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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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46.君待つ日々

アルフレッド視点

「相変わらず間違いばっかり……」


 アルフレッドは呆れながらも、ユーリグゼナが届けてくれた楽譜を楽しそうに修正していく。それは、鍵盤楽器(ピエッタ)と弦楽器で演奏する二重奏で、彼が想像していた以上に美しい曲だった。


(ユーリは一体どこからこんな異質な音楽を……)


 これまでアルフレッドは、何度もそう疑問に思っているが、聞けないままになっている。実のところ今は音楽の出処より、次に彼女と演奏できるのがいつかの方が気になる。


(ユーリはいつ学校に来れるようになるんだ? 俺としては、声が出なくても来て欲しい。ちゃんと困らないように助けるから)


 でもそう単純でもないらしい。

 スリンケットもフィンドルフも王から情報が規制されているからか、曖昧にしかユーリグゼナのことを教えてくれない。

 アルフレッドは、おそらく彼女を診ているであろう祖父ペンフォールドに連絡を取った。すると『絶対に彼女を学校に呼ぶな』というキツイ言いつけと共に、僅かな情報がもらえる。ユーリグゼナは今、身体の生命活動がある理由で阻害されているらしい。声が出ないのは、身体の悲鳴みたいなものだそうだ。心を揺らすもの、特に彼女の場合は音楽は絶対に駄目だ。ペンフォールドはアルフレッドにそうきつく注意する。




 ユーリグゼナがいなくても、学校はいつも通りだ。アルフレッドはそのことに少し苛立ちながらも、再び彼女が学校に現れる日を待ちながら日々を過ごす。


「最近、アルフの周りに怪しい気配がある」


 アルフレッドの友人カーンタリスは不愉快そうに言う。それに片眉をひそめた他の友人が問う。


「お前以上に怪しい奴なんているか?」


 そう言った途端、カーンタリスの手刀が友人みぞおちに入る。アルフレッドは、よろけた友人を支えた。


「他国の学生から、これまでにないほど声かけられてる。ほぼユーリ絡みだけど。カーンが言うのはそれとは違うのか?」


 カーンタリスは深く(うなず)いたあと、静かにするよう自分の人差し指を口に当てる。そしてスッといなくなった。アルフレッドと友人たちは、仕方なく彼を探す。ようやくカーンタリスを見つけた時、彼は背も幅もある大きな男に取り押さえられていた。慌ててアルフレッドが駆け寄ると、その男は急にカーンタリスを離す。カーンタリスはドスンと床に落とされた。

 その男はじっとアルフレッドを見たまま動かない。身体もでかいが顔もでかくて、怖い。居たたまれないアルフレッドは自分から声をかける。


「俺に用?」


 その男は大きく(うなず)く。そしてまたじっと動かない。周りの友人がアルフレッドの耳にそっと(ささや)いた。ペルテノーラのナータトミカ。変人で有名な奴、と。

 アルフレッドは、何となくナータトミカに聞いてみた。


「もしかしてユーリに用?」


 ナータトミカはまた(うなず)き、口を開いた。


「ユーリグゼナはいつ学校に来る?」

「え……分からない」


 アルフレッドは答えた。


「そうか」


 そう言うとナータトミカは、さっと立ち去って行った。アルフレッドも友人たちも啞然としながら、彼を見送った。





 アルフレッドは修正した楽譜を持って、音楽の教授のところへ訪問する。


「ユーリが学校に来たら、これを謝神祭(テレオンナーレ)で演奏したいと思っています」


 彼の言葉に、教授は楽譜を読みながら嬉しそうに言う。


「あら。来なくてもあなたがやればいいでしょ? みんな楽しみにしてるわ」

「いや。俺だけじゃ無理なので」

「ふふ。謙虚だこと」


 教授に買われていることが分かり、彼は少し顔を赤くしながら言う。


鍵盤楽器(ピエッタ)の使用許可をいただけますか」

「もちろん」


 許可が下りた当日から、アルフレッドは練習を始めた。美しい旋律に驚き嬉しくなりながら、毎日弾いている。


(しかし、謎なのはこの弦楽器の部分。音域が変に低い。何の楽器を使う気だ?)


 ユーリグゼナはいつも説明が足りず、ある程度アルフレッドが想像して動かなければならない。慣れっこになっている彼だったが、まだこの謎が解けず鍵盤楽器(ピエッタ)の練習ばかりが進んでいた。

 急に扉が叩かれ、人が入ってくる。アルフレッドはぎょっとした。大きな身体のナータトミカがムスッとした顔で、彼に向かって近づいてくる。


「な、なんだ?!」


 ナータトミカはアルフレッドをチラリと見て、楽譜を手に取った。彼の手には大きな弦楽器が大事そうに抱えられている。それを見た瞬間、アルフレッドは分かった。


(この楽器用か)


「もしかして、教授が?」


 アルフレッドの問いに、ナータトミカは楽譜から目を離さないまま大きく頷いた。


(おそらく教授は、ユーリに去年の内にこの楽器のことを前振りしてたんだろうな。それでユーリは……)


 アルフレッドは大きく息をつく。彼のさらっとした見事な金髪が揺れる。ナータトミカは手にしていた楽譜を鍵盤楽器(ピエッタ)の譜面台に戻し言う。


「弾いてみよう」

「え? 今ので弾けるのか?」

「多分」


 ナータトミカは椅子をたぐり寄せ座る。大型弦楽器(フレンジーニ)の胴体についた細長い金属の棒を床にたてた。弓で弦を鳴らし音を確認していく。アルフレッドは驚いた。彼の技術の高さがうかがえた。アルフレッドがナータトミカの(だいだい)色の目を見ると、彼は頷く。

 アルフレッドは鍵盤楽器(ピエッタ)をやわらかい音で弾き始める。ナータトミカは正確な(リズム)と音で奏で出す。速度を確認するため時々二人は顔を合わせるが、ほとんどぶれることなく最後まで弾き切った。


(上手い!!)


