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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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38/198

37.優先するもの

視点がアナトーリー→スリンケットと変わります。

長めです。

「落ち着きなさーい!!」


 ヘレントールの蹴りを、今回はギリギリで避ける。アナトーリーは勢いよく言い返した。


「落ち着けるか!! すぐにユーリを探し出す」

「駄目よ。アナは時空抜道(ワームホール)の起動を確実に成功させて」

「はあ?! 今はそれどころじゃない!!」


 アナトーリーは濃い紺色の目をぎらつかせながら、ヘレントールを睨み付ける。全く動じずヘレントールは言った。


「学生達はどうなるの? シキビルド全員欠席させる? パートンハド家の惣領の身勝手な行動のせいで」


 アナトーリーはぐっと息を飲みこむ。ヘレントールは続ける。


「それに失敗したらたくさん人が死ぬわ。戦闘よりも酷いことになる。必ず成功して!!」


 アナトーリーの拳にぎゅっと力がこもり、薄い茶色の髪が小刻みに揺れる。


「……分かった」


 アナトーリーの様子を見て、ヘレントールは少し言葉の勢いを弱めた。


「ユーリの手紙にもあったでしょう? アナに成功させて欲しいって。──選んだ主にこんなことされる惣領って気の毒だけど、今は集中して」

「今のは余計だろ……」

「どうせグチグチ悩むんでしょ? 後にして。成功してからなら愚痴に付き合ってあげるわよ」


 ヘレントールの厳しいのか優しいのか分からない激励に、アナトーリーは大きくため息をついてから答えた。


「ああ。頼むよ」

「シノとセシルダンテ様が動いてくれてるんでしょ? 私も探しに行くわ」

「アランとユキは家に置いてか? 危なくないか?」

「え? 連れて行くわよ────ねえ」


 ヘレントールがそう言って振り返ると、次男アラントスと三男ユキタリスは急いで朝ごはんを食べ始める。そして勢いよく言った。


「僕がユーリを見つける!」

「ゆーりみつけゆ!!」


 アナトーリーは頬を緩ませた。そしてスリンケットを誘い、家族で朝食をとることにする。

 スリンケットはお茶だけで、と懇願する。彼の顔色は悪いままだ。ヘレントールの淹れてくれた熱いお茶の湯気を前にしながら言う。


「プルシェルでユーリグゼナに連絡をとってみましたが、やはり反応はありません」

「あ……」


 アナトーリーは天を仰ぎ、片手を両目にあて悔しそうに続ける。


「俺、ユーリが怪我したときに、耳からプルシェル外した。あいつ着け忘れてると思う」

「着けてなかったわ。さっき」


 ヘレントールはそう言い、ため息をついた。






◇◇◇◇◇






雨はひどくなる一方で、雷まで鳴り始めている。


 スリンケットは、アナトーリーとフィンドルフと共に時空抜道(アームホール)起動場所まで徒歩にて向かう。着いたら水を蒸発させる魔法を使えばすぐに乾く。それでも雨の中歩くのは骨の折れることだった。


 心の中にあるのは、ユーリグゼナの誘拐は自分のせいだという苦い思い。できる事を確実にやり遂げる。それ以外償う方法は無い。彼は家を出る時、アナトーリーの手助けをするよう、ヘレントールに念押しされていた。


(自分の姪が危ないかもという時に、よくあんな落ち着いて食事できるよね。パートンハド家は本当に変な家。家族を何より大事に思っているのに、今回はユーリグゼナより役目を優先した)


 雨に濡れながら早足で進むうちに、スリンケットの頭は整理されていった。

 ヘレントールが時空抜道(ワームホール)の起動を優先したのは、それが最善だからだ。この酷い状況下で、ヘレントールは冷酷と言えるほど、冷静な判断をした。彼もまた、それをすべきだ。


