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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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6.役目と気持ち

2年ぶりの学校……。

 時空抜道(ワームホール)辿(たど)るユーリグゼナの足取りは重い。

 学校へ出発前の王一族としての挨拶。彼女は言ったのは名前だけだ。それなのに激しく心を消耗した。動揺の中、抱えていたアーリンレプトが、ぷにゅぷにゅの手でユーリグゼナの顔をペタペタ触った。彼女のあどけない笑顔が無ければ、あの場を逃げ出していたかもしれない。


 ユーリグゼナたちは、ライドフェーズたちに別れを告げ、最後に出発した。時空抜道(ワームホール)の暗がりの中、トボトボと学校へと進んでいく。


「ユーリ。大丈夫か」


 アルフレッドが心配そうに手を差し伸べる。彼女はその手を見つめて固まった。


(次は婚約者役もしないといけない……)


 彼の心遣いが真っ直ぐに受け取れない。自分で自分が嫌になる。そんなユーリグゼナに、アルフレッドはため息をつきながら、手を掴もうとする。


「ほら。行くぞ」


 すると、バサバサと空を切る音がした。彼女の視線を黒い影が覆う。アルフレッドは口を開けたまま、動きを止める。


「なんだ? 風か?」


 彼には見えていないようだ。黒い鳥が大きく羽ばたき二人の間をクルクル飛び回ると、ユーリグゼナの肩に静かに止まった。一緒に歩いていたスリンケットの口が、ひくひくと小刻みに震えた。何か凄いのが出てきた……、と呟く。深いため息をつくと、ユーリグゼナに冷たい視線を向けた。


「ユーリグゼナ。自分でサクサク歩いて」


 歩幅を広げ、彼女を追いこす。スリンケットは、このところずっとピリピリしている。学校での彼女のお目付け役になり、王から直接指示が入るようになっていた。


(私のせいで、スリンケットの苦労が何倍にも増えている……)


 ユーリグゼナは申し訳なく思い、せっせと足を動かす。ようやく時空抜道(ワームホール)を抜ける頃、スリンケットは彼女を振り返った。


「開校式、今年は参加してね」


 ユーリグゼナは、ひゅーと息を吸う。


「ひ、必要でしょうか」

「必要だね。入場するとき、代表として先頭を歩いてもらわないと」

「は?」


 ユーリグゼナは蒼白になる。アルフレッドが思案顔で話に加わる。


「ユーリは一度も参加してないから、知らないんだ」


 開校式では国ごとに入場することになっていた。そして先頭はその国の代表者が務める。


「私でないといけないかな……。王族が代表になる決まりとかあるの?」


 彼女は冷や汗をかいていた。


「決まりはない。でも周りに認めてもらう必要はある。シキビルドはずっと、学生の中で身分が一番高い者が務めた。去年は俺。紫位が俺だけだったから」


 スリンケットはツンとした様子で言う。


「今年はユーリグゼナでないと絶対に駄目だ」

「あの……」


 アルフレッドはスリンケットを見つめる。


「今年はユーリと俺は参加しないで、スリンケットが代表ではいけませんか」

「はあ?!」


 スリンケットはあからさまに不機嫌な顔をする。アルフレッドは顎に手を添え、眉をひそめた。


「無理じゃないかと思います。ユーリが無事に歩き通せる気がしない」


 その言葉を聞いて、スリンケットは頭を抱えてしゃがみ込む。「分かってるけど言わないで欲しかったよ……」、そうぼやいている。やはり出発前の挨拶は酷かったらしい。ユーリグゼナは暗い顔で下を向く。アルフレッドは二人を見ながら、対策を話した。





 ユーリグゼナは、どう頑張っても通常の王族の姫のように振舞えない。ライドフェーズは噂を流すよう指示を出す。

 ユーリグゼナは家族を殺され、人と上手く話せなくなった可哀そうな姫だ。音楽の才に恵まれ、貴重なパートンハド家直系の血を持つ彼女を、慈愛に満ちた妃セルディーナのたっての願いで、王が養女にする。────言い回しはともかく、ほぼ事実だ。

 


「噂は回っているので、ユーリが欠席してもそこまで責められないのではないかと思います。護衛で婚約者の俺は、一緒に欠席したほうが自然です」

「いいと思う。ユーリグゼナをどう無事に歩かせるか考えるより、はるかに現実的。でも何で僕が代表なのさ」


 アルフレッドは、スリンケットの言葉に意外そうな顔をする。


「他にいます? 今シキビルドの学生で一番人気あるの、スリンケットですよね」

「そうなの?!」


 ユーリグゼナが楽しそうに話しに入ってくるのを、スリンケットが嫌そうな顔で睨む。アルフレッドが続ける。


「スリンケットの魔法陣の研究が、教授たちの中で話題になってる。卒業後は共同研究しないか、と誘われるほど。あと女の子からのアピールがすごい。多分今年の卒業生で一番人気」

