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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第2部

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3.思惑買い

ライドフェーズ視点。

 ライドフェーズはアルクセウスと会うため、聖城区を訪れていた。今回は調停者として会う。そのためライドフェーズは身体を清め、正装に身を包む。聖域にある清浄に整えられた建物の中へ厳かに足を踏み入れた。取り決めの多さにげんなりして、ライドフェーズの足取りが重くなっていく。


(学校長として会う方が断然楽だ)


 次は絶対、学校で会うようにしよう。そう固く決意する。




 ライドフェーズは鍵盤楽器(ピエッタ)を養子院に移動するために、アルクセウスから異世界の影響を封じる陣を教わった。その礼と報告をする。白い服に身を包んだアルクセウスは、まっすぐな美しい銀髪を腰の下まで伸ばしている。僅かに緑がかった黒い目でライドフェーズを見て言った。


「異世界の曲で音が出るようになったと」

「はい」


 ライドフェーズは跪いたまま、彼に答える。アレクセウスは整った顔立ちを崩し、ニヤリと笑った。


「やはり()の者は面白いな」


 ライドフェーズは彼の表情を見て、再び目を伏せる。


「養女として迎えました。授業に関してご考慮いただきたく……」


 ライドフェーズが話す間、アルクセウスの表情は柔らかだった。そして優美な立ち振る舞いでライドフェーズの側に近づき、屈みこむ。ぎょっと顔を上げるライドフェーズに、彼は静かな眼差しで聞く。


「セルディーナのことは、完全に諦めたのか?」


 セルディーナの命を諦めた訳ではない。ユーリグゼナを保護するのは、シキビルドのためで別の話だ。そう言いたいのを押し止め、ライドフェーズは深く首を垂れる。それを見たアルクセウスは、口角を僅かに上げ優雅に微笑む。


「なんだ言わぬのか。王らしくなったではないか。喜ばしいことだが、少々寂しいな」


 そう言うアルクセウスの顔を見ずに、ライドフェーズはただ頭を下げ続けた。師であり、この世界を司る調停者でもある彼には、全て読まれている気がしてならない。


(今まではそれで構わなかったのだが)


 調停者がただの好意で鍵盤楽器(ピエッタ)の移動を手伝ってくれる訳もない。こちらの願いを叶えてもらうたびに、何かを売り渡しているような気になる。浮かない表情のライドフェーズに、アルクセウスはポツリと言った。


「養女は『ふり』か」


 そう言って音をたてずに立ち上がる。ライドフェーズは再び下を向き、強ばった顔が見えないようにする。そう、養子縁組は形だけだ。契約魔法は結んでいない。ユーリグゼナの身体は多数の契約が絡み合い危うい状態だ。これ以上の契約は危険だった。


(私にアルクセウス様相手に腹芸は無理だ……)


 ライドフェーズは気が抜けないまま、場を辞す。アルクセウスは穏やかな表情で彼を見送る。

 兵を持たず金銭にも恵まれないはずの調停者は、情報を司り各国に見えない力を及ぼしていく。ライドフェーズは、アルクセウスのことは嫌いではない。むしろ信頼し尊敬し慕っていた。しかし王になった今では、前のように、気を許して話すわけにはいかない。シキビルドに不利になる情報を、調停者は世界を治めるために使うはずだ。そういうふうに考えならないことが寂しかった。





 ライドフェーズはシキビルドに戻り、御館にアナトーリーを呼び出す。ユーリグゼナが学校にいる間は、大人が手を出せなくなる。学生同士の探り合い、大人の意図を汲んで動く学生の牽制、全てシキビルドの現学生で対応しなければならない。アルクセウスからもらった情報と合わせ、方策を立てる。

