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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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3.学校の森

視点がユーリグゼナ→アルフレッドと移ります。

 ユーリグゼナとアルフレッドの二人は学校に到着すると、シキビルドの寮に向かう。入り口は荷物の運び込み作業と、学生とその側人の移動が重なり、ごった返していた。


 アルフレッドの側人たちは、準備がすでに完了していることを彼に告げると、今度は自分たちの部屋を整えるため下がっていった。

 アルフレッドも自室の様子を見るため、じゃあな、と手を上げた。焼菓子を袋ごと受け取った彼は、軽やかな足取りで男子寮に向かっていった。


 ユーリグゼナは自分の荷物を受け取ると部屋に向かう。紫位(しい)階級だけの特権、個室だ。


(学生の間だけでも紫位は維持したい……)


 ユーリグゼナにとっては、準備時間も自由時間である。自室に入ると、ふわぁと(ほこり)が舞った。荷物を置き、寝台の上だけササッと払うと彼女は寝台に飛び乗る。


(疲れた。安眠の神々と精霊よ。どうか私の眠りを──)


 あっという間に眠ってしまう。




コンコン ゴン


 窓に何かがぶつかる音がして、ユーリグゼナは目が覚めた。部屋はすでに真っ暗。月明かりで、小さな鳥が窓の近くをパタパタ飛ぶのが見えた。ほかに窓の外に動くものはない。寮内も静まりかえっている。

 ユーリグゼナは制服を狩猟用の服に着替えると、慣れた様子で寮を抜け出し森に向かう。迷うことなく向かう木の陰から、すっと一人の男子学生が現れた。


「今晩は。ユーリグゼナ。良い月夜だね」

「はい。今晩は。スリンケット。ご無事で何よりです」


 無事でなかった学生は何人もいる。ユーリグゼナはホッとした顔で、森に足を踏み入れた。


 小遣い稼ぎのため、たまに彼と取引をしていた。彼が学生たちから依頼を受け、ユーリグゼナが森で採取したものを売る。授業で必要な材料だったり、人に言えないものを作るために必要だったり、依頼の理由は様々だ。


 彼自身は課題の代行、魔法陣の作成といったこともしているらしい。優秀なのだろうと想定できても、実は彼のことをよく知らなかった。


「依頼あるから呼んだのだけど、もしかして夕ご飯食べてない?」

「……」


 ユーリグゼナの顔を見て、赤茶色のくせ毛をふわふわ揺らしながら笑う。


「よだれの跡が付いた女の子の顔は、久しぶりに見たよ。良ければどうぞ?」


 ユーリグゼナはよだれの跡を消すため、口の周りをこすりながら、彼に差し出された携帯食の包みを有難くいただく。わざわざ持ってきてくれたということは、彼女が食堂に行っていないことを知っているのだ。


 このスリンケットという先輩は、得体が知れない。でも約束は違えない。ユーリグゼナに余計な詮索はしない。

 採取物の買い取り金額は少し安めだが、付き合いやすい人間といえる。これまで、何となく望まれるまま依頼を受けていた。


「今回は魔樹の実、魔獣の(ふん)。いつもらえそう?」


 書きつけたものをユーリグゼナに手渡しながら、スリンケットは尋ねる。どちらも彼女なら、すぐ採取できるものだ。


「明日にでも」

「それは有難い。報酬はいつも通りでいいかな?」


 ユーリグゼナが頷くと、彼はふっと笑う。


「実は今回は、君の情報も欲しいんだよね。報酬少し上乗せするからさ。──今朝、出発前に王と何話したの?」

「……」


 詮索しないはずの彼から、思わぬ言葉が飛び出す。ユーリグゼナの顔が大きく歪んだ。


「駄目? じゃあさ、王につく気かどうか。それだけも、教えてくれない?」


 彼女は不愉快そうに質問で返す。


「スリンケットはどうなんですか?」

「──僕はまあー。利益欲しいし。機会があればすり寄る。たとえ王が元敵国の王子だったとしてもね。でも君は……そういう人間じゃないでしょう?」


 スリンケットは、じっとユーリグゼナの顔を覗き込む。そして、うーんと(うな)り少し難しい顔をする。


「王への嫌悪感がないみたいだ。従う気だね。何かあった?」


 ユーリグゼナが固まっているのを見て、スリンケットはニヤリと笑う。当たりかあ、と楽しそうに。








 そのまま採取に向かうユーリグゼナは、別れ際にスリンケットに白紙の手紙のようなものを渡す。渡されたスリンケットはそれを見て不思議そうに首をかしげる。


「……?」

「連絡の手段に使ってもらえばと。要件書いて折り曲げて飛ばすと、私のところまで飛んでくるようになってます。音声伝達相互システム(プルシェル)持っていなくて、これまで迷惑かけていました……」