「後半は褒めてないよ。シキビルドに乗り込んで来るために、結婚望んでくる子なんて迷惑!」


 スリンケットは本当にうんざりした顔で目を逸らす。彼の機嫌は急降下した。

 とにかくたくさんの人の目が集まる開校式には、例年通り参加しないことになった。ユーリグゼナは、とりあえず胸を撫でおろす。








 次の日、ユーリグゼナはアルフレッドと一緒に朝食をとる。遅い朝食時間で、食堂には二人しかいない。彼女は温かい具だくさんのスープを、満足そうな顔で食している。


謝神祭(テレオンナーレ)の演奏って恒例になったの? しかも学校長が四国合同にするなんて……」


 アルフレッドは完璧な作法で食事をとりながら、彼女に答える。


「大変なことになったな」

「面白いことになったね」


 ユーリグゼナの声と合わさる。アルフレッドは一瞬呆れた顔になったが、笑いながら彼女を見た。


「そうかよ。良かったな」


 ユーリグゼナは特権階級の前で弾くことに、前より緊張を覚えなくなっていた。アルフレッドと一緒に準備するのはむしろ楽しい。アルフレッドは穏やかな口調で彼女に伝える。


「紹介したい奴がいる。同学年のナータトミカ。大型弦楽器(フレンジーニ)がめちゃめちゃ上手い。ユーリがくれた曲を一緒に演奏したんだ」


 彼女が黒曜石のような黒い目を輝かせる。


「会いたい。アルフが友達を紹介してくれるの、初めて」

「……ああ。そうだな」


 アルフレッドは眩しそうに目を細めた。

 食事を終えると、アルフレッドは彼女を森に誘う。もちろんユーリグゼナは、森に行くのはいつでも大歓迎だった。すでに開校式が始まっていて静かな寮を抜け、楽し気に森へと向かう。







神の膝元におわします 森の賢者 精霊たちよ

やをら過ごさせたまへ 



 ユーリグゼナはアルフレッドと声を合わせ森への挨拶をする。彼にとって初めての経験だったらしく、とても張りつめた声だった。


「挨拶すると通じるのか?」


 アルフレッドが真剣に聞く。ユーリグゼナは大きく頷く。


「うん。言わないと森は私たちに厳しくなるもの。逆に挨拶して、二年前の謝神祭(テレオンナーレ)みたいになることもある。覚えてる?」

「忘れるわけないだろ? 演奏中に風が起こる。魔樹は踊る。挙句の果てに魔法陣壊して、王からお叱りを受けたんだ」


 アルフレッドの渋い顔を見て、ユーリグゼナは思わずぷぷっと笑う。二人は下草の厚いところに座る。アルフレッドはため息をつき、ゆっくりと仰向けに横たわった。ユーリグゼナは彼を気遣う。


「アルフ。疲れてる?」

「ちょっとな。でも納得してる。去年に比べたら断然、気が楽。ユーリ、何か話あるって言ってたな。何?」


 ユーリグゼナは彼の様子に引っかかりを覚える。でも今は、御館で言おうとしたことを伝える。


「あのね。ライドフェーズ様から新しい楽器を頂くことになった」

「楽器? どんな?」


 疲れた顔のアルフレッドが、興味深げに聞く。


「金属の棒に小さい(ハンマー)がついてて、振ると音が鳴る楽器。一音ずつ担当を決めて、みんなで一曲を奏でるの」


 アルフレッドは起き上がって彼女に詰め寄った。表情が一気に明るくなる。


「凄いな。それ」

「うん。養子院の子供たちで演奏したらどうかと思ってる」

「……俺もいい?」

「もちろん。教えるの一人だと難しいから、手伝って欲しい」


 ユーリグゼナは堪えきれず、にまにまする。彼の反応が予想通りで嬉しい。彼女はもう一つ、聞いて欲しかった。


「条件付きで、他国での演奏会の許可をもらった。費用はこれから稼いでいかなくちゃならない。でも養女として、世界中で演奏するのは構わないって」


 ユーリグゼナは口元を緩め、幸せそうに言った。アルフレッドは探るように彼女を見る。少し落ち着かない様子だ。


「……俺も一緒に行っていいか?」

「アルフいるの前提だよ? 私だけじゃ絶対無理。同じ気持ちで進める仲間が必要だもの」


 彼女が笑顔で言うと、アルフレッドは下を向いて黙り込んでしまう。ユーリグゼナは身体から力が抜けるように感じた。


「ごめん。私、勝手だった? アルフの気持ちは違ってた?」

「勝手じゃない。前に話した通りにしてくれた。……嬉しいよ。死ぬほど」


 そう肯定の言葉繋げる彼だが、手では地面の草をムシっている。ユーリグゼナはアルフレッドの気持ちを図りかねていた。アルフレッドは彼女の正面に向き直り、深緑の綺麗な目で見つめる。


「俺はユーリが好きだ」


 ホッとしたユーリグゼナが「私も!」と言おうとするのを、アルフレッドは制した。


「ユーリは友人としてだろ? 俺には足りないんだ。ユーリの全てが欲しい」

「え……」


 言われた言葉が、心の中で反芻する。何度か考え、ようやく彼の意図を理解する。ユーリグゼナは首を振り、顔を歪ませた。


「……私、アルフのこと大切に思ってる。でも」

「待て。今の気持ちで答えるな。あと二年半。卒業まで俺に時間をくれ」


 アルフレッドは彼女の言葉を押しとどめ、言葉を重ねる。


「それまでは友人でいい。任務として、婚約者の役目はキッチリ果たす。でも二人きりの時だけ、俺にユーリを口説かせて。……怖かったら逃げていいから」


 アルフレッドの声に切ない色が混じる。彼はどこまで知って、こう言っているのだろう。ユーリグゼナは息苦しい気持ちになる。


「アルフの気持ち知っていたら、どんなことをしても婚約は受け入れなかった。……私、傷つけたくないんだよ」

「ユーリがそう言うって分かってた。だから話し合いの後に、気持ちを言うつもりだったんだ。今は振るな。卒業まで婚約者するの辛くなるだろ」


 ユーリグゼナは納得のいかない顔で、彼を睨む。それを彼は受け流す。


「その代わり、ユーリが出した結論は必ず受け入れる。友人だって言うなら、世界を演奏して回る時は友人に徹する。だから今は、中途半端で嫌だろうけど、このままでいさせて」


 アルフレッドは真摯(しんし)な態度を崩さない。ユーリグゼナは唇を噛みながら、小さく首をコクっと動かした。





 

次回「合同練習」は6月3日18時掲載予定です。

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