表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/198

40.対峙

視点がアナトーリー→ライドフェーズと移動します。

 アナトーリーは周りを警戒しながら、シノに聞く。


「シノは襲われていないんだな?」

「はい。実は私には何も見えていません」

「え?!」


 アナトーリーは濃い紺色の目を見開く。彼には存在感のある黒いものが、部屋全体に網目のように広がって見えていた。どこから襲ってくるかと、緊張感が高まる一方だ。


「全然見えていないのか?! この黒いもの全部」

「……はい。見えるのは魔法陣が僅かに光っていることだけです」


 シノが答えた矢先、アナトーリーの背後から黒い塊のようなものが飛んでくる。今回はアナトーリーが避け切ることができた。彼は小さく息を吐く。


「やっぱり俺しか狙わない。協力してもらっていいか? 命がけになるが」


 シノは灰色の目でアナトーリーを見つめて言う。


「構いません。主の間違いを償いたいのです」

「……俺の主でもあるんだよ。あの方は」


 アナトーリーは周りを睨みながら顔を歪める。シノはアナトーリーの邪魔にならないよう、声を絞る。


「では二人で正しましょう。仕える者の役目です」


 アナトーリーがシノの顔を驚いたように見つめる。その瞬間黒い塊がアナトーリーを襲ってくる。彼の反応が一瞬遅れた。シノがそっとアナトーリーの頭を腕で押さえ(かば)った。すると黒い塊はシノを避けるように、スッと方向を変えすり抜けていく。

 

「見えてるのか?」

 

 アナトーリーは目を見開く。黒い塊から目を離さずにシノ聞く。シノは小さく首を振る。青紫色の髪が揺れる。


「いえ。アナトーリー様の動きで何となく」

「助かった。ありがとう」


 そう言うとアナトーリーは警戒しながらも微笑む。立ち上がりながら言う。


「俺は魔法陣を無効化する。何が起こるか分からない。シノ。ユーリを守ってくれ」


 シノもアナトーリーに(うなず)く。そして、しっかりとユーリグゼナを膝の上に抱きかかえた。

 アナトーリーは解除する魔法陣を描く。しかしとても強固で、鎖の魔法陣は全然破れない。アナトーリーが起動させた魔法陣が何個も何個も蒸発するように消えていく。彼はさらに何度も何度もそれを繰り返した。


(くっそ──!! 誰だ。こんな化け物みたいな魔法陣作ったやつ)


 そのうちに部屋全体に広がっていた黒いものが、一つにまとまり実体を持つ。大きな黒い鳥のような形になった。アナトーリーはやけくそで()()に話しかけた。


「ベルンなんだろ!! いい加減にしろ。もう絶対鍵盤楽器(ピエッタ)弾いてやんないからな!!」


 すると、一瞬黒い鳥の動きが止まる。アナトーリーはその間にも魔法陣を描き続け、傍らで黒い鳥に話しかけ続ける。


「ユーリに色々ばらされたくなかったら、ちょっとじっとしてろ」


 アナトーリーの手元でようやく魔法陣が一部消えた。光が(はじ)け形が崩れていく。彼は少しホッとして息をつく。もう一度黒い鳥を見たときには、ユーリグゼナの方へ飛び去ったあとだった。


(しまった!)


 アナトーリーが急ぎ彼女のところへ駆け寄る。あと一歩のところで突然遮られ、視界が真っ赤なもので覆われる。彼は唖然(あぜん)としてその正体を見た。それは赤い炎のように揺らいで見える大きな大きな鳥だった。アナトーリーはそれが何か絵で見て知っていた。


(朱雀……)


 その赤い揺らぎは、ユーリグゼナの(もと)にゆっくり降り立つ。そして、黒い鳥に対峙した。すると黒い鳥の方が急に小さくなっていき、ユーリグゼナの頭の横にふさっと翼を閉じてとまる。

 アナトーリーはユーリグゼナの側に行き、傍らに座る。すると、彼女の(まぶた)が震え少しずつ開きはじめる。黒曜石のような黒い目にアナトーリーが映りこんだ。アナトーリーは声をかける。


「ユーリ」


 ユーリグゼナはまだ夢うつつなのか、意識があやふやな様子だった。ユーリグゼナはアナトーリーに伝えてくる。


(今ね。母様と父様が喧嘩してた)


 ユーリグゼナは幸せそうに柔らかく笑った。


「そうか」


 アナトーリーはそれに優しい声で答えた。その声を聞くと、またユーリグゼナはゆっくり目を閉じ眠っていった。アナトーリーは(うつむ)きしばらく顔を上げることができなかった。



 