 スリンケットは、顔を強ばらせ隣を歩くアナトーリーに声をかける。


「戦前、パートンハド家は命を懸けて前王を諫め続けたのだと聞きました」


 不機嫌そうに返される。


「そうだ。そんな話、誰から聞いた?」

「結婚式の準備で出会った大人たちにです。前惣領ノエラントール様が、前王から庇ってくれたと。今も命があるのは、パートンハド家が弱い者たちを守ってきたからだと」


 アナトーリーの鋭い目がスリンケットに向けられる。


「そんな話。俺には一切耳に入って来ない。パートンハド家を厭う言葉ばかりが聞こえてくる。今残ってる連中は、父上と姉上(ルリアンナ)を見殺しにしたやつらだ。今さら何を言う」


 アナトーリーの口調が、冷たく厳しいものになる。予想通りの反発にあっても、スリンケットの声色は変わらない。


「そう思われてると思って、アナトーリーには何も言えないそうです」

「だったら、黙っていればいい!」


 アナトーリーは吐き捨てるように言う。雨で彼の薄い茶色の髪が頬に貼りついていた。

 スリンケットは雨音の中でも聞こえるよう、アナトーリーとの距離を詰め、声を大きくする。


「言えなくても、思っていることはあるんですよ。今でも前惣領ノエラントールは、当時を知る人たちにとって(まぶ)しい存在なんです。それにしても──彼はなぜ私事を捨てまでみんなを守ったのでしょうね」

「……」

「他国にも深い繋がりをお持ちでした。シキビルドを見捨て亡命すれば、処刑されることも家族を失うことも……」


 スリンケットの言葉を遮るように、アナトーリーは彼の両肩を掴んだ。


「父上は絶対、誰も見捨てない!」


 額に貼りついた前髪の間から、濃い紺色の目が睨む。


「人も国も森も。全てを愛しておられた」


 スリンケットは雨に打たれながら、静かに見つめ返していた。アナトーリーは、くっと顔を逸らす。


「分かってる! 分かってるさ。今は時空抜道(ワームホール)を起動させるのが先決だと。役目をきっちりこなしてから、最速でユーリを探す!」


 アナトーリーは苦々しく顔を歪めながらも、覚悟を決めたようだった。スリンケットは表情を緩める。


「僕のできる事は全部やります。どうか国と、ユーリグゼナのこと、お願いします」


 アナトーリーにいつの間にか距離を詰められていた。スリンケットはぎゅっと抱きしめられる。


「……ああ、まかせろ」

「っ!!」


 スリンケットは濡れた服の冷たい感触に、内心悲鳴を上げた。


(気持ちが(たかぶ)ると抱きつくのは家系か)


 スリンケットが思い出したのは、謝神祭の演奏を成功させ、嬉しそうに飛びついてきたユーリグゼナのこと。できるなら、今すぐ元気な彼女に会いたい。でも……。



 


 アナトーリーは集合場所につくと、運営側の役人たちと打ち合わせに向かう。

 フィンドルフは、表情を強ばらせていた。家から一言も口を利かないまま、二人についてきた。スリンケットは素知らぬふりを続ける。


(それでもご飯はいくらか食べてた。大丈夫かな)