 ユーリグゼナは、申し訳無さそうに言う。スリンケットは少し驚いたような顔になる。


「誰かに言われた? 自分じゃ気づかないでしょ」


 ユーリグゼナは何も言わない。ライドフェーズに音声伝達相互システム(プルシェル)を持ってないことを呆れられた、などと言えばスリンケットにもっと興味を持たれてしまう。


「ふーん。まあ有難くもらっておくよ。僕がこれ売り払うとかは思わないの?」

「私にしか届かないのに、ですか?」


 売れませんよ? と、ユーリグゼナが首をかしげる。スリンケットは苦笑して、受け取り(ふところ)にしっかりしまった。赤茶色のくせ毛がふわふわ揺れる。


「じゃ、また明日ね」

「はい。夕ご飯ありがとうございました」






 ユーリグゼナは一人、さらに森深く分け入る。学校の森は精気にあふれ、動植物の種類も多い。シキビルドに比べると穏やかな性質の魔獣が多いが、念のため森への挨拶をする。



神の膝元におわします 森の賢者 精霊たちよ

願わくは 小さき者に森の恵み (たま)

月の入るこそ その身は 消えゆるなりけれ



 ユーリグゼナの声は夜の空気にしみこむように響く。黒曜石のような黒い目に、月の光が映り込む。

 採取はすぐに終わり、袋に入れて鞄にしまう。ユーリグゼナは去年も腰掛けていた切り株に座る。彼女は月を見ながら、スリンケットに貰った携帯食をのんびり食べた。


 どこからか甘い香りと爽やかな果汁の香りが流れてくる。夜間の冷え込んできた森の中に漂う。どこかにはあっても森での探しものは難しい。森自体に妨害され、人間の思い通りにはならないからだ。特に夜は人間の世界ではない。だからこそ。人嫌いの彼女には安心できる隠れ家になる。







 ユーリグゼナが自室で目を覚ましたのは、昼少し前だった。ごそごそと朝の準備をして、一応制服に着替え食堂に向かう。


 食堂はしんとして、利用者はいない。

 ユーリグゼナに気づいた食事係は、簡単な軽食を用意してくれた。焼いたパンとサラダを食べ、温めてもらったスープを飲む。さらにお茶も淹れてもらい、図書館に借りっぱなしの本を読む。


 学校のある聖城区に、季節はない。年中上着が欠かせない程度には寒いけれど、雪は降らない。今日は天気が良く、食堂に降り注ぐ陽の光はポカポカと気持ちが良かった。


(授業のない日の学校はいいなあ)


 ユーリグゼナは、森の一人暮らしよりもずっと優雅に過ごしている。

 ところがこの至福の時は、すぐに終わってしまう。




 いつもアルフレッドと一緒にいる男子学生が、食堂の様子を覗き込む。ユーリグゼナの姿を見ると、呆れた顔をしてきびすを返す。

 次に現れたときは、アルフレッドも一緒だった。


「おはよう」


 ユーリグゼナは嫌な予感がしながらも、挨拶する。


「……」


 アルフレッドはガックリと肩を落とした。さらっとした見事な金髪が額にかかる。

 一度ため息をついたあと、おもむろに優雅な動きで、ユーリグゼナの向かいの椅子に座る。側人たちはユーリグゼナの食器を片付け、お茶の用意を始める。先ほどの男子学生も同席した。

 急いでいるのだろう。お茶の準備も整わないまま、アルフレッドは話し始めた。


「食事中にすまない。今日開校式だったのは知っているな?」


 彼の言葉にユーリグゼナは頷く。彼女は例年通り無断欠席していた。アルフレッドは小さく息をつく。


「今年は出るべきだった……」

「?」

「開校の挨拶に立った学校長の前に、突然、血まみれの魔獣の死体が投げ込まれた……」


 アルフレッドの言葉に、ユーリグゼナの気持ちが動く。


「魔獣の種類は?」

「なぜそっちに興味がいく────ボルカトリンだ」


 ユーリグゼナは、ボルカトリンのことはよく知っている。シキビルド特有種といわれ、森でよく見る草食系の魔獣だ。見た目のわりに大人しい。


「嫌がらせ、か」


 ユーリグゼナはつぶやく。死体など置かれてもケガ人もでない。学校長への抗議か、それとも……。ユーリグゼナは考えをめぐらす。

 アルフレッドは、側人が淹れたお茶から立ち昇る湯気から目を逸らさずに言った。


「ユーリが疑われている」


 お茶に手をつけようとする手が止まる。


「今日開校式を欠席したのは、ユーリただ一人だ。その場にいない学生はあやしい。それが敗戦国のシキビルドならもっとあやしいと、副学校長がユーリの引き渡しを要求している」


 彼女を痛まし気に見つめるアルフレッドに、ユーリグゼナを疑っている様子はなかった。彼女はおずおずと自分の意見を述べた。


「魔法陣使えば時間もいじれるから、不在が犯人の特定にならない……と思う」

「そうだ。王の婚約者であるセルディーナ様もそうお考えだ。とにもかくにも、まずはユーリに話を聞こうと、側人が探し回ってる。部屋の扉を叩いても返事がない。どこにもいない。何か事件に巻き込まれたのかと、大変心配しておられる」


