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敗戦国の眠り姫  作者: 神田 貴糸
第3部

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197/198

55.祖父の遺産1

遅くなりました

 ユーリグゼナは身を硬くして、静かになるのを待つ。

 面倒くさそうに会場の大騒ぎを見ていたライドフィーズは、最年長の王の側近セシルダンテに声をかけた。


「休憩にしろ。シノに準備させている」


 途端に声が鎮まっていく。

 

「かしこまりました。シノ(・・)ですね」


 会場が、しんとした。そして全員が静かに自分の席へ戻っていく。

 なんだろう。シノという言葉は魔法か何かなのだろうか? それとも名前以外の意味があったりする?

 

「特権階級の義務は、国とそこに住む人々のため、自己犠牲を厭わず働くことだ、と私は思っている」

 

 ライドフィーズは静まり返った部屋で、独り言のように呟いた。


「おぬしらは全員、無償で国に奉仕している。この場に、税の優遇のために特権階級を名乗っている者など一人もいまい。──さっきは煽って悪かった。私も熱くなりすぎた」


 王が頭を下げる。場の空気がふっと変わる。


(おそらく、こういうところが良くなかったり、悪くなかったり……)


 ユーリグゼナの複雑な気持ちは、全て顔に出ていた。王族らしくないのは、お互い様である。

 

「とはいえ、おぬしら。税の額も聞かずに、よくもそれだけ騒げたな」


 ああ。そんな言い方しなくても……とユーリグゼナは額を覆う。


「さっき、仕事は忠誠心ゆえの奉仕だと言い切っていたではないか。国に貢献しているお前たちは、支払われる給金と税はほぼトントン。働いている限り今までと変わらん。──税は収入に応じて課される。下級の者たちはほぼ無税だ。そして最も税率が高いのは、大領地を所有する最上位の紫位(しい)サタリー家、パートンハド家、それに次ぐニ家、全部で四家。収益の三割を納めてもらう」


 若い特権階級の男が、おずおずと口を挟む。

 

「三割……莫大な金額です……。許可は取れているのですか?」

「ああ。四家とも国のためなら、そのくらい(・・・・・)構わないそうだ」

「なんと……」


 上位の家々が賛成しているならと、長いものに巻かれる者たちが続々と出てくる。

 反対に険しい顔で黙りこくるのは、もっとも強く反対してきた面々だった。


 ライドフィーズは腕を組み、部屋を見渡す。

  

「とはいえ、給金だけでは解決しない。国自体が痩せ細れば、増税しても減収だ。仕組みは破綻する。根本から変えねばなるまい。すなわち国力の底上げだ。……ここで、一旦小休止とする」


 はらはらしているユーリグゼナの隣で、ライドフィーズはぼそっと呟く。

 

「……ユーリグゼナ。休憩時間に提案準備をしておけよ」

「……はい」


 彼女はドクドクいう鼓動を感じながら、まとめた資料に目を通す。準備はしていても、人前で話をすると、いろいろ飛んでしまいそうだ。



  






 シノは青紫色の髪を揺らし、大きな荷台とともに入室する。みんながチラチラと彼を見た。


「シノの茶と菓子の美味さを知らぬ者はいない」


 ライドフィーズがにやにやと無作法な笑いをしている。

 なるほど。それでシノの名で、静まったのかと納得した。


 シノに頼んだのは、シキビルド産の食材だけで反対派をもてなすことだった。案の定というか、彼はユーリグゼナの想定を遥かに超える仕事をしてきた。


「おお。美味そうだ」


 ライドフィーズの前で、香りの良い茶に、牛乳がたっぷり注がれた。ゆらゆら揺れる湯気は、乳独特の甘い匂いを拡散させる。

 

 彼は細切りの(シルクアン)に手を伸ばす。油で揚げ、シキビルド産の貴重な砂糖と蜂蜜をからめたそれを、口に放り込みカリコリカリコリと咀嚼音をさせた。

 食べながら、紫色の目を彼女に向けてくる。


(さっさと説明してしまえ、と……)


 シノは一人一人に給仕している。個々の食の好みを踏まえ、それぞれ違う茶と茶請けを選んでいる。みんな、自分には何が来るかと興味津々で、彼女を見る者などいない。


 かえってやりやすいか。そう解釈して、ユーリグゼナは立ち上がる。

 