 従姉が消えたのだ。動揺して当然。 


「いよいよ学校が始まるね。僕が初めて学校に向かう時の事を思い出すよ。家から解放されるのは嬉しかったけど、大好きな側人から離れるのは寂しかったなあ」


 まるで何の不安も無いかのように、いつも通りの口調で話す。ユーリグゼナが無事見つかれば、時空抜道(ワームホール)が成功すれば、当然訪れるであろう学校生活。


「結局間に合わなくて、アルフレッドの側人を時々借りることにしたって?」


 スリンケットの言葉に、フィンドルフは硬い表情のまま(うなず)く。


「はい。基本的には自分でやることにします」

「たくましいな。でも、フィンドルフがユーリグゼナみたいに学校で浮いちゃったら、嫌だよ」


 からかうように言うと、フィンドルフは僅かに笑った。


「やっぱりユーリは浮いてるんですね? 俺は早く馴染めるようにしたい。それでユーリが困ったときに助けたいと思っています」


 フィンドルフが自然に、ユーリグゼナの名を口にする。

 スリンケットは、ホッとした気持ちを押し隠し、軽口を続ける。


「それじゃ、どっちが年上か分からないな……」


 ほぐれた顔になったフィンドルフの頭に、そっと触れた。


「びしょびしょだ。乾かすよ」


 スリンケットは雨を蒸発させる魔法陣を起動させる。フィンドルフの髪も服も、じゅわっと音を立てて乾く。


「ありがとうございます」


 フィンドルフは恥ずかしそうに目を伏せた。彼の柔らかそうな焦げ茶色のくせ毛が、ふわりと揺れる。


 その時二人に、少し離れたところから声がかけられた。


「スリンケット! フィンドルフ!」


 アルフレッドが、テラントリーとともに駆け寄ってきた。

 スリンケットは二人に笑いかける。


「久しぶり。アルフレッド。テラントリー。結婚式以来だね」


 アルフレッドは、すうっと顔色を変える。低い声で訊ねた。


「何かあったのですか? ユーリは?」


 スリンケットは黙って微笑む。


(……アルフレッドは勘いいよな。ユーリグゼナに関しては魔獣なみ)


 アルフレッドは苛立ちを隠せず厳しい表情になる。いつもより感情的な様子にスリンケットは、驚いていた。


「アルフレッド?」

「……何があったか教えてください。お願いします」


 アルフレッドが切ない様子で嘆願する。スリンケットは呆気にとられる。


「まずは落ち着こう。ね?」


 スリンケットはアルフレッドを伴い場所を変えることにする。テラントリーがちらりとフィンドルフの荷物を見て、スリンケットに軽く(うなず)く。

 

(フィンドルフの荷物の手続きか……助かるよ。テラントリー)


 スリンケットは軽く手を挙げ礼を伝える。







 人気(ひとけ)のない場所に着くと、アルフレッドはもう一度訊く。


「スリンケット。ユーリは? どうして来てないのですか?」


 アルフレッドの声は上擦(うわず)っている。スリンケットは人気(ひとけ)がないところに来て、感情を隠すのをやめていた。


「その前にアルフレッド。必死すぎ。何なの?」

「俺は……ユーリと楽譜の約束をしていて……」

「それだけじゃないだろ? いつの間にそんなに好きになってたの?」


 アルフレッドは動きを止める。茫然とした様子でスリンケットを見ていた。


「自覚なかったんだ」


 スリンケットは大きなため息をついた。彼は自分の濡れた衣服を、魔法陣を起動させ乾かしていく。


「ユーリグゼナは行方不明になってる。ライドフェーズ様にさらわれている可能性が高い」


 アルフレッドは目を見開き、そのまま出口へくるりと身体を向ける。慌ててスリンケットがアルフレッドの前を遮り、押し止める。勢いでアルフレッドは後ろの壁にぶつかる。スリンケットは彼の肩を掴んだ。


「どこ行く気?」

「分かりません。とにかく……ユーリを探します」


 スリンケットはイライラした。何も考えずに動かれるのは、迷惑だ。


「ヘレントール、シノとセシルダンテ様が探している。王の情報を持ってる彼らに任せたほうが、確率は高い。それより、学生たちを無事に学校に送る手伝いをしてくれないか? そうすれば大人たちが彼女の捜索に集中できる」


 アルフレッドは首を振る。

 スリンケットだって本当は感情のままに、今すぐ彼女を探し出しに飛び出していきたい。でも……。


 もし学生たちがここで足止めを喰らったら、大人たちは特権階級の親たちへの対応に追われる。加えて開校という公式行事に、国の不祥事で参加できなくなる。国の不安定さが浮き彫りになり、国として信頼を失う。

 もし時空抜道(ワームホール)が失敗したら……。それはもう、考えたくもない。途方もない犠牲が出ることだけは確かだ。

 どちらにしても、ユーリグゼナどころではなくなる。


(今は感情を抑えて、特権階級の人間として優先すべきことがある)


 スリンケットはイライラの原因がようやく分かった。アルフレッドに理解して欲しかったのだ。でも彼はもともと特権階級を嫌っていて、国を守る発想すら持っていない。分かっていても、この追い詰まった状況下、同じ気持ちを共有できないことに無性に腹が立った。

