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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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44/198

42.遠くの祭り

アナトーリーの回想と日常

4/5掲載分です。

 アナトーリーは戻らぬ日々の夢を見る。

 彼は卒業後、今は無きパートンハド家の邸宅で、父ノエラントール、姉夫婦と過ごしていた。


 



「君が作った風車(クルファー)は本当によく回るなあ」


 義兄ベルンは妻ルリアンナが作った風車(クルファー)の、青と白の羽根部分に息を吹きかけクルクルと回す。

 ルリアンナはぽうっと顔を赤らめると、すぐに(うつむ)き次の風車(クルファー)の製作に取り掛かる。今度は黄色と白で色違いを作るようだ。


 ベルンの膝の上には、彼の娘ユーリグゼナがちょこんと座っている。小さな少女は黒曜石のような目をきらきらさせて、見入っていた。


 アナトーリーは自分の手元にある、強力に息を吹きかけないと回らない風車を見ながら、口を尖らし言った。


「ベルンが言い出したのに、何で自分で作らないんだよ」


 ベルンは、にいっと笑って答えた。


「僕が作ったらアナトーリーと同じくらい回らなかったんだ」


 アナトーリーはムッとして、自分の作った風車を放り投げた。彼の薄い茶色のやわらかな髪が揺れる。ベルンは頭をぽりぽり掻きながら言う。


「いやー。見たことはあっても、実際に作ると奥深いね。自分の奥さんが優れていることを再認識したよ。可愛いだけじゃなく、こんなに賢いだなんて僕は本当に幸せ者だなあ。この間の彼女がまた素敵でね……」

「ベルン!! ()めてあげて! 姉上(ルリアンナ)が……」


 アナトーリーは慌ててベルンに言う。ルリアンナは顔も耳も真っ赤にしたまま、動きを停止させていた。

 ベルンは彼女から目を離さないまま、ユーリグゼナに風車を手渡し膝から下ろす。そしてルリアンナに近づき顔を覗き込み、優しく微笑んだ。


「これ、他の人でも作れるように設計図作ってくれる?」


 ルリアンナは顔が赤いままベルンを見て、小さく頷いた。それを見てベルンは嬉しそうに笑った。









 アナトーリーは人の動く気配で目が覚める。彼は姪ユーリグゼナの寝台に寄りかかるように寝ていた。夏の強い日差しに目がくらむ。窓から差し込む光の中にユーリグゼナがいた。彼女はすでに朝の支度を終えていた。アナトーリーに近づくと、そっと彼の肩に触れる。


(まだ寝てて)


 心の言葉で伝えてくる。アナトーリーは彼女に促され、寝ぼけながら寝椅子に向かう。それを見守っていたユーリグゼナは、家族の朝ごはんの準備をするため部屋を出て行った。残されたアナトーリーはまどろみながら思う。


(なんでベルンと姉上(ルリアンナ)の夢なんか……)


 ぼんやりした頭で考えているうちに、ライドフェーズの娘の誕生を祝う祭りの打ち合わせで、町の装飾に風車を使う話をしていたことを思い出す。今日がその祭りの日だ。それに影響されたか、とアナトーリーは思った。



 ライドフェーズがユーリグゼナを連れ去った日以来、ユーリグゼナは過去の記憶が戻りつつあった。アナトーリーは苦々しく顔を歪める。


(ユーリは記憶が戻ったことを、俺たちにいわない……)


 アナトーリーは毎晩、彼女が眠っている間に精神浸食の能力(ちから)で彼女の心の中を盗み見ている。彼女が思い出した記憶は、彼女の父母と祖父に関わるものがほとんどだ。家族処刑や一人取り残された後のことなど、重く苦しいものばかり。子供が一人で抱えるような内容ではない。彼女は徐々に、そして確実に痩せてきていた。


(こんなことになったのは、俺のせい……)


 アナトーリーはユーリグゼナが声を失った日からずっと、抜け出せない渦の中で生きている。






 最近、姉ヘレントールは変に優しい。


「お代わりいる?」


 そう言ってアナトーリーの顔を伺っては、やたら食事を勧めてくるのだ。


(もしかしたら、慰めようとしているのか?)


 アナトーリーはそう思いながらも、正直身体が受け付けない。断ると、しゅんとするヘレントールを見てアナトーリーはかえって気が重くなる。今日は二人だけだった。甥の長男フィンドルフは学校に行っていて秋まで戻らない。姪のユーリグゼナと甥の次男アラントス、末っ子ユキタリスはすでに食事を終えていた。アナトーリーはヘレントールに聞く。


