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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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40/198

39.決意

テル→アナトーリーと視点が変わります。

「テル、お願い。私の命よりユーリグゼナの命を守って」


 そうセルディーナから懇願(こんがん)されたとき、テルはきちんと了承した自分を褒めた。本当は彼女と別れる心の準備など無理だった。


 セルディーナはテルの親友の身体で、人間として生きている。彼女は一度だけ「私は人間の命を喰って生きてるのよ」と、冷たい目で震える声で言ったことがある。セルディーナの闇は深い。テルは懸命に生きる彼女に巣食う闇をずっと見続けている。

 

(終わりが欲しい、その気持ちも多分おありでしょう)


 テルは暗い表情で金色の目を閉じ、セルディーナを思う。セルディーナは妖精の常識を人間の常識で無理やり塗りつぶしながら、必死にライドフェーズとの恋に生きている。とても幸せそうなのに、どこか無理があってテルは時に胸が苦しくなった。

 テルはセルディーナの事が愛しくて堪らない。限りある命であることは最初から分かっている。でもそれが今でなくてもいいはずだ。


(たとえ誰かを犠牲にしても、生きて欲しい)


 それがテルの本音だ。だからライドフェーズの気持ちは痛いほど分かった。

 

 彼女は目を開け手を動かす。今日は準備を急がなくてはならない。 

 あの時セルディーナに頼まれたのは、たとえ自分が倒れてもユーリグゼナを優先して欲しいということ。倒れている間にライドフェーズが鎖を奪おうとした時どうするのか、ずっと打ち合わせをしてきた。でもそれももう終わりだった。


 戸を叩く音がする。シノが入室を乞う。


(慌ててる……)


 あまりない、いや最近は増えたシノの動揺にテルはほくそ笑む。親友の兄である同僚は、テル同様ライドフェーズとセルディーナのために尽くすことを生きがいにしている。


(でも少し、変わったわ)


 シキビルドに来てから、シノは今まで以上に精力的に二人のために働いていた。テルが側人を務めるだけなのに対し、シノは(まつりごと)に近い仕事にも踏み込んで、王と妃になった二人を支えようとしている。

 テルは戸を開けシノを見て、小さく首を傾けた。波打つような深紅の髪がゆらりと揺れる。


「おはよう。早いわね」


 シノが必死に動揺を抑え込んでいるのが分かり、テルも努めて普段通りに言う。シノは応えた。


「おはよう。早いが……セルディーナ様はお目覚めか?」

「ええ」


 テルはにっこり笑うと部屋へ誘う。シノはゆっくり足を踏み出した。

 セルディーナはすでに着替え、出かける準備をしていた。驚いた表情で動きを止めるシノに、さらりとした長い金髪を揺らしてセルディーナが微笑んだ。


「急ぎましょう。大変だけど私を運んでくれる?」


 セルディーナの腹部は大きく膨らんでいる。圧迫しないようシノは慎重に抱き上げる。少し(うつむ)きながら彼は言った。


「ご存じでしたか。でもなぜ……」


 セルディーナはにっこり答えた。


「決めたからよ」


(そう。決めてしまった。終わりの日を)


 テルは二人には分からぬよう顔を歪め、嗚咽に耐える。




 セルディーナは迷いなくシノに行き先を指示する。彼女が触れると扉がすっと自然に開く。あまりの不可解さにテルは目を細めた。


 たどり着いた場所は御館の地下の最奥だった。魔法の(たぐい)が分からないテルから見ても、異質で清浄な場所だった。

 最奥の扉は装飾がなく大きい。その扉もセルディーナが触れると自然に開いた。扉の先に、意識を失い倒れるユーリグゼナとそれを抱えるライドフェーズの姿があった。

 

(間に合わなかった……?!)


 テルは顔を(ゆが)めた。

 セルディーナは凛とした声で言う。


「下ろして」


 呆然としていたシノが我に返った。セルディーナの足がしっかり地面を捉えるまで慎重に見守りながら下ろす。

 セルディーナはライドフェーズを無視して、ユーリグゼナに触れた。彼女のさらりと長い金髪が流れる。ホッとしたように息をつく。それを見てテルは最悪の事態ではないことが分かった。

 セルディーナの様子を見ていたライドフェーズが、彼女に強く言った。


「何をやってる? 安静にしておけ」

「無理よ。ライドフェーズがユーリグゼナから鎖を取り上げようとするから必死だったもの。でも……この状況は何?」


 セルディーナが凄みのある表情でライドフェーズを見る。ライドフェーズは息を呑んだ。


「私は何もやっていない」


 ライドフェーズの言葉に、セルディーナはもの凄く嫌そうな顔をした。テルも当然同じ顔になっていた。


(なぜ無意味な嘘を……)


 同じく嫌そうに目を細めていたシノが、ぎょっとして言う。


「ライドフェーズ様。この魔法陣は……」


 魔法陣が薄っすらと光り始め、徐々に光の量が強まっている。おそらく鎖の解除の魔法陣だろう。テルはセルディーナに駆け寄り、彼女の手を引く。


(すぐに離れなければ! セルディーナ様の身体に障るわ)


