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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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7.合同練習

 学校には、未来の為政者のための秘された授業というのがある。ユーリグゼナは王の養女なので受けなければならない。授業を受ける学生は全員、王か権威者の血縁者だ。




叔父上(ライドフェーズ)は、よくもお前みたいな者を養女に据えたものだな」


 初めて為政者の授業に顔を出したユーリグゼナに、誰かに似た顔の王子アクロビスが侮蔑を込めて言う。


(カミルシェーン様と似てるのは顔だけか)


 ユーリグゼナは、シノとテル直伝の完璧な微笑みを返す。

 アルフレッドは彼女の慇懃無礼な態度に頭を抱えた。受講生の婚約者は、将来政治に関わることが多いため、授業の同行が許されている。

 カミルシェーンに似たもう一人の王子ナンシュリーも、ユーリグゼナに不快感を露わにしていた。彼女の頭のてっぺんから足の先まで、じろりと見る。


「なぜ父王が求婚したのか理解に苦しむ。母親は相当の悪女だって? そういう(たぐ)いのことを君もしたわけか」


 ユーリグゼナは静かな怒りが湧いてきていた。


母様(かあさま)のこと、何も知らないで)


 彼女は湧き上がる思いを抑え、王女らしい優雅な笑顔をナンシュリーに返す。だか自然に手には力がこもっていた。アルフレッドはユーリグゼナの腕をとり、気づかわしげに耳元で囁いた。


「落ち着け。手は出すな」


 ユーリグゼナは彼の声を聞き、我に返った。


「ありがとう。危なかった」

「聞き流せ」

「うん」


 こそこそ話している二人に、アクロビスが不愉快そうに視線を向けていた。


「お前、ペンフォールドの孫っていうのは本当か?」


 アルフレッドは彼に礼を執り、僅かに頷く。ユーリグゼナは、どこか馬鹿にしたような物言いにカチンと来る。アクロビスは彼を見下ろす。


「天才と言われた彼の血も三代目には、だいぶ薄まるんだな。見る影もない」


 アルフレッドがピクリと動いた。ユーリグゼナは厳重に覆いをした高学年の教材らしきものを、無造作に掴み上げる。覆いを外し、子供の頭ほどもある魔樹の実を取り出す。そして思いっきり蹴り上げた。それはポンポンと壁と天井に当たる。そして棚の上を跳ね……


(三回連続で刺激を与えると……)


 魔樹の実は突然火のように熱くなり、トゲだらけの種を二人の王子の頭上に散乱させた。逃げ回る王子たちを、冷めた目で見物していたユーリグゼナの背筋に、冷たい物が走った。その瞬間、魔樹の実とその破片は跡形もなく消え去る。


其方(そなた)。学校で暴力行為が禁止されているのを知らぬのか」


 そう彼女の頭上から言葉を浴びせたのは、調停者であり学校長でもあるアルクセウスだった。彼の手にユーリグゼナの制服の襟がガッチリ掴まれている。彼女は身動きが取れなくなった。


「存じませんでした」

「学校内で暴力行為があれば、全て分かるようになっている。今後無きように。でなければ、毎回(わし)が来なくてはならぬ」

「自らいらっしゃらなくても……」

「王や権威者の子女を厳しく注意できる者が、(わし)しかいなくてな」


 これくらいのことで来るなんて、暇なんですか?! とユーリグゼナは下を向いたまま思っていた。アルクセウスがフッと笑った。「どうなるか知っていて、実を蹴り上げるような危険人物を野放し出来ぬであろう」と、彼女の心に直に彼の声が届く。彼女はぎょっとして頭を上げる。


「他に何かあるか?」


 彼の恐ろしくも美しい眼差しに怖気づく。しかし、アクロビスたちのことがどうしても許しがたい。


「だったら、人を貶める行為も禁止にしてください」


 ユーリグゼナは、アルクセウスの目を見つめきっぱり言った。アルクセウスは分かっていない。先に王子たちが、蔑んできたのだ。私はそれに対処しただけ。そうユーリグゼナは強く思っていた。

 アルクセウスは彼女の顎を掴み上げる。彼女の顔が醜く歪む。痛いくらいの力だった。


「上に立つ者は、暴力を正当化してはならない。どんな理由があろうともだ」


 アルクセウスは目を細め低い声で言うと、彼女から手を放した。何もなかったかのように優雅な所作で壇上に立ち、授業を開始する。為政者の授業は学校長が担当する。

 ユーリグゼナはすぐに頭が切り替わらない。なぜこんなに怒られたのか、理解できず混乱していた。








 各国の学生の選抜者が、音楽棟に集まっていた。騒然と椅子に座っている。彼らの前で、ユーリグゼナとアルフレッド、フィンドルフ、ナータトミカはそれぞれの弦楽器を手にしている。


 ユーリグゼナは細かく弓を揺らし、(リズム)を刻み始めた。急に室内は静かになった。そこにアルフレッドとフィンドルフが、美しい旋律を奏でる。次第に激しく強くなる。荒れ狂う海を思わせ、ぞくぞくする響きだ。ナータトミカは絶妙な(リズム)で弦を弾き、深みのある低音を紡ぐ。

 学生は身を乗り出すように聞き入っていた。座っていられない何人かが、演奏者の近くで立ち見する。四人は短い模擬演奏を終えた。感嘆とともに拍手が起こった。ユーリグゼナは自分の練習不足を感じながらも、とりあえず成功したことにホッと息をつく。


