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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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33/198

32.魔獣

ユーリグゼナ→シノ視点と変わります

(大遅刻!!!)


 ユーリグゼナとアナトーリーは全力で走り続けていた。ユーリグゼナは時間短縮のために魔獣たちに乗せてもらう案を出したが「子供たち脅かしてどうする!!」とアナトーリーと却下された。

 原因のほとんどはユーリグゼナと言える。約束を忘れていて用意が遅くなった。走りながら不意にアナトーリーがピクリと何かに反応し、片手を耳に当て速度を落とす。


「セシルダンテ様? ……はい。え?!」


 プルシェルで話しながら、アナトーリーは頭を抱えて完全に止まる。しばらく話したあと会話を終えた。アナトーリーの薄茶色のやわらかな髪が揺れる。彼は静かに言う。


「今日は養子院に行くの止める」

「え?!」 

「緊急事態だ。学校とシキビルドを繋ぐ時空抜道(ワームホール)が破損して通行できなくなっているらしい」


 アナトーリーが軽く両目を細めて言った。ユーリグゼナは眉間にシワを寄せた。そこには調停者アルクセウスやシキビルドの学校関係者がいる。シキビルドは繋がっていないと困るはずだ。


(でも、学校行かなくていいのは良いかも……)


 そう思いあたり、彼女は少しニヤリとする。そんなユーリグゼナを白けた目で見ながら、アナトーリーが言う。


「養子院へのお詫びには俺が今から行く。ユーリは帰れ」

「なんで?」

「いいからもう帰れ。元々ユーリは連れて行きたくなかったんだ」


 そう言い放つアナトーリーにまたプルシェルが入る。


(また長くなりそう。養子院はもうすぐ近くなのに!)


 ユーリグゼナは納得がいかない顔になる。彼女は思っていた。


(相手がプルシェル持ってない人だって言ってた。連絡取れないままこんな待たせるなんて失礼過ぎる。そもそも私が悪いんだけどさ……)


 ユーリグゼナがそう考えながら歩いていると養子院に着いてしまっていた。ユーリグゼナは考え直す。


(アナトーリーは私を連れて行きたくなかったと言った)


 理由があるはずだった。ユーリグゼナが帰ろうとしたその時、小さな可愛い声が彼女を呼んだ。


「ねえ、お客さんでしょう?」

「え?」

「ずっと待ってたんだよ。シノさん呼んでくるから、ちょっと待ってて」


 小さな男の子が駆け出して行ってしまう。ユーリグゼナは『シノさん』という単語に思考が止まってしまう。

 さらに高い可愛らしい声がかけられる。


「お客さんは立って待たせたらいけないんだよ」

「ほら、あそこは? お椅子もあるし、綺麗よ」


 ぼんやりしているユーリグゼナの周り女の子が集まってきて、ユーリグゼナの手を引っ張る。


(え?!)


 女の子たちはきゃあきゃあ言いながら、どこかへ連れて行こうとする。みんな五歳くらいに見える。ユーリグゼナは思わず微笑む。黒曜石のような目を細めた。


(アラントスより小さい。可愛い)


 ユーリグゼナは屋根の先が尖っていて、高い建物の前に来ていた。他の建物はなく一つぽつんと離れている。何か祭事に使われていそうな建物だ。

 それを見た彼女の胸の中で、何かがぞわりと動いた。

 ユーリグゼナの様子に気づかず、女の子たちは彼女の手を引き、建物の中へと入っていく。扉を開けるとすぐに独特の形をした印が見えた。古いルーン文字と黒い文様で形どられたそれを見た時、ユーリグゼナは自分の理性が焼き切れていくような感覚を覚えた。心が警告する。


(駄目だ)


 ユーリグゼナは女の子たちから手を離した。心の動揺を抑えられない。身体が小刻みに震えだす。彼女は一人静かに歩き出す。そして中央まで行くとスッと立ち止まる。ユーリグゼナはゆっくりと手を上げた。目の前の玻璃(ガラス)でできた一番大きな造形(モニュメント)を拳で叩き割った。








