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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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5.父の店

平民の町の日常。ユーリグゼナは連にお呼ばれ。

 ユーリグゼナは、平民の服装で町を歩いていた。(レン)に招待されて、アナトーリーとともに待ち合わせの食事処へ向かう。今日は(セイ)(ルイ)ではない。二人とも髪と目はそのままの色だ。彼女は歩きながらアナトーリを見上げた。不服そうに口を膨らませる。


「私了承してない」


 アナトーリーは片眉を上げて、周囲に気を配る。


「意見は聞いても受け入れない、と言われたろう?」

「本当に嫌なのに」

「もう決まった。覆らない。彼は家の許可も取り付けてきた」


 道の真ん中で人の往来がある。アナトーリーは名を伏せ囁くような声で話している。ユーリグゼナは長い長いため息をついた。アナトーリーは彼女を探るような目で見た。


「好きな奴がいて受けたくないのか?」


 ユーリグゼナは目を細め、呆れたように彼を見上げた。


「なんでそう思うの? アルフを巻き込みたくないからだよ。私、多重の契約魔法で体内はボロボロ。身体には大きな多数の傷。死ぬとき遺体は残せない。知ってて私と結婚する人はいないよ」

「知ってても結婚したいと思う人がいたら?」


 アナトーリーは熱心に問う。ユーリグゼナは目を伏せ、静かに言った。


「誰にも知らせない。結婚することもない」


 アナトーリーは立ち止まり、そっと息をつく。彼女の頭にポンと手を乗せ、どこか寂しそうに笑う。


「それでも。一緒にいたい奴ができたら、言えよ。何とかするから。ユーリの願いなら、何だって叶える。絶対だ」


 彼女はきゅっと胸が詰まるように感じた。その感覚が抜けないまま、彼女はふわふわと頼りない笑顔で言う。


「ベルンの口癖。最近よく言うね」


 アナトーリーは目を逸らした。


「そうか? ……まあ、婚約はするんだ。婚約者らしくして、相手を困らせないようにしろよ」


 その言葉に、ユーリグゼナの首が限界まで傾げられた。


「婚約者らしくって?」

「それは……。仲良くしろ。……家族と同じくらいには」


 言い淀む彼の言葉に、ユーリグゼナの顔が不可解そうに歪む。


「具体的にはどうすれば?」

「え…………。人前では多少の接触は許してやれ。二人の時は気を許すな」


 ユーリグゼナは謎に挑むように、胸の前で手を組み難しい顔をする。浮かない表情のアナトーリーは彼女の背中を叩く。


「行くぞ。遅れたら連がうるさい」


 足早に店に向かうアナトーリーを、ユーリグゼナは眉をひそめながら追いかけた。






 待ち合わせの店は、程よく高級感があった。お洒落な装飾が目をひく。予約の名前を言うと、女性の店員は二人を奥の個室へと案内する。部屋には顎に生えた白髭を撫で、にんまり笑う連がいた。いつもより、こざっぱりした服装だ。ユーリグゼナは笑顔で挨拶をする。


「連。今日はお招きいただき、ありがとうございます」

「おう。ユーリグゼナとして会うのは四年ぶりくらいか? 魔法なしの素顔も可愛いな」


 連のいつもの挨拶だ。共通語なのがくすぐったく感じる。連はアナトーリーをしげしげと見た。


「お前も呼んだっけ?」

「俺に連絡してきたんだろうが」

「ただの連絡係のつもりだったんだが。まあいい」


 アナトーリーは、まあいいって何だよ、とぶつくさ言いながら席に着く。





 給仕がいない時を見計らい、連はユーリグゼナに花束を渡す。桃色の花を中心にたくさんの花が束ねられ、青い綺麗な色の細い布で結ってある。ユーリグゼナは黒曜石のような目をキラキラさせた。


「ありがとう。こんなに大きな花束もらったの初めて」


 ユーリグゼナの嬉しそうな笑顔に、連はニヤニヤしている。


「婚約おめでとう。ついに親戚になるとはな」


 連の言葉にユーリグゼナの笑顔が凍り付いた。思わずアナトーリーを見る。助けを求める彼女に、アナトーリーは落ち着け! と、目配せする。


「連はペンフォールドの弟なんだ」


 その言葉にユーリグゼナは、落ち着くどころか叫び声を上げたくなった。


(ペンフォールドと兄弟?!)