 壇上に上がり、アルフレッドはさらっとした見事な金髪を揺らしながら全体を見回す。謝神祭(テレオンナーレ)の出場経験の一番多い彼は、教授から全体の指揮を任されていた。


「基本的には国ごとに寮内で練習します。各国と合わせられるのは合同練習だけです。早速ですが初合わせいきますよ」


 楽譜は学校長を通じ、開校よりだいぶ前に各国の代表者から学生の手に渡っている。学生たちは席に戻り、楽器を構えた。ユーリグゼナたちもそのまま演奏準備に入る。

 アルフレッドは最初にウーメンハン、次にカンザルトルと合図を送る。さざ波のような静かな曲調で始まる。ペルテノーラ、シキビルドの演奏が加わり、波は高まっていく。総勢四十人の学生が各々の精いっぱいで挑んだ演奏は、どうにか最後まで漕ぎつける。終えると、何とも言い難い沈黙が部屋を包んだ。壇上のアルフレッドは、誰よりも厳しい表情で黙りこくっている。



 ユーリグゼナは興奮が治まらず、顔をにんまり緩めていた。壇上のすぐ下に座っていた彼女に、アルフレッドが(ささや)いた。


「どうしてそんなに楽しそうなのか、教えてくれないか」


 ユーリグゼナの顔がぱあっと明るくなる。どうにか高まる声を抑えながら答える。


「凄かったからだよ!」


 アルフレッドが呆れ果てた顔になる。


「どの辺が?」

「凄い迫力だった。こんなにたくさんの楽器で一つの曲弾くなんて初めて! 音の振動で体が揺さぶられたよ。ゾクゾクした。大勢で弾くのがこんなに凄いことだと思わなかった」


 ユーリグゼナは興奮を抑えようと、必死で唇を噛む。握りしめた両手がプルプル震えていた。隣のナータトミカが、いかつい顔を少しだけ緩める。


「……確かに迫力はあった」


 それを聞いて彼女は、はにかんだ。アルフレッドはため息をつき、ユーリグゼナに言う。


「でもバラバラだった。途中何度も崩壊しかけた」

「確かに。沈没しそうでドキドキした。その度に立て直すアルフレッドが、最高にカッコよかった!」

「そうかよ……」


 アルフレッドは、くたびれた様子で首を垂れる。ユーリグゼナは興奮が収まらず、小声ではなくなっていた。


「嵐の海の中、命と名誉をかけて闘う曲だからね。もっと揃えたら、迫力が増すと思うんだ。凄い演奏になるよ。練習が進むのが楽しみで楽しみで堪らない」


 彼女は黒曜石のような目をキラキラさせながら、幸せそうに語り出す。周りから忍び笑いが起こる。徐々に大きくなる。

 アルフレッドは、スッと背を伸ばし全体を見渡し言った。


「各国で練習を進めてください。次回の集合日時は後ほど連絡します」


 そう言って言葉を切ると、練習を終了させた。各人が座っていた椅子を片付け始める。ガヤガヤと騒々しくなった。アルフレッドは壇上から、ユーリグゼナの側にヒラリと下りた。


「これから各国の代表者と話し合いなんだ。ユーリはフィンドルフと寮に帰ってて」


 彼はユーリグゼナの髪にスッと手を伸ばし、触れた。彼女は最近、一部編み込みにして髪を下ろしている。


(いつも単純に一つ結びだったから、珍しいんだろうな)


 そう思ってアルフレッドの手を見ていると、彼の口元が彼女の耳に寄せられた。


「後ろでスリンケットが、怖い笑顔でこっち見てるの知ってる?」

「え? 何で怒ってるの」

「さっき王女の滅金(メッキ)が完全に剝がれたからな」


 ユーリグゼナはひいっと、顔を凍らせた。アルフレッドは優しく微笑んで(ささや)いた。


「今回は俺も関わってる。一緒に叱られてやるよ」


 彼はそう言うと、スッと彼女から離れる。近くで見ていたナータトミカに合図して立ち去った。


(なんか、やたら距離が近かったような)


 彼女は肩にかかる髪の毛先を見た。ナータトミカが彼女の隣に立った。


「羨ましいな。婚約」


 彼の場合、もう挨拶みたいなものだ。答えずユーリグゼナは言う。


「さっきは賛同してくれて嬉しかった。私、失敗してたみたいで……」


 しょげた様子の彼女を、ナータミトカは真上から見下ろす。


「そうでもないだろ。俺はやる気になったよ。あんな演奏でこんなに喜んでくれるんだったら、もっと凄いの見せてやりたいって思った」

「私に?」

「そう。他にもそういう奴いると思う。だからアルフレッドは牽制したんだ」

「牽制?」


 彼女は少し首を傾げた。ナータトミカは目を細めた。


「『ユーリグゼナを可愛く思っても、俺がいるからな』って」


 彼はそう言うと、大型弦楽器(フレンジーニ)を抱えた。ユーリグゼナに軽く手を振ると、代表者の集まりに向かう。彼は王のお声がかりで、今回の演奏のペルテノーラ代表になった。ペルテノーラは王の権威がとても強い。冷遇されていた彼には感涙ものの事態らしい。


 ユーリグゼナはため息をつくと、退出の準備をする。アルフレッドは婚約者の役目を上手く果たしている。問題は……


(私。周りの状況が全然読めない)


 音楽が関わると、さらにいろいろ飛んでしまう。ナータトミカが良かったというなら、そういうことにして次また頑張るしかない。

 フィンドルフが待ちくたびれた様子で彼女を見ている。退室の準備を急いだ。




次回「君との距離」は6月7日18時掲載予定です。アルフレッド視点です。

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