「こちらのお茶とお茶請けは、全てシキビルド産の物を使用しています」


 ライドフィーズがさっさと食べ始めたため、みな給仕されると同時に手を付けていた。


「……非常に美味です」

「こんな素晴らしい物がシキビルドにあったとは!」

「どこで手に入りますか。早速、御用達に申しつけて購入させましょう」


 一気に和気あいあいといった感じで盛り上がる人々に、ユーリグゼナは冷水を浴びせることになった。


「購入は難しいです。これらは生産量が限られ、非常に貴重な食品。国外品より高値で取り引きされ、販路を絞っています。また現地通貨ニョンでしか購入できません。今回王の声掛けで、特別にパートンハド家と御用達から提供され、機会を得ました」

 

 後ろの席から、悲壮な声が響いてきた。


「そんな……っ!」

「それでは……この素晴らしい菓子は、二度と口にできないと……」

「ああっ……」


 すすり泣きのような、悲しげなため息があちこちから漏らされる。

 そんなにか? と疑問に思いつつも、自分も二度と食べられないと思ったら泣いてしまうかもしれない、とユーリグゼナは同情した。

  

「いえ。今後は変わってくるかもしれません。これらは全てパートンハド家領内で細々を生産、製造、加工されてきたもの。シキビルド全体に広げる用意があります。(シルクアン)も牛乳も乳脂(バター)も砂糖も蜂蜜も茶も、生産量が増えれば、もっと広く流通させられるでしょう」


 白髪をきっちり後ろにまとめた老紳士が、すうっと立ち上がった。反対派の中心人物だと聞いている。


「王女。簡単に生産量を増やせばと申されますが、品質を維持したまま増産するのは、並大抵のことではございません。戦争までにたくさんの技術者が、シキビルドから去りました。シロートが一から取り組んで結果を出すのに、どれほど手間と資金と時間が必要か。そもそも──牛乳と乳脂(バター)は牛が生み出すもの。頭数を増やすには何年もかかります。パートンハド家領内の牛は数えるほど。近親ばかりで、増やすこともできますまい」 

 

 ああ。この老紳士は、きっと昔からパートンハド家を知っている人なのだろう。


「はい。その通りです」

「そうであるなら、気安く語るべきではありません。シキビルドをもり立てる産業にしたい。そう考えていらっしゃるのでしょうが、農畜産、特に酪農は未来がない」


 静まり返った。重たい沈黙の中、彼女は言う。

 

「……あります」

「なんですと?」

「未来はあります。作ります」

「……どのようにして、ですか? お気持ちだけでは、どうにもならないことがあることを、そろそろ学んでいただきたいものですな」


 ユーリグゼナは黒曜石のような目を、老紳士に向けた。


「牛はペルテノーラから貰い受けます。……戦前に、祖父ノエラントールは自領の優秀な乳牛たちを他国に預けました。それを戻してもらうことになりました」

「な、なんと」


 あの(・・)ペルテノーラ王カミルシェーンがタダで戻してくれるわけもなく、金属筒打楽器の代金替わりである。シキビルドの現地通貨ニョンに換算した移動型金庫(トラキース)で支払ってもらおうとしたら、『為替切り替える時に支払えだなんて、詐欺だ』と文句をつけた。


 物々交換にしようと、預かっていたシキビルド乳牛を提案される。

 何年も預かっていたから高い費用がかかったと、もったいぶられたが、そもそもカミルシェーンは何もしてない。ルリアンナ経由で預かった乳牛たちに、土地も費用を提供したのは彼の弟ライドフィーズだ。その上、品質の良い牛乳と乳製品と子牛の売買で得た利益は、ペルテノーラ王国の金庫に入っている。本当に何を言っているのか。

 

 とはいえ、時勢を見極める力は確かにある。シキビルドにとって、最も必要な時に戻してくれようとしている。それは素直に感謝する。


「あわせてシキビルドから亡命した酪農家と、乳製品技術者が戻ります。他にも、ウーメンハンからは植物や農産物の専門家、カンザルトルからは貴石加工技術者……から帰国の申請がありました」


 祖父ノエラントールと母ルリアンナが行ったのは、シキビルド再生の種を死守すること。人道的な国家へと舵を切ったシキビルドに、粒揃いの人と物が戻ってくる。


「早急に彼らを受け入れ、技術を継承し、産業へと育てなければなりません。それゆえ、最初に申し上げました。全員働いてくださいと。才ある人間を遊ばせておけるほど、シキビルドに余裕はございません。──国力の底上げについて、私の提案は以上です」


 ざわざわと興奮した声が止まらない。再び会場は熱くなる。

 静かに席に着いたユーリグゼナの目に、呆然と立ち尽くす老紳士が映る。


「……ノエラントール様」


 呟いた声が、彼女の良すぎる耳に届いた。

次話「祖父の遺産2」は今月中掲載予定です。

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