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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第1部

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23.前王の所業

視点がユーリグゼナ→テラントリーと変わります。

 ユーリグゼナはサタリー家に向かう用意をしている時に、アナトーリーに(シルクアン)のお菓子も持って行って欲しいと言われ持参したのだった。


(食べてもらえてよかった。無駄になったらアルフに押し付けて帰ろうと思ってた)


 ユーリグゼナは喜んでもらえてホッとする。


「君のじいさんと一緒によく食べてた。あいつも(シルクアン)が好きだった……」


 ぺンフォールドは(つぶや)くように言う。


「彼はとても気持ちのいい男で、一緒にいると私は自由になれた……」


 ペンフォールドは穏やかな表情だ。ユーリグゼナは彼をじっと見つめていた。しかし彼は彼女から目をそっと逸らす。


「────だがその彼が命がけで前王に進言し続けるのを、私はただ黙って見ていた。国が乱れると病人が急増する。何があってもサタリー家は人々を助けなければならない。家を守ることが国を守ることだった。私は今でもそう信じている」

「……」

「それでも悔いていることは多い。今パートンハド家に味方がいないのは、前王がパートンハド家に近い者や自分に反発するものを全て潰したからだ。王に逆らってまでシキビルドを守ろうとした者は、もう誰一人生きていない。だから私くらいは、アナトーリーの味方をしたいと思っている。もし彼が望むなら」


 ぺンフォールドは無表情に、目には暗い光を灯しながら、そう言って言葉を止める。ユーリグゼナは何も答えられない。アナトーリーが直接来て話すべきだったと彼女は思った。誰も話さない沈黙の中、アルフレッドが硬い表情でペンフォールドに聞く。


「じいちゃん。前王は何をしたんだ? パートンハド家が止めたかったことは何?」

「……」


 ペンフォールドは何も答えず、冷めているであろう甘酒を飲む。ずっと黙って聞いていたスリンケットが言った。


「人身売買だ。シキビルドには他国に売れる商品が無い。特権階級の(ふところ)を潤すため、国が自国の子供を売って金に替えた。客は主に、性対象として購入していた」


 聞き苦しい言葉の数々に、アルフレッドとテラントリーが顔色を失う。ユーリグゼナは苦いものが身体の奥から上がってくるのを感じた。苦しくて息が詰まる。

 その間にもスリンケットは冷めた目をして言う。


「自分の家でずっと行われていたことだ。知ってるよ」

「待て」


 ペンフォールドはスリンケットを制す。彼女は普通に座っていられず、椅子にへたり込んでいた。ペンフォールドは立ち上がり、ユーリグゼナの頭に触れようとする。慌てて彼の手を避けた。またペンフォールドの手を汚してしまうのではないかと恐れた。


「眠らせるだけだ。少しは頼れ」


 そういうとペンフォールドはユーリグゼナの額に手を置いた。ユーリグゼナは手の冷たさを心地よく感じると同時に、急に緊張が解けて眠くなる。







◇◇◇◇◇







 テラントリーは倒れたユーリグゼナの手を取る。頭は熱があるようなのに、手が驚くほど冷たい。ペンフォールドは慣れた様子で、周りに指示を出している。


「……あとはパートンハド家への連絡か」

「僕はこれからアナトーリーと会います。伝言を承ります」

「スリンケットでしたね。ありがとう。お願いします」


 ペンフォールドはスッと立ち上がるとスリンケットと少し話し、テラントリーに挨拶をして退出した。側人たちがユーリグゼナを別室に運んでいく。テラントリーがアルフレッドに言う。


「私もユーリグゼナ様のお傍にいさせてください」

「助かる。俺もユーリの荷物を持って一緒に行く」

「僕はもう出るよ。あとはよろしく」


 スリンケットは片手をあげて挨拶すると、足早に退室していった。


 



 テラントリーはユーリグゼナの寝台の横で、静かに様子をうかがう。彼女は目覚め、ぼんやりと天井を見ていた。そしていきなり起き上がると、寝台から降りようとする。テラントリーは慌てて止める。


「そんなに急に動かれては……!!」

「あれ? テラントリー?」


 ユーリグゼナはポカンとした顔でテラントリーを見る。テラントリーは努めて穏やかな声で状況を話す。ユーリグゼナはスリンケットが話したあたりから、記憶に残っていないようだった。テラントリーはホッとしたような、かえって心配のような複雑な気持ちになる。


「テラントリー……。楽器が弾きたい」


 ユーリグゼナは神妙な顔で静かに言う。テラントリーは彼女が前に倒れた時のことを思い出す。襲撃後に間もなく気分が悪くなり、少し休むと本調子でないままピエッタの連弾をしていた。


「どうしても必要なんですね?」


 ユーリグゼナは顔をこわばらせた後、コクンと頷く。テラントリーはゆっくりと立ち上がると、ユーリグゼナが持ってきた古楽器を布に包まれたまま持ってきた。


「テラントリー、ありがとう」


 ユーリグゼナはテラントリーにふわりと微笑む。寝台に座ったまま横笛の方を受けとった。


「演奏している間、私がここに居てもいいでしょうか?」


 テラントリーは、ユーリグゼナが具合が悪くなったり、音の苦情が来る可能性を考え聞く。本当ならば彼女に白湯か何か飲み物を用意してあげたい。体を休めて欲しかった。その気持ちをテラントリーはぐっと抑えた。