 アルフレッドが喜びを隠せず彼を見ると、彼は小さく笑っていた。


(笑ってても、なんか怖い)


 アルフレッドは笑顔を引きつらせる。ナータトミカは言う。


「綺麗な曲だ。驚いた。同じ旋律を追いかけるように重ねていくのか。これもユーリグゼナか?」

「ああ」

「ユーリグゼナを紹介してくれ」

「だから、不在だと」


 アルフレッドの言葉に、そうだったな、とナータトミカは(つぶや)(うつむ)く。落ち込んでいるように見えた。アルフレッドはすまなそうに目を伏せ言う。


「彼女が来たら鍵盤楽器(ピエッタ)を弾いてもらうつもりだ。それで、俺は……ナータトミカが弾いているその楽器を弾きたいと思っている」


 ナータトミカはニヤリと笑う。


「教授から聞いてる。アルフレッドはユーリグゼナと演奏したいのだと。いいな。彼女は恋人か? でももし来なかったら俺が弾いても構わないか?」


 アルフレッドは恋人の(くだり)で思考が停止して、両手で顔を覆う。ナータトミカは首をひねる。


「駄目か?」

「いや。来なかったらいい。むしろ頼む。凄く弾きやすかった」


 そう言いながらも、アルフレッドは手を顔から外せない。ナータトミカは興味深そうに言う。


「なんだ。えらく初々しい感じだな。付き合っているとかではないのか? 恋かあ。羨ましいよ……」


 彼の言葉にアルフレッドはまだ少し赤い顔から手を外し、言う。


「噂だと、話しかけてきた女性に片っ端から求婚してるって聞いたが……」

「ああ。俺と話しが出来そうな女には、俺と結婚できそうか確認してる」


 ナータトミカは真面目な顔で言う。アルフレッドは呆れた顔で聞く。


「なんでそんなことを!? 普通ひくだろ」

「そうなのか? 俺の家は前シキビルド王に協力していた罪で処罰されたんだ。結婚相手がいなくてな。とりあえず聞くことにしている」

「そんなの誰でもいいって言ってるようなもんじゃないか」

「実際そうだな」


 ナータトミカはさらりと言う。アルフレッドは頭を抱えた。


(なんだ。この常識が伝わらない感じ。ああ、そうだ。ユーリに似てるかも)


 アルフレッドは呆れながらも、彼と時々練習する約束をする。ユーリグゼナが来るまでだ。そう思っていた。




 でも謝神祭(テレオンナーレ)の日になっても彼女が学校に来ることは無かった。アルフレッドはナータトミカと武術館で演奏し、去年を超える大観衆に拍手をもらう。


「とても楽しかった。ありがとう」


 アルフレッドが笑顔で言うと、ナータトミカも笑顔で応える。そしてナータトミカは、ポツリと言った。


「来年はユーリグゼナが来ると良いな」

「え?」

「アルフレッドの鍵盤楽器(ピエッタ)がずっと寂しそうに鳴ってて、それはそれでいい音なんだが。やっぱり俺も寂しくなったよ」


 そう言うナータトミカの顔は怖くなくて、むしろアルフレッドを泣きたい気持ちにさせるほど優しい顔だった。アルフレッドは下を向いて言う。


「……三人で弾く楽譜に書きかえる」

「嬉しいよ」


 ナータトミカは優しい顔のまま、アルフレッドに微笑んだ。




 アルフレッドは思っていた。


(ユーリがいないと、本当にあっさり上手くいく。なのに俺は、とんでもなく大変なユーリとの演奏がいい。もう俺は、あいつでないと駄目なんだ……)


 アルフレッドは(うつむ)き顔を歪める。



 

 ユーリグゼナが休養中にも関わらず、学校に現れた時のことを思い返す。アルフレッドに楽譜を渡しに来てくれたと分かった時、嬉しくて嬉しくて。その気持ちを誤魔化すように反対のことを言ってしまった。すると、ユーリグゼナは本気で彼に怒った。泣いた彼女の涙は透明で綺麗で。泣き止んで少し和らいだ顔は可愛くて。


(俺の。俺のもの、って思った)


 あの時のユーリグゼナの感情は、全部アルフレッドに向けたものだった。それが嬉しいのと同時に、彼が経験したことのない強い独占欲が沸く。

 彼女を自分の腕の中に包み込みたかった。ユーリグゼナの体調も心も安定していないから。そう自分を制して、ギリギリ耐えた。

 

(ユーリ……)


 アルフレッドは目を閉じ、手を強く握る。ユーリグゼナの濡羽色のやわらかな黒髪と、黒曜石のような黒い目を想う。彼女を待つ日々は続く。






「ねえ、アルフレッド。変な取り巻きが増えてるんだけど?!」


 ナータトミカの後ろ姿を見送りながら、カーンタリスは不機嫌そうに眉をひそめる。いつもの友人は応える。


「お前もその一人だろうが」


 そう言った途端、カーンタリスの手刀が友人みぞおちに入る。アルフレッドはよろけた友人を支える。


「カーン。多分、来年はもっと増えるから覚悟しとけよ」


 カーンタリスは、アルフレッドの言葉に嫌そうに顔を歪める。

 スリンケットが、ユーリグゼナを取り巻く情勢をアルフレッドに話してくれるようになっていた。これまでのように、事が起こってから心配するような無様な真似は二度としない。アルフレッドはそう誓った。





次の月曜更新はお休みいたします。

次回「揺らぎ」は4月29日18時掲載予定です。ライドフェーズ視点のアナトーリーの話です。

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