 感情のまま、壁に拳を叩きつける。


「アルフレッドは中途半端なんだよ。ユーリグゼナのことを想ったって、彼女のこと何にも知らないだろう? どうやって探すのさ? それに紫位の人間である以上、最低限の義務はあると思うけど? この状況下で全部放っていなくなるわけ?」


 アルフレッドの真っ青な顔を見て、スリンケットはハッとした。顔を歪め壁から離れた。


「ごめん。言い過ぎだ」


 解って欲しいだけなのに、口から出た言葉は傷つけるような言葉ばかり。


 スリンケットは暗い気持ちで目をつむる。彼にだって情報はない。ユーリグゼナの鎖が何なのか知らない。そもそも王がどういう人間なのか知らない。非常時でも、出来ることといえばアナトーリーの手助けぐらい。

 アルフレッドに意見できる立場ではない。


 こうも苛立つのは、ヘレントールがスリンケットに託した、最低最悪の理由が分かってしまったから。


(王が自国の姫を虐げ、国が乱れようとしていることを他国に悟られてはならない。そのために学生たちを無事に学校に送る。たとえユーリグゼナが二度と戻らないとしても)

 

 ヘレントールはそう判断したのではないか。

 スリンケットは他人だ。そして個人より国の対面をとる傾向が強い。逆上するアナトーリーを抑え、役目を全うさせるのに、適役だ、と。

 

(アルフレッドには、とても言えない。だから、嘘ついてでも協力してもらわないと……)


 苦い思いを胸に顔を上げると、アルフレッドがしゅんとした顔で見ていた。


「すみません。俺、周りが見えていませんでした。スリンケットが先をよんで動いているのに、邪魔してしまうところでした。こんな俺にもやれること、ありますか?」

「アルフレッド……」


 意地を張るこちらが馬鹿みたいだ。彼は素直さでスリンケットの心を溶かしてしまう。


「ありがとう。──時空抜道(ワームホール)を無事起動させたいから、僕はアナトーリーを手助けする。アルフレッドには学生の誘導を頼んでいい? 王に王妃、地位の高い大人が軒並みいない。唯一紫位(じょうきゅう)の君だけがみんなを取りまとめられる」

「分かりました。……あの」

「なに?」


 アルフレッドはうーんと唸り、渋い顔で目をつむっていた。


「もしかしてライドフェーズ様単独ですか?」

「え? そうかもしれない。主だった側近はこの場にいるし、セシルダンテ様やシノまでユーリグゼナを探している。それに鎖なんて高度な技を奪えるのは、王くらいのものだ。他は足手まといだろう」

「だとすると、ユーリとライドフェーズ様が一対一ですね」

「そうかも……」

「どちらが勝つか明白だと思うんですが……」


 スリンケットは想像した途端、ぶぶっと吹き出した。アルフレッドもそれを見て、一緒に頬を緩めた。


「それでも、俺は心配です。学生の誘導まではしますけど、全員学校に送ったら、とんぼ返りします。スリンケットには申し訳ないですが、俺は国よりユーリが大事です」

「分かった」


 進むすぐ先にテラントリーが立っていた。二人の姿を見てため息をつく。


「何やってたんですか?」


 スリンケットはからかうように彼女に言った。


「……あれ? 探してた?」


 テラントリーは呆れたように(うなづ)く。


「アナトーリー様がスリンケット様をお呼びです」

「ああ、そっか。伝えに来てくれたんだね? ありがとう」


 スリンケットはあくまで軽く返事をする。テラントリーの艶やかな薄紅梅色の髪がゆらりと揺れる。じっと彼を見ていた。


「気を抜いてる暇はありませんよ? 成功させてもらわないと困ります」

「もちろん。見てて?」


 彼は赤茶色のくせ毛をフワフワさせながらテラントリーに微笑んだ。



 

次回「空箱」は3月18日18時に掲載予定です。


23/1/7大改稿

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