表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/198

31.やり過ごす

視点がユーリグゼナ→アナトーリー→ユーリグゼナと変わります。

 心の中で思っているだけなら無かった様にふるまえた。でも言葉にすると、どうしても心がざらつき抑え込めなくなる。ユーリグゼナは今、そういう状態だった。

 先程言った彼女の言葉も、セルディーナの言った言葉もその情景も、全てが鮮やかに心の中でよみがえり反復していた。それらがユーリグゼナの存在を脅す。


(久々に死にたくなった……)


 彼女は御館から出て酒蔵に行く途中の道でしゃがみ込み、苦笑いする。


(でも駄目。今じゃない)


 冷や汗が止まらない彼女は、上空に旋回する大きな影に気づいた。ユーリグゼナは少しでも広い空間へと移動する。鳳魔獣(トリアンクロス)が彼女の側に下りたった。

 彼は探るようにユーリグゼナを見る。『食べようか?』そう伝えてきた彼に、『まだ大丈夫。来てくれてありがとう』とユーリグゼナは伝え、大きな頭にしがみついた。鳳魔獣(トリアンクロス)は嬉しそうに高く小さい声で鳴いた。


 ユーリグゼナは十歳の時、鳳魔獣(トリアンクロス)を通じて森と契約した。ちょうど祖父と母が同時にいなくなった時のことだ。


(私が一人で辛くなったら魔獣に食べられる。それ以外でも死体は魔獣の食料となる)


 これで一人で狂ってしまう日が来ても大丈夫。森に還れるんだとユーリグゼナは安心した。でも、昨年学校でアルフレッドたちと過ごすようになって気づいた。


(この契約のことは誰にも話せない)


 話したら人がどう思うかユーリグゼナは初めて考えた。それでもユーリグゼナにとってこれは大事な約束なのだ。明日を迎えるための心の命綱だった。

 鳳魔獣(トリアンクロス)の背中に飛び乗ると、酒蔵のある方へ飛んでもらうよう彼に頼む。彼は低い声で了解の合図をする。ユーリグゼナは優しく羽根に触れ、感謝の気持ちを伝える。

 

 ユーリグゼナは冷たい風で頭を冷やしながら思った。ライドフェーズには話すべきかもしれない。死体が使えないことは先に言っておいた方が良いだろう。


(セルディーナ様は絶対に生かさなくては)


 先ほどの彼女の長い金髪が風に舞う情景が目の裏に映る。彼女こそ守らねばならない者だ。ユーリグゼナはそう強く思った。






◇◇◇◇◇






 耳に手を当てていたアナトーリーが、諦めたように手を振り下ろす。スリンケットは書類をまとめていた手を止め言う。


「繋がりませんか?」

「ああ」

「彼女はプルシェルをほとんど使ったことありませんからね」

「慣れの問題なのか? 俺は一度も繋がったことがない」


 アナトーリーが苦笑しながら仕事に戻る。ユーリグゼナは魔獣に乗って消えてから、連絡が取れない。急ぎの用はないが昼間のライドフェーズとのこともあり、アナトーリーは一度無事を確認したかった。

 スリンケットが仕事の手をとめ、アナトーリーの手元を見ながら言った。


「少し話しても?」

「ああ」

「今回、手伝わせていただきありがとうございます。本来、学生ではさせてもらえない貴重な経験ばかりでした。とても楽しく学ぶことが多かったです」


 スリンケットはいつものフワフワした感じがない。アナトーリーは握っていた筆記具を机に置き、スリンケットの目を見て真剣に言う。


「そうか。学ぶところがあったなら良かった。こちらからは感謝しかない。ありがとう」


 スリンケットは照れたように少し目線を外すが、そのまま少し硬い顔をして言った。


「今回、協力を求める際、特権階級からも平民からも出てきたのは父の名でした。父は犯罪に手を染め前王を(あざむ)きながら、守れるものは守り、犯罪の証拠を集めていたのですね?」

「……そんなこと君に話す人がいたのか?」

「いえ。世話になったから、としか言われていません。ですが……」


 そう言いながら、スリンケットは右の手で自分の両目を覆った。アナトーリーは目線を下げる。


能力(ちから)か?」

「多少は。でも……彼らの様子から、父がどのように彼らと付き合っていたのか分かるような気がしました……」


 アナトーリーはスリンケットを見ないように書類作成を進める。少し微笑みながら、そうか、とだけ言った。








 夜遅く暗い顔をしてユーリグゼナが家に戻ってきた。


「遅かったな」


 ずっと心配していたアナトーリーはホッとしながら言う。ユーリグゼナは血の気の無い顔で言う。


「アナトーリー。ごめんなさい。私、笛を無くしてしまった……」

「え?!」

鳳魔獣(トリアンクロス)に乗る前は、舟に置いておいた。でも誰も回収していない。師匠のところにも無かった……」

「落ち着け」


 アナトーリーはユーリグゼナの手をとって、椅子に座らせる。


「お疲れ様。ユーリ。今日は演奏ありがとう。それに魔獣たちのおかげで警備がだいぶ楽だった。甘酒は美味しくて体が温まるって大人も子供も大好評だったらしい。王たちが水路に着くころには、完売だったそうだ。全部ユーリのおかげだ。本当にありがとう。疲れたろう」

