表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/198

26.顔合わせ

 ライドフェーズとセルディーナの結婚式は目前に近づいていた。ユーリグゼナはアルフレッドや他の演奏者たちと御館に赴いている。舞と楽器を奏でる舞台が完成したので、配置と音の響きを確認するのだ。師匠と総勢十人はガヤガヤと騒がしく話しながら、廊下を歩く。


(特権階級の客が居たら、問題が起こりそうな騒がしさ……)


 ユーリグゼナは心配しながら、みんなについて行く。平民である演奏者たちは、落ち着かない気持ちから話し声が大きくなっているように彼女は思えた。先頭で案内をしているアナトーリーは、だいぶ先を歩いていた。みんなを注意せずに、他の客との鉢合わせを避けるつもりのようだ。ユーリグゼナも何も言わないことにする。そのアナトーリーが急に立ち止まる。話し声が聞こえてきた。


「シノ。当日する演奏者たちです。顔合わせをお願いいたします」


 シノはアナトーリーに会釈し了承する。アナトーリは師匠から順に演奏者たちをシノに紹介した。最後にユーリグゼナとアルフレッドの番になる。


「姪のユーリグゼナと、その友人のアルフレッドです」


 ユーリグゼナはシノを見ずに会釈した。黒曜石のような黒い目は足元を見ている。隣に立つアルフレッドはシノのことを目を細めて見た。シノは、無表情のまま師匠と演奏者たちに言った。


「今回の式の進行を務めるシノと申します。よろしくお願いいたします」


 アナトーリーは、シキビルド現地語でもう一度同じ内容を告げた。みんなシノの整った顔立ちに見惚れていたようだったが、ユーリグゼナはうつむいたままで、アルフレッドはシノを刺すような目で見ていた。アナトーリーはそれをチラリと見て、シノに会釈すると再び演奏者たちを舞台の方へ案内するため歩き出した。




 ユーリグゼナたち演奏者が舞台に到着すると、テラントリーとテルが、当日の衣装をまとって準備していた。ユーリグゼナは思わず駆け出す。


「テラントリー!!」

「ユーリグゼナ様!?」


 ユーリグゼナが彼女に飛びつきそうになるのを、アルフレッドが必死に止める。


「ユーリ待て。今は演奏者として来てるんだ!」

「アルフ。この可愛い衣装を見て!! テラントリーに最高に似合ってる。清楚で可憐」


 テラントリーはテルとお揃いで、白を何枚か重ねた衣装に、裾が大きく広がった朱色の袴を下に着けていた。上の羽織った薄く白い衣には、その中に所どころ葉っぱをかたどった緑の意匠が入っていて、とても可憐だった。

 アルフレッドがふぅと息をつき、ユーリグゼナをなだめる。


「挨拶したか?」


 ハッとして動きを止めたユーリグゼナに、波打つような深紅の髪のテルが、にっこりと微笑んだ。


「テルと申します」


 とても上品な所作に、ユーリグゼナは見惚れる。テラントリーは笑いをこらえるような顔を何とか整え、ユーリグゼナとアルフレッドに言った。


「今日は実際に二人で舞うことになっています。皆さんの演奏と合わせるのは初めてなので、緊張しています」

「舞が見れるの?」

「演奏しながら見る余裕があればな」

「……」


 アルフレッドの指摘に、ユーリグゼナは不服そうに黙る。その様子をみてテラントリーは頬を緩めた。





「ユーリ。始めるぞ」


 アナトーリーの声にユーリグゼナとアルフレッドは、テラントリーとテルから離れ演奏の準備に入る。楽器は前もって運び込まれていた。演奏は座って行う。十人は舞台の端に順に床に直接座り込んだ。舞台の中心にはテラントリーとテルが並んで立つ。二人とも頭飾りにはたくさんの花と鈴が、手には幾重にも鈴を連ねた柄に色鮮やかな床につくほど長い帯がつけられていたものを携えている。

