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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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26/198

25.音楽と彼女と

アルフレッド視点です。

 アルフレッドは古代の楽器にこれほど苦しめられるとは思っていなかった。


 ユーリグゼナが彼を勧誘に来た時に吹いた横笛は、彼が吹いても全く音が出せなかった。ユーリグゼナが少し照れながら、「口笛が吹ける人は音が出やすい」と言っていたが、今まで楽器の演奏に苦労をしたことがないアルフレッドは衝撃を受ける。

 仕方なく弦楽器をアルフレッドが担当することになる。弓で弦を擦って音を出す古楽器で、弓が組み立て式だった。ちなみにユーリグゼナはこの組み立てが複雑過ぎて、弦楽器の演奏を断念している。


(だからサタリー家で横笛しか弾かなかったのか……)


 アルフレッドはため息をつき、自分の弦楽器をみた。

 

 すでに最初の段階で大きくつまずいていた二人だったが、一緒に演奏する他の八人も上手くいっていなかった。彼らの演奏楽器は現在も演奏されているものだ。しかし慣れない曲調に、独特の(リズム)。合奏すると合わせられない。

 今回演奏する楽器用に原曲から楽譜をおこしたのは、アナトーリーだった。彼も「演奏しやすく変え過ぎると雰囲気が消える……」と頭を抱えていた。それでも楽譜の確認で、アルフレッドが担当する弦楽器を弾くときは、難なく美しい音色を奏でる。それを目の当たりにしたアルフレッドは完全に沈黙する。


(毎日楽器に触れて幸せ……と思えないのは初めてだ)


 毎日の練習で疲労を隠せないアルフレッドの横で、ユーリグゼナは今日も半泣きで練習している。


「もう師匠に演奏してもらうのが一番じゃない?!」


 彼女には珍しいことに泣き言を言っていた。アルフレッドは彼のさらっとした見事な金髪を揺らしながら、ユーリグゼナに言う。


「心配しなくてもユーリは毎日上手くなってる。大丈夫だ」


 そこへ後ろからシキビルド現地語で声がかかる。


『かぁ──! 俺、毎日こいつらのやり取りを見るために練習に来てる気がする』

『このむずがゆさがたまらん』


 野次る全員に、師匠の拳骨が飛んできた。


『こらあ────!! 何休んでる。下手くそがこれ以上下手になってどうする』


 師匠は一応に怒鳴り散らしたあと、ゆっくりユーリグゼナの近くへ寄ってきて、共通語で言う。


「みんなでちょっとずつ上手くなっていけば良いんだ。そう落ち込むな」


 贔屓(ひいき)!! 罵声が飛ぶものの、師匠のひと睨みでみんなすごすごと練習に戻る。ユーリグゼナも少しだけ元気を取り戻した様子で、練習に戻る。

 実は最初からこんな雰囲気で練習していたわけではない。他の演奏者は全員平民で年上。(れん)に認められた実力者ばかりだ。見た目から紫位(じょうきゅう)階級のアルフレッドには敵意が、ユーリグゼナには音楽を女性がやることの偏見が向けられていた。

 だが練習が始まると、二人の音楽しか目にない様子に感心し受け入れてくれた。今では厳しい練習の合間に二人に茶々を入れるのが、お決まりになってる。


 



 アルフレッドは練習が終わり、片付けながらユーリグゼナに聞く。


「この曲の説明で『青らむ雪』ってあるだろう? この意味が分からない」

「そのままだと『青味がかった雪』だけど……。そうだなあ。アルフは雪が積もったのって見たことある?」

「ない。そもそも雪が降ったのを見た記憶がない」

「じゃあ氷は? 大きい塊は少し青っぽく見えない? 積もった雪は、月夜に見ると雪の影が少し青味がかかった色に見える」


 ユーリグゼナはまるでその情景を思い浮かべたかのように、空を見つめたまま言う。師匠が感心したように頷きながら、二人の会話に入った。


「さすがだな。嬢ちゃんはいつも曲の印象を正確に掴む。だから例え下手くそでも、演奏すればみんなお前が描く印象に引っ張られるんだ」

「……」

「二人でどんどん上手くなってくれよ。その方がみんな、慌てて練習するからな」


 師匠は少し悪そうに笑って立ち去って行く。ユーリグゼナとアルフレッドは顔を見合わせて笑う。また頑張ろう、そう思いながら二人は片づけを終える。




 他の面子(メンツ)は練習が終わると早々に帰っていく。みんな夜に仕事で演奏している者ばかりだからだ。練習場所は師匠の稽古場だ。ユーリグゼナは初日から欠かさず、練習後にここを掃除をしている。古い布をきつく絞り床を拭いていく。

 アルフレッドは当初、稽古場に靴を脱いで上がることもためらった。床を拭くなんて、全く理解できない。茫然とユーリグゼナを見ているばかりだった。そのアルフレッドに彼女は言うのだ。


「そうした方が音が綺麗な気がする」

「そうか? それに紫位の俺たちがやることじゃないだろう?」


 ユーリグゼナはきょとんとした顔になる。そして少し顔を赤らませると、そっか……と恥ずかしそうに言った。


「そうだね。紫位としては駄目だ。でも、どうしよう……。自分でやりたい」

「……」


 ユーリグゼナに切なそうに言われると、アルフレッドは折れてしまう。結局一緒に掃除をしている。誰にも見られないよう、みんなが帰った後という条件で。


(俺なんかより、ユーリグゼナの方が平民に慣れるの簡単そうだよな。誘ったら一緒に特権階級辞めてくれたりする?)