 ライドフェーズは話し合いの場に着き、顔を歪めた。


「なぜ、あなたがここに居るのでしょうか」


 彼のこめかみはピクピク痙攣する。招いていない三人目はニコニコと笑顔で言う。


「わざわざ報告に来たのに冷たいなー。ライド。三人だけだし敬語はやめよう?」


 ペルテノーラ王のカミルシェーンは上機嫌だった。アナトーリーは片眉を上げ、何とも言えない顔で静かに控えている。ライドフェーズは呆れ顔でカミルシェーンを見た。


「報告書だけ貰えれば十分だ。ペルテノーラの側近が不憫すぎる」


 カミルシェーンはお忍びで、時空抜道(ワームホール)を気楽に使用してシキビルドにやってきた。彼はニコニコしながら、片手で書類をヒラヒラさせている。


「その報告書の出来がいまいちでさ。これは俺がフォローしなくっちゃってね。セシルダンテは快くこの部屋に入れてくれたよ? シノもこんな美味しいお茶と菓子を用意してくれたしー」


 彼は美味しそうに菓子をつまむ。ライドフェーズは言えば言うほど彼のペースになることを思い出し、話し合いを進めることにする。


「アナトーリー。今ユーリグゼナの縁談はどのくらい来ている」


 アナトーリーは少し目線をあげ、ライドフェーズに報告する。


「私のところには、正式なものは一件もありません。どちらかというと、こちらの機嫌と状況を伺うようなものばかり。そういう手紙であれば国内外合わせて、今年に入ってからは三十件。昨年からと合計して五十件ほどでしょうか」


 ライドフェーズは遠い目になる。


「特権階級の人数から考えると多いな。私のところには正式な問い合わせが二件。ウーメンハンとカンザルトルの上層部の子弟から婿希望が来ている」

「俺は? 一番乗りなのに」


 カミルシェーンはお菓子の包みを剝がしながら、不服そうに口を尖らせる。ライドフェーズは疲れたようにゆっくりと首を振る。


「ペルテノーラ王が嫁取りに加わったら、大事(おおごと)になる。伏せている」

「違うだろう? 王が出てきたら冷やかしが減る。ユーリグゼナに馬鹿な事する奴も減る。上手く使えよ」


 カミルシェーンは上手く剥がせたお菓子をパクリと食べ、満足そうだ。ライドフェーズはそれを目で追い、同じお菓子を手にする。


「……分かった。有難く使わせてもらおう。それで、具体的にどう思われてユーリグゼナが注目されているのか知りたい」


 カミルシェーンは報告書をアナトーリーに渡す。アナトーリーは読み、掻い摘まんで説明していく。


「ほとんどが憶測です。ユーリグゼナが美しく無口な策略家のように捉えられています」

「この報告書をまとめた側近も、ユーリグゼナ像を掴んでない。他国の諜報員も情報が無さすぎて、ルリアンナのイメージとごっちゃになってる」


 カミルシェーンは目を細め、手をつけていないお菓子を見つめながら言う。アナトーリーは続ける。


「ユーリグゼナがその……ライドフェーズ様から王座を奪還するとか、シキビルドの物流を牛耳っているとか。その……ペルテノーラ王やシキビルド王の愛人だとかが、まことしやかに言われているそうです」


 アナトーリーは戸惑いがちに読み上げる。カミルシェーンが悪戯(いたずら)っぽい顔になっていた。


「面白いから、俺の愛人ですって公言して良い?」

「駄目だ!!」


 ライドフェーズは間髪を入れず言う。その横でアナトーリーが思わず立ち上がったことを誤魔化すように、椅子に座り直した。ライドフェーズは軽く眉をひそめる。


「しかしなぜだ? 音楽に関することが皆無ではないか。ユーリグゼナの異質な音楽も、その音楽が不思議な力を持っていることも広まっていないのか」

「そもそもみんな、音楽に興味がないんだよ。俺もそう。結界を強化して、魔法陣を破損させる。そう聞くまで価値を感じなかった」


 カミルシェーンはお茶を飲みながら、紫色の目を細める。アナトーリーは二人を探るように見た。


「……学生の中で言われていることも聞きますか? スリンケットに情報をとってもらっています。彼を呼びますか」


 アナトーリーの言葉にライドフェーズは頷き、チラリとカミルシェーンを見る。彼も軽く頷いた。アナトーリーに呼ばれたスリンケットは、緊張した面持ちで部屋に入る。ライドフェーズとカミルシェーンに跪き、礼を執る。ライドフェーズはスリンケットに椅子をすすめ、話を促した。

