、と言っていた。私も一度味わってみたいものだ」


 そう言いながら、距離を詰める。彼女は、ピクリとも体を動かすことができない。男は楽し気にユーリグゼナの顎に手をかけた。


「確かに美しい。当時は11歳か。用心深く狡猾な王も、(ねや)では隙をみせる。幼女を痛めつけながら殺すのが好きだった。王を殺したのはお前だな? そうでなければ、生きているはずがない」


 男の口角が不気味に上がる。悪趣味な笑いに、ユーリグゼナは次第に息をするのが苦しくなっていく。手を払い除けたいのに、身体が痺れ力が入らなかった。







 ドサッ


 急に圧迫感が消えた。目の前に、紗の入った薄い紫色の布が舞う。


「ユーリ。なんでこんなことになってる?」


 見慣れた濃い紺色の目が、ユーリグゼナを窺う。アナトーリーは足だけで追手を(さば)いていた。正装のひらひらした(すそ)が、彼の動きを妨げる。「くそ。邪魔だ!!」とぶち切れながら、確実に相手の数を減らしていく。ユーリグゼナは力が抜け、その場にへたり込んだ。


 視線が低くなって初めて気がつく。地面に細い線が描かれていた。追手たちは手をこまねいているように見えて、密かに魔法陣の用意をしている。ユーリグゼナは必死の思いで立ち上がり、アナトーリーに飛びついた。そして、彼女は懐に手を差し入れ、守り袋を取り出しぎゅっと握った。




次回「誰が殺した」は7月12日18時に掲載予定です。

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