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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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4.未来なき婚約

 ユーリグゼナは御館でテルと所作の訓練をしていた。するとライドフェーズの側近がやってきて呼び出しを告げる。


 案内された部屋の前にアルフレッドの姿が見え、ユーリグゼナは思わず駆け寄った。せっかく覚えた所作が飛んでしまう。彼女は嬉しそうに彼に言う。


「アルフ。久しぶり。元気だった?」


 アルフレッドは彼女を見ると赤面して口元を押さえ、顔を逸らした。逸らされたユーリグゼナは目を伏せ、沈んだ顔になる。アルフレッドは、おそるおそるというように彼女の頭をポンと叩く。


「すまない。急で戸惑った。元気だよ。ユーリは何か綺……磨かれたな」


 アルフレッドは言葉に詰まりながら言う。ユーリグゼナは彼の言葉に頭をひねる。


「磨かれた? よく分からないけど、養女らしくなっていれば嬉しい。いろいろ頑張ってるんだよ」

「ああ。らしくなった。なのになんで言葉だけそのままなんだ?」

「時間が無いから、話す方は後回しになりつつある。一応ちゃんともできる」

「いいよ。俺の前では」


 アルフレッドは目を細め、眩しそうにユーリグゼナを見た。そして言う。


「あとでユーリと話がしたい。この話し合いがどんな結果になったとしても」

「何の話か知ってるの? 私もアルフに話したいことある!」


 ユーリグゼナは興奮気味だ。アルフレッドは力が抜けたように、絶対俺の話したいこととは違う、と(つぶや)く。気づかずユーリグゼナは言う。


「でも訓練抜けてきてるから、話が終わったらすぐ戻るかも。今じゃ駄目?」

「今って……」


 言い淀むアルフレッドのすぐ側で、扉がパタンと開かれる。アナトーリーが片眉をひそめ、とても渋い顔で言った。


「出来れば後にしてくれ。こっちは待ちわびてる。とっとと入れ」


 ユーリグゼナとアルフレッドは身をすくめて部屋に入る。アナトーリーはすれ違う瞬間、ユーリグゼナの肩を引いた。彼女に小さな声で囁く。


「これから話すこと、俺は反対しない。ユーリも頭から決めつけず、最後まで話を聞くんだ」


 そう言った彼の顔が少し怖くて、ユーリグゼナは胸の奥が重たくなった。






「二人に婚約してもらいたい」


 ライドフェーズの言葉に、ユーリグゼナはあんぐり口を開けた。アナトーリーを見たが、無視される。そして隣に座るライドフェーズから「本当に訓練してるのか? 成果が見えない」と(つぶや)かれ、静かに落ち込む。ライドフェーズは言う。


「ユーリグゼナの対人関係の補助と、他国からの縁談を断ることが目的の婚約だ。任務と思ってもらいたい。本当ならスリンケットが適任だ。ただ彼も言った通り今年で卒業。付き添える授業数にも限界がある。アルフレッドに覚悟があるなら、任せようと思う」


(スリンケットがいいと言っておいて、他に頼むなんて馬鹿にし過ぎ!! 断ってアルフ!!)


 ユーリグゼナは心の中で大音量で叫ぶ。アルフレッドは神妙な面持ちで言う。


「王の信頼を得られるよう努めます。シキビルドの不利益にならないよう、ユーリグゼナ様をお守りいたします」


 彼の物言いに、ユーリグゼナは呆然とする。王の信頼? 様付け? アルフレッドから出た言葉とは思えない。ライドフェーズは目を細め、厳しい表情でアルフレッドに言う。


「スリンケットが在籍している間は、彼の判断を仰ぐように。もう一つの条件はのめるのか」

「はい。お受けいたします」


 アルフレッドは背を伸ばし、ゆっくりと頭を下げる。ユーリグゼナが知らないうちに、取り決めがなされている。しかもアルフレッドを追い詰める方向で。いつまで我慢していなければならないのか、とユーリグゼナはぎゅっと手を握りしめた。

 アルフレッドは言う。


「サタリー家を(まつりごと)から遠ざけ、本来の『医』の役目に戻すという王のご意思。サタリー家の者として心から感謝申し上げます。王に添い、私はサタリー家を出てパートンハド家に入ります」


 毅然とした態度で言うアルフレッドは、これまでと違う人間に見える。ユーリグゼナは彼のさらっとした見事な金髪が揺れるのを、目で追う。


(なぜこんな事に。全部一方的。アルフはなぜこんな条件をのむの? こんなの許せない)