「うん。まだこの楽器は練習中で下手くそなの。でもテラントリーの舞と合わせるまでには何とかするね」


 そう照れたようにユーリグゼナは言う。何度か笛に息を吹き込み、吹き込み方を調整すると寝台から立ち上がる。黒曜石のような黒い目に光が差す。


フィ フォ

フィフォフィファ──


 木々の間を通り抜ける風の音とも生き物の声とも似ているような、素朴な音だった。曲は高音が少なくゆったりと演奏される。


(何だか森の中にいるみたい)


 なぜか木とか風とか水の気配をする。テラントリーはとても心地良く感じた。曲が進むにつれ、時々入る高音が切なく心に響く。少しずつ速さが出て複雑な曲調になってくると、演奏の音に粗さが出てきた。ユーリグゼナが悔しそうな顔になりながらも、何とか最後まで吹き切る。


 テラントリーは、ユーリグゼナを本当に美しい人だなと思う。顔かたちもそうだが、音楽に対する揺るがない姿勢がかっこいい。そして困難な出来事に真摯に向き合う姿勢いい。


(この人が何を思い苦しんでいるのか分からない。けど、可能な限り近くにいたい)


 テラントリーは様々な思いを胸に一度おさめてから、今日会ってからずっと聞きたかったことを口にする。


「最近何かありましたか?」


 ユーリグゼナは元々ぼんやりしていたが、さらにポカンとする。テラントリーの言葉が反芻しているようで、なかなか答えが出てこない。テラントリーは自分の話を始める。艶やかな薄紅梅色の髪がゆらりと揺れる。


「実は私、自分本位な身勝手な恋をしていました。結局利用されて、あえなく終わってしまった。その時の私に重なる部分が、今日のユーリグゼナ様にあるように思いました。時々ぼうっとされているというか……」

「テラントリーを利用した奴がいるの……。そう」

「?」

「相手はどなたかな?」


 ユーリグゼナがいつの間にか怖い笑顔に変わっている。殺気付きの冷たい笑顔だ。テラントリーは怯え慌てる。


(相変わらず、違う方へ行ってしまう……)


「もう終わった話なので、どうかご容赦を! ────私のお聞きしたかったのはユーリグゼナ様のお話です。何かありましたか? 素敵な出会いとか?」

「出会い……」


 ユーリグゼナは一言つぶやき、(うつむ)いてしまう。テラントリーはしばらく待っているが、なかなかそれ以上の言葉が出てこない。テラントリーは追及をせず、とりあえず飲み物を用意するため退出しようとする。

 すると後ろからユーリグゼナがテラントリーの手を取った。テラントリーは驚いて歩みを止める。ユーリグゼナはテラントリーの小さな背中に近づき、ぽてっと自分の額をテラントリーの背中につけてしまう。そしてそのまま、ぼそぼそ話し始めた。


「何かあったかといえば、色々あった……。私いつもと違ってた? 心配かけてしまった?」

「いえ。私以外は気づいて無いと思います」


 テラントリーの言葉にユーリグゼナはホッとしたように息をついた。ユーリグゼナは静かに続ける。


「出会いというなら、花のような男性に会った。でも私は恋ではないよ?」


 ユーリグゼナはそっと背中から頭をあげ、テラントリーの手を離す。テラントリーは振り向いてユーリグゼナを見た。ユーリグゼナが顔を赤らめて照れたように笑う。


「何か恥ずかしいね。こういう話」


 その様子を見て、色々危ういなとテラントリーは思いながらも笑顔で応えた。そしてユーリグゼナを椅子に座らせると、飲み物を用意するため退出する。



 テラントリーが扉を開けると、アルフレッドが驚いたように扉から離れた。彼女はそれをきつい顔で睨み付ける。彼は口に手を当て静かに、と合図し場所を移す。

 白湯の用意は、アルフレッドが側人に引き継ぎ、自室にテラントリーを招いた。テラントリーは薄茶色の目できつくにらみ続けながら、アルフレッドに言う。


「立ち聞きは許しがたいです」

「分かってる。すまない……」


 アルフレッドはさらっとした見事な金髪をかき上げながら、申し訳なさそうにする。笛の音をたどったら、ユーリが寝ていた部屋だった。入室したら止んでしまいそうと、扉の外で聞いていたら二人が話し始めて、思わず聞いてしまった、と言うのだった。彼は尋ねる。


「テラントリーは、ユーリはその……。恋してると思う?」

「存じません」


 テラントリーはツンとした様子でアルフレッドに言う。それはそうだよな、とアルフレッドはため息をついた。そして何か思案顔になる。

 黙りこくってしまったアルフレッドを見ていたテラントリーは少しきつかったかも、と思った。先ほどより勢いを弱めて言う。


「……アルフレッド様は悠長すぎるんです」

「何の話?」


 アルフレッドの答えにテラントリーはまたムッとしてしまい、言い放つ。


「存じません!」


(ぼんやりしてると、ユーリグゼナ様を誰かに取られてしまいますよ!!)


 テラントリーは他国のカミルシェーンに嫁ぐよりは、シキビルドにずっといるであろうアルフレッドの方がましだと思っていた。だがアルフレッドの意識は低い。

 テラントリーの気持ちは通じないまま、今回のサタリー家の訪問は終わった。






次回「稀代の能力」は1月28日18時に掲載予定です。

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