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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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42/198

41.二人の王

ライドフェーズ視点です。

(フロウ)のためにちょっとだけ命をくれないか?」


 父王は少し悲し気に首を傾ける。叔母のグラディアスは彼を見つめて言う。


「彼女のためなら、構わない」

「助かるよ」


 父王はそう言いながら、美しく緻密な魔法陣を床の上に描いていく。その傍らでグラディアスは膝を抱え、子供のように小さくうずくまる。魔法陣が光り彼女は体勢が崩れる。父王は予見していたように彼女を支えた。グラディアスは力の無い声で言う。


「行くのか」

「ああ。後を頼む。苦労かけてすまない」

「嘘をつき続けたまま行く気か。兄上」


 グラディアスは強い口調とは裏腹に、(すが)り付くような目で言う。父王はにっこりと笑い彼女に口づけた。


「愛しているよ。グラディアス」


 そう言うとすぐに父王は奥の間に入って行った。もう彼女を振り返ることはない。

 グラディアスが泣き崩れる(さま)を、ライドフェーズは扉の隙間から見ていた。すると不意にバンっと身体を押される。押したのは幼い姿の兄カミルシェーンだ。彼は憎々(にくにく)し気にライドフェーズを見たあと、扉から離れどこかへ走り去って行った。




◇◇◇◇◇




 シキビルドの御館。人払いされた部屋でシキビルド王ライドフィーズが話をするのは、ペルテノーラ王カミルシェーンだ。兄でもある彼はライドフェーズと同じ顔立ちをしている。だが彼は明るく朗らかな表情と、自然と人をかしずかせるカリスマ性を持ち、弟ライドフェーズと全く違う印象を持たれる。


 そのカミルシェーンが、今日は機嫌が悪そうにライドフェーズの話を聞いている。王としてではなく兄弟として話した時にしか、こういう顔にはならない。


「なるほど、ルリアンナが仕組んだことか。魔法陣が自然に発動したのも、鎖を餌にライドをシキビルドに呼び寄せたのも、王の選定を受けさせたのも」


 カミルシェーンは眉をひそめ(うなず)きながら言う。

 ライドフェーズは思わず口を開けたまま止まる。


(そういうことなのか?!)


 ルリアンナとは、先日彼の養女になることが決まったユーリグゼナの実母である。だいぶ前に行方不明となり、戦後の調査でやはり亡くなっていたと判明した。

 その彼女が、死後のことまで見切って仕組んでいたと?! ……普通ならあり得ないが、彼女ならあり得る。生前のルリアンナには、それほどの凄まじさがあった。


 ライドフェーズの表情の変化を見ていたカミルシェーンは、呆れたように笑う。


「気づいていなかったか。ライドはなぜ誰にも相談しなかったんだ? だから、何もしてないと言っても誰にも信用されないんだろ」

「……全員に反対されたので、相談できなかったのだ」


 ライドフェーズが苦い顔で言うと、カミルシェーンはふうと息をついた。


「……もう終わったことだ。鎖を諦めることでライドが本当の王になった。仕事はしやすくなるさ」


 そう言うとカミルシェーンは小さく微笑んだ。でもすぐに目を細め目線を()らした。片手で額を覆いながら、かすれ声で言う。


「手紙見せてもらえないか」


 ライドフェーズは(うなず)く。資料の中からライドフェーズ宛のルリアンナの手紙を出し、彼に差し出す。

 カミルシェーンは緊張した面持ちで受け取り、目を通し始めた。徐々に表情を歪めていく。その様子は痛々しく、ルリアンナの生存を諦めた夜のことを思い起こさせる。


 カミルシェーンは彼女と、学校を卒業して以来一度も会っていない。おそらく手紙も交わしていないだろう。ライドフェーズが彼に鎖のことを相談してこなかった理由は、後ろめたさからだった。


(好きなら連絡をとれば良かったのだ……)


 ライドフェーズはカミルシェーンのそういうところが分からない。ルリアンナは魔法陣に造詣が深い女性だった。口数の少ない彼女だったが魔法陣のことならよく話す。ライドフェーズが気遣うことなくいくらでも話していられる、とても良い友人だった。

 反面、パートンハド家としての彼女は身を削るような苦しい選択をする人だった。本当に同じ人間か? と(いぶか)しむくらいライドフェーズには理解できなかった。


 そういう彼女のことを理解してなお、愛しく思っていたのはカミルシェーンだった。


 今日はライドフェーズの娘が無事に生まれたお祝いに、カミルシェーンは供をつけずにやってきた。でもお祝いに駆け付けたというのは表向きのこと。


(実際は今回起こったことの確認。でもそれすら言い訳で……)


 ルリアンナの手紙のことは、今回初めて話した。それに釣られてきたとライドフェーズは確信している。


(むしろ、もっと怒ると思っていた。昔だったら黙っていたことに、とっくにキレられてる)

 

 彼女の手紙を読み終わり、何の表情も浮かべずぼんやりとした様子のカミルシェーンを、ライドフェーズは割り切れない思いで見ていた。






 ライドフェーズはユーリグゼナの鎖を諦めた時から、何かの栓が抜けたかのように、彼の心の中にいろんなものが入り込んできていた。幼い頃のペルテノーラの神獣の部屋「玄武の()」の記憶もその一つだ。これまでずっと忘れていた。