◇◇◇◇◇







 シノは任されたばかりの『養子院』で、これまでで最大の失態を犯していた……。


 『養子院』とは一般にいう孤児院の事だ。戦前は売買される子供の供給地となっていた。戦後すぐライドフェーズが支援するが上手く進まない。ペルテノーラでの孤児院の仕組みを良く知るシノが、子供たちの教育を一任される。



 シノは初めて養子院を訪れすぐに灰色の目を細めた。整った顔立ちは鋭く厳しい雰囲気となる。


(子供が人として扱われていない……)


 子供たちはみな生気が無く、同じような環境で育ってきた彼の目から見て何が行われているのか明らかだった。何度目かの訪問で虐待の現場に居合わせたシノは、衝動的に全役人を解雇する。完全な越権行為だった。本来はシノが処分されるところ、ライドフェーズがシノを擁護し賛同してくれたため、処分されたのは役人たちだ。しかし失態には違いない。

 シノは、人手不足で崩壊寸前の養子院の責任者となる。彼の仕事量はすでに限界を超えていた……。



 深刻な状況にも関わらず、『医』の知識を持つ高齢の女性が一人だけは残ってくれることになる。さらにアナトーリーが平民の子を持つ母親たちを斡旋してくれ、言葉の問題はあるものの愛情を持って子供と接してくれていた。子供たちの最低限の環境は整う。シノはひとまずホッとする。

 

 そんな時に甥の側人候補を紹介して欲しい、とアナトーリーから言われたのだ。養子院出身の側人が生まれるかもしれない。ゆくゆくは養子院から巣立っていく子供たちの、新たな自立の手段になるかもしれない。そうなれば失態の償いの一つになる。シノは心の底から有難く思った。




 

 約束の日。時間になってもアナトーリーは現れなかった。シノは来客室の用意を終え、長い時間待っていた。


(アナトーリー様にしては珍しい)


 特権階級の人間は平民との約束をすぐに破る。破って構わないと思っている。しかしアナトーリーは身分で人を軽んじることがない。非常に稀な人間だ。そんな彼が来ないなら、何か急用ができた可能性がある。

 シノは平民でプルシェルを持てないし、パートンハド家にはお使いを頼まれる側人がいない。互いに連絡を取る(すべ)はなかった。彼の青紫色の髪が力なく揺れる。


(少しだけ、書類を片付けてこよう)


 シノが養子院に居られる時間は短い。仕事は山積みだ。来客室に書き置きをして、一度自室に戻る。今日来客があることも来客室に案内することもみんなに伝えている。何とかなるだろう、とシノは思った。








「シノさん。お客さん来ました……」


 シノの部屋にそう言いに来た子は少し息を切らしていた。シノは察して申し訳なく思う。書き置きはまだ彼には読めない。恐らく来客室にシノが居ないので、探し回ったのだろう。シノは礼を言い席を立ち、彼の案内で門へ向かう。


「名乗られましたか?」

「いいえ。あの……お姉さんでした」


 シノの質問に上手く答えられなかった男の子は下を向く。シノは不審に思った。


(アナトーリー様ではない?)