 だいぶ時間が経ちアナトーリーが落ち着いてきた頃、シノは張りつめた表情で小さな声で言った。


「ユーリグゼナ様の声は……」

「……そうだな」


 アナトーリーは静かにシノに同意した。彼は自分の顔を拭いシノを見る。彼の薄茶色のやわらかな髪が揺れる。シノは(うなず)き、抱きかかえていたユーリグゼナを丁重にアナトーリーの腕に渡した。

 朱雀と黒い鳥はいつの間にか消えていた。アナトーリーはユーリグゼナをしっかり抱え、シノと一緒に朱雀の間を出た。






◇◇◇◇◇







 ライドフェーズはセルディーナを抱え部屋に戻る途中、急にびくんと身体を震わせて立ち止まった。ぼんやりしている彼に、セルディーナは言った。


「行ってきて。私は大丈夫」


 ライドフェーズは驚きを隠せず、彼女に言う。


「分かるのか」

「ええ」


 セルディーナがそう言うと、さらりとした金髪が彼の腕にかかった。ライドフェーズは彼女をゆっくり下ろす。彼はテルにセルディーナを頼み、建物の外へ向かって行った。




 ライドフェーズは御館から少し離れた立木の途絶えた空き空間に、彼に会うために歩いて来ていた。


『ギリギリだね』


 鳳魔獣(トリアンクロス)の声が直接ライドフェーズに届く。慣れない感覚にライドフェーズは驚く。彼に話しかけた。


「森の王か」


 ライドフェーズはそういう存在がある、とアルクセウスから教えられていても、会うまでは信じ難かった。彼はからかうようにライドフェーズに伝えてくる。


『そうだよ。ギリギリの人間の王』

「ギリギリって?」


 ライドフェーズは半分呆れながら聞く。彼は何でもないように答える。


『そのまま。ギリギリ朱雀に認められた、能力も心構えも顔も体力もギリギリの王』


 酷い言われようだ、とライドフェーズはむくれる。


『久しぶりにシキビルドに王が立ったかと思えば、こんな奴だなんて人間の世界も大変だね……』


 鳳魔獣(トリアンクロス)(くちばし)から空気が吐き出され、彼の顔にかかる。鳥のため息があるとしたこれだな、と思われた。ライドフェーズは不機嫌そうに聞く。


「……今までのシキビルド王は何だったのだ」

『ただの自称だよ。今までのお前も含めて』


 彼の物言いにライドフェーズは、眉間にしわが寄ってくる。


「なんでそんなに喧嘩腰なのだ」

『自分の(つがい)を害されそうだったんだ。殺してないだけマシだろう?』


 ライドフェーズが驚いて聞く。彼の栗色のくせ毛が揺れた。


「ユーリグゼナのことか?!」


 すると、鳳魔獣(トリアンクロス)から低い声が短く聞こえてきた。ライドフェーズはそうだということか、と思った。鳳魔獣は言う。


『王。今回は朱雀による選定だった。大目に見てやる。今度彼女に何かすれば、お前をそのままにはしない』


 彼の鋭い(くちばし)が、ライドフェーズの頭上近くにあった。ライドフェーズは彼の(つや)やかで美しくも恐ろしい目を見上げながら言った。


「いいだろう。今度は殺していい」


 鳳魔獣の(くちばし)から途切れ途切れに空気が吐き出され、彼の顔にかかる。笑ったように思えて、ムッとして眉をひそめた。


 鳳魔獣は用は済んだというように、ライドフェーズがいるのもお構いなしで、翼を広げ羽ばたき始める。ライドフェーズは慌てて離れる。鳳魔獣はそのまま彼の頭上高く舞い上がった。


 ユーリグゼナはどうにか無事だった。ライドフェーズの感覚がそう告げている。彼が飛び立ったのもそのせいだ。雨と雷は治まっている。雲の切れ間から青空がのぞいている。


 ライドフェーズが鳳魔獣(トリアンクロス)に「次は殺していい」と言ったのは本気だ。弱い立場の者の命を、自分の都合で奪おうとした。責めは負わなければならない。


(これで良かったのだろうか。でも零れ落ちていく……)


 ライドフェーズは息が詰まり、苦し気に地面にしゃがみ込む。ふらつき、地面に手をついた。


(神獣の御代代わりまでの時間は、短ければ一年長くても五年)


 確実にセルディーナと別れることになる。彼を優しく包む彼女の手の感触。どんな状況でも彼に前を向かせる、心地のいい声。全部失う。ライドフェーズはそれを受け入れることができない。


(……まだ時間はある。あがこう)


 ライドフェーズは立ち上がり空を見上げた。雲が流れていき、青空が広がっていく。彼はしばらくの間ずっと見ていた。






次回「二人の王」は3月29日18時に掲載予定です。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。これ以降は一話の中で視点移動がないよう、書けるように思います。今後も少しでも読みやすいよう修正していきます。初心者ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