 叔母の女王グラディアスの報われない恋と、愛する実兄に翻弄され続けた人生を思うと、ライドフェーズは苦々しい思いで顔が歪む。


 女王グラディアスは、兄王がいなくなってから取り憑かれたように政務をこなし、その傍らで甥のカミルシェーンとライドフェーズを育てた。グラディアスは王としても後継の教育者としても申し分ない。ペルテノーラは安定し、兄カミルシェーンは優れたペルテノーラの王になった。


「カミル。あの……」


 ライドフェーズの声に、茫然としていたカミルシェーンが視線を向ける。


「父上と叔母(グラディアス)の最後の会話って覚えているか?」


 カミルシェーンはどこか気が抜けたような奇妙な顔をした。


「ライドは……覚えていなかったのか」


 カミルシェーンは少し低い声で続けて言う。


「いつ思い出したんだ……」

「朱雀の選定を受けた日」

「認められた者にしか神獣に関する記憶は残らない。今まで。そうか……」


 カミルシェーンは額を手で押さえ(うつむ)いた。苦しそうな顔のまま答えた。


「俺が思い出したのは、グラディアスが俺を次期王に指名した頃だよ」


 ライドフェーズの少し驚いた様子を眺めながら、カミルシェーンは続ける。


「子供(ごころ)にも衝撃だった。父上が、嘘と口づけで傷心のグラディアスを慰めた、最低最悪の光景。父上への尊敬は吹き飛んだな」


 カミルシェーンの言葉に顔を歪めた。そういうことだったのかと、改めてショックを受ける。


「なぜ父上は……いや。そうか。あの時、神獣玄武の御代代わりをしたんだな?」


 カミルシェーンは紫の目を細めた。


「そうだ」

「そうか……」


 叔母グラディアスを残し、父王と妃は同時に死去した。それと同時に神獣の御代代わりをした。ならば、シキビルドの神獣朱雀の御代代わりも同じではないだろうか。つまりルリアンナは……。


 考え込むライドフェーズを不思議そうにカミルシェーンは見た。


「いつ知ったんだ?」

「え?」

「その様子だと、前から勘づいていたよな?──グラティアスがライドの本当の母親だって」


 カミルシェーンの言葉にライドフェーズは(あせ)りを覚えた。


(この流れはまずい。せっかく黙っていたのに)


 カミルシェーンは緊張した様子で彼に聞く。

 

「いつ気づいた?」

「………十年くらい前」


 ライドフェーズの言葉に、カミルシェーンは訝し気な表情になる。


「どうやって分かった」

「……教えてもらったんだ」


 ライドフェーズは(うつむ)きながら答えた。カミルシェーンが執拗に聞いてくる。


「誰に?」


 ライドフェーズは思わず顔を逸らす。


「……ルリアンナに」


 カミルシェーンは動きを止め、静かに聞く。


「もしかして直接会ってた?」


 ライドフェーズは彼を見ずに(かす)かに(うなず)く。カミルシェーンは椅子から立ち上がり、机に手をついた。ライドフェーズは急いで言う。


「彼女と卒業後に会ったのは、一回だけだ。セルディーナの鎖の件で。カミルに言うのをルリアンナに止められていた。当時はペルテノーラにも諜報員が入り込んでいたし、王のカミルと会ったとなれば、彼女はシキビルド王に追い詰められる」


 ライドフェーズが言い訳を続ける間、カミルシェーンは手で目を覆う。そして荒々しく目を(こす)り、大きく息を吐き出した。


「言えたよな。シキビルド王が死んでからなら、いつだって。今も問い詰めなければ、言わないつもりだったろう? 何で隠す」


 ライドフェーズは(うつむ)いたまま苦しそうに言う。


「怖かった。カミルがそんな風に怒ると思った。すまない」


 ライドフェーズの言葉を聞き、カミルシェーンは憎々(にくにく)し気に彼を見た。そして、バンっと机を叩いた。


「そういうところが本当にイライラする」


(ああ。やっぱりこうなったか……)


 ライドフェーズが弱り切って、目を泳がす。

 ちょうどその時、戸を叩く音がした。


トン トントン


「お茶を入れ替えに参りました」


 セシルダンテの声だ。ライドフェーズはふうっと息をつく。入室の許可を出すと、そろそろとセシルダンテが戸を開け、シノが茶の道具を持って入ってくる。

 カミルシェーンが入れ違いで黙って部屋から出て行く。ライドフェーズは額を押さえた。


(勝手に入室許可出したのも、よくなかったか……)


