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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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30/198

29.水路

視点がアルフレッド→シノ→ユーリグゼナと移ります。

「アルフ。楽譜さ、学校始まる前には完成しておくよ」

「おっ?! おう。よろしく」


 控室から舟への移動中に、急にユーリグゼナが話し出し、アルフレッドは驚きながら答える。彼のさらっとした見事な金髪が揺れる。

 ユーリグゼナは参列者にパートンハド家としての挨拶が全くできないまま、舟に乗る時間になった。広大な庭には大きな池があり、すでに浮かべられた舟に、先に楽器や道具が用意されている。


(そうか。式が終わったらもう、会う機会はないな)


 これまでは学校以外には一度も会ったことがなかった二人だ。特別な年と言えた。結婚式の開かれたこの日、シキビルドは新年を迎えていた。誕生月に関わらず、全員がこの日一歳年をとる。ユーリグゼナとアルフレッドは十四歳になった。

 

(……本当は聞きたい事がたくさん。でもユーリを前にすると、なぜか言えない)


 アルフレッドは、そう思いながら苦しくなる。彼の中で焦りや嫉妬やさまざまな感情がごちゃ混ぜになっていた。

 ユーリグゼナがアナトーリーが着ていた衣に着替えていることも、アナトーリーに抱きしめられていたことも、その時の様子がいつもと違ったことも、多分理由がある。そう推測しているのにどうしてもそのまま呑み込めない。


(そもそもユーリを置いて挨拶に行っていた俺が悪い。多分王関係でまた何かあったんだ。アナトーリーはそのフォローをしているだけだ)


 でも聞けないアルフレッドは二人の仲が気になる。元々ただの姪と叔父にしては少々仲が良すぎるように感じていた。じりじりした感情が彼の胸にくすぶっている。

 


 演奏者十人は二(そう)に分かれる。アルフレッドはユーリグゼナと二人だけ他の演奏者たちと違う舟に乗った。

 その際に他の演奏者たちから、ユーリグゼナは何か箱を渡されていた。面食らう彼女は箱の中をチラリと見る。アルフレッドも好奇心から後ろから覗き込んだ。そこには白くて丸い食べ物が入っていた。ユーリグゼナが演奏者の八人の方をを見ると、一部始終を見ていた彼らがニヤリと笑い、手を振って乗船していった。


 漕ぐための人員はいない。ライドフェーズが二艘を魔法陣を駆使して動かす。舟の周りを覆う物は一切取り付けられていない。完全に吹きさらしの状態だ。

 先頭の舟の一番前にライドフェーズとセルディーナが並んで座り、すぐ後ろにシノとテルが座る。中央には舞台があり、草の編まれたマットが敷き詰められている。その一番後ろにアルフレッドが楽器を抱えて、ユーリグゼナと並んで座っていた。後ろの舟とは話ができそうなほど近い。


(水音があると演奏の感じが変わる)


 アルフレッドは不思議な気分だった。いつも通りに演奏しているつもりでも、いつの間にか水音も曲に含まれているように感じる。ユーリグゼナも同じことを思っているのか、不思議そうに水面を見ている。彼はそれを見て少し表情が緩んだ。






◇◇◇◇◇






 シノは舟の上でライドフェーズとセルディーナのために、お茶とお菓子の準備をする。彼の表情は晴れやかな日にも関わらず固い。

 ライドフェーズとセルディーナは外部には仲良さげに微笑みながらも、互いに一言も話さない。


(どうして、こんな日にライドフェーズ様とセルディーナ様は喧嘩になったのか……)


 シノにはテルにそっと(ささや)かれた情報しかない。ライドフェーズの頑な態度と、セルディーナの全く納得していない表情から、今までにない深刻な喧嘩であることを推定するだけだ。


(しかも、ユーリグゼナ様が関係して……)

 

 彼には何の検討もつかず、灰色の目を細めた。彼の隣では、テルが舞いの出番を終えしばし休憩している。彼女も喧嘩の深刻さを感じて表情が固い。シノはテルの手の側にそっとお茶を置いた。彼女はすぐに気づき小さく笑い、茶器を手に取る。


(私たち二人にとってセルディーナ様、そしてライドフェーズ様は特別だ)


 お仕えしているというだけでなく、家族を知らない二人にとって妹、そして親に近い。シノとテルは二人の幸せをずっと願い続けてきた。この事態に何もできないシノは、ライドフェーズの舟の操作を邪魔しないよう、前に座る二人にそっとお茶とお菓子を給仕する。



 庭の池での演奏が終わり、小さな転移を繰り返し御館の近くを流れる川へ向かう。特権階級には特に説明はしないまま、御館内では引き続きライドフェーズとセルディーナ不在で宴は続く。移動中はしばし静かな時間が流れる。が……


ぐぅ────


 異音が船上で鳴り響く。しばし沈黙が流れるが、再び今度は二つの音になる。


ぐぅー きゅるる

ぐぐー 


 操縦中のライドフェーズが苛立ち、シノに言う。


「おい。あれを何とかしろ!!」


 ライドフェーズの隣に座るセルディーナは声を立てずに笑っている。シノはセルディーナの笑顔に少しホッとしながら、後ろを振り返る。

 お腹の音が止まらないユーリグゼナとアルフレッドは、シノが見覚えのある箱を開けながら言う。「食べる?」「仕方ないだろ?!」という彼らの小声は、静かな船内では恐らく全員の耳に届いていた。