 上品で知的なペンフォールドに欠片(かけら)も似てない。というか、どうしてサタリー家の人が平民の店やってるのか分からない。

 連はユーリグゼナの様子を見て、何だ表情豊かになったじゃないか、とニシシっと笑う。


「何だ。アルフレッドと店や俺の話をしていないのか。じゃあまだ、(セイ)の引退は考えなくて良いか?」

(セイ)のことも、『楽屋』で歌ってることも秘密にしてて。お願い!!」


 必死のユーリグゼナの頼みに、連は何度も頷く。そしておもむろに話し出す。


「うーん。引退しないなら、ちょっと考えないとな。(セイ)として歌うには問題が出てきてる」


 連は、ユーリグゼナの姿がもう男の子と偽るのが微妙になっていること、変声魔術機械が彼女の声に合わなくなっていることを指摘する。

 アナトーリーが顔を歪めて考え込む。


「見た目も変声魔術機械もそうだが、王の養女が歌ってていいのか? 平民の店で」


 彼の指摘にユーリグゼナは、胸の奥がずんと重くなるのを感じた。彼女の心を成り立たせている(セイ)の存在。歌ってきた理由。絞り出すように気持ちを言う。


「歌わせて欲しい。演奏だけでもいい。私を認めてくれた連の店で。『楽屋』は……ベルンの店でもある────父様(とうさま)が音楽を世界に届けた店」


 張りつめた表情のユーリグゼナの席の横に、連が立っていた。彼女の肩に手を置き、ギラギラした表情で言う。


()いぜ。歌えよ。(セイ)がいれば、ベルンより先の世界に行ける。これからも『楽屋』が世界の音楽の中心だ。俺の最高の店だ」

「連……」


 ユーリグゼナは口元を歪めながら、どうにか泣かずにいる。連はニタリと笑った。


「やりたいことを我慢するために、養女になったわけじゃないんだろ? アナトーリーに何とかさせろ」

「おいおい」


 アナトーリーが慌てたように言うと、連はビシッと彼の背中を叩いた。


「頼むぜ。惣領!」


 アナトーリーは痛がりながら、遠い目をしてため息をついた。連はユーリグゼナが持ったままの花束を受け取り、空いた椅子にそっと置く。


「あと、アルフレッドのことだが……」


 連の言葉に、ユーリグゼナの顔が硬直する。連は彼女の顔を、ムニュムニュと揉み(ほぐ)し、にかっと笑った。


「そう気に病むな。(まつりごと)絡みだろうと何だろうと、あいつが真面(まとも)な顔になったのはユーリグゼナのお陰だ。もう十分あいつのためになってる。予定通り婚約破棄していい。揉めそうなら取り持つ」

「知ってるの? 婚約の理由」

「何となく……な」


 扉が叩かれ女性の店員がお茶を手に入室する。それに、アナトーリーが反応した。女性も彼を見た。彼女の艶やかな金髪が揺れる。


「久しぶりね」

「ああ」


 アナトーリーは目を逸らし、自分の手元を見た。ユーリグゼナがじっと彼の様子を窺っている間に、女性は済んだ器を盆に乗せ退出して行く。ユーリグゼナは連を見上げる。連はニシシっと笑っていた。


「俺の娘だ」


 ユーリグゼナは目を丸くした。とても綺麗な女性だった。妖艶と言ってもいい。連は自分の席に戻ると、顎に生えた白髭を撫でた。


「ここは彼女の店だ。『楽屋』で料理を担当していた奴はここに移ってもらうことになった」

「『楽屋』の料理はどうするの?」


 ユーリグゼナは黒曜石のような目を心配そうに細めた。楽屋は美味しいご飯が食べれることでも有名だ。連は悪い顔になる。


「飲み物と軽食だけにする。食事のついでに音楽を聞くんじゃない。『楽屋』は音楽を聞くために人が集まる場所にするんだ」


 ユーリグゼナは目を見開いた。


「それ……かっこいい!」

「だろ。でな、(セイ)が歌ってる新曲のことなんだが……」


 連は、ユーリグゼナが学校に行く間に別の歌い手が歌ってもいいか、と聞いた。ユーリグゼナに異存はない。


「歌の途中、足だけで踊ってるだろ? あれなんだ? どうすりゃいい」

「ああ。あれは音を立てない所作の練習を、面白がって入れてただけ。別になくていい。でも、これは要る」



ダダダン ダン



 ユーリグゼナは足踏みした。連はニヤリと笑い彼女の(リズム)の真似をする。


「もちろんだ。客たちと歌い手で足が合うと気持ちいい。次の『楽屋』にそういう要素入れていきたいんだ」


 ユーリグゼナは目を閉じ、くーっと両手を握りしめる。


(楽しそう────!! 私もやりたい)


 その時、アナトーリーはぴくっと反応して、嫌そうに立ち上がった。


「ちょっと外で話してくる」

「なんだ。女か」

「仕事だ。……くそじじい」


 アナトーリーは連を睨み付けながら、部屋を出る。最近、前のように夜にも彼に音声伝達相互システム(プルシェル)で連絡が入るようになった。彼がいない間に聞きたいことがあった。


「連の娘さん、アナトーリーと付き合ってたの?」


 ユーリグゼナの顔が興味津々なのを見て、連が歯を見せて笑う。


「なんだお前。そんなことにも興味出てきたのか。良い傾向だ」

「アナトーリーのことだからだよ。どうして結婚しないのか、不思議に思ってた」


 彼女の返事に、連はちょっとだけ考え深げに目を閉じる。


「結婚しないのは娘のせいじゃないさ。あいつはアナトーリーの『先達の妙技』の相手なんだ。確かに当時は付き合っていたが、とっくの昔に別れてる」

「……」


 ユーリグゼナの顔が浮かない。連は首を傾げた。


「どうした?」

「『先達の妙技』って何?」


 連はああ、と呟いた。


「知らなかったか。特権階級の子弟は、結婚前に夜伽の練習をするんだ。特権階級の場合、みんな未経験同士の結婚だろ? 悲惨な初夜にならないためのお勉強だ」

「なるほど……」


 ユーリグゼナは平気そうな顔で聞いている。連は少しホッとした顔になった。


「嫌じゃないのか。こういう話」

「気にならなかった。連だからかも」


 そう言うユーリグゼナの頭を、連は満足そうにポンポン叩く。気になることはたくさん。でも、ようやく音楽ができるようになった幸せに、しばらくは浸っていたかった。




次回「役目と気持ち」は5月31日18時掲載予定です。学校へ行きます。

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