 シノはてきぱきとお茶を入れ替え、退出していった。一人残ったセシルダンテが言う。


「またカミルシェーン様を怒らせましたね」

「ああ。……助かった」


 ライドフェーズは彼に感謝しながら、お茶を飲み一息ついた。そして聞く。


「セシルダンテ。どうして私に付いて来てくれるのだ?」


 セシルダンテは父王、そして叔母の片腕として仕えてきた重鎮だった。そしてペルテノーラを出る寸前までカミルシェーンの側近を務め、彼を支えてきた。

 セシルダンテはライドフェーズの問いに、にこにこするだけで答えない。ライドフェーズはちょっと口を尖らせ、不満を表しながら言う。


「父上の代からペルテノーラのために務めを果たしてきただろう。他国にしかも出来損ないの私に付いていることに不満はないのか? これまでもカミルシェーンの味方ばかりしてきたではないか」


 セシルダンテは少し考えて、ライドフェーズに語り出した。


「私は、王が自分を犠牲にしてでも国を守るペルテノーラのあり方が一番美しいし、理想的だと思っています。しかし王はその責務により、時に自分の幸せを手放さなくてはなりません。グラディアス様は……」


 その名前を聞いて、ライドフェーズの鼓動が早まる。セシルダンテは少し寂しそうな顔で続ける。


「あの方は亡くなった兄王と妃に気を使い、身を削るようにしてペルテノーラを守ってこられた。でも本当は幼い頃から、王の護衛になるのが夢だったのですよ」


 初めて聞く話にライドフェーズは目を見開く。王の護衛はペルテノーラでは男性の職務だ。セシルダンテは優しく(うなず)きながら続ける。


「結局叶いませんでした。グラディアス様はもっと自由な世の中であれば、もっと違う生き方をされたでしょう……。あなたには、いえ、王には……」


 セシルダンテはライドフェーズを見ながら、にっこり笑う。


「本当に毎日ドキドキさせられます。言動のほとんどが、王の常識からかけ離れています。そして周りへの気遣いは皆無です」

「悪かったな!」


 ライドフェーズは頬を膨らませて、そっぽを向く。セシルダンテはそれを嬉しそうに眩しそうに見た。


「いつも心配させられて、いつも私の想像を超える事件が起こります。しかし最後には最良の結果になるのです。その度に私が間違っていたのではないかと、悩むのです。……心中穏やかではありませんよ」


 セシルダンテの言葉に、ライドフェーズはもう一度彼の顔を見返した。セシルダンテは優しい表情で続ける。


「実際、傷つき壊れかけたシキビルドが、人を傷つけない苦しめない国に生まれ変わろうとしています。今回の件もセルディーナ様を覚悟のある良い妃へと変え、王自身も変わられました。あなたに仕えることは、本当に苦しく楽しく誇らしい」


 そう言うとセシルダンテはすっと足下に(ひざまず)いた。ライドフェーズの手を取り、その甲に軽く彼の口元にあてた。そして微笑みながら言う。


「我が最良の王。私はこの国であなたにお仕えできて本当に幸せなのです」


 ライドフェーズは、セシルダンテの顔を穴が開きそうなほど見つめた。


「照れますなぁ」


 セシルダンテは口角を上げて、にっと笑う。


 不意に外から声がする。


「開けろ」


 それは強い口調のカミルシェーンの声だった。


(まだやり合う気か)


 ライドフェーズはげんなりしながら、セシルダンテに開けるように言う。戸が開いても視界にはカミルシェーンは見えず、たくさんの荷物が見えた。ライドフェーズは呆れる。


「どっから持ってきたのだ?!」


 手ぶらで入室したカミルシェーンは、荷物の指示を側近に命じながらライドフェーズに平然と答える。


「ペルテノーラから持ってきたに決まっているだろう?」

「いや……。さっきまでなかったぞ」


 カミルシェーンは供すら付けず、手ぶらで現れたはずだ。彼は側近を部屋から退出させながら、のんびりライドフェーズに言う。


「今、忘れ物を取りに時空抜道(ワームホール)を往復してきた。そんなに騒ぐなよー」


 カミルシェーンはいつものようににっこり笑う。彼の栗色のくせ毛はふわりと揺れる。


(管理が大変な時空抜道(ワームホール)を……気楽に使ってるな)


 側近たちの苦労を思い、目をつむる。カミルシェーンはちゃっちゃと椅子に座る。


「それより仕事の話だ。資料持ってきたからさ」


 結局、カミルシェーンのペースだ。ライドフェーズが資料に目を通すと、ルリアンナの動向を探った古い調書が大量に含まれていることに気づく。ライドフェーズがちらっと彼を見ると、カミルシェーンはにやっと笑った。


(競ってる……?)

 

 ルリアンナのことは自分の方がよく知ってる、とでも言いたいのだろう。ライドフェーズは呆れながらも、いつも通りの兄の様子にホッとしていた。


「ライドー。無事に子どもが生まれて良かったな。娘か。いいなあ。この荷物の半分はお祝いの贈り物ー」

「ああ……そうか。ありがとう」


 カミルシェーンの言葉に、ライドフェーズは(うつむ)く。顔が赤くなっていくのを誤魔化すように、資料を(めく)り始める。


「ため息、つかなくなったよな」


 カミルシェーンは頬杖(ほおづえ)をつきながら、(つぶや)いた。







番外編「おわった日」を次話に移動しました(12/12作業)。読みかけの方申し訳ありません。

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