「……私、役に立った?」

「ユーリが居ないと無理だった。笛は明日探そう。無かったら俺も一緒に師匠に怒られてやる」

「アナトーリーと一緒だともっと怒られそう」


 ユーリグゼナが顔をくしゃっと歪ませて泣き笑いの顔になる。そうかもな、と苦笑しアナトーリーはふんわりと彼女を抱きしめる。


「今日は王から守ってやれなくて悪かった。明日でいいから、今日あったこと全部俺に教えて。他にも黙ってること全部聞きたい」

「……て」

「?何か言ったか?」

「おうたをうたって」


 ユーリグゼナはアナトーリーにしがみついたまま、小さい頃のように言った。ヘレントールが家事をしながら、あら可愛らしい、と小さく笑い通り過ぎる。滅多にないユーリグゼナの甘えに、アナトーリーは狼狽(うろた)えるが、ユーリグゼナの体から急速に力が抜けていくのを感じ、倒れる前に抱き留める。


(眠ったふり? まあいい。本当に助かったんだ。ありがとう)


 アナトーリーはそっと抱き上げ、ユーリグゼナの部屋へ運ぶ。彼女と家族として一緒に暮らせる幸せをかみしめた。






「アナトーリー……。何なのよ。最近のあなたは」


 ヘレントールの薄い茶色の髪が怒りのあまり、ふるふると震えている。アナトーリーは身構える。


「色ボケ馬鹿すぎて、腹立たしいわ。ちゃんとユーリから話聞けてるんでしょうね?」

「あ……あまり」


 ヘレントールの鋭い眼光にアナトーリーは縮みあがる。必死にアナトーリは言葉を続ける。


「ユーリが可愛すぎるのが悪い!! いつもはぐらかされる」

「馬鹿なの? 姪の術中にはまってどうするの?! 危機感無さすぎよ。養女縁組と婚約だけが目的でライドフェーズ様がここまで仕掛けてくるわけないでしょう?!」


 大きくため息をついて、ヘレントールは聞く。


能力(ちから)は? 使えない?」

「無理。精神浸食は家族には全く効かない」


 アナトーリーの言葉にヘレントールは、その色ボケぶりなら家族でなくても無理でしょうよ、と聞こえるように呟く。


「私に能力(ちから)が無いのが悔しいわ。スリンケットではどう?」

「元々見えないって言っていた。それでも頼んでみたんだが……」

「どうしたの?」

「……ユーリがスリンケットに会いたがらない。そしてプルシェルは全く繋がらないらしい」


 アナトーリーの言葉に、ヘレントールは軽く目をつぶりユーリグゼナの姿をを思い浮かべる。


「プルシェルはずっと耳に付けてると思うわよ?」

「そうだよな? だからタイミング悪く眠っているか、心を閉ざしているか……」

「そこまで分かってて何でユーリから話を聞き出さないの? 心を閉ざすようなことがあるんじゃない」

「じゃあ、どうしてヘレンは聞き出さないんだ?」


 アナトーリーにそう言われるとヘレントールは途端に勢いを失いと、ぱたんと椅子に座る。


「ユーリを追い詰めそうで怖い」

「……」

「父上と私の唯一の約束。『孫たちを頼む』って。ユーリの心を守るのが一番難しい」


 アナトーリーがそうだな、と呟くと、色ボケと一緒にしないで、とヘレントールは彼を睨む。彼女は思い出したように話し出す。


「フィンにパートンハド家のこと話したわ。学校が始まる前に理解して欲しくて」

「どこまで話した?」

「神獣の存在と主を選ぶ話以外は全部」

「ユーリのことも?」

「一応。『戦争で身体に大きな傷を負った』って言っといた」


 アナトーリーは頷き、深いため息をついた。ヘレントールは少し遠くを見ながら微笑む。


「フィンほとんど分かってたんだわ。何か答え合わせしてるって顔だった」

「いい子に育ったよな」

「ええ。パートンハド家で一番頼りになる男よ」

「……」

「本気でユーリのこと頼むわよ? 今日も一緒に出掛けるんでしょ?」


 ヘレントールの言葉に、そういえば時間だ、とアナトーリーは準備のため立ち上がる。


「ああ。フィンの側人候補探してくる。『養子院』行ってくるよ」

「孤児の子たちね。伝手(つて)はあるの?」

「最近、シノが敷地内の整備と教育の担当になったんだ。まだ荒れていますがどうぞ、と言われた」

「……シノも大変ね。よろしく伝えておいて」

「ああ」





◇◇◇◇◇





 ユーリグゼナは最近家族でいる時間が幸せ過ぎて、みんなに甘えてしまう。ずっとこのまま時間が過ぎればいいと思う。

 アナトーリーには……。


(知力を尽くして誤魔化し中)


 最近のアナトーリーはユーリグゼナにかなり甘いので、追及を(まぬが)れていた。アナトーリーは結婚式のライドフェーズとのやり取りを見ている。ユーリグゼナを犠牲にセルディーナを助けようとしていることを察したのでは……、と彼女は警戒したが違ったようだった。


 ユーリグゼナは家族で過ごす時間と夜『楽屋』に行く以外は、できるだけ森の小屋で楽譜起こしを進めている。アルフレッドに渡すためだ。


(もうすぐ完成。あと少し)


 鍵盤楽器(ピエッタ)と弦楽器で演奏することを想定して仕上げている。いつか演奏できたらいいなと思っていた曲だった。

 集中して作業を進めていると、山小屋にアナトーリーが近づいてくるのが見えた。


(今日は出かける日だった)


 ユーリグゼナは慌てて準備を始めた。






次回「魔獣」は2月25日18時に掲載予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