 彼らの進む前方から、バタバタと複数の足音がする。三人の女の子がシノのところに走ってきた。


「歩いてくださいね」


 シノが注意すると、彼女たちは慌てて止まる。ずっと走ってきたようで息を切らし、言葉が出ない。シノは彼女たちの足元にしゃがみ視線を合わせると優しく言う。


「どうしました?」

「お客さんが暴れてるの」


 女の子たちの言葉で、シノは無表情になる。彼は静かに子供たちに言った。


「そう。どこにいるか言えますか」

「あの綺麗な絵がお日さまでキラキラ光るところ。屋根が尖がってて、白い建物よ」


 場所が分かりシノは驚いた。そっと立ち上がった。彼は女の子たちに言う。


「その人は自分でそこに行ったのですか?」

「いいえ。私たちが連れて行ったわ。お椅子もあるし綺麗だから、待っているのにいいと思って。ごめんなさい」


 シノは泣きそうな顔で謝る女の子の頭を優しく撫でて言う。


「悪いのは暴れている人です。気にしないで。みんな談話室に集めるよう先生たちに伝えてくれますか?」


 知らせに来た男の子がシノに大きく頷き、女の子たちの手を取る。

 シノは主だった大人たちに声をかけ説明すると、一人礼堂に向かう。礼堂は戦争前まで儀式で使われていた建物だ。でも詳細が伝わっていない。資料が破棄されたことだけは分かっていた。

 シノは青紫色の髪をかき上げ、灰色の目を鋭く光らせた。







バキ ピシッ ガッシャーン 

ガラガラ カシャン カシャン


 もの凄い大きな音が礼堂の外まで響いてくる。何かが割れ崩れ落ちた。シノは警戒しながら、ゆっくりと扉を開ける。彼の灰色の目に赤い色が映りこむ。

赤い色は血の赤だ。窓が破られ、日差しは直接礼堂の中を照らしている。日差しの中、血にまみれた少女が一人ぽつりと立っていた。その目は獣のように鋭く、窓があった場所を睨み付けている。その姿は森で出会う魔獣のように気高く、触れるものを許さない。床にできた血だまりの中に玻璃(ガラス)の破片が散乱している。中央に(かか)げられていた印も窓の絵も粉々に破壊されていた。


(ユーリグゼナ様……?)


 シノが思わず見入っている少女が、よく知る人物だと分かり息を呑む。美しい黒髪も顔立ちも黒曜石のような黒い目も全て彼女のものだ。にも関わらず、その激しさはシノの知らない別のものに見える。


(血だまりができるほどの怪我か)


 シノは顔を歪ませる。ユーリグゼナは自分の怪我が気にならないようで、俊敏に動きだした。次々に印の描かれたものを破壊していく。シノが近づこうとすると彼女は動きを止め、黒曜石のような黒い目で突き刺すような視線を向けてきた。


(正気じゃない)


 シノは体を強ばらせる。森の魔獣と一緒で、絶対に動いてはいけない。落ち着くまで待てばいい。シノは分かっていても、彼女の腕からとめどなく流れ続ける血とユーリグゼナの顔色の悪さに、胸が苦しくなっていた。彼はきつく拳を握り、奥歯を噛みしめじっと待った。

 ようやく破壊行為が落ち着いた頃、彼女の体からふっと力が抜ける。そのまま体は(かたむ)いていく。シノは慌てて駆け寄った。寸前のところでユーリグゼナを受けとめ、玻璃(ガラス)の破片の中に突っ込むのを防いだ。シノは体からどっと冷たい汗が流れるのを感じた。ユーリグゼナは、力の入っていない手でシノを振り払おうとする。彼は早く手当てをしたかった。


(正気に戻すにはどうすれば……。彼女は何がしたい?)


 この場所を消したいのだろうか、と彼は考えた。


「この礼堂は壊します。跡形もなく更地にしましょう」


 シノは落ち着きのある声でユーリグゼナに語りかける。彼女はポカンとした顔になった。手ごたえを感じたシノは重ねて言った。


「必ず壊します。約束しましょう」


 すると彼女はふわりと笑った。子供のような無邪気な笑顔だった。


「手当てさせてください」


 シノは彼女にそう言って、恐る恐る手を差し伸べた。彼女の反応はない。彼はユーリグゼナの黒い目を見ながら、失礼します、と小さな声で言い抱き上げる。ユーリグゼナは抵抗しなかった。シノは小さく息を吐いた。






次回「合わさる音色」は3月1日18時に掲載予定です。

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