 ユーリグゼナが差すような目でライドフェーズを見ると、彼のつり目が彼女を睨み付ける。


「ユーリグゼナ。うるさいぞ」

「話していません!」

「お前は顔がうるさい」


 アナトーリーは彼に同意して頷いていた。彼女は嫌そうに顔を歪ませる。ライドフェーズは目を伏せ、渋々という風に言う。


「……一応。ユーリグゼナの意見も聞こう。多分受け入れないが。質問があるのか」


 受け入れないのに聞く? ユーリグゼナは苛立つが、どうにか押し込める。心を静めながら聞いた。


「なぜアルフレッドに、サタリー家を出る選択をさせるのですか」

「王の養女の婚約者になれば、嫌でも(まつりごと)に関わることになる。私はサタリー家には『医』に徹し、どんな時もシキビルドの人間の命を救い続ける家であって欲しい」


 違う。欲しい答えではない。そう思いながらも、ライドフェーズのシキビルド王としての考え方には賛同していた。ユーリグゼナは顔を歪めながら、もう一度聞く。


「アルフレッドになぜ、そんな犠牲を強いるのかということです。そこまでしなければなりませんか?」

「アルフレッドが王の養女を守るためには仕方が無い」


 ライドフェーズの言葉に、ユーリグゼナは吐き出すように言う。


「そこまでして守られなくて」

「ユーリ!」


 アナトーリーの鋭い言葉に、ユーリグゼナは黙る。彼は言う。


「もうパートンハド家のユーリグゼナじゃない。シキビルドのユーリグゼナなんだ。自覚しろ。それにユーリを養女としてやっていけるよう力を尽くしてくれた方々に失礼だ。勝手に投げ出すな。守られるのも王一族の義務だと心得ろ」


 ユーリグゼナは下を向き、溢れ出す感情に耐え、謝罪する。


「ライドフェーズ様。申し訳ございません」


 ライドフェーズは疲れた顔で、チラリとアルフレッドを見た。僅かに頷いたアルフレッドは、そっとユーリグゼナに近づく。小声で言った。


「なあ、ユーリは俺と婚約するの嫌?」

「そういうことじゃない。私結婚できないもの。アルフレッドを巻き込みたくない」


 ユーリグゼナは下を向いたまま言う。アルフレッドは彼女の椅子の横にしゃがみ込んで言う。


「そう言うだろうって、アナトーリーから聞いてた」


 ユーリグゼナは急いでアルフレッドの顔を見る。


「知ってて了承してたの?」

「うん。学校卒業するまでの婚約でいいって言われてる。だから嫌なら、卒業の時ユーリから破棄すればいい」


 アルフレッドは穏やかな顔でユーリグゼナを見上げる。ユーリグゼナは彼から目を逸らした。


「私はアルフが大事なの。一緒に音楽をやっていく一生の友人だと思ってる。そんな風に利用したくない。私のせいで不幸にするのは嫌」


 アルフレッドは彼女の横顔を見つめた。そして彼女の手を取る。ユーリグゼナはびくっと身体を震わせ、彼を見る。目を細めて切なそうに笑っていた。


「俺はユーリを守れなかったのも、ユーリが苦しんでいるのに何もできなかったのも嫌だったよ。なあ、妥協できない? 学校にいる間だけ俺に守らせて。側にいさせて。他はユーリの自由にしていいから」


 ユーリグゼナは彼を見たまま、動けなくなった。妥協してくれたのはアルフレッドだ。未来の無い婚約にユーリグゼナを守るために応じた。彼はこちらが思うくらい大事に思ってくれている。報いなければ、とユーリグゼナは思った。


「そこまで言ってくれる理由、本当は知ってる。叶える努力をするよ」

「え?」


 アルフレッドは彼女の手を取ったまま、動きを止めた。ユーリグゼナは強く決意した目で言った。


「楽譜だよね? ごめん。今はまだ楽譜のある部屋には私とアナトーリーしか入れないの。卒業までに何とかできるよう頑張ってみる。新曲は他国で演奏会を開いて大金を稼ぐのに必要だし、音楽で身を立てられるよう努力は惜しまないよ」

「……そうか。それは嬉しいな。だけど、そうじゃなくて……」


 アルフレッドは微妙な顔になる。彼は何度も話そうとするが、彼女は音楽で身を立てる構想を熱く語っていた。彼の様子に気づかない。

 ライドフェーズは嫌そうな顔でユーリグゼナに近づくと、彼女の頭を鷲掴みしてぐらぐら揺らす。彼女の口は止まる。

 

「ユーリグゼナ。お前は訓練に戻れ。全然足りないみたいだから。アルフレッド。打ち合わせをするから、席に着いてくれ」


 アルフレッドは渋々席に着く。ユーリグゼナは半ば追い出されるように、部屋をあとにする。

 






次回「父の店」は5月27日18時掲載予定です。

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