 ライドフェーズは慌てて言う。


「全員出ろ。シノはユーリグゼナを連れて出てくれ」


 ライドフェーズは慌てて扉を開ける。

 ところがセルディーナはテルの手から離れ、ライドフェーズに駆け寄っていってしまう。


「ライドフェーズ。私が何とかするわ」

「駄目だ。セルディーナの鎖が壊れる恐れがある」


 ライドフェーズは彼女の肩を抱き、部屋の外に連れ出す。テルは胸をなでおろした。


「でも、私ね」


 なおも言いかけるセルディーナの額を、ライドフェーズはぺちっと叩いた。今まで彼女に向けることのなかった苦々しい顔だ。


「分かってる。決めてしまったんだろう。この部屋を開けられる者など王以外いないはずだ。できるのは神獣かそれに準ずるもの。セルディーナは朱雀と御代代わりの契約をしたんだ。私を置いて……()く気だな……」


 ライドフェーズの顔が歪み泣きそうな表情へ変わっていく。セルディーナは彼の頬にそっと手を添えた。


「勝手に決めてごめんなさい。でも今は…………ユーリグゼナは? シノ、どうしたの?!」


 シノはまだ部屋の中にいた。蒼白な顔のままユーリグゼナを抱え座り込んでいる。張りつめた声で言う。


「ここから動けないのです……」







◇◇◇◇◇






 アナトーリーは無事に時空抜道(ワームホール)を成功させ、学生を見送った。役目を終えた彼の濃い紺色の目が鋭く光る。

 

(もう十分だ。ユーリを探しに……ん?)


 拠点の外は大雨と落雷で、ひどい天候になっていた。

 けたたましい音が起こると同時に、建物内に風と雨が吹き込む。外にいた役人たちが、慌てて奥へと避難してきた。アナトーリーは役人たちを掻き分け外へ向かう。そこには鳳魔獣(トリアンクロス)が降り立っていた。


 アナトーリーは呆れた顔で、雨の中を彼の(もと)へ向かう。すると彼の心に、乗れと呼び掛けてきた。一度深く息をすると、大きな魔獣の背中に飛び乗った。


(ユーリの居場所を知ってるのか? そもそも……ユーリと鳳魔獣(トリアンクロス)との繋がりが強すぎる。契約を超えるもっと濃い何か……)




 下りたったところは御館だった。飛び降りて、呼びかけた。


「ここにユーリがいるんだな?」


 鳳魔獣(トリアンクロス)は素知らぬふりで、こちらを見ることすらしない。アナトーリーは面食らう。先にセシルダンテからプルシェルで連絡があり、ライドフェーズが御館の朱雀の間にいる可能性を聞いていた。


(一体、どうなってる。全然分からん……)


 分からなければ確めれば良いことだ。


「助かった。ありがとう」


 鳳魔獣(トリアンクロス)は小さく頭を振った。そして動かない。アナトーリーは問う。


「何かまだあるのか?」


 鳳魔獣(トリアンクロス)は何も言わずそのまま動かない。アナトーリーは(いぶか)しく思いながらも、御館の建物に急いだ。




 御館に入ると、アラントスが入り口で出迎える。


「アラン? もしかしてユキもいるのか?」


 少し先にユキタリスと手を繋いだセシルダンテが見える。


(なんだこの状況は?! ユキがセシルダンテ様を懐柔(かいじゅう)してる……。いや、今はユーリだ!!)


 アナトーリーが靴を脱ぎ捨て、すれ違うセシルダンテに会釈だけして御館の奥へ急いだ。

 魔法を解除した痕跡が残っていた。アナトーリーはライドフェーズの存在を確信しながら突破していく。最後の扉の入り口が開いていた。


「ユーリ!!」


 他の人間に構わず、アナトーリーはまっすぐユーリグゼナに向かっていく。シノが抱えていた彼女に、彼は触れた。


(すでに魔法陣が発動している?!)


 アナトーリーはユーリグゼナに触れたまま、目を閉じ能力(ちから)を使う。彼女の内部を探ろうとする。家族には効きにくいが、意識がないためどうにか潜り込んだ。


(まだ命は繋がっている。でも鎖の本体はどこだ?)


 そうアナトーリーが思った瞬間、何か黒いものが彼を襲った。避け切れなかったアナトーリの肩から血が噴き出す。


「アナトーリー!!」


 ライドフェーズが彼の下へ駆け寄ろうとすると、アナトーリーは彼の方へ片手をかざす。


「来ないでください。ライドフェーズ様」

「しかし……」

「今あなたを信用するのは無理です」


 アナトーリーは顔を背けたまま苦し気に言った。ライドフェーズは静かに言う。


「分かった。引こう。シノが出られない。おそらく陣に取り込まれている。頼んでいいか?」


 アナトーリーは(うなず)く。


「すまない」


 ライドフェーズは苦し気に言い、セルディーナを抱き上げるとテルを連れ、朱雀の間から離れた。



 



次回「対峙」は3月25日18時に掲載予定です。

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