◇◇◇◇◇







 恥ずかしい思いをしたものの、ようやくご飯にありつけたユーリグゼナは少し元気を取り戻していた。


「舟って良いね。私初めて乗った」


 ユーリグゼナは船縁(ふなべり)に頬を寄せ、水面ギリギリを見て微笑む。彼女の濡羽色の髪が風に舞う。反射した水面の光が、彼女の頬の上に白く光り揺れ動く。アルフレッドは眩しそうな顔になり彼女から目を逸らした。


「俺もだ」


 ユーリグゼナは体をおこすと、きっぱりと決意した顔で言う。


「水音も町の雑踏も入ってくると、私の笛では音量が足りない。アルフの弦楽器を主旋律にしよう。そして、舞の曲も一番最初に練習していた全員編成に変えよう」

「……おい。この()に及んで変更かよ。十人いるんだ。ガタガタになるぞ」

「音が聞こえない方が問題だよ。もう神獣への演奏は終わったから、鈴の音が聞こえにくいとか、神聖な雰囲気が薄れるとかもういいでしょ? せっかく平民の方たちに聞いてもらうんだから。寒い中待っててくれてるんだよ?!」


 アルフレッドは「あー!! もう!」と言いながら、頭を掻きむしる。そして舟のギリギリ後ろに腰を掛け、後艘に乗る演奏者に声をかける。何事かと舟の先に人が寄り過ぎたため、船体が不安定になる。操縦中のライドフェーズが舌打ちした。

 しばらく話した後、アルフレッドは席に戻り不服そうにユーリグゼナに言った。


「余裕だそうだ。むしろお前たち大丈夫? だと」

「さすが。頼りになるね」


 そうユーリグゼナは言うと、テルに声をかける。


「……ということで、舞の曲を一番最初に合わせたっきりの全員編成に変えます」


 テルはにこやかに微笑み了承する。彼女の波打つような深紅の髪は、今日は後ろで綺麗に一つにまとめられている。水面の光で髪飾りがキラキラと輝いた。


「実は、先ほどから聞こえにくかったのです」

「……気が付くのが遅く、申し訳ありません」

「いいえ。平民の町の水路を通過する間はずっと演奏なので、これからの方が長いですね。舞の曲は五曲中一曲です。休憩の出来ない皆さまの体力が心配です」


 そう言うテルの方が疲れている、とユーリグゼナは感じた。でも余計なことを言うより心配をかけない方がいいと、別のことを言う。


「ライドフェーズ様のおかげで、船内が温かくて居心地がいいです。練習の時は寒いし何曲もぶっ通しで演奏してました。ご心配には及びません」


 元気に笑顔で言うと、テルは曖昧に笑う。ユーリグゼナが思った反応ではなかった。


(なぜか心配されているのは私のような気がする)






「水路に入る」


 ずっと黙っていたライドフェーズが、後艇にも聞こえるような声で言った。全員が準備に入る。ユーリグゼナはアルフレッドに言う。


「一緒に主旋律弾いてあげようか?」

「そんな間抜けな真似できるか。ユーリこそ俺と取り換えた部分間違えるなよ?」

「……善処します」

「なんだ。自信ないのか」


 アルフレッドがユーリグゼナの頭に手を乗せて軽く叩く。


「ユーリはずっと一生懸命に練習してた。大丈夫だ。自信持て」

「……うん」


 ユーリグゼナはうつむいたまま(うなづ)く。

 支流を通り過ぎた先が大きく開けてきた。人のざわめきが聞こえる。水路の入り口だった。




ティー ラー ティ


 アルフレッドの弦楽器で舞が始まる。テルは疲れを周りに悟らせない。最初と同じく清らかに舞う。全員編成は久しぶりだが、演奏者に乱れはない。ユーリグゼナは安心して吹き始める。彼女の遥か頭上から魔獣の声が聞こえてきた。


鳳魔獣(トリアンクロス)だ!! すっごく楽しそうに飛んでる)


 頭上を見上げなくとも力いっぱい羽ばたく姿が浮かぶようだった。おそらく彼の背中にはアナトーリーが乗っている。無事に他の魔獣たちも飛んでいるようで、複数の魔獣の気配を感じた。


 水路の幅は広く、通常は海と町々を繋ぐ物流の要になっている。戦争の影響で補修されない時期があったが、結婚式のためすべての修復補強整備を終わらせた。王たちが通過した後すぐに封鎖を解除していく手はずだ。

 治安と安全を第一に考えて、前もって王と妃の舟が通ることは告知されていない。当日、甘酒目的に集まった平民たちに口伝えされたのみだ。にも関わらず、水路の両端にはたくさんの人々が集まっていた。


(水面に花がいっぱい……)


 ユーリグゼナは水に浮かぶ様々なたくさんの花に驚く。花はずっと先まで続いている。人々が護衛の目を盗んで、次々と投げ込んだ。

 舞の美しさと音楽の目新しさと古式の衣装は、平民にも非常に受けが良かった。また、セルディーナの可憐で清楚な佇まいも、王自ら舟を操縦している様も快く受け入れられた。


 演奏の音は周囲のざわめきに負けないよう大きくなっている。通常、店で演奏されるような音量だった。今まではユーリグゼナの横笛の音の大きさに合わせ、音を絞っていた。


(古式の楽器が演奏されなくなったのは、世界が静かでなくなったせいかもしれない)


 ほとんど聞こえない気楽さから、のんびり演奏するユーリグゼナはそう思った。



 



次回「青らむ」は2月18日18時に掲載予定です。

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