 スリンケットは椅子に座り、スッと背を伸ばす。


「ユーリグゼナの曲の演奏が、学生の中で流行っています。ユーリグゼナを支持し、次に何をするのか楽しみにしている音楽好きの学生が多い一方、音楽に関心が無い学生からは侮蔑を含んだ批判が増えています。紫位(しい)とはいえ、敗戦国の臣下の家に過ぎないパートンハド家の娘に注目が集まることが、癇に障るようです」


 スリンケットは言い終わり、少し気を抜いたように目線を落とした。


「浅いな」


 いつの間にか、王らしい威厳のある態度になっていたカミルシェーンが低い声で言う。


「癇に障る、ではよく分からない。シキビルドばかりに貴重な楽器を使わせるとの批判が、学校側に寄せられていると聞いたが? こちらには今年大型弦楽器(フレンジーニ)を弾いたペルテノーラの学生が、ウーメンハンの学生と揉めていたと報告が上がっている────もう少し具体的な事例を報告するように」


 カミルシェーンはつまらなそうな顔で、頬杖をついて言う。スリンケットは顔を強ばらせたまま、目線を下げた。ライドフェーズはスリンケットに目を落としながら言う。


「楽器を他国に貸し出せば、ユーリグゼナへの批判はかわせるのか」


 アナトーリーがスリンケットをチラリと見ながら、答えた。


「とりあえずは有効でしょう。ユーリグゼナが何事か起こすたびに、別のことを言ってくるでしょうが」


 カミルシェーンが胡乱(うろん)な目で、ライドフェーズをそしてアナトーリーを見ている。「側近鍛えろよ。何で庇うんだ馬鹿」というカミルシェーンの副声音が、ライドフェーズには聞こえるようだった。


(分かっている。しかし後でいい。今は……スリンケットに了承して欲しいことがある)


 ライドフェーズは心で呟きながら、アナトーリーに提案する。


「ユーリグゼナは目立つ割には、人対応が下手過ぎる。それを埋めるために、側近か護衛をつけて常に手助けさせればマシかと思っている」


 アナトーリーは頷きながらも、少し不安そうに彼を見る。


「……しかし誰を? 大人では授業棟には同行できませんが」

「スリンケットではどうだろう?」


 ライドフェーズの言葉にスリンケットが身を固くした。アナトーリーはチラリと彼を見て、ライドフェーズに言う。


「申し(ぶん)ございません。ただ異性の側近は、縁談の多い年頃には……難しくありませんか?」


 下手な噂を立てられたらお互いに困るのでは、という裏を読んだ上でライドフェーズは言う。


「婚約者ならいいのではないか?」


 ずっと下を向いて、黙って状況に耐えていたスリンケットが目線を上げる。


「発言をお許しいただけますか」

「いいだろう」


 ライドフェーズが頷く。スリンケットは緊張に顔を強ばらせていた。


「私より適任がおります。同級生の彼なら、全授業同行可能です」






 話が付いた頃、扉が叩かれる。ライドフェーズはカミルシェーンにだけ聞こえる声で言う。


「迎えが来たのではないか?」


 カミルシェーンはライドフェーズにだけ分かる角度で、悲壮な顔をする。

 セシルダンテが許可を取り入室する。にこやかな笑顔で、カミルシェーンの側近の来訪を伝える。カミルシェーンがセシルダンテに囁く。


「私を売ったな?」

「そんな恐ろしいことはいたしません。所在が分からず困っていらっしゃいましたので、お伝えしたまでです」


 セシルダンテは曇りの無い笑顔で、カミルシェーンを部屋の外へ促す。カミルシェーンはライドフェーズにだけ聞こえるように言う。


「ユーリグゼナに会いたかったのに……」

「また今度だな」

「絶対だな?」

「……」


 ライドフェーズは無言の笑顔で、カミルシェーンを送り出した。






次回「未来なき婚約」5月24日18時掲載予定です。

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