 アルフレッドはそう思った途端、(うな)垂れる。自分本位の考えに自分が嫌になる。

 彼は、将来を迷いだしていた。


 先日、スリンケットが言った国家的人身売買の話は、サタリー家でも裏が取れた。調べると家の一角に身寄りの無い子供たちの墓があったのだ。主な死因は自殺。傷ついた子供たちは体が助かっても、死を選んだ。生きていれば売りに出される運命だ。

 

 サタリー家はどうなるか分かったうえで、傷つけられ死にかけた子供たちを治療して、売り場に戻していた。ペンフォールドの言った『悔いていることは多い』という言葉が、アルフレッドの心にずっしりと響いてくる。子供を見捨て、家を守るという祖父の苦しい選択もその一つだろう。

 いまやサタリー家はシキビルドの筆頭だ。たくさんの犠牲と苦悩の上にそれはある。

 アルフレッドはその家の財で生活し、趣味の楽器や楽譜にお金を注ぎこんでいる。彼の夢は階級から逃れ自由になり、各国をめぐりベルンの足跡を追うことだ。


(サタリー家もその義務も捨てて?! あまりにも自分勝手……)


 式の演奏の練習でどんなに忙しくても、この事は彼の心から離れない。冷たい(くさび)となって何度も何度もアルフレッドを痛めつけていた。動きを止めたアルフレッドに、ユーリグゼナが心配そうに言う。


「ごめん。疲れてるのに付き合わせて。今日はもうすぐ終わるから先に帰っても大丈夫だよ」


 アルフレッドはユーリグゼナの手を取った。とても冷たい彼女の手を包むように握りしめる。彼女はますます心配そうな顔になる。アルフレッドは視線を手元に落とし、絞り出すように声を出す。


「ずっと音楽と関わっていきたい。ユーリと一緒に」

「それ、良いね」


 ユーリグゼナは笑顔になった。


「アルフとだったら、ずっといろんな曲弾いていけそう。再現したい楽譜はまだまだたくさんあるんだよ。でもずっとだと、資金がなあ。音楽ってお金になるのかな?」

「特権階級の地位のままでって、考えてるのか?」

「え?! アルフは平民無理だよ? それより地位生かして、シキビルドでガンガン音楽広げて珍しい楽器買い付けて付加価値つけたら、他国の演奏会で大金稼ぐとかできないかな?」

「……なんだその構想は」


 アルフレッドは呆れた声で答える。少し彼の顔が緩んできていた。ユーリグゼナは彼の変化に気づき嬉しそうにしている。できたら凄いよね! と彼に笑いかけた。アルフレッドがゆっくり(うなづ)くのを見ると、ホッとしたように彼女は言う。


「古楽器は、練習の成果が分かりにくくて辛い。でも本当にみんな上手くなった……。合わせて演奏すると雪景色が思い浮かぶんだ。何かもう本番に、演奏で雪とか降らせちゃいそうだよね?! テラントリーによると、セルディーナ様はペルテノーラの雪を懐かしがっていらっしゃるんだって。シキビルドにはなかなか降らないから、雪降らせて差し上げたい」


 彼女はいつもよりたくさん、たくさん話す。アルフレッドを思いやって、明るく元気に。

 アルフレッドは握りしめていた彼女の手を離した。彼のさらっとした見事な金髪が揺れる。いつも通りに聞こえるよう言葉を返した。


「……なんで演奏で雪が降るんだよ」

「積もった雪の上にまた雪が降る曲だから」

「いや違う。なんで演奏で天候が変わるんだ……」

「よくあることだよね?」

「ない」


 相変わらずのユーリグゼナに、アルフレッドはいつも通りに言い返す。でも本当に言いたかったことは、全部呑み込んで彼女には言わなかった。

 さっきの話本気にしていい? 王の養女になってペルテノーラ王に嫁ぐ話は本当? 気になる人は……


(そんな事言ったら、ユーリを追い詰めてしまう気がする)


 彼は彼女の手を握りしめたとき、彼女の変化に気づき手を離したのだ。


(手が震えていた)


 ユーリグゼナは今までずっと一人きりだった。他人と距離をとって生きていた。未だに一方的に距離を詰められるのが怖いのかもしれない。

 彼女は恐れを我慢して、一生懸命にアルフレッドに向き合ってくれた。今はそれで十分だと彼には思えた。彼女と音楽をやっていく人生は、アルフレッドがもう少し頑張らなければ叶わない。そう思いながら掃除を終え、家路につく。





次回「大詰め」は2月4日18時に掲載予定です。

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