「今日は静かだな。子供たちは何してるんだ?」

「祭りを見に行ってるわ。ユキがユーリにせがんで」

「だ、駄目だろう。ユーリは……」


 アナトーリーが心配で椅子から、腰を浮かせる。それを見てヘレントールはバシッと彼の背中を叩いた。


「大丈夫よ。アランがいるから上手くやるわ。ユキがユーリの気持ちを聞いてくれるだろうし。ユーリも少しは外に出た方がいいわ」


 ヘレントールはお茶を用意し、アナトーリーに向かい合って座る。


「昨夜もユーリの記憶みてたんでしょう?」


 アナトーリーは頷く。


「ああ。鳳魔獣(トリアンクロス)との契約は人間の婚姻に近いものだったみたいだ。ユーリは全然理解せずに契約してた」


 湯気が立ち昇る熱いお茶に躊躇(ちゅうちょ)しながらアナトーリーは言う。ヘレントールはふうん、と相槌(あいづち)を打つ。


「驚かないのか?」

「ええ。ユーリの治療したとき、何となくそうかも、と思った」


 平然とした彼女に、アナトーリはむっとした。


「言ってくれよ! ユーリ、結婚は無理ってことか?」

「結婚はできるわよ。婚姻は解消できないけど、多重には結べるし。それより……鳳魔獣がユーリにとってかけがえのない者だったということね?」

「そうだ。ユーリが一人きりの時、ずっと側にいてくれたんだ」


 アナトーリーが目を伏せ、かすれた声で言う。ヘレントールは弟を観察しながら、話題を変える。


「ペンフォールドはなんて? 診てもらったんでしょう?」

「ああ。声が出ないのは生命活動に不具合が出てるからだそうだ。ユーリには契約魔法が何重にもかけられていて、しかも内部で絡んで一部破損してた」

「……今回の鎖が解除されようとしたのが原因ね」


 目を吊り上げたヘレントールに、アナトーリーは首を振る。


「いや。きっかけに過ぎない。いつそうなってもおかしくないから、前回診てもらった時、定期的に診せる約束をユーリはペンフォールドとしていたらしい」

「でもアナは……自分のせいだと思っているじゃない」


 ヘレントールはアナトーリーを見つめて言う。彼は(うつむ)き黙りこくる。彼女は小さく息をつく。

 

「自分がライドフェーズ様を主に選んだから、自分が守ってやれなかったから……そんな風に思いつめてどうにかなるの?」


 アナトーリーは何も言わず、ただ目の前のお茶を見つめていた。それを見てヘレントールは静かに黙ってお茶を飲んだ。アナトーリーは驚く。


(ヘレンが途中で言いたいことを止めた?! ……俺、心配されてる?)


 彼はそう思いながらもやはり言い合う気にはなれず、飲めるまで冷めたことを確認しながらお茶を飲んだ。ヘレントールは落ち着いた声で話題を変えた。


「今日はゆっくりしてるじゃない。休みなの?」

「ああ。休め、と言われた。最近仕事も減らされてる」


 ヘレントールは呆れた顔をしながら、そうでしょうよ、と小さく呟いた。それに気づかずアナトーリーは言う。


「これからシノのところに顔を出してくる。前から頼まれてたんだ。側人の教育の件で」

「そう」


 そう言うとヘレントールはしばらく席を外し、手に何か抱えて戻ってきた。ドンっと机に玻璃(ガラス)の容器を置いた。なぜか最近の姉は仕草が荒い。(いぶか)し気なアナトーリーに、彼女は言った。


「柚子茶よ」

「季節外れだな。これをシノに?」


 アナトーリーは呆れた。今は夏だ。柚子の季節は冬である。


「冷やすと、さっぱりして美味しいから」

「まあ……な」


 アナトーリーは柚子茶を鞄にしまい、王の側人シノのいる養子院へ向かう。





 向かう途中の道々は普段より華やいでいる。大通り沿いを彩る装飾物の下に、それぞれ緋色や黄色や緑や桃色の吹き流しが、長く垂れ下げてあった。


 小さな子供と両親の親子が楽しそうな様子で、アナトーリーの前を通り過ぎる。子供の手には風車があった。羽の部分が鮮やかな赤と白だ。

 

 通路には人がくぐれるよう鳥居のような門が(つら)ねられていた。赤色の門には何個もの風車と鳴り物が配されている。人々は列を作って、順番に笑顔でその下をくぐっていく。

 不意に強い風が起こった。


 カランカラン

 パサパサパサ


 鳴り物の下についている短冊が揺れ、音が鳴り響く。鮮やかな吹き流しが風に瞬き、風車も勢い良く回る。辺りの人びとから歓声が上がった。アナトーリーはその光景を見て、心の中が刺激された。今朝見た夢の続きが思い出される。


(ああそうだ。あの後ベルンは……)


 ベルンはルリアンナに作ってもらった風車の設計図を持って、(れん)に製作を依頼した。そしてある日、『楽屋』の近くの通路をその風車でいっぱいに飾り立てた。


(今日みたいに色鮮やかな風車がいっぱいで、風が吹くたびに歓声が上がった。その日は……)


 ユーリグゼナが生まれた六年目の記念日だった。ベルンの世界では生まれた日に毎年誕生を祝うらしい。アナトーリーの脳裏に、幸せそうな三人が浮かぶ。幼いユーリグゼナは通路をうろうろ歩きまわり、風が吹くたびに黒い目をきらきらさせる。それを見て、ベルンとルリアンナが嬉しそうに微笑み合う。夢のような幸せな日は確かにあったのに。


 アナトーリーは表情の抜けきった空虚な(さま)で、祭りの様子を眺めている。今日の祭りはどこか遠くのもののように思うのだ。彼は大勢の歓声の中、一人立ち尽くすユーリグゼナを見つけた。


(ユーリ……)


 声をかけるのを躊躇(ためら)う。黙って見つめるうちに、アラントスとユキタリスが、ユーリグゼナに駆け寄ってきた。彼女は従弟二人に吊れられ、人混みに消えていった。





次回「苛立ち」は4月8日18時に掲載予定です。

ユーリグゼナの失った記憶「おわった日」を前話に移動しました。読みかけの方、ご迷惑おかけします。

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