 最初の出だしはユーリグゼナの横笛の独奏だ。



フィーフォー フィ



 森を抜ける風のような音に、舞い始めた二人のシャリン、シャリンという音が重なる。辺りに涼やかな空気が漂い始めた。他の演奏も入り音に厚みが出てくる。

 一曲演奏が終わると、ユーリグゼナは思案顔で黙りこくる。アナトーリーと師匠も何とも言えない表情だ。ユーリグゼナは思いつめた顔で言った。


「舞の鈴の音が消されてしまう。演奏する楽器を減らした方がいい」


 アナトーリーも頷き、シキビルド現地語で演奏者に話す。


『舞の曲は楽器を減らします。音域の広い横笛と拍をとるための打楽器一つずつで』


 それを聞いた師匠がニヤリと笑い、アナトーリーに言った。


「いいけどな。お前がこれから楽譜を書き直して、嬢ちゃんが練習して間に合うか?」


 ユーリグゼナとアナトーリーは、挑むような表情で強く頷く。師匠はますます面白そうに笑う。


「二人とも弱音吐くなよ。絶対に成し遂げろ。ところで、舞の稽古は何の音源でやっていた?」

「舞の女師匠が唄いながら舞ってたらしいです……」

「……あいつらしいな。今日舞いにくくなかったか?」 


 師匠は舞っていたテラントリーとテルに質問する。それにはテルが答える。


「笛の音が師匠の歌をなぞるように演奏されていました。さほど違和感はありません」

「今後の舞の練習はこの舞台でやる予定でしょう? 本番までに何度か合わせた方がいい。横笛と打楽器も御館で練習できるよう許可を取りましょう」


 アナトーリーの提案に、師匠が嫌そうに言う。


『え──。あいつと一緒は嫌だぞ』

『都合が悪い時だけ、言葉変えないでください』


 舞の女師匠への悪口は続いた。全てシキビルド現地語で語られる。今更言葉が分かると言えないユーリグゼナとアルフレッドは表情を変えないようにするのに苦慮した。





 近頃のユーリグゼナの朝は早い。


 夜が明ける前に出かける。結婚式で平民に配る甘酒を作るための(こうじ)作りの手伝いをしていた。

 麹づくりは手作業だ。菌という生き物が相手。いきなり大量に注文しても一気に作れるものではない。酒蔵で作れる麹の量で、実際に配れる量が決まる。ユーリグゼナは少しでもたくさんの人に配れるよう、自分でできることをしたいと思った。

 麹と蒸し米に一切触れないことを条件に蔵入りの許可をとる。触れなくても毎朝身を清めてから、ユーリグゼナは蔵に向かう。蔵の本来の仕事は酒造りである。それを邪魔しないよう、雑菌を持ち込まぬよう特に気をつけなければならない。


 実は甘酒を配る話を、一度は白紙に戻した。ペンフォールドに負担をかけるとユーリグゼナが判断したからだ。彼はシキビルドを支える大事な人物だ。彼女の思い一つで無理させてはならない。

 だがペンフォールドの方からアナトーリーに、正式に依頼受諾とお礼が寄せられる。訪問したその日、ユーリグゼナの横笛の演奏でペンフォールドの手が清められたそうだ。他にも病人の一部に病状の改善が見られたらしい。アナトーリーによると、この件でサタリー家の面々が一気に協力的になったそうだ。


(どうせなら、完璧な演奏がしたかった)


 そんな思いもあり、ユーリグゼナの練習熱は珍しく持続している。





 ユーリグゼナは蔵での手伝いが終わると、一度家に戻り朝食作りと三兄弟の世話を手伝う。ヘレントールも仕事を抱えているため手伝いは必須だ。ここに来てフィンドルフにはかなり助けられていた。


「ユーリさ。一度寝て来いよ。練習に行く時間にはたたき起こしてやる」


 フィンドルフはユキタリスの着替えを手伝いながら、顔色悪いんだよ、と呟く。ユーリグゼナはフィンドルフを抱きしめる。


「フィンが優しい……」

「離れろ。邪魔だ。いいから行けよ」

「ありがとう」


 少し頬が赤いフィンドルフにお礼をいうと、ユーリグゼナは部屋に戻る。急に眠気がくる。今夜は『楽屋』で(セイ)としての仕事もある。フィンドルフの心遣いは本当にありがたかった。


(そろそろ、フィンにも事情を説明しないといけない。学校では言えない、口裏合わせが必要なことが私にもパートンハド家にも多すぎるから……)






次回「式の日の空」は2月8日18時に掲載予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