 アルフレッドの話を聞き、ユーリグゼナは苦い顔になっていく。多方面に恐ろしいほど迷惑をかけているらしい。


「……音は聞こえないようにしてた」


 一昨年の開校式の日、彼女を起こして連れて行こうとする人がいたので、去年からあらかじめ扉に音消しの魔法陣を描いて寝るようにしている。

 アルフレッドは小さく息を吐く。さらっとした見事な金髪が額にかかった。


「セルディーナ様はシキビルド王の代理として、学校側から事情を聞かれておられる。戻り次第話を聞きたいそうだ」


 アルフレッドの表情は硬い。


(私は眠っていただけなのに……)


 彼女はうんざりした顔になる。何もしていないのに厄介事が降りかかってきた。

 そして全く関係ないのに巻き込まれた彼に、申し訳ない気持ちが生まれる。


「……アルフも災難だね。私を探すの頼まれて。でもなぜ頼まれたんだろう?」


 普通はセルディーナの側近たちで何とかするはずだ。アルフレッドは無表情になり目をそらした。


「────さあ」


 イライラした声でお茶に手を付ける。

 隣に座っていた彼の学友は、アルフも大変だなあ、と呟きニヤニヤしている。アルフレッドの機嫌はさらに降下したようだった。

 雰囲気が悪いまま三人で黙ってお茶を飲んでいると、アルフレッドの側人が食堂にきて、セルディーナの呼び出しを告げる。

 ユーリグゼナはスッと立ち上がると、二人にゆっくり会釈をして食堂を後にした。




◇◇◇◇◇





 アルフレッドはイライラしながら、ユーリグゼナを見送った。


(制服が同じ生地なのも、学校の移動で目立っていたことも、すごーく噂になってる。親密な仲なのかって疑われて、昨日から大変だったのに。ユーリは……気づいてすらいない。────意識してる俺だけ馬鹿みたいじゃないか)


 そう心の中で苛立つアルフレッドに、幼なじみのカーンタリスが聞く。


「狙ってるの?」


 アルフレッドは眉間にしわを寄せる。


「何を?」

「ユーリグゼナを。彼女、身分だけは最上位だもの。何かと利用度は高そうだよね」

「いや、俺は……」

「僕には本当のことを言ってもいいだろう? アルフは今までずっと目立たないように、無能そうに見えるように行動してた……。けど今年は違う。ついに上を目指すんだ?!」


 思い込みの激しい幼なじみは、相変わらずアルフレッドへの期待が大きすぎる。

 アルフレッドは国政や権力に興味が持てない。そもそも兄たちと違って、力も能力もない。身分だけは最高位だなんて、重荷で仕方ない。逃げ出したいくらいなのに。


「──いや。俺は何も望んでないよ。自由気ままが一番だ」


 カーンタリスは不満そうに『謙虚過ぎるのは、アルフの本当に良くないところだ……』と、ぶちぶちと呟いている。


「てっきり婿養子でも狙ってるのかと思ったのに」

「なんだそれは」

「パートンハド家は、彼女一人だけでしょ? 潰さないために、婿養子とることになる」

「ユーリが家のために結婚?」


 しないだろう。無理だろう。生きるのさえ、放り出しかねない無気力な彼女に、誰が近寄れるというのだ。

 アルフレッドすら、一年目は人目を恐れ、二年目でようやく話しかけることができた。今年こそは仲良くなって、演奏三昧の日々を……。


 アルフレッドの思考に、カーンタリスの言葉がヒビを入れる。


「本人の意思はともかく、周りは放っておかないよ。家柄と知名度だけは抜群だもの。前王が死んで、戦争が終わった今、利用価値しか残ってない。婿養子になれば、()()パートンハド家の惣領になれる。ユーリグゼナさえ抑えれば、何でもやり放題」


 アルフレッドは不愉快そうに眉をひそめた。


「そんなの。ユーリに対して……。いや。命を懸けて国に尽くしたパートンハド家に対して、あまりにも失礼だ」

「失礼って……。僕が言ってるわけじゃなくて、みんなが言ってることなんだって。アルフ……。そんなに怒らないで……」

「……悪い」


 彼に当たるのはお門違い、とアルフレッドは謝罪する。

 対して、カーンタリスは嫌な顔をした。


「おもしろくない……」

「え?」

「ユーリグゼナは今、学校側に犯人だって疑われている。利用するつもりもないのに、なぜ庇うの?」

「庇うもなにも、ユーリは犯人じゃない」


 カーンタリスはそれには答えず、席を立つ。

 アルフレッドは、不可解なまま見送る。ただ何となく、自由気ままな日々は遠ざかっていくような気がした。





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